52 / 64
海鳴りと賢者
□
しおりを挟む遠雷のようなさざめきの音が聞こえ、私は顔を上げた。
彼方の地平線の上を、悪夢が翼を得て出現したような黒い塊が蠢きながら飛んでいる。
掃除屋だ。
有機的に姿を変えながら、秩序がないことを秩序として、強い目的意識を感じさせる動きで何処かへと向かっている。
ある意味ではとても自由に映る彼等は、また訪れる先で、少しでも生命の香りを放つ者達を探し出し、それらを貪り尽くして、やがて街を純粋な無機的世界に変えてしまうのだろう。
掃除屋は盗人の屁まで喰らうとは、よく聞くジョークだが、笑えない事が実際のところなので、掃除屋の恐ろしさを逆に物語っているとも言える。
掃除屋の通った後には、本当に何も残らない。
生命を宿していない機械や、木材などが使われていない建物を除いて。
廃墟と化した街に機械達が蔓延るようになるのは、一つには掃除屋が存在する為とも言える。
彼等が存在する限り、防壁や地下避難所を設けていなければ、生き物が社会を形成することは出来ないのだ。
最近になって漸く、彼等の訪れるエリアとその周期のマッピングに成功し、巡回ルートの特定が出来つつある為、そこから外れた場所に生活拠点を得ることが現実的になってきたが、それでも測り知れない畏怖すべき存在として世界に認知されている。
博士はキュロスと同時に、掃除屋のことも研究していた。
容赦なく専門用語を散りばめられるせいで、彼女が何を言っているのかはさっぱりだったが、それでも語りの端々から伝わってくる凄まじい熱量から、彼女がどれだけこの二つの存在に強く入れ込んでいるのかは感じることが出来た。
私が今向かっているのは、その博士のいる場所だ。住処件、研究所。
向かっていると軽く言ったが、簡単に見つけられるような易しい場所ではない。と言うより、教えてもらわなければ一生辿り着くことが出来ない、そんな親切設計がふんだんに行き届いている場所だ。
殺戮港を出て、私は海岸沿いを淡々と同じ速度で走り続けていた。
想定していた通り、丁度連絡を受けてから三週間程度で到着することができそうだった。
内心少しホッとしながら、私は走っていた。博士は約束にはうるさいのだ。もてなしまで考えてーーそれが大袈裟な社交辞令なのだとしてもーー約束の日時を破ってぐちぐちと言われるのは勘弁願いたかった。
やがて、意味ありげな埠頭がいくつも伸びている海岸に出る。
幾つもある埠頭は、何も知らない者には意味を持つとは映らない、ただのオブジェだろう。だが、理由を知る私のような者には、見逃してはならない重要なヒントを放っている。
博士は『灯台から右に三』と言っていた。
灯台のある埠頭が中央右寄りにあり、そこから灯台のある埠頭を除いて右に三つ。
私は間違えないように細心の注意を払いながら、何度も振り返り埠頭の数を数え、最終的にその埠頭の先端へと向かった。
そろそろと到着して、ブレーキをかけ、スタンドを下ろす。
博士に言われた通り、来る前に拾っておいた石ころを、テンポ良く投げ入れる。
五回投げ入れた所で、地鳴りのような音が鳴り始め、巨大な何かが接近していることを予感させる。
この瞬間はいつも緊張するのだが、彼が顔を見せてからは、その緊張は瞬時に消え去るのだった。
ぷくり、と顔を覗かせて私の顔を確認した彼は、一気にその巨体を水上に現した。
巨大な大王烏賊。
博士の大事なパートナーであり、私の友人でもあった。
彼が意味ありげに義手のついた触腕を伸ばしてくる。
私は頷きながら、左手でその腕に触れ、しみじみと感じながら、軽く握る。
「……義手の調子は良いみたいだね、ピート……。久しぶり、会いたかったよ」
私がそう言いながら両手で腕を包み込むと、ピートは嬉しそうに他の腕をバタバタ振り、歓迎の仕草をしてくれた。
その元気ぶりが可笑しくて、微笑みながら彼の元気な姿を見ていると、突然ピートの横に丸い物体が浮かび上がってくる。
大きなボールは、仲が透明になっていて、その中に人が一人座れるようなスペースが見えた。移動用ポッドだ。
ポッドに設置されたスピーカーから、博士の声が聞こえてきた。
「よく来たね、ヴェロニカ。いつも通り、それに入って来てくれ。中でお茶を淹れて待っているよ」
そう言うと、ブツ、と音声が途切れる音がして、私とピートは顔を見合わせる。
それから彼にポッドを持ち上げてもらい、スイッチを入れ、バイクを後ろに乗せ、乗り込む。
私が乗り込み、ポッドの入り口が閉まったのを確認すると、ピートが長い触腕でポッドの周囲を包み込み、海中に下ろしてくれた。恐怖は全くない。彼は信用できる親友なのだ。
彼が慣習的な動きで私を丁寧に海中の中に引き摺り込むと、周囲の音が一瞬で消えた。代わりに、胎内に響き渡る鼓動のような、優しく立ち上る泡の音に包まれた。
私は柔らかな椅子の背にもたれかかり、深く目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる