語り部は王の腕の中

深森ゆうか

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過去はとうに過ぎ去って3

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 ――いてもたっても、いられなかったのだ。

  王は初めて会った頃には既に人の動向を観察し、周囲が気持ち良くくいられるように動ける少年だった。
  自分が強引な求婚と『夜の教育』に戸惑い、恐れ始めていた事を王は感じ取っていたのではないか? 
  そうして、自分の、最も安心する接し方に変えたのではないか?
 (私は……! なんて愚かな!)
  自分より年下の王が自分の欲望より、相手の気持ちを考えて行動していたのに気付かずに、急に変わった態度に安堵しながらも……

 ――一方で熱に浮かされた夜の行為をどこかで待っていた。

 (なんて自分勝手なの! 私の方が年上なのに! 私が考えるべきの応対じゃない!)
  恥ずかしくて、すぐに謝罪したくてアレシュ王を探すために、馬を繋いである場所まで急ぐ。
  自分が乗っていた馬の傍に見慣れない若者がいることに、エステルは足を止めた。
  付き添ってきていた馬丁ではない。
  品の良い横顔と、仕立ての良い狩猟用の服。スラリとして均衡の良い体躯は、気品に満ちている。
  若者は、愛しそうにエステルの馬の首を撫でていた。
 「――アレシュ王?」
  横顔からしてそうだと思い、エステルは青年に声を掛ける。
  しかし、こちらを向いた青年は王ではなかった。
  こちらも、なかなかの美丈夫だが――ダニヘル伯爵に、よく似ている。青年も「アレシュ王」と呼ばれて驚いているようだ。
  エステルに眼差しを向け、しげしげと食い入るように見つめてきた。
 「失礼しました。 横顔がアレシュ王によく似ていたものだから……」
  エステルは自分の勘違いに、頬を染めて謝罪する。
  青年はしばらくボンヤリとエステルを見ていたが、彼女が不思議そうに顔を傾げたのに気付き、頬を染めながら首を振る。
 「あ……こちらこそ失礼を。あまりに良い馬だったので……」
  青年はエステルに近付くと滑らかに彼女の右手を取り、恭しく頭を下げた。
 「ダニヘル伯爵の三男、ヴィートと申します。以後、お見知りを……」
 「エステル・シャルカ=阿某と申します」
 「貴女がエステル様でしたか……! 王の想い人の!」
  驚かれてエステルは、どう返事して良いか分からずヴィートに微笑みを返す。
 「ダニヘル伯の御子息でいらしたのね。伯や夫人にはお世話になっております」
 「いいえ、父はともかく。……母は世話好きが過ぎて。お節介やきで煩わしくはありませんか? 母にはどうか、遠慮なさらずに言ってやってください。暴走するので時々、きつく言いつけないと暴れるものですから。本当に暴れ馬のようでしてね」
 「まあ、酷い。素敵な方ですわよ」
 「そう言ってもらえるとありがたい」
  話し方が夫人とよく似ていて、エステルは我慢できずに笑ってしまい、ヴィートもつられて快活な笑い声を上げた。

  一頻り笑うと、ヴィートはエステルをまたジイッと見つめ出した。
  エステルは、その眼差しに戸惑いながらも、
 「あの……私の顔に何かついています? 先程、夫人とお茶を頂いていたものですから……」
と、おどけた振りをしてヴィートに尋ねた。
 「……あ、いえ……。不躾に見つめてしまって申し訳ありません。参ったなあ、と思ってしまって……」
 「まあ、何が参ったのでしょう?」
 「……アレシュ王の想い人がこんなに美しい方だなんて……。王と女性の理想像が似ていると思っていましたが……」
 「えっ……?」
  今度は、エステルが彼をまじまじと見つめてしまう番だった。
  熱が籠もった真剣な眼差しに、エステルは、
 「嫌だわ、いい歳をした女をからかわないで下さいな」
と、はぐらす。
 「お気を悪くしたらすみません。 ――でも事実です。貴女を見た時から、胸の鼓動が逸るばかりです」
  ヴィートは更にエステルに近付いて、両手を握りしめる。
 「王より早く、貴女に出会いたかった……」
  そう熱っぽく囁くと、握り締めたエステルの手の甲に口付けを繰り返す。
  エステルは、いきなりなこの展開に微動だにできずにいた。
  この青年、見たところアレシュ王と同じ歳ほどに見える。
  貴族の若者というのは、年上の女性に憧れるのか? それともそれが流行りなのか――と疑心暗鬼になってしまう。

  草を掻き分ける音に、エステルはヴィートにビクビクしつつ語りかける。
 「ヴィート様、お手を離して下さい。人が来ます」
 「ああ……! もう少しだけ!」
  ヴィートの心酔したような、うっとりとした声音にエステルはますます戸惑う。

 「ヴィート」

と、声をかけてきた声と見せた姿に、さすがのヴィートもエステルの手を離して離れた。
 「ヴィート、いくら君の理想に近いからと言って、彼女の婚約者の目の前で誘惑するのはいただけないね」
  乗馬用の無知を腰に下げて、ゆるりとエステルの前に現れたアレシュは、呆れた表情をヴィートに向けた。
 「誘惑だなんて! 王であり友である君の婚約者を讃えているのに!」
  ヴィートは真底「何故?」という顔を見せ、アレシュに大袈裟に手を広げて驚いた仕草をした。
  アレシュは、そんな彼に肩が揺れるほど盛大な溜息を吐く。
 「君は、何でもかんでも大袈裟な表現を出しすぎだ」
 「そんなことはないぞ! 僕は自分の正直な気持ちを、表現するだけだ」
 「分かった分かった……良いから狩りに戻りたまえ。父君のダニヘル伯が探していたぞ」
 「――そうだった。狩猟犬が僕でないと統率がとれないのだった」
  思い出したのか慌て出したヴィートは、エステルにおざなりな会釈をして足早に去っていった。

 「賑やかなご親友ですわね」
  物静かな外見とは逆の内面のヴィートに、エステルは苦笑してしまう。
 「あれでも、私より二つ年上なのだよ。生活面でも女性関係でも落ち着きがなくてダニヘル伯爵夫妻の頭痛の種だ――だから」
 「――あっ!」
  アレシュがエステルの腰を、強引に引き寄せる。唇が触れそうなほどに近い。
  エステルが思わず顔を逸らすと、アレシュがエステルの耳を甘噛みし、繰り返し始めた。
 「ぁあ……、王……こんな場所で、お止めください!」
  止めるように言うも、彼はますますエステルの身体を引き寄せる。
 「……ん」
  耳の裏を舌で這われて、温かな滑りに背中全体に痺れが回る。
 「ヴィートは悪気が全く無い。付き合いやすいが、その時々の感情で動いてしまうから、彼の戯れ言にフラフラしてはいけない」
  語りかけながらエステルの耳を、アレシュの舌や口が悪戯に触れる。
  口から吐き出される吐息に、囁かれる鼻がかった甘くて低い声と共に、エステルをあっという間に、快楽への褥に導いてしまう。
 「それにダニヘル伯爵夫人といるように、と言ったのに何故一人でいる? いけない人だね……貴女にもそんなところがあるのを知ったのは、新鮮だけど」
 「……王を探して……」
 「私を?」
  エステルの言葉にアレシュは驚いて、耳から口を離して彼女と向かい合う。
 「何故、私を?」
  面と向かい合わせになると、彼の期待が籠った表情がすぐ近くにあり、エステルは気恥ずかしさに顔をそらしながら答えた。
 「謝罪を……しなければ、と」
 「何か謝らなければならないことを、君はしたのか?」
  アレシュの声が固くなったのをエステルは感じて、視線を合わせた。

  動揺に彫刻のように精美な顔立ちは歪んでいたが、碧い瞳は怒りで激しく揺れ動いていた。


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