この荒れ果てた世界の内側で

転々

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エリア53

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 私はレジスタンスに拾われ、この年齢になるまで生きてきた。

 訂正する。正確には、人間は別にいて、彼等曰く、私はその者から手渡され、そして、ヴェロニカという名前が与えられた。

 いや、ヴェロニカという名前は既に与えられていた。拾った者が付けたのだった。

 その名前は、古代語で『真の青』という意味を持つらしい。

 だが、今の私にとってはそんな事は、瑣末事に過ぎなかった。

 私は今を生きているし、これからも生き続ける筈だ。実際、二十一になるまで、この厳しい世界の中で生き延びる事が出来ている。

 それはこれからも続いていく筈だろうーーそんな淡い希望を胸に抱いていながら、今日も機体を走らせていく。

 その先にある新鮮な景色を、常に目の奥に焼き付けておく為に。




 
ーーーー

「ヴェロニカ。聞こえるか」

私は耳にはまった無線機に触れ、答える。

「ああ、聞こえるよ。どうしたの?」

 機械の向こう側の男の声は、やや切迫した気配を帯びていた。

掃除屋スイーパーが急に進路を変えて、そっちに向かっているらしい。予測では、二十分程で到着するようだ。……街を出られそうか?」

 私は掌の中の銃器の重さを意識しながら、答える。

「……ああ、ちょうど今、終わったところだから」

「そうか」

 耳の中の声は、明らかに安堵した様子だった。

「……用事は、それだけ?」

 耳の中の声は、少しばかり口ごもったような気配を伝えてきたが、気にせず、返事を待つ。

 やがて、「……ああ、それだけだ。気を付けて帰還するように。あと、街を出た所で一度、連絡を入れて欲しい。それだけだ」

 私は改めて耳に手を触れ、最後に言った。

「オーケー」

 ブツ、と音がして、耳の中の機械から音が消える。

 私は耳から無線機を外し、軽くため息を吐きながら、コートの内ポケットにしまった。

 何かに拘束されている感覚が、私は好きではない。だから多分、自然とこの服装になり、こういう仕事をし、そして、耳から機械を取り外すのだろうと思う。

 私は銃器の下の方にあるメーターを確認し、百パーセントになっているのを認め、ホースを銃器から取り外した。

 手から離されたホースは、自然と、何かに巻き取られるようにして、路地の先へと消えていく。

 私は、眼下に広がる、惨憺とした光景を見据え、また小さくため息をついた。

 キュロス……『エネルギー』を体に溜め込んでいる、謎の物体。

 世界中でこれまでの電気やガスといった旧エネルギーが殆ど姿を消してしまい、使えなくなった現状、世界で使われているのは、このキュロスが保有している独自のエネルギーか、細々と研究を続ける中で生み出される、副産物的なエネルギーに限られている。

 要は、このキュロスの持つエネルギー以外に、まともに機械や物を動かすことの出来る原動力がないということだ。

 私は、詳しい事は分からないが、それでも、世界中で、それが例え人間でなくとも、エネルギーが枯渇しているという事情を知り、エネルギー運搬人になった。

 私の他にも、レジスタンス所属の運搬人は何人かいるが、顔見知りは殆どいない。

 そして、キュロスという存在にそのエネルギー事情を依存しているということは、彼等の持っているエネルギーを奪うということでもある。

 私は何故だか、その作業の事が、好きになれないのだった。

 目の前に転がっている彼等の骸が、社会的に死を認められていないとしても、私は、無性に手を合わせたくなる。

 手を合わせ、何かを念じる格好をして見せても、キュロス達が再び動き出すことは、恐らくもうないのだが。

 私は立ち上がり、銃を持ったまま、薄暗い湿った路地を、大通りに向かって、歩いて行った。


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