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惑星の翁
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「おじさんはね、君の言う通り困った時には光の粒になれるんだ。光の粒は凄く足が早くて、軽やかで透明だから家の煉瓦だってすり抜けることが出来ちゃうし、地面をそのまま突きぬけて、地球の反対側にだって行けちゃうんだよ。それにね、物凄く甘くて美味しいチョコレートの味がするものだから、世界中の心優しい子供たちにサービスして下の上でコロコロ転がってあげるんだ。そうすると子供達はね、虫歯にならずに目一杯チョコレートを楽しめておじさんはその分だけ目一杯幸福になれる。互いに幸福を得られる素晴らしい姿なんだよ。」
私の言葉を聞いて、少年の顔は明るく綻んだ。
「それってとっても素敵だね。」
「ああ、そうさ。でも、その為にどうしても丘の見える公園に行かなくてはならないんだ。小鳥には親鳥が要るように、ヒーローには悪役が要るように、おじさんにはあの場所が必要なんだ。どっちの道を行けばいいか知っているね?」
少年が静かに微笑みながら頷いて、青々とした茂みの間の林の奥を指差した。
私は微笑み返して頷いた。
まるで2人だけの、とっておきの秘密を共有するかのように心が弾んだ。
愛おしげな眼差しで彼を見つめながら私は言った。
「ありがとう、それじゃまた何処かで。」
私は、少年が指し示した方向へとおずおずと歩き始めた。
その頃にはすっかり心の落ち着きも取り戻せていたのだが、不思議と涙が溢れてきて、私の世界を酷く濁らせていった。
あまりに涙が溢れ出してきて止まらないので暫く両手の甲で、交互に頬を拭いながら、全てがぼやけたまま歩き続けた。
幾度となく頑強な太い木の根に足を取られ、幾度となく無駄に伸びすぎた枝葉から不意打ちの1発を受けた後、やがて前方に林の終わりが見えてきた。
木々の隙間から覗いた揺らめく白光が、私を手招きしているようにも見えた。
私は、早足で駆け寄っていく。
そして、光の膜を通り抜ける。
────私は、眼前に広がる圧倒的な光景に只只目を見張っていた。
空と大地の境界を、こんなに果てしなく遠くに感じた事は生まれて初めてだった。
見渡す限りどこまでも広がる豊かな丘陵の草原、彩ある草花は頭を垂れて絶え間なく波打っている。
天界からの庇護を受けた白光の襞が、丘の斜面に沿って涼やかに走り抜ける谷風を突き破って射しこみ、草原の舞台で優美な佇まいを垣間見せる。
鼻を掠めていく柔らかい若草の香りや、大地の力強い脈動や、天翔ける華麗な白鳥の勇姿が、否応なしに私の心を浄化していく。
気がつくと私は、中空を舞い飛ぶ羽の生えた白馬と共に空へと飛翔していた。
頭の中で、移動したい方向を思考するだけで、容易く空を舞うことができた。
どうやら私のそばを飛び交い、親しげな愛情を込めて身体をすり寄せてくる白馬が、私を飛行させてくれているようだ。
言葉にしなくとも意思の疎通が可能で、互いの気持ちが手に取るように理解出来た。
白馬もまた、私と同じように歓喜していた。
共に大空を翔ける事が嬉しいようだ。
澄んだ飴色の水晶のような純粋な瞳で私を見つめ、喜びを分かち合うように、私達は一声哭いた。
その嘶きは、遥か彼方にある地の果てまで轟き、心清き者には英の恵みを授け、心穢れし者には免罪の慰めをもたらした。
私は心身ともに高まり、少しでもこの聖なる喜びを、我が至高の友である白馬と分かち合いたいと希いたって、右腕を伸ばしてその身に触れた。
その身体は、穏やかな太陽のように温かくていて頑健で、指を滑らせると滑らかな毛並みさえも優しさに溢れていた。
偉大なる旋律を奏でながら我々は、麗しく飛翔していく。
どこまでも、どこまでも行ける事を心から恍惚した。
警戒心の強い、野生の鶴達でさえ我らが瑞恩を少しでも授かろうと、三角錐状に列を為してひたと付き添ってくれる。
邪悪な森の洞を住処にしている、強靭で猛々しい月の輪熊でさえ我らが空を仰いで、苔むした大地へ鼻先を擦り畏怖の念を表した。
やがてゆっくりと、太陽がその大きさを変え始める。
幼児の握り拳大から、徐々に徐々に大人の頭蓋骨程度まで。
その頃には成層圏を突き抜けて、辺りは星々が無数に煌めき合う漆黒の宇宙へと到達していた。
空気や呼吸をも、最早必要としていない次元に存在する事はとっくに悟っていたのだが、この白馬が傍らに寄り添ってくれていなかったら、やはり動揺していたかもしれない。
速度は破壊的に加速して、瞬く間にあの太陽が私の何千倍もの大きさへと転じた。
怒涛とも言える唯一無二の波動をこの肌に感じると、畏敬の想いを遥かに超えて、私はただ壊れたように笑うことしか出来なかった。
容赦のない光度が、私の身体に降り注ぐとき、漠然と私が本心から懇願していた事物はこれだったのだな、と悟ることが出来た。
生まれてきてこの方、すべての生命の時間も、身も精神でさえも投げ打って手に入れたかったのは、ただこの瞬間だったのだ。この一瞬のために費やしてきたのだ。
一抹の恐れにも似た感情を胸に抱きながら、慎重に、しかし果敢に、私は右手を太陽へと伸ばしていく。
最早触れることが叶う位置にまで達していた。
謙虚さや苦悶をかなぐり捨てて、ただ自分が望んでいた物を、利己心を満たすためだけに、太陽へと触れるために更に右手を伸ばした。
まさに指先が触れる────そう思った途端、私は急に気が付いてしまった。
こんなはずは無い。こんな訳が無い。
そう理解した瞬間、本当の私が目を覚ました。
湿った若草の原で仰向けに倒れ、右手を天空に伸ばしながら、歯を食いしばって何かに耐えている私が、そこには居た。
身体を起こして、頭を一振────思考を明確にさせると、何かを掴んでいる感覚が右手にあったので、掌を開いてみた。
そこから、白銀の短い一房の毛束がこぼれ落ちた。
それを見た時、私の目からは自然と涙が溢れ、緩やかに頬の丘を伝って、静まりきった永遠の大地へと流れ落ちていった。
私の言葉を聞いて、少年の顔は明るく綻んだ。
「それってとっても素敵だね。」
「ああ、そうさ。でも、その為にどうしても丘の見える公園に行かなくてはならないんだ。小鳥には親鳥が要るように、ヒーローには悪役が要るように、おじさんにはあの場所が必要なんだ。どっちの道を行けばいいか知っているね?」
少年が静かに微笑みながら頷いて、青々とした茂みの間の林の奥を指差した。
私は微笑み返して頷いた。
まるで2人だけの、とっておきの秘密を共有するかのように心が弾んだ。
愛おしげな眼差しで彼を見つめながら私は言った。
「ありがとう、それじゃまた何処かで。」
私は、少年が指し示した方向へとおずおずと歩き始めた。
その頃にはすっかり心の落ち着きも取り戻せていたのだが、不思議と涙が溢れてきて、私の世界を酷く濁らせていった。
あまりに涙が溢れ出してきて止まらないので暫く両手の甲で、交互に頬を拭いながら、全てがぼやけたまま歩き続けた。
幾度となく頑強な太い木の根に足を取られ、幾度となく無駄に伸びすぎた枝葉から不意打ちの1発を受けた後、やがて前方に林の終わりが見えてきた。
木々の隙間から覗いた揺らめく白光が、私を手招きしているようにも見えた。
私は、早足で駆け寄っていく。
そして、光の膜を通り抜ける。
────私は、眼前に広がる圧倒的な光景に只只目を見張っていた。
空と大地の境界を、こんなに果てしなく遠くに感じた事は生まれて初めてだった。
見渡す限りどこまでも広がる豊かな丘陵の草原、彩ある草花は頭を垂れて絶え間なく波打っている。
天界からの庇護を受けた白光の襞が、丘の斜面に沿って涼やかに走り抜ける谷風を突き破って射しこみ、草原の舞台で優美な佇まいを垣間見せる。
鼻を掠めていく柔らかい若草の香りや、大地の力強い脈動や、天翔ける華麗な白鳥の勇姿が、否応なしに私の心を浄化していく。
気がつくと私は、中空を舞い飛ぶ羽の生えた白馬と共に空へと飛翔していた。
頭の中で、移動したい方向を思考するだけで、容易く空を舞うことができた。
どうやら私のそばを飛び交い、親しげな愛情を込めて身体をすり寄せてくる白馬が、私を飛行させてくれているようだ。
言葉にしなくとも意思の疎通が可能で、互いの気持ちが手に取るように理解出来た。
白馬もまた、私と同じように歓喜していた。
共に大空を翔ける事が嬉しいようだ。
澄んだ飴色の水晶のような純粋な瞳で私を見つめ、喜びを分かち合うように、私達は一声哭いた。
その嘶きは、遥か彼方にある地の果てまで轟き、心清き者には英の恵みを授け、心穢れし者には免罪の慰めをもたらした。
私は心身ともに高まり、少しでもこの聖なる喜びを、我が至高の友である白馬と分かち合いたいと希いたって、右腕を伸ばしてその身に触れた。
その身体は、穏やかな太陽のように温かくていて頑健で、指を滑らせると滑らかな毛並みさえも優しさに溢れていた。
偉大なる旋律を奏でながら我々は、麗しく飛翔していく。
どこまでも、どこまでも行ける事を心から恍惚した。
警戒心の強い、野生の鶴達でさえ我らが瑞恩を少しでも授かろうと、三角錐状に列を為してひたと付き添ってくれる。
邪悪な森の洞を住処にしている、強靭で猛々しい月の輪熊でさえ我らが空を仰いで、苔むした大地へ鼻先を擦り畏怖の念を表した。
やがてゆっくりと、太陽がその大きさを変え始める。
幼児の握り拳大から、徐々に徐々に大人の頭蓋骨程度まで。
その頃には成層圏を突き抜けて、辺りは星々が無数に煌めき合う漆黒の宇宙へと到達していた。
空気や呼吸をも、最早必要としていない次元に存在する事はとっくに悟っていたのだが、この白馬が傍らに寄り添ってくれていなかったら、やはり動揺していたかもしれない。
速度は破壊的に加速して、瞬く間にあの太陽が私の何千倍もの大きさへと転じた。
怒涛とも言える唯一無二の波動をこの肌に感じると、畏敬の想いを遥かに超えて、私はただ壊れたように笑うことしか出来なかった。
容赦のない光度が、私の身体に降り注ぐとき、漠然と私が本心から懇願していた事物はこれだったのだな、と悟ることが出来た。
生まれてきてこの方、すべての生命の時間も、身も精神でさえも投げ打って手に入れたかったのは、ただこの瞬間だったのだ。この一瞬のために費やしてきたのだ。
一抹の恐れにも似た感情を胸に抱きながら、慎重に、しかし果敢に、私は右手を太陽へと伸ばしていく。
最早触れることが叶う位置にまで達していた。
謙虚さや苦悶をかなぐり捨てて、ただ自分が望んでいた物を、利己心を満たすためだけに、太陽へと触れるために更に右手を伸ばした。
まさに指先が触れる────そう思った途端、私は急に気が付いてしまった。
こんなはずは無い。こんな訳が無い。
そう理解した瞬間、本当の私が目を覚ました。
湿った若草の原で仰向けに倒れ、右手を天空に伸ばしながら、歯を食いしばって何かに耐えている私が、そこには居た。
身体を起こして、頭を一振────思考を明確にさせると、何かを掴んでいる感覚が右手にあったので、掌を開いてみた。
そこから、白銀の短い一房の毛束がこぼれ落ちた。
それを見た時、私の目からは自然と涙が溢れ、緩やかに頬の丘を伝って、静まりきった永遠の大地へと流れ落ちていった。
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