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デミグラス
しおりを挟むこの匂いはきっと、 母さんのものだ。
間違いない。 ダクトから漏れ出すその匂いをおれは知っている。
間違いなく今晩はデミグラスハンバーグだ。
おれにはわかる。 家の近くを通っただけでそのデミグラスソースの濃厚な香りをおれの鼻腔が逃すはずがない。
間違いない。 今日はハンバーグだ。
仮に隣の家に住むクラスのマドンナといつも行動を共にしている若干美人臭い奴、 柏木が 『今日はステーキだろう。どう考えてもこの匂いの胸焼けしそうなくどさは ステーキに間違いない』と
おれをバッドで二度三度殴ってきたとしても俺は自分の考察を変えることはしないだろう。
なぜなら おれは 母さんのつくるデミグラスハンバーグのためにこれまで戦ってきたからだ。
間違えるはずがない。
たくさんの犠牲を払ってまで守ったこの味、この匂い。
今生きている証拠にも等しい、このデミグラスハンバーグのオイニーを間違えるはずがない!
おれには絶対的な自信があった。
そして おれは家の玄関をあけた。
ドアノブが錆びているのかドア本体が腐ってきているのか少し軋みその後おじいちゃんが死ぬ前に突然鼻歌で歌い出した
『楓ちゃんと僕はカカトで蹴り合う仲』のイントロがドアノブから必然的に鳴り出す。
このドアノブのせいで夜中買い物に行こうとしてもすぐにバレてしまうが
今はこのドアノブが愛おしい
散々学校でつまらない勉学に励んだ挙句今日は保健の松下先生が休みという残酷な知らせを耳にし絶望した休み時間を超え、退屈でひたすらに酷でしかない部活を乗り越えた今のおれには
このドアノブから漏れ出す
楓ちゃんと僕はカカトで蹴り合う仲(死んだジジイ作詞作曲)がまるで今日の俺を慰めてくれているかのようでどうしようもなく愛おしい。
『ただいまぁー今日はなにご飯ー?』
わかりきっていながら、俺は台所でトントトトトトトトンバドミントントントントンッッッ と妙なリズムの包丁捌きを只今繰り出し中の母親に問う。
しかし 母から帰ってきた言葉は
俺の思考回路を止めた。
ありえない
そんな答えが返ってくるはずがなかった。
なによりも驚いたのは
俺の問いに答えたその声は
俺の知らない声だということ。
心臓が止まりそうになった
玄関の下駄箱に謎の赤いハイヒール。
見たこともないハイヒール
そして嗅いだことのない香水のオイニー
その声はたしかに俺の耳に絶望を届けた
答え も絶望を極めた。
もはや答えとして認識できない。
そんなオイニーはしてない
そんな匂いは一切しないのに
たしかにその声は俺にこう告げたのだ。
『今日のご飯は、 ラザニアとマルゲリータピッツァカレー入りおにぎりの詰め合わせよ』
と。
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