備忘世界の運搬屋

星兎

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海鳴りと賢者

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 遠雷のようなさざめきの音が聞こえ、私は顔を上げた。

 彼方の地平線の上を、悪夢が翼を得て出現したような黒い塊が蠢きながら飛んでいる。

 掃除屋スイーパーだ。

 有機的に姿を変えながら、秩序がないことを秩序として、強い目的意識を感じさせる動きで何処かへと向かっている。

 ある意味ではとても自由に映る彼等は、また訪れる先で、少しでも生命の香りを放つ者達を探し出し、それらを貪り尽くして、やがて街を純粋な無機的世界に変えてしまうのだろう。

 掃除屋は盗人の屁まで喰らうとは、よく聞くジョークだが、笑えない事が実際のところなので、掃除屋の恐ろしさを逆に物語っているとも言える。

 掃除屋の通った後には、本当に何も残らない。

 生命を宿していない機械や、木材などが使われていない建物を除いて。

 廃墟と化した街に機械達が蔓延るようになるのは、一つには掃除屋が存在する為とも言える。

 彼等が存在する限り、防壁や地下避難所を設けていなければ、生き物が社会を形成することは出来ないのだ。

 最近になって漸く、彼等の訪れるエリアとその周期のマッピングに成功し、巡回ルートの特定が出来つつある為、そこから外れた場所に生活拠点を得ることが現実的になってきたが、それでも測り知れない畏怖すべき存在として世界に認知されている。

 博士はキュロスと同時に、掃除屋のことも研究していた。

 容赦なく専門用語を散りばめられるせいで、彼女が何を言っているのかはさっぱりだったが、それでも語りの端々から伝わってくる凄まじい熱量から、彼女がどれだけこの二つの存在に強く入れ込んでいるのかは感じることが出来た。

 私が今向かっているのは、その博士のいる場所だ。住処件、研究所。

 向かっていると軽く言ったが、簡単に見つけられるような易しい場所ではない。と言うより、教えてもらわなければ一生辿り着くことが出来ない、そんな親切設計がふんだんに行き届いている場所だ。

 殺戮港を出て、私は海岸沿いを淡々と同じ速度で走り続けていた。

 想定していた通り、丁度連絡を受けてから三週間程度で到着することができそうだった。

 内心少しホッとしながら、私は走っていた。博士は約束にはうるさいのだ。もてなしまで考えてーーそれが大袈裟な社交辞令なのだとしてもーー約束の日時を破ってぐちぐちと言われるのは勘弁願いたかった。

 やがて、意味ありげな埠頭がいくつも伸びている海岸に出る。

 幾つもある埠頭は、何も知らない者には意味を持つとは映らない、ただのオブジェだろう。だが、理由を知る私のような者には、見逃してはならない重要なヒントを放っている。

 博士は『灯台から右に三』と言っていた。

 灯台のある埠頭が中央右寄りにあり、そこから灯台のある埠頭を除いて右に三つ。

 私は間違えないように細心の注意を払いながら、何度も振り返り埠頭の数を数え、最終的にその埠頭の先端へと向かった。

 そろそろと到着して、ブレーキをかけ、スタンドを下ろす。

 博士に言われた通り、来る前に拾っておいた石ころを、テンポ良く投げ入れる。

 五回投げ入れた所で、地鳴りのような音が鳴り始め、巨大な何かが接近していることを予感させる。

 この瞬間はいつも緊張するのだが、彼が顔を見せてからは、その緊張は瞬時に消え去るのだった。

 ぷくり、と顔を覗かせて私の顔を確認した彼は、一気にその巨体を水上に現した。

 巨大な大王烏賊。

 博士の大事なパートナーであり、私の友人でもあった。

 彼が意味ありげに義手のついた触腕を伸ばしてくる。

 私は頷きながら、左手でその腕に触れ、しみじみと感じながら、軽く握る。

「……義手の調子は良いみたいだね、ピート……。久しぶり、会いたかったよ」

 私がそう言いながら両手で腕を包み込むと、ピートは嬉しそうに他の腕をバタバタ振り、歓迎の仕草をしてくれた。

 その元気ぶりが可笑しくて、微笑みながら彼の元気な姿を見ていると、突然ピートの横に丸い物体が浮かび上がってくる。

 大きなボールは、仲が透明になっていて、その中に人が一人座れるようなスペースが見えた。移動用ポッドだ。

 ポッドに設置されたスピーカーから、博士の声が聞こえてきた。

「よく来たね、ヴェロニカ。いつも通り、それに入って来てくれ。中でお茶を淹れて待っているよ」

 そう言うと、ブツ、と音声が途切れる音がして、私とピートは顔を見合わせる。

 それから彼にポッドを持ち上げてもらい、スイッチを入れ、バイクを後ろに乗せ、乗り込む。

 私が乗り込み、ポッドの入り口が閉まったのを確認すると、ピートが長い触腕でポッドの周囲を包み込み、海中に下ろしてくれた。恐怖は全くない。彼は信用できる親友なのだ。

 彼が慣習的な動きで私を丁寧に海中の中に引き摺り込むと、周囲の音が一瞬で消えた。代わりに、胎内に響き渡る鼓動のような、優しく立ち上る泡の音に包まれた。

 私は柔らかな椅子の背にもたれかかり、深く目を閉じた。


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