機械の国の異邦人

星兎

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少年

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 少年の表情は穏やかではなかった。青く、冴えない顔色で、鳶色の瞳は追い詰められた草食獣のように左右に忙しなく動き、僕と、部屋の外の光へと向けられていた。

 僕は両手を上げたまま、少年と向かい合っている。

 少年が唾を飛ばしながら言った。

「おい、ここはどこだ。どうして俺はこんな所にいる」

 僕は答えた。無感情を意識しながら。

「ここは病院です。あなたが落ちた裏山がある街で、一番大きな病院です。あなたは頭を怪我していたので、ここへ連れてこられたんです。連れてきたのは子供達です」

 僕は何故、子供達です、などと言ったのだろうと思いながら、自分の勝手に動いていく口の動きを、意識の中の遠くから観察していた。

 少年が茜を更に胸元に引き寄せながら、威嚇するような声で言った。

「じゃあ、主治医と警察を呼んでこい。俺はもう大丈夫だと主治医に証言させるんだ。……それとも、俺は拘束下にあるのか? ここはどこの国だ」

「カザン帝国です。機械の国の。ご存知ありませんか?」

 少年はいきなり叫び声を上げた。

「うるさい!」

 僕は扉の方をさりげなく盗み見て、少年に言った。

「あまり大きな声を出すと、外の見張りに気づかれますよ。捕まりたくないのなら、僕達の言うことを聞いた方がいい」

 少年は茜の首にナイフの先を当てた。茜が恐怖に顔を歪ませる。

 僕は淡々と彼に近づいていき、その手に握られたナイフを掴んだ。

 そして、自分の方へと引き寄せる。掴んだ手のひらが刃によって切り裂かれ、温かな血が流れ出ている感覚がし始める。僕はそれでも全く気にしなかった。そのまま、ぬめりを帯びた手のまま、彼の手からナイフを引き抜き、刃をTシャツで拭った。彼は途中から全く抵抗しなくなった。

 拭ったナイフの柄の方を彼に向けて差し出しながら、僕は言った。

「はい」

「なんなんだよ……お前……」

「僕の名前は足人(あしと)といいます。彼女の名前は茜。群青 茜です。いい名前でしょう? そろそろ離してあげてくれませんか? 彼女、相当怯えてるみたいなので」

 僕がそう言うと、彼は今気付いたというように茜の首から腕を離し、茜は慌てた動きで僕の方へと走ってきた。

「怖かった?」

 と僕が聞くと、茜は僕の血が流れている手を見つめている。

「足人、血、出てるけど……」

「いいんだ。ここは病院だし。後で手当して貰えばいい」

「でも……」

 茜の言いたいことは分かっていた。思っていたよりも、出血が多い。それだけあのナイフの切れ味が鋭かったということだ。

 僕の血が付いたナイフの柄を、彼は黙って受け取り、それから突然項垂れた。そして元気がなくなったような、急に消沈したような雰囲気になる。

 気になって僕が聞こうとしたら、彼の声が聞こえた。

「……今、何パルスだ?」

 僕は聞かれたので、答えた。

「女王統治歴千二百五十五パルスです。もうすぐ五十六パルスになりますが」

 パルスはこの世界、ミド王国と呼ばれる巨大な『女王』の統治する世界で、共通して使われる唯一の世界歴を表す時の単位で、僕の知る限りでは、ミド王国ではどこの国にも共通している単位である筈だった。でも、世界は僕が思っているより遥かに大きくて、使われていない場所もあるのかもしれない。

 彼は僕の言葉に、「くそっ!」と言い、額を抑えながら罵りの言葉を吐いた。

「『時の網』だ……あのエリアに入ったせいで、未来に来ちまった……くそ……くそ……早く戻らねえと……。

 おい、俺の飛行機を知らないか。でかい、プロペラの付いた飛行機だ」

「飛行機? 空飛ぶ機械のこと?」

 茜が言った。

「そうだ。他に何がある? ああ、墜落したんだったな。くそ、それじゃ飛べないか。畜生、すぐにでも出発しないといけないのに……」

 僕は傷ついた方の手を上げた。その手から、腕にかけて、時間をかけて血の滴が流れ落ちていくが、僕は全く気にならなかった。

 茜と少年が、僕の手に視線を集中させている。

 やがて、茜より先に、少年の方が口を開いた。

「……なんだ、お前。一体、何してるんだ」

「僕に提案があるのですが」

「なんだ」

「……足人、もうやめよう? 帰ろうよ。私、本当に嫌な予感がするの。もう帰ろうよ。後は軍人と医者に任せよう、ねえ?」

「小娘は黙ってろ。なんだ、お前? アシトとか言ったな。提案だと? まあいいだろう。言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」

 僕は鼻から息を深く吸い込み、気持ちを落ち着かせてから、口を開いた。

「僕らは、この世界の色々な事に興味があるんです。もしあなたさえ良ければ、外の世界や、この国についての情報を、少しでもいいから分けて頂けたらと思うんです。その代わり、僕達はあなたがすぐにでも出発できるよう、出来るだけの手伝いはします。

 ……どうでしょう?」

「伝承家になれってことか。この国を出ていく間」

「僕らだけの伝承家です。話をしてくれるだけでいいんです」

 彼は暫く考える仕草を見せた後、顔を上げて、「分かった」と言った。

 僕は手を下ろし、彼と目を合わせた。とても賢そうな、全く濁りのない、純粋で強い瞳だった。

「じゃあ差し当たって、ここから抜け出す手伝いをしてもらおうか。外には見張りがいるって言ってたが……ところで、お前たちはどうやってここまで来た? まさかとは思うが、窓か?」

 僕は笑みを浮かべた。

「察しが良くて助かります。帰りも同じ経路で帰ろうと思ってました。あなたの体が大丈夫だったらですが、一緒に来ませんか? 無理にとは言いませんが……」

 少年は再び考える間をとったが、今度はすぐに顔を上げて言った。

「俺は無理とは言わん。頭も、今は時々痛むぐらいだ。すぐに出発しよう。お前に付いて行けばいいんだろう」

「ええ。じゃあ、準備をお願いします」

「足人!」

 茜が抑えた声で言いながら、僕を非難するような、不安まじりの顔で見つめてきている。

「……大丈夫なの?」

 その言葉は色々な意味に受け取れたが、僕は血の流れている手を強く握り、「大丈夫」と意思を込めて呟いた。更に言った。

「好奇心には、誰も逆らえないんだ」

 僕の言葉を聞くと、茜は何も言わなくなった。

 それから少しの時間が流れ、「出来たぞ」と少年の声が聞こえた。振り返って見ると、少年が衣服と鞄を肩に斜め掛けして、意気に満ちた目をしてそこに立っていた。

「元気そうですね。やっぱり僕の思っていた通りだ」

「無駄話はいい。さっさとずらかるぞ」

「オーケー。ところで、あなたの名前は?」

 少年は黙り込み、茜の側を通り抜け、窓辺に立った。

 部屋は既に暗闇に包まれ、廊下の明かりや、窓の外の白いフィラメントの電灯の光が淡く入り込んできている。

 窓を開けながら、彼は言った。

「俺はガイル。ガイル・アルマイン。辺境の『箱庭』から逃げ出してきた、臆病な旅人だ。今はこんなナリをしてるが、本当は……。いや、よそう。今はそれよりも、さっさとこんな場所から離れることだ。さあ、案内しろ。アシト」

「了解。ガイル」

 僕は手を差し出したが、彼はその血に塗れた手を握ろうとはしなかった。

「……さっさとしろ」

「分かりました」

 僕は差し出した手を戻して、窓へと歩み寄った。


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