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過去はとうに過ぎ去って1
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目が覚めて、エステルは自分の姿を確認する。
寝着をきちんと着込み、アレシュの残滓で汚れた内股も綺麗に拭かれていた。
(……まさか、王が……?)
気を失うように、眠りについた自分。その後も自分は、王に身体をまさぐられていたのだろうか?
昨夜の乱れ方といい、思い出すとエステルは死にたくなるほどだ。
アレシュの手ほどきに恥じらいもなく、甘い声を出して
嫌だ、止めてくださいと振りほどこうとしても、成長したアレシュ王に敵わない。
結局、ズルズルとまた王の手の中に落ちてしまった。
深く溜息をつき、寝台の上で膝を抱えるエステルの耳にノックの音が聞こえた。
そろそろ朝食を取らねば。
王妃教育を受けるのは、ほとほと困るが、あの講師はこちらの事情など関係無いと、自分の役割をこなそうとするだろう。
エステルは入るように促す。
入ってきたのは侍女頭だった。実家のあるブレイハまで迎えにきた中年の女性で、ブルネラという名前だと聞いた。
「お食事のご用意を」
エステルにそう伝えると、一緒に入ってきた年若い侍女達と寝台にテーブルを設置したり、カーテンを開けたりと、機敏に動く。
目の前にボウルが置かれ、温かな湯が注がれエステルは顔を洗う。
昨日、「自分のことは自分でやる」と訴えてブルネラと言い合いになった。
『侍女の仕事を、取り上げるような行為はお止めください』
と諭され、観念したエステルは今、こうしているわけだ。
焼きたてのパンにスープ。果物と野菜のサラダ。彩りよく皿に盛り付けられ、細部にまで細かい仕上げに食べるのが惜しくなりながらも口に運ぶ。
「エステル様。本日の午前の講義は、お疲れな様子なので休みなさいとの王の言付けを承っております」
「……っ!」
ブルネラから言付けを聞いてエステルは、思わず口に運んでいたパンを落としてしまった。
(『お疲れ』ですって? 一体誰のせいだと思っているのよ!)
そう吐き出したいのを、グッと堪える。
「……王は、その、いつ、ここからお帰りに……?」
平静に尋ねたいが、昨夜のことを思い出すと心が千々に乱れて、言葉さえも碌に発っせない。
そんなエステルの動揺にも関わらず、ブルネラは落ち着いた口調で答えた。
「はい、深夜のうちにお戻りに」
「……私の服の乱れとかは……誰が……?」
「湯の用意やお着替え用の衣装等は、私がご用意をさせていただきましたが、後は王が自ら」
「……」
エステルは、唸りながら目頭を押さえた。
「王は……何を考えて私を妃に迎えたいと……」
ボヤくように呟いたエステルの言葉に、ブルネラは驚いたようだった。
大きく目を開き、数歩彼女との距離を近付ける。
「エステル様に対して、王は純粋に愛を受け入れてほしいだけなのです」
「……王の愛が欲しい女性なら、星の数ほどいるでしょう? 私のような年増をなぜ選んだのか……」
こんなぼやきを吐露して情けないとは思う。だが、エステルには限界だった。
ブレイハから迎えの馬車が着てから、自分の意見や願いなど聞いてもらったこともない――いや、そもそも、意見も願いも口に出すことすら出来ない。
言おうとすれば、周囲からたちまち塞いでしまうのだから。
ブルネラなら話を聞いてくれるだろうと、エステルは迎えの馬車で便乗していた気安さでぼやいたのだ。
「それは――エステル様は、一人しかいないからです」
「……ブルネラ……?」
「エステル様は、アレシュ様にとって『唯一の、自分が欲した女性』なのです」
ブルネラの静かで穏やかな声に、慰めや同情の色音は聞こえない。
ただ、励ましと王の気持ちの確かな自信だけ。
――何故、彼女はこんな風にハッキリと王の気持ちを断言出来るの?
エステルの心の内に更に深い疑問と、ブルネラに対しての微かな嫉妬が色付いた。
◆◆◆
変な体勢が祟ってか、下半身が重い。それでも部屋にジッとしていたくなく、エステルは王宮内を散歩したいとブルネラに申し出た。
「では、奥宮の庭など散策なさるのは如何でしょう? この季節なら、薔薇やアカシアが満開で大変美しいですよ」
花を見て気を紛らすのも良いだろう――エステルはすぐに頷いた。
奥宮に造られた庭園は芝と石畳を敷いて、所々に東谷が設置されていた。季節折々の花が楽しめるように、多種の草木が植えられ管理されているようだ。
驚いたのは軽々と一越えできるくらいのものだが、人工の川があったことだ。
(噴水ではなくて、川なのね)
この川が流れるエリアはどこが故郷のブレイハに似ている。
自分がよく隠れて水浴びをしていた場所は、この季節にはアカシアが咲いてそこから望むルフェルト城は美しかった。
城は無いが、木々の木陰で休めるようにベンチがある。
エステルは小休止とばかりに、ベンチに腰を掛けた。
最初の美しく整備された場所も良いが、こうやってあまり人の手をいれていない、自然に任せたような景観も良い。いや、どちらが良いかと聞かれれば、こちらを選ぶだろうとエステルは思った。
穏やかな日に注がれ、萌える新緑を眺める。木漏れ日が眩しくて目を眇めた。
「……こんなように光に透けるように、若くて美しい娘の方が良いのに……」
つい心情を漏らしてしまう。
「――光に染まれる新緑だけが、美しいわけじゃない」
ここにきて一気に慣れた声の主に、エステルは驚きを隠せぬままに顔を向けた。
背筋良く立ち、明るい日差しを受けてこちらを見いる青年――アレシュ王だ。
乗馬服を着た姿は洗練されていて顔の端整さも加わり、庭に設置されてもおかしくない美しい彫刻のようだ。
エステルは、こんなに男らしい美貌を持つ青年に成長したアレシュに、自分が求婚されているなどと素直に信じて受け入れることなど、とても出来ない。
エステルも、付き添いでいるブルネラ達も、アレシュに対し頭を下げた。
「楽にしなさい。ここは奥宮の庭だ。煩わしい者達は立ち入り禁止でね。自由にして良い」
そう魅力溢れる笑みを浮かべエステルに近付き、隣で立ち止まり、エステルが見上げていた木陰を作る木々に視線を向けた。
「初々しい若葉も良いだろう。しかし、私はしっかりと木陰を作り、眩しい光から私達を守り、凉を与えてくれるまでに育った青繁る緑葉の方が良い」
――それは、自分のことを表現しているのだろうか?
そう考えると、エステルは知らずに頬が熱くなる。
アレシュはブルネラ達に視線を向けると、仰々しく衣装の裾を上げながら一礼して下がっていった。
「……あ」
外でも王と二人きりだと思うと、エステルに緊張が走る。場所構わず、夜のような行為をされたら……
(あのような恥ずかしい姿で、はしたない声を出したら……!)
しないと言い切れない。
「王……乗馬をされていたのですか?」
話題を作ろうと、必死にエステルは話しかける。
「これからだよ。狩りの季節には良い時期になってきたからね。しかしながら他の貴族達との付き合いの一貫だ。あまり楽しみとは言えないな」
アレシュはエステルの問いにそう肩を竦めた。
「エステル、貴女は乗馬は?」
「あ、はい……一人でも乗れますが、ここ数年は乗馬から離れていたので……」
「そうか。では時間がとれたら今度一緒に乗ろう。すぐに勘も取り戻せよう。秋には狐狩りが盛んになるからね、貴女も参加することになるだろうから」
エステルは、アレシュのその言葉に頷くことも否定することもできずにいた。ただ、彼の清涼とした碧い瞳の眼差しから避けるしか手立てはない。
「……この庭を見て、何か感じなかったかい?」
「――えっ?」
アレシュに問われ、エステルの視線はぐるりと周囲を見渡す。
確かに感じていた。この既視感――
「ブレイハ領のルフェルト城近くの川辺に、似ているような気はしていましたが……」
「その通りだ。貴女と初めて出会ったあの場所を、出来るだけ思い出して再現させたのだ」
「嫌だわ……」
今、思い出しても恥ずかしい。人の通りがそう無い場所だったからと、嫁入りの年頃に水浴びをして――アレシュ王に見られてしまったのだから。
「あの時、貴女に出会って過ごした日々は私にとってどれほど励みとなったのか……。あの約束がどんなに勇気をくれたのか……エステル、貴女は知らない」
「アレシュ王……」
私と別れてからも、私を慕い続けていてくれたの?
「手紙とか、何かの折りにつけて送ってくだされば……」
私も、こんな急な展開に惑うことは無かったのに。
(――だったら、どうしたと言うの? 王の求婚を受け入れていたと言うの?)
「……何度も貴女に手紙を送ろうとした……でも、出来なかった」
そう告白するアレシュは寂しそうだ。
「私が王宮に戻って数年は荒れていた。私が貴女恋しさに手紙を送り続けていたら、私の弱点として貴女は反勢力に利用されていただろう」
「そんな……」
それほどに酷かったのか、この王宮は。ヴィアベルクの内政は。
「落ち着いて、貴女に手紙を送ろうとしたが止めた。婚約者と別れて落ち込んでいた貴女に『自分が裏で手を回した』なんて書きそうだったからね」
「―― !」
そうだ、アレシュ王は手を回して婚約を破棄させて、その後も全て壊したのだ。
その執着にエステルは、恐怖と共に怒りが湧く。
「何故です……! そのような姑息な真似をしてまで私を……!」
「当時の小さな少年の愛の告白など、貴女は本気にしたか? しないだろう? だから、私が相応の歳になるまで貴女に待ってもらうしかなかったのだ。……私が一人の大人の男性として見てもらうために」
強い意思を持つ、一国の統治者の顔を持つアレシュの纏う空気は熱くて怖い。
頑なに王の気持ちを拒絶し続ける心を、溶かされてしまいそうで。
「今夜は貴女の『教育』は休もう。愛しているよ、エステル」
王はそうしてエステルの甲に恭しく口付けすると、踵を返し去っていった。
寝着をきちんと着込み、アレシュの残滓で汚れた内股も綺麗に拭かれていた。
(……まさか、王が……?)
気を失うように、眠りについた自分。その後も自分は、王に身体をまさぐられていたのだろうか?
昨夜の乱れ方といい、思い出すとエステルは死にたくなるほどだ。
アレシュの手ほどきに恥じらいもなく、甘い声を出して
嫌だ、止めてくださいと振りほどこうとしても、成長したアレシュ王に敵わない。
結局、ズルズルとまた王の手の中に落ちてしまった。
深く溜息をつき、寝台の上で膝を抱えるエステルの耳にノックの音が聞こえた。
そろそろ朝食を取らねば。
王妃教育を受けるのは、ほとほと困るが、あの講師はこちらの事情など関係無いと、自分の役割をこなそうとするだろう。
エステルは入るように促す。
入ってきたのは侍女頭だった。実家のあるブレイハまで迎えにきた中年の女性で、ブルネラという名前だと聞いた。
「お食事のご用意を」
エステルにそう伝えると、一緒に入ってきた年若い侍女達と寝台にテーブルを設置したり、カーテンを開けたりと、機敏に動く。
目の前にボウルが置かれ、温かな湯が注がれエステルは顔を洗う。
昨日、「自分のことは自分でやる」と訴えてブルネラと言い合いになった。
『侍女の仕事を、取り上げるような行為はお止めください』
と諭され、観念したエステルは今、こうしているわけだ。
焼きたてのパンにスープ。果物と野菜のサラダ。彩りよく皿に盛り付けられ、細部にまで細かい仕上げに食べるのが惜しくなりながらも口に運ぶ。
「エステル様。本日の午前の講義は、お疲れな様子なので休みなさいとの王の言付けを承っております」
「……っ!」
ブルネラから言付けを聞いてエステルは、思わず口に運んでいたパンを落としてしまった。
(『お疲れ』ですって? 一体誰のせいだと思っているのよ!)
そう吐き出したいのを、グッと堪える。
「……王は、その、いつ、ここからお帰りに……?」
平静に尋ねたいが、昨夜のことを思い出すと心が千々に乱れて、言葉さえも碌に発っせない。
そんなエステルの動揺にも関わらず、ブルネラは落ち着いた口調で答えた。
「はい、深夜のうちにお戻りに」
「……私の服の乱れとかは……誰が……?」
「湯の用意やお着替え用の衣装等は、私がご用意をさせていただきましたが、後は王が自ら」
「……」
エステルは、唸りながら目頭を押さえた。
「王は……何を考えて私を妃に迎えたいと……」
ボヤくように呟いたエステルの言葉に、ブルネラは驚いたようだった。
大きく目を開き、数歩彼女との距離を近付ける。
「エステル様に対して、王は純粋に愛を受け入れてほしいだけなのです」
「……王の愛が欲しい女性なら、星の数ほどいるでしょう? 私のような年増をなぜ選んだのか……」
こんなぼやきを吐露して情けないとは思う。だが、エステルには限界だった。
ブレイハから迎えの馬車が着てから、自分の意見や願いなど聞いてもらったこともない――いや、そもそも、意見も願いも口に出すことすら出来ない。
言おうとすれば、周囲からたちまち塞いでしまうのだから。
ブルネラなら話を聞いてくれるだろうと、エステルは迎えの馬車で便乗していた気安さでぼやいたのだ。
「それは――エステル様は、一人しかいないからです」
「……ブルネラ……?」
「エステル様は、アレシュ様にとって『唯一の、自分が欲した女性』なのです」
ブルネラの静かで穏やかな声に、慰めや同情の色音は聞こえない。
ただ、励ましと王の気持ちの確かな自信だけ。
――何故、彼女はこんな風にハッキリと王の気持ちを断言出来るの?
エステルの心の内に更に深い疑問と、ブルネラに対しての微かな嫉妬が色付いた。
◆◆◆
変な体勢が祟ってか、下半身が重い。それでも部屋にジッとしていたくなく、エステルは王宮内を散歩したいとブルネラに申し出た。
「では、奥宮の庭など散策なさるのは如何でしょう? この季節なら、薔薇やアカシアが満開で大変美しいですよ」
花を見て気を紛らすのも良いだろう――エステルはすぐに頷いた。
奥宮に造られた庭園は芝と石畳を敷いて、所々に東谷が設置されていた。季節折々の花が楽しめるように、多種の草木が植えられ管理されているようだ。
驚いたのは軽々と一越えできるくらいのものだが、人工の川があったことだ。
(噴水ではなくて、川なのね)
この川が流れるエリアはどこが故郷のブレイハに似ている。
自分がよく隠れて水浴びをしていた場所は、この季節にはアカシアが咲いてそこから望むルフェルト城は美しかった。
城は無いが、木々の木陰で休めるようにベンチがある。
エステルは小休止とばかりに、ベンチに腰を掛けた。
最初の美しく整備された場所も良いが、こうやってあまり人の手をいれていない、自然に任せたような景観も良い。いや、どちらが良いかと聞かれれば、こちらを選ぶだろうとエステルは思った。
穏やかな日に注がれ、萌える新緑を眺める。木漏れ日が眩しくて目を眇めた。
「……こんなように光に透けるように、若くて美しい娘の方が良いのに……」
つい心情を漏らしてしまう。
「――光に染まれる新緑だけが、美しいわけじゃない」
ここにきて一気に慣れた声の主に、エステルは驚きを隠せぬままに顔を向けた。
背筋良く立ち、明るい日差しを受けてこちらを見いる青年――アレシュ王だ。
乗馬服を着た姿は洗練されていて顔の端整さも加わり、庭に設置されてもおかしくない美しい彫刻のようだ。
エステルは、こんなに男らしい美貌を持つ青年に成長したアレシュに、自分が求婚されているなどと素直に信じて受け入れることなど、とても出来ない。
エステルも、付き添いでいるブルネラ達も、アレシュに対し頭を下げた。
「楽にしなさい。ここは奥宮の庭だ。煩わしい者達は立ち入り禁止でね。自由にして良い」
そう魅力溢れる笑みを浮かべエステルに近付き、隣で立ち止まり、エステルが見上げていた木陰を作る木々に視線を向けた。
「初々しい若葉も良いだろう。しかし、私はしっかりと木陰を作り、眩しい光から私達を守り、凉を与えてくれるまでに育った青繁る緑葉の方が良い」
――それは、自分のことを表現しているのだろうか?
そう考えると、エステルは知らずに頬が熱くなる。
アレシュはブルネラ達に視線を向けると、仰々しく衣装の裾を上げながら一礼して下がっていった。
「……あ」
外でも王と二人きりだと思うと、エステルに緊張が走る。場所構わず、夜のような行為をされたら……
(あのような恥ずかしい姿で、はしたない声を出したら……!)
しないと言い切れない。
「王……乗馬をされていたのですか?」
話題を作ろうと、必死にエステルは話しかける。
「これからだよ。狩りの季節には良い時期になってきたからね。しかしながら他の貴族達との付き合いの一貫だ。あまり楽しみとは言えないな」
アレシュはエステルの問いにそう肩を竦めた。
「エステル、貴女は乗馬は?」
「あ、はい……一人でも乗れますが、ここ数年は乗馬から離れていたので……」
「そうか。では時間がとれたら今度一緒に乗ろう。すぐに勘も取り戻せよう。秋には狐狩りが盛んになるからね、貴女も参加することになるだろうから」
エステルは、アレシュのその言葉に頷くことも否定することもできずにいた。ただ、彼の清涼とした碧い瞳の眼差しから避けるしか手立てはない。
「……この庭を見て、何か感じなかったかい?」
「――えっ?」
アレシュに問われ、エステルの視線はぐるりと周囲を見渡す。
確かに感じていた。この既視感――
「ブレイハ領のルフェルト城近くの川辺に、似ているような気はしていましたが……」
「その通りだ。貴女と初めて出会ったあの場所を、出来るだけ思い出して再現させたのだ」
「嫌だわ……」
今、思い出しても恥ずかしい。人の通りがそう無い場所だったからと、嫁入りの年頃に水浴びをして――アレシュ王に見られてしまったのだから。
「あの時、貴女に出会って過ごした日々は私にとってどれほど励みとなったのか……。あの約束がどんなに勇気をくれたのか……エステル、貴女は知らない」
「アレシュ王……」
私と別れてからも、私を慕い続けていてくれたの?
「手紙とか、何かの折りにつけて送ってくだされば……」
私も、こんな急な展開に惑うことは無かったのに。
(――だったら、どうしたと言うの? 王の求婚を受け入れていたと言うの?)
「……何度も貴女に手紙を送ろうとした……でも、出来なかった」
そう告白するアレシュは寂しそうだ。
「私が王宮に戻って数年は荒れていた。私が貴女恋しさに手紙を送り続けていたら、私の弱点として貴女は反勢力に利用されていただろう」
「そんな……」
それほどに酷かったのか、この王宮は。ヴィアベルクの内政は。
「落ち着いて、貴女に手紙を送ろうとしたが止めた。婚約者と別れて落ち込んでいた貴女に『自分が裏で手を回した』なんて書きそうだったからね」
「―― !」
そうだ、アレシュ王は手を回して婚約を破棄させて、その後も全て壊したのだ。
その執着にエステルは、恐怖と共に怒りが湧く。
「何故です……! そのような姑息な真似をしてまで私を……!」
「当時の小さな少年の愛の告白など、貴女は本気にしたか? しないだろう? だから、私が相応の歳になるまで貴女に待ってもらうしかなかったのだ。……私が一人の大人の男性として見てもらうために」
強い意思を持つ、一国の統治者の顔を持つアレシュの纏う空気は熱くて怖い。
頑なに王の気持ちを拒絶し続ける心を、溶かされてしまいそうで。
「今夜は貴女の『教育』は休もう。愛しているよ、エステル」
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