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決めごとと嘘と
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色々なことがありすぎて、ふらふらになりながら車に乗せられてシートベルトを締める。
長い間料亭で話し合っていたような気がしたが、時間を見ると一時間しか経っていなかった。どっと疲れて、座席に背中を預けて目を閉じる。
運転席の加賀が「こんなことになるなんてな」と小さく呟いた。
加賀の硬かった表情や高圧的な態度から、為純の謝罪と世間への釈明を求めていたのだろう。このような結末を望んでいたわけではなかった。
「あの……本当にすみませんでした」
「いや、もう決めてしまったことだ。ごめん。それより、この先のことを順序立てて考えていこう。まず、事務所から二人の関係をきちんと公表するよ。相手が相手だから、事務所も認めているとなればより真剣さが伝わる」
急に現実味を帯びて、大変なことになったと痛感する。でも、もう進むしかないのだ。
「行理の直筆にする?」
「いえ……お任せします」
「わかった。あとは個人のSNSにもちゃんと報告したほうがいい。できれば公表したあとすぐに」
「公表はいつにしますか?」
「今日はもう遅いし、明日かな。行理は朝いちで事務所に来るように」
「わかりました。あ、メンバーにはどう説明すればいいですか?」
「そうだな……正直に話すか、隠し通すか。こういうのはどこから情報が洩れるかわからないからなあ」
「勇吾は洩らさないと思いますが……」
「うん、信じたいけど……もし公共の場で友達と話していてふと漏らしたりしたら? 知っている人が少なければ少ないほどばれる可能性は低い」
メンバーを騙すのは信用していないようで流石に心苦しい。それにうまく隠せるだろうか? そう不安を口にすると、加賀は「そこは心を鬼にして……ムーンシュガーを守るためだと思うんだね」と厳しい意見を口にした。
携帯電話を取り出して、さっそく気を揉んでいるだろうメンバーに連絡する。
「実は柏原為純と付き合っていました。ごめん。相手が相手だったし、言えなかった……こんな感じでいいですか?」
文字を打ちながら口に出して言う。
「いいんじゃないか。詳しくは明日説明するからって付け足しておけば……っていつから付き合ってることにするんだ? どこで知り合った?」
設定の粗がぽろぽろ出てくる。
「あー……」
考えたくないとばかりに、俺は携帯電話を膝に置き思考を放棄した。
「そこは二人で考えておいてくれ。齟齬がないように」
「……はい」
「あと……本当に間違いを起こさないように気を付けてほしい。彼のバース性はわからないけどアルファかもしれないから」
「多分そうだと思います」
今日も感じていたうなじの疼き。それは昨日より強い。
加賀は嘆息し「やっぱりそうか」と納得した。ベータである加賀にも感じ取れるほど、為純のアルファ然としたオーラは圧倒的だった。
「……行理が思うなら間違いないね。発情期の問題もあるから、彼にバース性のことを伝えたほうがいいと思うなら言っても構わないよ。そこは、俺たちは口を挟まない。自身の問題でもあるから行理の判断に任せる」
「わかりました」
連絡を受けたメンバーから驚きの返事が返ってくる。それをぼんやりと眺めていると、母親から電話が入った。
こんなときにどう説明すればいいのかわからずに、画面をただ見ていると留守番電話に切り替わる。騒がれているけど、どういうことか説明してほしい。心配している。と残して電話は切れた。
「親にも隠しておいたほうがいいですよね」
「そうだね」
世間だけでなく、メンバーや家族にも隠さなければならない。それが辛い。もし、これが本当なら……いや、あり得ないし、絶対にそうならないから例えばの話だ。もし付き合っているなら、祝福の言葉も驚きの声も、素直に受け止めて説明できる。あんな有名な俳優とどうやって出会ったんだよ、なんて訊かれても、そうなんだよ、どこどこで出会って……なんて気軽に答えられるのに、苦し紛れに誤魔化すしかない。
嘘や隠しごとが苦手な俺にとって、苦痛以外なにものでもなかった。
加賀はエンジンをかけて車を発進させる。
街灯が流れていくのを眺めながら、手の中で震えてちかちか光る携帯電話を握ったり閉じたりして弄ぶ。
なるべく早めに為純と連絡を取って、付き合うことになった経緯など辻褄を合わせなければならないが……この先のことを考えるだけで、いっぱいいっぱいになり、頭を素通りしていく。
それでもなんとか画面を開いて、先ほど交換したばかりの連絡先を開く。
こういうことは電話で話したり文章でやりとりするより、実際に会って話したほうが食い違いがなく互いの意見を交換しやすい。
ただ、またあの男と顔を合わせなければならない。
そう考えると、ずんと気が重くなって、文字を打つ手も鈍る。何度も打っては消し打っては消しを繰り返し、結局訊いたことは『なんであのときキスした?』という一文だけだった。
暫くして携帯電話が震える。
『面白そうだったから』
その返事を見て、携帯電話を座席に放り投げる。
本当にろくでもない男だった。
長い間料亭で話し合っていたような気がしたが、時間を見ると一時間しか経っていなかった。どっと疲れて、座席に背中を預けて目を閉じる。
運転席の加賀が「こんなことになるなんてな」と小さく呟いた。
加賀の硬かった表情や高圧的な態度から、為純の謝罪と世間への釈明を求めていたのだろう。このような結末を望んでいたわけではなかった。
「あの……本当にすみませんでした」
「いや、もう決めてしまったことだ。ごめん。それより、この先のことを順序立てて考えていこう。まず、事務所から二人の関係をきちんと公表するよ。相手が相手だから、事務所も認めているとなればより真剣さが伝わる」
急に現実味を帯びて、大変なことになったと痛感する。でも、もう進むしかないのだ。
「行理の直筆にする?」
「いえ……お任せします」
「わかった。あとは個人のSNSにもちゃんと報告したほうがいい。できれば公表したあとすぐに」
「公表はいつにしますか?」
「今日はもう遅いし、明日かな。行理は朝いちで事務所に来るように」
「わかりました。あ、メンバーにはどう説明すればいいですか?」
「そうだな……正直に話すか、隠し通すか。こういうのはどこから情報が洩れるかわからないからなあ」
「勇吾は洩らさないと思いますが……」
「うん、信じたいけど……もし公共の場で友達と話していてふと漏らしたりしたら? 知っている人が少なければ少ないほどばれる可能性は低い」
メンバーを騙すのは信用していないようで流石に心苦しい。それにうまく隠せるだろうか? そう不安を口にすると、加賀は「そこは心を鬼にして……ムーンシュガーを守るためだと思うんだね」と厳しい意見を口にした。
携帯電話を取り出して、さっそく気を揉んでいるだろうメンバーに連絡する。
「実は柏原為純と付き合っていました。ごめん。相手が相手だったし、言えなかった……こんな感じでいいですか?」
文字を打ちながら口に出して言う。
「いいんじゃないか。詳しくは明日説明するからって付け足しておけば……っていつから付き合ってることにするんだ? どこで知り合った?」
設定の粗がぽろぽろ出てくる。
「あー……」
考えたくないとばかりに、俺は携帯電話を膝に置き思考を放棄した。
「そこは二人で考えておいてくれ。齟齬がないように」
「……はい」
「あと……本当に間違いを起こさないように気を付けてほしい。彼のバース性はわからないけどアルファかもしれないから」
「多分そうだと思います」
今日も感じていたうなじの疼き。それは昨日より強い。
加賀は嘆息し「やっぱりそうか」と納得した。ベータである加賀にも感じ取れるほど、為純のアルファ然としたオーラは圧倒的だった。
「……行理が思うなら間違いないね。発情期の問題もあるから、彼にバース性のことを伝えたほうがいいと思うなら言っても構わないよ。そこは、俺たちは口を挟まない。自身の問題でもあるから行理の判断に任せる」
「わかりました」
連絡を受けたメンバーから驚きの返事が返ってくる。それをぼんやりと眺めていると、母親から電話が入った。
こんなときにどう説明すればいいのかわからずに、画面をただ見ていると留守番電話に切り替わる。騒がれているけど、どういうことか説明してほしい。心配している。と残して電話は切れた。
「親にも隠しておいたほうがいいですよね」
「そうだね」
世間だけでなく、メンバーや家族にも隠さなければならない。それが辛い。もし、これが本当なら……いや、あり得ないし、絶対にそうならないから例えばの話だ。もし付き合っているなら、祝福の言葉も驚きの声も、素直に受け止めて説明できる。あんな有名な俳優とどうやって出会ったんだよ、なんて訊かれても、そうなんだよ、どこどこで出会って……なんて気軽に答えられるのに、苦し紛れに誤魔化すしかない。
嘘や隠しごとが苦手な俺にとって、苦痛以外なにものでもなかった。
加賀はエンジンをかけて車を発進させる。
街灯が流れていくのを眺めながら、手の中で震えてちかちか光る携帯電話を握ったり閉じたりして弄ぶ。
なるべく早めに為純と連絡を取って、付き合うことになった経緯など辻褄を合わせなければならないが……この先のことを考えるだけで、いっぱいいっぱいになり、頭を素通りしていく。
それでもなんとか画面を開いて、先ほど交換したばかりの連絡先を開く。
こういうことは電話で話したり文章でやりとりするより、実際に会って話したほうが食い違いがなく互いの意見を交換しやすい。
ただ、またあの男と顔を合わせなければならない。
そう考えると、ずんと気が重くなって、文字を打つ手も鈍る。何度も打っては消し打っては消しを繰り返し、結局訊いたことは『なんであのときキスした?』という一文だけだった。
暫くして携帯電話が震える。
『面白そうだったから』
その返事を見て、携帯電話を座席に放り投げる。
本当にろくでもない男だった。
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