人気俳優と恋に落ちたら

山吹レイ

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再会

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 とある料亭の個室で、俺は昨夜会ったばかりの柏原為純とテーブルを挟んで向かい合って座っている。昨日と今日でシチュエーションが違うが、目の前にいる為純はどんな場所だろうとその存在感は変わらない。室内に足を踏み入れただけで、急に視野が狭くなり為純しか見えなくなる。それは先に足を踏み入れた加賀も同じように感じたようで、一瞬息を呑み足を止めた。すぐに何事もなかったように繕ったが、吸い込まれるように目がいく感覚は、嫌な気持ちになるし、ばつが悪い。
 俺はといえば、突き刺さる視線を意識しながら、ひたすら下を向いて座り、綺麗に磨かれたテーブルの木目をじっと見つめていた。うなじがひりひりするのを、ときどき鎮めるように撫でる。
 俺の横で、加賀と為純のマネージャーだという矢田が名刺を交換し挨拶を交わしている。
 それが終わると、まずは矢田が頭を下げた。
「急な連絡にもかかわらず、お越しいただきありがとうございます」
 俺も咄嗟に頭を下げる。だが、加賀は頭を下げるどころか、背をぴんと伸ばしたまま、射貫くような視線で向かいに座る二人を見つめている。
「このような事態になったこと、わが社では重く受け止めています」
 硬い声はいつもの加賀とは違う。ぴりぴりとした空気を纏い、いかにも心外といった様子で怒りを露にしている。
 それに気づかないわけでもないだろうが、ちょっと驚いたように矢田が目を見開いて、慌てて同意する。
「ええ、わが社でも大変な騒ぎになっていて、どのように対処すべきか話し合いが行われています。ですが、まずはお相手のことを知らない限り判断もできないと思いまして、こうした席を設けさせていただきました」
 矢田は感じよく微笑んでいるが、要は俺がどんな人物か見極めようとしている。
 加賀はすっと息を吸い、言葉を切るように強めに言い放った。
「お相手も何も、行理は付き合っていないと言っています。会ったのも昨日がはじめてだとか。柏原為純さん、あなたにからかわれているようだと行理は言っています」
 すると、今までにこやかに微笑んでいた矢田の顔に動揺が広がる。
「為純! お前、嘘をついたのか!」
「嘘はついていません。これからの関係はどうにでもなるでしょう」
 怒られても為純は表情すら変えない。飄々とした態度で飲み物を口に運んだ。
「嘘だったんだろう。なんであんな誤解をされるようなこと言ったんだ」
「今度こんなことがあれば守れない、お前自身でどうにかしろ、と言われていたので、なら認めたら話は早く収まると思ったまでです」
「お前! 相手を巻きこんでまですることか!」
「写真が出回った以上、否定しても肯定しても同じでしょう」
 矢田は肩をがっくりと落とし、顔を手で覆い項垂れてしまった。
 俺も加賀も口を出さない。黙って成り行きを見ている。
「どうしてキスなんて写真を撮られる羽目になったんだ。というか、キスをしたのは事実なのか」
「事実です」
「事実なら、為純だけでなく、そちらのほうにも責任がある」
 矛先がこちらに向いたが、加賀は冷静に言い返した。
「無理やりでもですか?」
「為純!」
 怒りがまた為純に戻った。
「お前を庇おうとした俺が馬鹿だった……。本当に申し訳ない」
 矢田は手をつき深く頭を下げる。そこで俺は躊躇いながらも口を開いた。
「いえ……不実なこともあったんですが、実は為純さんに助けてもらったりもして……あんな場所にいた俺も悪かったんだと思います」
 全部が全部、為純が悪いわけではない。高橋のことを疑いもせずに、あのような場所に行った俺もよくなかった。
「お前、こんないい子を犠牲にして……少しは謝れ」
 矢田が為純の頭を掴み一生懸命下げようとしている。為純は邪魔そうに頭を振っていて、そのたびに結ってないブロンド色の長い髪が緩やかに揺れた。
 軽く咳ばらいをして加賀が話を戻す。
「では、そちらは、これからどう責任を取るつもりですか?」
 矢田ははっとし、椅子から立ち上ると、その場に土下座する。俺はここまでされるとは思ってなくて慌てたが、加賀はそれを見ても硬い表情を緩めない。
「行理さんをはじめ、御社にご迷惑をおかけしたこと深く謝罪いたします。本当に……本当に申し訳ございませんでした」
「謝罪は結構です。これから、どうされるのか訊きたくてここに来たんです。こんなことで行理の未来を潰すわけにはいかない」
 矢田に対して冷たすぎる言動も、加賀は俺の未来を守るために戦っている。それを知ったら安易に口を挟めない。憎まれても非情だと思われても守り通す、その心意気はデビューしたときに加賀から言われていた。あなたたちのことは何があっても必ず守ります、と。
「社に持ち帰り上司と……」
 言いかけた言葉を聞きたくないとばかりに遮り、加賀はさらに追い打ちをかける。
「何もできないなら、為純さんに、取材などの機会に、あれは冗談だったと謝ってもらってもいいしょうか?」
 あまりの要求に矢田の口から変な声が出る。
 今まで黙って聞いていた為純が、指でテーブルをコツコツと叩いた。
「それより本当に付き合えばいい。ありがたくも今ネットでは大盛り上がりだ。しかも世間もファンも好意的に見てくれている。俺が謝って水を差すのはもったいないと思わないか」
 口調をがらりと変えて、為純は淡々と話す。
 付き合えばいいなどと、信じられないことを口にする為純に唖然とするしかない。
「だがな、為純」
 言いよどんで矢田はちらりとこちらを見る。俺のことを心配しているのだ。
 矢田を無視して続ける。
「考えてもみろ。キス写真を撮られた。俺がいい関係を続けたいと記者に話した。そのあとにくるものは何が相応しい? 謝罪か?」
 全部発端になったというのに、為純はその傲慢さを隠さない。それでも彼を責めずにいるのは、妙な説得力とそれ以外の道はないのでは、と思ってしまったからだ。
 俺も加賀も押し黙ってしまった。矢田すら、目を閉じて考えている。
 双方にとってどう動くのが最適か、考えても思いつかない。出回ってしまった写真、記者へ放った言葉、それらはなかったことにできない。
「こんな展開になったんだ。戻るより進んだほうがいい」
 確かに、付き合っている、となれば世間的な評価は保たれる。
 加賀が静かに訊く。
「あなたに行理が守れますか」
「守ってやらなきゃいけない男なのか?」
 逆に聞き返して、為純はやんわりと片方の唇の端をあげた。皮肉に感じる言葉は、それほどやわな男なのか、とからかう気持ちと、守ってやらなきゃいけないほどの存在なのか、と馬鹿にしているような意味合いにも聞こえる。多分その両方だろう。
「付き合っていることが本当になれば、悪いことにはならないし……実はそのことを話し合おうと思っていたんだ」
 ここに俺たちを呼んだ理由を、矢田は今になって明かした。
「嘘だったとは思ってもみなかったが、俺なりに行理くんはいい子だと感じる。為純がそれでいいと思うなら、このまま……その付き合うふり、というのでもいいからお願いできないか? いや、お願いできないでしょうか」
 言い直して、矢田は縋るように俺を見る。
 為純と付き合うこともそのふりも、考えられない俺は、それでもできないとはっきり言えなくて、他に方法はないものかと唸り声をあげて必死に頭を動かす。
「ほとぼりが冷めた頃に、適当な理由をつけて別れたことにすればいい」
 為純は簡単に考えているが、そううまくいくだろうか。
「世間を味方につけたんだから、これを利用するのも手だ。なんなら俺の名前を好きに出していい」
 あげく、そんなことまで言うから、俺は思いっきり顔を顰めてしまった。
「売名行為は好きじゃない。こんなことで有名になったって……」
「少しでも知ってもらうきっかけにはなる。そこから先はお前たち自身の問題だ。潰れる可能性もあるかもしれないけどな」
「潰れるわけあるか!」
 テーブルを叩き腰を浮かせて為純を睨みつけると、矢田が驚いたように見ている。
 熱くなってしまったことに気づいて、座りなおしたが、なんとも居心地が悪い。
「わかりました……」
 加賀が観念したように呟く。その声を絶望的な気持ちで聞いた。
「今は行理にとっていいと思われる選択をしたいと思います」
「加賀さん……いや、だって……俺……」
「行理、付き合うふりというより、友人の感覚でいればいいんだ。馬鹿な友人を持ったと思えばいい」
 酷い言いかただ。この分では加賀の中で為純の評価は下の下だ。
「我慢の限界に達したら、行理からふればいいだけだから」
「加賀さん……」
 話は本当におかしい方向に向かっている。
 矢田は俺を祈るように見ているし、加賀はできると信じている。為純は……こんなひどいことを言われても、あまり気にしているふうはなく少し肩を竦めただけ。付き合うことになるかもしれない俺のことだって、本音はどうでもいいと思っているかもしれない。
 俺は一人取り残された気分で、困ったと天井を見上げた。
 どれだけ考えようと答えは出ないので、やるしかないのだが、でも……こんな男と付き合うって……いや、友人というだけでも到底なれるとは思えない。友人になるには、馬が合ったとか、共通の趣味があったかと、通じ合う理由があると思うが、そんなものこの男から感じられない。
 数分悩みに悩んだ後、絞り出すような声で言った。
「……わかりました」
 途端に矢田の顔にほっとした様子が広がり、加賀は優しく肩を叩く。
 矢田はさっそく為純に向き合い、厳しく言いつけている。
「いいか、他の女性との噂話は絶対に厳禁だ。これだけ騒がれて好意的に受け入れられているのに、他の女性にうつつをぬかしたりしてみろ。今は不倫だの浮気だの世間の目は厳しいからな。発覚した途端にお前の俳優人生は終わると思え」
 為純は矢田の小言を聞き流しながら、頬杖をついて目の前に携帯電話を差し出した。え? と思ったが、連絡先の交換だとわかり、俺も携帯電話を出す。溜まっていた着信履歴やメール、その他のアプリに残されていた数多の連絡も今は全部無視して、連絡先を入れる。
「約束してほしい。行理に手出しするな。いいか絶対にだ」
 加賀がぎょっとするようなことを言い出したから、そんな可能性もあるのかと思わず変な想像をしてしまった。考えるまでもなく杞憂だろう。俺に対する興味は薄い。
「そっちが惚れる可能性もあるだろ」
 為純は微笑んで自信たっぷりに言い放った。うぬぼれとは思えない発言も彼が言うと信憑性が出る。生憎だが、俺のほうも為純に対する好感度は限りなく低い。
「その言葉、こちらからも言い返して……」
「加賀さん、もういいから……」
 なんだか不毛な言い争いになりそうだったので、慌てて止めに入る。そんな俺の肩を掴み言い聞かせるように加賀は諭した。
「いいかい。お互いにいい関係を築いてほしい。羽目を外したり、悪い意味でニュースになるようなことは控えてほしい。行理も約束できるね」
「はい。約束します」
「そちらもお願いできますか?」
「……わかった」
 意外にも為純は神妙な顔で素直に頷いた。
 それからすぐに話し合いは終わったとばかりに加賀は挨拶をして、俺を連れて料亭を出る。食事も何も一切食べていないし、飲み物も口にしていない。
 ことがことだけに和やかに進むとは思っていなかったが、まさかこんな展開になるとは想像もしていなかった。
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