備忘世界の運搬屋

星兎

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レジスタンス

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 帰還には六日程度かかった。

 長い時間、何もない荒れ果てた荒野を駆け抜けていくと、空気の違いに敏感になる。

 少しずつ、少しずつ、何層にも重なった空気の層を抜けて、頬の側を吹き抜ける風が暖かみを増し、その温度の差と、温かさを感じさせる匂いで、やがて、根拠地が近い事を体と心に気づかせてくれるのだ。

 私はその、荒野と街の空気が、一瞬だけ混じり合う瞬間が、好きだった。瞬間混じり合うそれは、瞬きをする間に、先にある場所の空気の色を濃くする。

 変化は一瞬だが、過ぎゆく風の中に、その変わる様を感じるのが、私は好きだった。

 根拠地、レジスタンスのある場所は、もう程近かった。

 私は少しだけ、頬の筋肉が緩まるのを感じた。

ーーーー



 レジスタンスのある、一見何もないように見える乾いた丘に着くと、急に動物の濃い匂いがするようになる。

 私はバイクを止め、それから方向を見定め、再び走り始める。

 程なくして、動物の匂いの元が瞳の内に認められるようになった。

 木の柵の囲いの中で、ベルを付けた羊や山羊、牛などが、幾つもある区画の中で、自由に草を食んだり、寝そべったりと、自由に過ごしている。

 農場エリアだ。

 レジスタンスの中でも最も従事者が多く、組織の「食」を確保してくれる、大切な役割である。組織は何を持つにもまず、安定した食糧を確保できなければ、成り立たない。

 子供の頃、山羊の乳を絞らせてもらった時の感覚を、このエリアを通り過ぎる時は、いつも思い出すのだった。

 私が速度を落とした状態で、ヘルメットカバーを外してゆっくりと走行していると、柵の内側から声がした。

「ヴェロニカじゃないか。今帰ってきたのかい?」

「そうだよ。おじさんも元気そうで、何より」

「元気が一番さな」

 農場地区には、少しだけだが、顔見知りもいる。私があまり交流に積極的な性質でないという事もあるのだろうが、それでも、何度もここを通り抜ける私に声を掛けてくれる、親切な人々も一定数いる。そしてその人々は、何かと理由をつけて、私に何か食べ物を持たせようとしてくる。

 農場地区を通り過ぎるだけで、私に声を掛けてから、卵や麦を渡そうとしてくる人や、無理やり後部座席に何かを捩じ込もうとする人達もいて、私はいつも苦笑を隠せないのだった。

 私はそうして、平穏な空気を纏った農場地区を後にする。

 農場地区を抜けると、目的地の一つである、レジスタンス本部件居住地区が見えてくる。

 徐行し、私は厩舎の近くにバイクを停めた。

 荷物を確認し、後部座席からエネルギー缶と例の人形を取り出し、両手に持つ。

 扉の前に立って、数回、ノックをした。

 扉の上部にある小さなスライド式の窓が開き、油断のない一対の瞳が現れ、私を値踏みするように見てくる。

「運搬係。ヴェロニカ。部隊番号、000003。確認を求める」

 窓から見える瞳は、一瞬の油断も見せずに私を見続けている。

 やがて、声が聞こえる。

「よし、スキャンしろ」

 私は缶を置き、タブレット端末をコートの内ポケットから取り出して、扉の傍にあるスキャンボードに、識別コードの入った画像をかざす。

 少し間があって、『スキャン完了』の文字が浮かび、扉がゆっくりと上に開き始める。

 怪物が大きな口を開いていくように、少しずつ暗い内部が外の光によって照らされ、明らかになっていく。

 私は缶を持ち上げた。

 レジスタンスの内部は広い。

 地下を掘り進めることで規模を拡大していった経緯から、やたらと道と扉は多いが、居住エリアも含めて、部屋の数は膨大だ。大小様々な規模の部屋が、まるで蟻の巣のごとくに地下に存在している。

 私はエネルギー缶を巨大な貯蔵室の小さな専用の部屋の中に置き、肩を回す。

 腹が減っていたので、そのまま食堂の方に向かうことにする。

 食堂は混んでいた。屈強な体をした男達が殆どで、私のような外行きの服を着た女性は珍しかった。

 私は今日の献立を見て、辛い汁の乗った米と野菜スープのセットを注文する。

 顔見知りの隊員に渡され、礼を言った。

 騒々しい食堂の中を進み、空いている席を見つけ、席に着く。

 孤独に食べ始めた所で、聞き知った声が聞こえた。

「おい、ヴェロニカ」

 私は目を上げて、男を見る。そして、青い瞳の中に見える表情を見て、私は再び料理に目を落とし、食事を再開した。

「おい、聞こえてるのか」

 鬱陶しくなって、私はそのままの姿勢で、返事をする。

「何か」

「お前、連絡をサボっただろう。街の外に出たら連絡を入れろと、そう言った筈だ」

 そこで私は初めて気づき、ああ、と声を出した。

 そして男の顔を見つめ、微笑みを返した。

「悪い。忘れてた」

 男は自分の分の料理を食べ始めながら、眉間に皺を寄せて言ってくる。

「今度からは気をつけろよ。掃除屋が急に進路を変えたなんて、前代未聞の事で、こっちは一騒動だったんだからな。おまけにお前からの連絡も来ないし、何かあったんじゃないかと考えるのが、普通だろうが」

 私は懐から液晶タブを取り出し、メッセージボックスを確認してみる。

 十件を超える通信部からの催促メールと、おまけに男からのプライヴェートメールまで入っている。

 流石に悪い気がして、男に謝った。

「ごめん。今後は気をつけるよ」

 男は気を悪くした素振りも見せず、口に料理を突っ込んだ状態で、冷静に答えた。

「そうしてくれると助かる。隊員の命は、皆大切に思っているからな」

 私は軽く礼を言い、それから何も言わず、ひたすら飯を口の中に入れ続ける。

 所々、男からの物言いたげな視線を感じる時があったものの、それ以上は何も言われなかった。

 食事を終え、男よりも先に食堂を後にしようとして、背中に声がかかる。

「ヴェロニカ。遊戯室に顔を出してやれよ。サラが心配してる」

 私は了解の意思を込めて、右手を振り上げた。
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