語り部は王の腕の中

深森ゆうか

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賢王の裏側2

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 怒りか怯えか――どちらなのか自分でも分からない震えの中で、エステルは口を開いた。
 「……ど、どうして……?」
  今までの見合い話が、いつの間にか立ち消えたのは、アレシュが手を回したから?

  ――いや、それより以前の……
「オルク……私の元婚約者の破棄の件は……まさか、アレシュ、王の仕業ではありませんよね……?」
 「――上手く婚約破棄まで、いくとは思わなかったがね」
  アレシュの告白に、エステルは雷に撃たれたような衝撃を受けた。
  自分の腕の中で震えるエステルに、アレシュは額や鼻、頬に唇と幾度も口付けを落とし、話を紡ぐ。
 「彼に良い職場と、彼に見合った女性を探して紹介してやるように、と臣下に命じたまでだ。彼が新しい職場だけで満足をして、女性に見向きなどせず、『エステル一人』と心がぶれなければ僕の敗けで、きっと貴女を諦めただろう――だが、元婚約者は職場だけでは満足できなかった。そういうことだよ」
 (裏で、アレシュ王が裏で、全てを引いていたなんて……!)
  エステルに、はっきりと怒りと、それを上回る恐怖が襲った。
  当時、彼は十二歳だった。そんな年端もいかない少年が、自分の恋の成就のために狡猾に裏で手を回していただなんて。
  彼のこの執着心を知って、エステルは恐怖に息が詰まる。呼吸できなく窒息しそうだ。
 「ど、ど、うし……て……? どう、して……?」
 「――決まってるじゃないか」
  目と鼻の先で視線が絡む。
  アレシュの瞳は濁りなく澄んでいる。
  蒼く、どこまでも澄んだ瞳には邪な想いなどなく、ただ自分への想いのみに熱く揺らいでいた。
 「エステルが好きだからだよ――愛しているんだ」
  好きだからと、独占するために手を回した小細工は、彼にとって純粋に想ってのことなのだ。

  だからこそ――こんなにも汚れなく、澄んだ瞳を持つ。

 (それが人、一人の人生を歪めてしまったことに気付かない……)
 「酷い……私は……オルクとの婚約破棄で、どれ程傷付いたのか……」
 「だからこそ、僕の手で、僕の側で、幸せにする」
  アレシュの口付けが顔から耳に移る。かかる吐息に、エステルは身を固めた。
  外耳に沿ってアレシュの舌先が這う。舌先が付くか付かないかのギリギリに這うものだから、エステルは顔を動かすことが出来ず、ひたすら身を固くしていた。
  ――少しでも動いたら、アレシュの舌が耳につく。
 「止めて……くださ――きゃあ!」
  いきなり耳朶に歯をたてられ、エステルは強い刺激に声を上げた。
 「痛かったかな……? 悪かった」
  チュッと音がして耳朶が揺れる。
  痛くて声を上げたわけではなかった。驚いたのもあるが、痛みではなく強烈な刺激が、そこから全身に伝わったからだ。
  アレシュは、執拗に耳を責め続ける。耳朶を甘噛みしては吸い、吐き出される息が耳の中を通り、全身に彼の熱さが行き渡るようで、その度にエステルの腰が浮く。
  アレシュがエステルの耳から唇を離し、ハア、と甘い声と共に息を吐いた。
 「エステル……そんなに腰を当てないで。誘ってる?」
 「――そ、そんな……! 誘うなんて……!」
 「では、無意識に僕を欲しているわけか」
  アレシュがエステルの片手を握ると、自分の腰に誘導する。触れたそこは、服の上からでも明らかに中から盛り上がり、熱を発していた。
 「あ……!」
  生娘ではあるエステルだったが、その盛り上がりを見せる熱いものが何なのか――分からないほど物知らずではない。
  同時、あの小さな少年だったアレシュが、本気で自分を欲しているのだと心が荒立った。
 (……なのに)
  この身体の芯から湧いてきている感覚は、何なのだろう?
  このまま貞操が奪われるかも知れないのに、自分はどこかで期待している?
 (何を私は……!)
  再び唇を塞がれ、強く吸われてエステルは喘いだ。濡れた唇から出される熱く、エステルの口内を掻き乱した。
  口の中で蠢くのは、厚く存在感のあるアレシュの舌。
  それはエステルの舌を捕らえ、つついたり舐めたりとしきりに愛でる。こんな濃厚な口付けなど経験してこなかった彼女には、それを諌める手段など思い付かない。
  アレシュの巧みな舌使いに翻弄され、ぼんやりとして思考を放り出そうとする頭を、必死に正常に戻そうとする。
 「――んん……!」
  舌を吸われた。そのままアレシュの口内に誘導され、エステルは突然「怖い」という感情が沸き上がった。
  ――だが、それもすぐに霧散した。
  アレシュの腫れた下半部を腹に押し付けられた。それは先程よりずっと固く大きくなっているように思える。
  熱い。熱さが当てられた腹から伝わってくると、自分もそこから身体が熱くなってきた気がする。
  抵抗しようとする力まで、蕩けてしまったようだ。
  力が抜けたエステルに、アレシュは、
 「僕の身体をこんなにしたのだから、責任をとってもらわないと」
と笑う。
  掠れた低い笑い声に混じる淫らさを感じ取ったのは、気のせいじゃない。
 「――あっ……! お、う!」
  ティーガウンの、胸元のリボンが解かれた。
  編み込まれたリボンは、どうやらアレシュを苛つかせる作りらしい。
 「こんな手の込んだ服を……」
  腹立たしく呟くと、面倒だと言わんばかりに力任せに胸元を開く。
  その強引さにエステルは目を見開き、思わず上半身を起こし後ろにずれた。拍子、胸がはだけポロリと二つの乳房が溢れ、アレシュの目の前に現れる。
 「見ないで……見ないでください!」
  慌てて隠そうとするエステルの腕をアレシュは掴み、再び長椅子に背中を押し付けた。
  動きに合わせて動く二つの丘は、白くて張りがある。頂を彩る小さめの突起は、仄かな赤身を帯びていた。
 「……綺麗だ。こんな綺麗な女性の胸を見たのは、初めてだよ」
 「嘘……!」
  恥ずかしさに腕を離せと暴れてみるも、掴むアレシュの手はびくともしない。まるで頑丈な鎖に繋がれたように。
  今の彼の台詞から知られる事実――彼は王宮に戻ってからも、欲求を解消してくれる誰かがいたのだ。
  きっと、若くて美しい……想像すると、こんな女のどこが良いのか分からない。
 「……ふぁっ!?」
  乳房の先に濡れた物が当り、驚いたエステルは背中を逸らす。片方の頂点を舐められ、もう片方の乳房は、アレシュの自由のきく手に塞がれていた。
  初めて高級な壊れ物にでも触れるようにソロソロと被さる程度だったが、頂を舐め不意に吸い付くと、エステルが過敏に反応したのに触発されたらしい。
  下から、やんわりと持ち上げるように揉みだした。軽く力が入る五本の指が、エステルの感覚を刺激させる。
  口からの刺激と手からの刺激――異なった二つの刺激は初めての経験で、エステルにはただ悶えた。
 「あっ……ん! 止め……て!」
  拒絶を繰り返し吐く、自分の声が甘くて拙い。
  十代の若い娘に還ったような辿々しい反応しか出来ない自分が、酷く恥ずかしい。
 「お願い……です……! こんなことはもう……!」
  年甲斐もなく、余裕の無いままに、アレシュに翻弄される自分の姿を彼はどう見ているのだろう?
 「――はう!」
  アレシュに乳首を軽く噛み付かれ、エステルはよりいっそう甘く戦慄いた。
 「可愛い……エステル。他の男性に、こんなことをされたことが無いんだね……?」
  耳の傍でアレシュが囁く。欲情を孕む低い囁きは、エステルの鼓膜を震わせ理性を溶かしていく。
  片方の乳房を大きく捏ね回され、もう片方は頂を嬲られては吸われ、エステルは初めての刺激に翻弄される。
 「ひ……っ、や、あ……っ!」
  鼻がかった甘い自分の声にも刺激を受ける。
  自分がこんな声を出すことに、あったはずの羞恥心まで溶けてしまって、エステルはされるがままでいた。
 「エステル……もっとその可愛い声を聞かせて……」
  アレシュに抑えられていた腕が解放された。
  彼の両腕が、エステルの二つの乳房を愛でることに余念がなくなる。アレシュの形良い口は、より良く色付いた頂を吸い上げては、舌で転がしていた。
  その度にエステルは、ひくひくと身体を震わせては甘い声を漏らしていた。
 「ふぁ……っ! やめ……! っんもう……やぁ……!」
 「可愛いのが、いけない」
  散々なぶられたエステルの胸の突起は、赤く尖り固くなっていた。
 「上半身だけで、こんなに良くなって……僕の口と手がそんなに良かったかい?」
 「――ちがっ……ぁあん!」
  恥ずかしさに拒否の声を上げたが、不意に両の突起を摘まれたせいで、出したのは拒絶とは程遠い声になってしまう。
  クリクリと擦られるように、摘ままれたまま再び唇を奪われる。無遠慮に入ってきた舌が、口内で滅茶苦茶に暴れている。
  思わず頭を振ったエステルだが、アレシュに「舌、」と、求められるままに絡める。
  ――いい子だ
 というように、アレシュの舌はエステルの舌の裏をつつき、また重ね合わせ、果てには唾液をも流し込む。

  全く経験の無いエステルは理性が溶けてしまった頭で、何も知らない少女のようにただ受け入れていた。
  飲みきれなかった唾液が、口から漏れ下に伝う。
  アレシュの口は離れて溢れた唾液を追っていき、エステルの首筋を這う。
  いつの間にか彼女の上半身は霰もなく晒け出され、アレシュの手が愛しげに触れていた。
  肩も、腕も、背中も、腹も、アレシュが丹念に触れてはなぞる。
  触れられているだけなのに、気持ちが良い。寒気とは違うゾクゾクする物がエステルの身体を震わせては、声を上げさせた。
  息が、胸の鼓動が、荒い。
 「はぁ……! はぁ……ん、やめ、うん、お……う……!」
 「アレシュと……呼びなさい」
  囁かれる命令は、恋人に愛の言葉を放つように甘い。
 「も、う……止めて……ください、これ以上……は」
 「おかしくなりそう?」
  クスリ、とアレシュが小さく笑う。
 「ちが……うっ! そんなことじゃ……!」
 (アレシュが自分と、これ以上過ちを犯させてはいけない……!)
  それを諭さなければ。アレシュの自分に対する恋は、幼かった頃の思いを引きずっているだけ。

  本当に愛する相手は、別にいる――

「そんなことじゃない? もっと違う快感が欲しい?」
  アレシュの手が、乱れてはだけたドレスの中に入る。
  ――そこは!
 「いけな……! あっ!」
  薄いショーツの上から裂け目を撫でられ、エステルの背中が弓なりに反った。
 「撫でられただけで、こんなにも感じるんだね……エステルは、すごく敏感な身体をしていて、イヤらしいよ……」
 「違う……! ちがいま……す! いやらしいなんて……!」
  裂け目から下腹に向かって、ふっくらした丘をショーツの上から撫でられながら、もう片方の手は、エステルの胸を弄るのを止めない。
  二本の指で挟みながら、乳房を揉みしだかれる。違う二ヶ所の刺激に堪らず、エステルの手は、アレシュの袖を引きち切れるかもしれないくらい握り締めた。
 「エステル……!」
  アレシュの声にますます余裕がなくなる。
  彼は下履きを履いたまま、固くなった自分の下部をエステルのショーツに押し付ける。
 「……っひ!」
  その初めての、熱を持った固い感触に、エステルはようやく我に返った。
 「お止めください……! こんなこと! なさってはいけません……! 貴方は王です。嫌がる女性を無理矢理自分の物にしようだなんて……!」

  エステルの必死の説得に、アレシュは動きを止めた。
 「……王?」
  ジッと自分を見つめる碧い瞳は未だに熱を孕んでいる。だけど、そこに切なさも含まれたことにエステルは気付いた。
 「君の身体は拒絶をしていない。むしろ喜んでいる。……何故、それを認めて受け入れようとしない?」
 「こんなこと、いいえ、私を王妃として迎え入れることが間違っているからです」
  ズキリ、と自分の胸が疼く。自分の言葉に、こんなに傷つくなんて。
  アレシュの手がエステルの額から撫で、ゆっくりと髪を梳く。
  その慈愛を感じる彼の行為さえもエステルの五感を刺激させ、また快感に導こうとしている。
  下腹に来るジワリとした温かさが、背中や下肢を痺れさせた。
 「エステル、君を妃に迎えることはもう決定したことだ。その為に僕は数年前から準備をしていた――そう、ブレイハから、このヴィアベルクの城に戻ってからずっと……」
 「……えっ?」
  アレシュはエステルから離れ、身体を起こす。つられ、エステルも上半身だけ起こし、ずっと、こちらをとらえたままの彼の瞳を見つめ返した。
  そこには、確固たる意志が見えた。
 「……王妃教育はまだ始まったばかりだ。少しずつ受け入れてくれれば良い」
  そう言うと、魅力溢れた笑みを浮かべ部屋から出ていった。

 「――王!」
  閉められた扉に向かって叫んでも、アレシュは戻ってこない。

  エステルは、入れ替わりで入ってくるであろう侍女に見られぬよう、乱れたティーガウンを慌てて整えた。


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