備忘世界の運搬屋

星兎

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ダストシティ

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 シートを砂埃が打ち付け、バタバタと音がしている。

 テントの中で、インスタントコーヒーをカップの上に掛け、私は休んでいた。

 これが最後のコーヒーだった。

 簡易な苦さを味わい、テントを打ち付ける砂の音と、テントが風に煽られる音を聞きながら、カルネの事を思う。

 珍味で頼むぜ。

 親指を突き立て屈託のない自信に満ちた表情でこちらを見るカルネの顔に、思わず笑みが溢れる。

 この簡素な味も、慣れてくると愛おしく感じてくるな。

 風が一時的に止み、辺りから音が消える。

 テントを少しだけ捲り、隙間窓を作り、外の景色を見てみる。

 風の止んだ砂を多量に含んだ空気の層の先に、小さな尖った影が見える。

 ダストシティの中央に陣取る、『塔』の姿が、ここからでも確認できた。

 テントをそっと閉じ、カップを持ち上げながら、懐から例の写真を取り出し、見る。

 見知らぬ人間達の、いつの時代のものかも定かでない、笑顔。

 不安も恐怖の気配も、その表情からは一切漂わせることはない、純粋な安寧に守られた喜びの表情。

 ふ、と息を吐き、写真を丁寧に折り込み、コートの中にしまった。

 嵐が勢いを弱め始めていることに気が付く。

 コーヒーは少しだけ、ほんの少しだけ冷たくなっていた。

 それを飲み干して、立ち上がった。



 遠くに見えていた尖塔が、近づくにつれ大きさを増してゆく巨大な門によって、やがて見えなくなった。

 門は鉄色の骨組みが露わになっており、その近くに詰所があった。

 私は出力を落とし、詰所の前に横付けする。

 鏡窓になっているのだろう、私を見つめる私の姿がある窓の傍の扉が開いて、ヘルメットを被った男が数人出てきた。

 銃と槍のような物を携えている。

 私は通行証を取り出し、その中の武器を携えていない男に手渡す。

「名前はヴェロニカ。通行証は、いつも通り。何度か来ている。運び屋の仕事で来た」

 男は眉をしかめながら通行証を眺め、それから「少々お待ちください」と慇懃に言うと、詰所へと戻っていった。

 男が戻ってくるまで、私は武装した男達に取り囲まれたまま、沈黙の時間が流れる。

 やがて男が戻ってきて、心なしか笑顔を見せて、通行証を渡してきた。

「確認できました。運び屋のお仕事、いつもお疲れ様です。確認で申し訳ないのですが、この街での決まり事、ご存じでしたでしょうか? ……すみません、これもお役所的な手続きなのです」

 その言葉を聞き終えると、私はエンジンを吹かしながら、淡々と答えた。

 辺りに愛車の騒々しい呼吸音が響き始め、男は少しだけ眉をしかめた。

 私は答えた。

「この中で起きた事に、当局は全く関与しない。自己責任で身を守るべし」

「ご存じでしたら、大変結構でございます。どうぞ、中の方へ。お気をつけて」

 男に軽く礼を言い、門がゆっくりと開き始める。

 開き始めた門の隙間から、猥雑な音が流れ始めてくる。

 巨大な門が、巨大な音を立ててその身を開き切った時、私も、武装した男達も、もうその場にはいなかった。

 私は雑多な空気の中に、その身を既に入れていた。

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