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ー・閑話・ハッカー&クラッカー・ー
・
しおりを挟むある日のこと。
テントを張り、私は残りの数少ないお茶を淹れ、休憩していた。
何気なく見ていた液晶タブに、私は目を奪われていた。
ダイレクト・メッセージ。私のアドレスを知っている人間は殆どいない。ばら撒く趣味もないので、知らない人間から送られてくるということはまずあり得ないことなのだが。
文面にはこうあった。
「伝説の運び屋、ヴェロニカ殿。
至急、エネルギーを必要とする事情が出来ました為、ご連絡をさせて頂きました。
宜しければご返信の後、指定の場所まで届けて下さると助かります。
報酬は相場の二倍お渡しする用意があります。
良いお返事を期待しております。
誠になってながら。
眼鏡のギーク」
コーヒーも尽きかけていて、仕事に暇が出来ている頃だった。
私はメール下部に添付されていた地図を見て、液晶タブを閉じた。既に心は決まっていた。
理由は、面白そうだったからだ。ついでに嗜好品でもどこかで買えればいい。
こうして私は速やかにテントを畳み、バイクに乗り込んだという訳だった。
ーーーー
何度もこういう景色を見てきた。
荒れ果てた街。外皮を破壊され、中身を露出させたビルディングの群れ。
舗装された道は幾つも外傷の跡があり、ささくれのような亀裂や巨大な穴ぼこが飽きるほどある。
そういう街の、そういう道を行く時のいつもの慣わしとして、私は速度を落として、亀裂に誤って踏み入らないように気をつけながら慎重に進む。
液晶タブを開き、再度場所を確認する。この機能を失った街の一角に依頼者が住む部屋があるのだろうと検討をつけた。
心の片隅に既にわだかまりを帯び始めているある可能性を感じながらも、私は気付いていないふりをしながら機体を進めていく。地図によれば、この曲がり角を曲がった、細い路地裏の先に例の部屋があるはずだった。
地図の通りに慎重に進んでいき、私がよくキュロス狩りをしているような、暗い路地裏を見つける。
私は液晶タブを開いて、場所が間違っていないことを確認し、機体を降り、エンジンを切った。
スタンドを立て、缶は荷台に置いたまま、歩き始める。左腕に触れ、ストッパーを外す。
路地裏に入っていく。キュロスの鳴き声はしない。
何歩か奥に進んでいくと、なるほど、確かに扉のようなものが見える。
それが件の依頼主の部屋だと確信して、私は扉の前に立ち、ノックをする前に、息を深く吐き、呼吸を整える。
それから拳を作り、ノックをする。
がらんどうに響くような無骨な音が、数回鳴り響くが、中から応答はない。
試しに飾りのような取手を掴み、曲げてみると、鍵が開いていた。
私は一息ついて、それからノブを押し込む。
次の瞬間、頭上から大きな棒のようなものが振り下ろされ、私は悠々と飛び退る。
悪魔の口が開いたような暗闇の中から、大柄な男達が三人、姿を現した。
男達はそれぞれ、細長い金属製の棒のようなものを携えており、その瞳は異常な光り方をしている。
男の一人が、耐えかねたように叫んだ。足元に涎が散らばった。
「女だ! 女が、やっと来やがった……。何日ぶりだ? おい! 絶対逃すなよ。俺が先に食うからな!」
瞳を血走らせた男達の後ろに、ひょろ長い影を私は見る。
その瞬間にはもう、男達の一人が飛びかかってきていた。
私は左腕のスイッチを入れ、義手を伸長させた。
二メートル先に男の首をがっちり捉え、空中でぶら下げる。力を込め、圧迫していく内に、最初は抵抗していた男から段々と力が抜けていき、その内に凶器が掌から零れ落ちる。
「野郎!」
私は野郎じゃないよ、と心で独りごちながら、私は腕のスイッチを押し、腕を元の長さに戻し、振り下ろされた棒を避ける。
何度か避けながら、路地をたたらを踏んで後退し、そして右脚の位置を僅かに下げる。
男が飛び込みながら棒を振りかぶった瞬間に、右脚で男の鳩尾を突き刺すように蹴り込んだ。
右脚の強化ブーツの冷酷な硬さが、男の柔らかな中心を抉るように突き刺し、男は声にならない声をあげて、倒れた。
残りの一人が、たじろぎながらも、尚も食い下がるように棒を持ってにじり寄ってくる。
私が片手を上げ、挑発するように手招きの仕草をすると、男は逆上の叫びを上げて、飛び込んできた……筈だった。
男はギャッ! と獣のような悲鳴を上げて、突然その場に倒れ込んでしまった。倒れたまま、ピクピクと小刻みに痙攣している。
顔を上げると、男が立っていた場所に、何か銃のようなものをぶら下げたひょろ長な眼鏡をかけた男が、悠然と私と男達を見下ろしていた。
眼鏡の縁をクイ、と上げ、酷く得意げに見えた。
私は骨董品と化した空き缶を拾い上げ、その腹の立つ顔に思い切りぶつけた。
最後の一人ものして、私は立ち上がる。
うん、と伸びをして、久しぶりの実践の感覚に身体が喜んでいるのを知る。
久しぶりだな、と思いながら、私は歩き始め、男達から武器を取り上げ、眼鏡の男を除き、男達の親指をワイヤーで結び、路地のパイプに括り付けた。
それから昏倒している眼鏡の男を引き摺っていき、部屋の中に入る。
予想通りの灯りをスイッチで付け、明るくなった室内に一つだけある、モニターとキーボードの前にある椅子に男を座らせた。同じように親指をワイヤーで括り、それから漸く、私は息を吐いた。
バイクに戻り、お茶とカップを出して、私は男のいる部屋の中へと戻っていった。
ーーーー
眼鏡の男が、やがて目を覚ました。
私は三杯目のお茶を楽しみ、クラッカーを食べていた。一枚を男に向かって投げ、男の股に落とす。
不可解なものを見る目でクラッカーを見つめる男に、私は言った。
「失礼な。クラッカーだよ。食べ物だ」
「本当に本物のヴェロニカだったんだな。驚いたよ」
本物の、と言われ、手が止まったが、再びカップを持ち上げる。
私は言う。
「あなたが私にダイレクトメールを送ったんだろう? どうやったの?」
男は淡々とお茶を飲み、クラッカーを食い続ける女の事を暫く驚異の目で見つめていたが、やがて、モゾモゾと体を動かしながら、言った。
「それよりも、僕を離してくれないか。助けたじゃないか。これじゃ助け損だ」
「よく言うよ」
私はクラッカーを噛み砕きながら言う。
「助けて欲しかったのは、あなたの方だろう? 大方、あの男達に脅されて、メールを送った。違う?」
男は悔しそうに眉を顰めたが、やがて渋々頷いた。
でもさ、と私は続ける。
「私のアドレスは、特定の人間以外知らない筈なんだ。知りようもない。セキュリティが厳重にかかっているから。それでもあなたは連絡出来た。……どうして?」
クラッカーを食べ終わり、私はもう一つのカップに水を入れ、火をかける。
煮沸器の稼働音が流れる中、男は訥々とした口調で話し始めた。
「……まあ、僕にもハッキングの自信はあるんだけどね。でもやっぱり、レジスタンスのセキュリティは、あなたの言うように、厳重だった。……だから結局、他の人間に頼むしかなかったんだけど……」
「それ、誰?」
男が私の顔を伺うような目で見る。
「それを聞いて、あなたならどうする? 殺すのか? 機械達みたいに」
私は両手を上げて、まさか、というジェスチャーをした。
「表の男達を見てごらんよ。誰も殺してない。人間は殺さないさ。……今のところはね。
で、その、頼んだ相手ってのは、誰なんだい? レジスタンスが誇る技術部の叡智の結晶を打ち破った奴ってのは。ちょっと興味あるな」
「あんたなら知ってると思うが……。そいつは、ギガ・メトロポリスに住んでるらしい。頭がとち狂っているだろう? だから居場所が分かっても、誰も手出しができないんだ。機械が味方してくれているから」
「機械の街の、ギガ・メトロポリス?」
「そうだ。そいつは伝説のハッカーとして有名で、どんなセキュリティも突破して、世界中の情報屋と通じている。途轍もなくやばい奴だ。でも、格好いい。
悔しいけど、僕ですらそいつに比べたら、ノミみたいなもんだよ。そいつの技術を盗もうとするんだけど、盗んだところで、そいつみたいになれるわけでもない。近づく事すら出来ない」
「それで、あの男達はなんであんたと一緒にいるのさ」
「それは、その……」
男の目が泳ぐ。私は何となく勘付いて、言った。
「ははあ。あんたとしては、私がやられても良かった訳だな。
私が死んでもエネルギーが手に入るし、男達からも解放される。あんたからすれば、どちらにしろ万々歳だった訳だ」
「伝説の運び屋が、本当にいるとは思ってなかったんだけどね」
「伝説、ね……」
私は立ち上がり、男の背後に回る。親指を結んでいたワイヤーを切る。
男は自由になった手を揉みながら、落ち着かなげな表情を浮かべて言った。
「……いいのか?」
私はカップや煮沸器やクラッカーのゴミなどを片付けながら答える。
「いいも何も。拘束しておく意味がないでしょう。あと、これ」
私は沸いたお湯が入ったカップを手渡す。
「茶葉がもうないから、お湯。文句は言うなよ。
あと、はい」
そう言って、私は手を出す。
男が世界の神秘を見るみたいに私の義手を見つめるので、呆れて言った。
「あのね。報酬は二倍って言ってたのはあんたの方だろう? だからはい、報酬。二倍って全然安くないけど、持ってるの?」
「報酬は……、これで」
「交渉できる立場だと思ってるの?」
私が言いながら男が取り出したものを見つめる。それはとても小さな、見たところ普通の鍵だった。安手のロッカーを開けるために使われるようなタイプの。
それを受け取りながら、聞く。
「この鍵が報酬?」
「その鍵は、驚くなよ、ギガ・メトロポリスの秘密の部屋に繋がってるって話だ。情報屋からもらったんだ。仕事の報酬で。何でも、機械達が隠してる古代文明の遺産が隠された部屋の鍵だって……。あ、ちょっと」
「あんた、ぼられてんだよ。私も大概だけどさ。まあ、貰えるものは貰っておくけど。あなたもさっさとここを離れた方がいい。さっき、掃除屋が来るって通知があったから。じゃあね」
掃除屋、と聞いた男は途端に青ざめた。人形のようにコクコクと急いで頷き、男は急いでお湯を飲み干し、舌を火傷させながら私にカップを返してきた。そのまま急いで机周りの配線などを纏め始める。
私はその後ろ姿に向かって声をかける。
「あと二十分程で来るらしいよ。表の奴らはどうしようか?」
「放っておいていい! どうせ死んだって、悲しむ奴なんていないんだから」
それを言うと、世界の殆どの奴がそうなんだけどな……。
私は頭を掻きながら部屋を出て、パイプに結ばれている男達の方に向かう。
そして全員の顔を平手打ちし、やがて起きたところで、掃除屋が来ることを伝える。
眼鏡の男と同じように顔を青ざめさせた男達に、私は冷笑を返し、使い捨てのニッパーを男達の足がぎりぎり届く場所にそっと置いた。
私は満足した気分で路地を抜けて、コートの内ポケットの中で男から貰った鍵を弄ぶ。鍵はどこにでもある、ふとした拍子に失くしてしまいそうな頼りなげな重量と大きさだった。
軽く溜息をついて、機体に跨り、エンジンを入れる。
ヘルメットを被ろうとして、路地裏の向こうで男達が懸命に太い脚でニッパーを引き寄せようとしているのが目に入り、苦笑した。
せいぜい頑張れー! と最後に彼等に向かって叫び、私はそろそろと発進した。
液晶タブが、またブルブルと震えていた。
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