備忘世界の運搬屋

星兎

文字の大きさ
42 / 64
ダストシティ

しおりを挟む

 私は困惑して、暫く何も言えなかった。

 少女も何も言わず、口を開けてポカンとした表情でこちらを見上げている。

 何となく、気まずい沈黙がお互いの間に流れ始める。

 遠くで、男が大きなくしゃみをする音が響いて、私は慌てて我に帰った。

 口を開こうとして、目の前の少女を見た瞬間、私の視界が急激に霞んだ。

 ノイズのようなものが走り、サラの姿が、その先に見えた。

 首を振り、もう一度少女の事を見る。そして、努めて柔らかい声音で、語りかけるような口調を意識して、聞いた。

「こんにちは。君は、ここの子供かな? お父さんかお母さんは、いる?」

 少女は何も言わず、まだポカンと口を開けたままだったが、やがて大きな瞳をこちらに向けたまま、小さく答えた。

「お父さんもお母さんも、私いないの」

「そうか。じゃあ、誰か大人の人はいない?」

 少女は私から目を離そうとはしない。澄んだ海のような青い瞳。

「大人の人は、バアバがいる。バアバが、私に店番頼んでる」

「そうか。……バアバは、いつ帰ってくる? 分かるかな?」

「ヴェロニカさんでしょう?」

 面食らって、出来合いの微笑みが一瞬崩れかける。

 だが私は持ち直して、自分では優しいと思っている微笑みを続け、言った。

「名前、知ってるんだ。どうして?」

 少女は少しも動揺した様子を見せず、瞬きもせずに私の事を眼前に見据え続けたまま、口だけを動かして、言う。

「さっき、オッグから電話があったから。ヴェロニカって人が来るから、テイチョーにお迎えしろって」

 ……そうならそうと先に言っておけよ、あいつ……。

 私は心の中でオッグに恨み言をぶつけ、それから言う。

「……じゃあ、えっと……。とりあえず、私はお客さんってことにしてもらえるのかな? 中に入っても?」

「あ、バアバ」

 瞬間、不穏な気配を背後に感じて、私は反射的に飛び退いて、腰に手をまわした。

 だが、気配はそんな私をまるで相手にせず、するりと私の傍に立った。

 頭髪が綺麗に白く染まった老婆だった。腰は曲がってはいるが、杖もつかず、しっかりと自分の足で立っている。

 紫色のローブのような物を着て、片手には膨らんだ袋をぶら下げている。

 私は少し距離を取り、それから腰から手を下ろした。

 老婆が私の方を見据え、それから少女に目を戻した。

「お客様を立ちっぱなしにさせては駄目だよ。サラ。さあ、二人共、中に入るんだよ。その邪魔な機械も一緒にね。

 それとサラ、お茶を入れてくれないかい? 三人分ね」

「分かった」

 サラ、と老婆に呼ばれた少女は、老婆にそう言われると、扉を開きっぱなしにして、飛ぶように奥へと消えていった。

 私はその後ろ姿を無言で見つめていた。

 老婆がこちらを見据える気配がしたが、私は振り向くことができなかった。

「さあ、あんたもだよ、ヴェロニカさん。さっさとその重そうな機械を上げておくれ。あんまり餌を見せびらかすもんじゃないよ」

 そう言うと、老婆は私を残して、中に入っていく。

 私は暫く、動くことができなかった。

 老婆に言われるまで、私はまだ、部屋の奥で忙しく動いている少女から視線を外せないでいた。

 少女の髪は桃色だった。

 首を振って、嫌な気配を振り払う。

 ……ただの、偶然だ。

 私は通りに戻り、機体のハンドルに手をかけた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...