備忘世界の運搬屋

星兎

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ダストシティ

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 雑踏の中に身を入れて始めに感じたのは、鼻腔の奥をくすぐる何かの肉が焼ける匂いだ。

 門のすぐ前から、大小様々な大きさのテントが立ち並び、その中で客と店主が賑やかに話している。

 露店は両側からひしめき合うように立ち並んでおり、まるで道を圧迫しているかのような雰囲気だ。

 露店が張り出しすぎているせいで、唯一の本道が酷く手狭にされている。

 徐行よりも更に速度を落とした、殆ど歩きと変わらない速度で、人々の間を縫って進んでいく。

 人々は、私が進むだけで顔を上げ、剣呑な雰囲気を漂わせて、こちらを見つめてくる。ある者は傍の者に耳打ちをするように話をし、ある者は私を指差して、酔っているのか何か怒鳴り声のようなものをあげたりしていた。

 露店のあちこちで、機械達の姿が見えた。

 腕組みをして液晶タブの帳簿を睨んでいるものや、何か怪しげな黒色の液体の入ったカップを、酒を飲んでいるらしい人間と共に飲んでいるもの。忙しそうに働いていたり、客としてそこにいたりする彼等も、この雑多な活況を支える重要な要素となっている。

 時折誰かが手を伸ばし、無造作に肩を掴んでくるので、それらを振り払い、時に蹴飛ばしながら慎重に進んでいく。

 もう少し先に出れば、露店の数は減って、道が開ける。人の数も幾分かマシになる。

 ここは塔のある頂上エリアから最も遠くに位置する、貧民窟の露店街だった。

 売っている物もどこで手に入れてきたのか分からない怪しいものばかりで、食べ物に関しては言わずもがなだが、間違っても口にしてはいけないものばかりだ。

 中には良心的で趣味で開いているような店もあり、私も幾つかは知っているが、それでも数は非常に少なく、まともな店を探すのには本当に骨が折れる。

 雑踏と露店の作り出す脂と埃のふんだんに入り混じった空気の中から抜け出て、漸く私は人心地ついた気分になる。

 道は開け、両側に石造の建物、その間に石橋が渡されて出来た洞窟のような円蓋を持つ門が前に聳え立つ。

 とりあえず私は宿屋を探しにいく事にする。仕事の話はそれからだ。



 貧民窟から少し離れ、上り坂になっている道を進んでいくと、段々と文明レベルが上がってくるのが分かる。

 露店の姿は消え、歩く人々の服装はよく言えば品があり、悪く言えば貧民窟の人間達と比較すればまともに見えた。

 人々の投げかけてくる視線にも、先程までのような殺気のような気配は感じられない。

 私はそのまま石畳の道をゆっくりと進み、宿屋へと向かった。

 少し行ったところに、扉が斜めになっている件の宿屋を見つけ、私は息をついて、機体から降りた。

 ダストシティで唯一贔屓にしている宿屋だった。

 理由は入れば分かるのだが、簡潔に言えば、安全で比較的安価であるというのが主な理由の一つだった。

 私は扉をノックする。

 トナカイが荷物を運んでいる姿を模したドアベルが、カラカラと小気味良い音を立てて、扉は静かに開いた。

 大柄な男が扉の中から現れ、私と機体とを睨み付けた。

 私は明るい声で言う。

「久しぶりだな、オッグ。今日も泊めに貰いにきたよ。入ってもいいか?」

 ジロっと肉厚な瞼の間から睨みを利かせて、オッグは私を見て、言った。

「ヴェロニカ、か。随分と久しぶりだな。だが、悪いな。役人のお達しで、お前の事はこれ以上泊められなくなってしまった」

 面食らったが、表情には出さず、答える。

「何故?」

「知らねえよ。理由が聞きたければ塔の役人連中に聞くんだな。俺は商売が出来ればそれでいいんだ。役人とお前、どっちを取るかと聞かれれば、そりゃ言わなくても分かるだろう」

「だが、ここ以外にいい宿屋を知らないんだ」

 オッグは鼻で笑い、答える。

「そんなこと、俺の知った事じゃねえ。てめえの世話はてめえでするんだな、だが、まあ……」

 少し行けば、他の宿屋もあるにはあるが、そこはバイクを部屋に入れてくれるとは思えないし、何よりも値段が法外に高い。安さを求めるなら貧民窟だが、それを選択肢に入れるのはあり得ない。

 かといって手持ちがあるのかと言えばそうでもない……と、私はオッグが話をしているのに気付かず、独り考えに没頭してしまっていた。

 オッズが怒鳴る声がして、我に帰り、顔を上げる。

「おい……折角こっちが好意で勧めてやってんのに、その態度はねえだろう」

 私は思わず苦笑する。

「すまない。ちょっと予想外だったんでね。まあ、許してくれ」

 私がそう言うと、オッグはまた鼻で笑うように息を吐くと、続けた。

「あのな、俺が勧めてやれる宿屋があるんだよ。俺の口利きで安くなるしな。お前はこの辺りじゃ上客だから、特別に推薦してやるって言ってんだ」

「……なんて店なんだ?」

「『蝙蝠こうもりの宿』って店だ。まあ、これを持っていけ。悪くはされねえだろうからよ」

 そう言い、オッグは中へと戻ってくると、何かを持って戻ってきた。例の宿屋の会員証のようだが、名前の所にオッグ・ヴェルトラングとある。その下にオッグの字で推薦文のようなものが書かれていた。

 私はそれを受け取り、それから聞く。

「感謝する。あと、最後に一つ聞きたいんだが」

 オッグが扉に手を掛け、閉めようとしている所だった。

「何だ?」

「ラーフって名前を聞いた事はないか?」

 オッグの瞳が一瞬意味ありげに光り、揺らいだのを私は見逃さなかった。

 だが、オッグは冷笑を浮かべて、最後に言った。

「……さあな。まあ、せいぜい気をつけるんだな、ヴェロニカ。少なくとも、俺は応援しているぜ」

「……ありがとう」

 その言葉は、だが既に閉じられた扉に遮られてしまった。

 私はオッグの手渡してきた会員証を捲り、裏を見る。

 そこには、『蝙蝠の宿』への地図が簡易に描かれていた。

 『貧民窟』の文字が傍に光っており、私は思わず目を上げ、ノックしそうになったが、ぐっと堪えた。

 地図を頭の中に叩き込んでから、会員証をコートの内ポケットにしまい、上を見上げる。視線の先には、なだらかな幾つもの上り坂の先に陣取り、この街全体を睥睨する、巨大な尖塔の姿があった。

 溜息をついて、私は来た道を戻り始めた。


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