愛おしい君 溺愛のアルファたち

山吹レイ

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花冷え 前編

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 桜の花びらが散る下でレジャーシートを敷き、綺麗に料理が詰められた重箱を広げ、各々の飲み物を開けた。街灯の明かりだけでは手元が心許ない気はするが、見上げれば闇夜に浮かぶ桜は幻想的で美しく、この景色だけで酒が進む。もちろん倫が手作りの料理も美味しく、海苔が巻かれた俵形のおにぎりも、外側はかりっと噛めば中からじわっと肉汁が広がる唐揚げも、大きなタケノコが入った筑前煮も、店顔負けの味だ。
 突然風が吹きつけて、花びらが宙に舞い、弁当や飲み物にまで降り注いだ。
「あーあー」
 亮は食べ物の中に入らないように手で扇ぐが、将之は気にならないようで、花びらがついた卵焼きを美味そうに頬張った。
「倫、寒くないか?」
 夜風は少しだけ肌に冷たい。持ってきたブランケットを広げて肩にかけてやると、倫は少し首を傾げて優しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
 この奥ゆかしい笑顔が堪らない。数多く見てきた美しいと言われるモデルよりよほどそそられる。今ではこの笑顔を守るために、働いているようなものだ。
 大河は倫の細い体を引き寄せて腰に腕を回す。倫は嫌がらずにそっと目を伏せた。その控えめな仕草と左目の下にある色っぽい泣き黒子を見ていると、むらむらしてきて色づいた頬に唇を寄せる。
 この桜の下、押し倒して体内に押し入ったら、さぞかし気持ちがいいだろうと、妄想が膨らんだ。
 盛大な咳払いがしたので視線を上げると、亮が咎めるようにこちらを見ている。
 抜け駆けをするな、と言わんばかりの非難の眼差しは、将之からも送られていた。
 大切な倫を三人で分け合わなければならないのは、時として苦痛ではあるが、利点もある。
 大河が忙しいとき必ず誰かが倫の側についていられることだ。防犯面でも心強い。
 未練がましく肩を摩り、ずれ落ちたブランケットを直して倫から体を離した。
 倫は取り皿に、アスパラの肉巻きやフキノトウの炒め物、ウドの酢味噌和えなど取り分けて、大河の前に差し出した。
 好物ばかりが並んでいたので思わず相好が崩れる。
「サンキュ」
 旬の食材を使った料理は、香りが強いものもあるがとてもうまい。倫と暮らす前はほぼ弁当や外食ばかりだった大河にとって、こうやって好きな人が作ってくれる料理を、好きな人と食べるひと時は、何ものにも代えがたい。
 大河が料理を食べる横で倫がちまちまとウーロン茶を飲んでいる。皿にとった料理もあまり食べていないようだ。
 ここ最近、倫は思いつめたような顔をする。笑顔も心なしか曇っているようにも見えて、その理由が思い当たる節がある大河は、どうやったら心の靄を晴らしてあげられるか考えている。
 倫にも言ったが、番になったアルファとオメガに関して部外者は口出しできない。虐待されているならまだしも、あの聡とかいうオメガは望んでクズともいえるアルファの番になった。子供だけ産まされて監禁されている……ある意味虐待とも言えなくもないが、オメガはそれが虐待に当たらない。番のアルファがいなければ、金銭的にも肉体的にも生活できないオメガは、社会的地位などないに等しく、アルファの従属として扱われる。
 数多の風のうわさでは、買われたオメガは大概アルファの子供を産むためだけに生かされていると聞く。聡から聞いた話と一緒だ。アルファとオメガは番にはなるが結婚などしない。愛人にもならない、ただの道具に過ぎない。他のアルファは皆そう思っている。
 ただ大河は違う。倫を道具だと思ったことは一度もない。子供を産めないこともどうでもいいほど惚れているので、発情期以外でも頻繁にセックスをするし、できれば結婚したかった。多分、他の二人も同じように考えている。あのにこりともしない仏頂面の将之は倫の前だと笑顔を絶やさないし、亮はいつも倫に甘えて独占欲を全開にする。
 今も、将之は穏やかな表情で倫に笑いかけて話をしている。亮は倫の隣にべったりくっついて、あーんと口を開けて料理を食べさせてもらっている始末だ。倫が差し出すものなら毒でも喜んで食べそうだ。こういう状況だから、複婚が許されるならとっくにしているだろう。
「倫の料理はほんとに美味しい。ただ渋いチョイスだよね。ウドとかはじめて食べたよ」
 亮は目の前に差し出されたウドの酢味噌和えを前に、微妙な顔をしている。倫に食べさせてもらっている手前、口を開けるしかないが本当は苦手なのだろう。野菜嫌いは倫にしっかりばれているので、嫌がらせのように見えなくもないが、どうにかして野菜を食べてもらおうと色々工夫しているのを知っている。倫は慎ましい性格ではあったが、多少強引な手を使ってでも亮の野菜嫌いを克服させようとしていた。一旦決めたことは最後までやり遂げる頑固さも持ち合わせているのだ。
「ほかのも食べたいな。唐揚げとか」
 亮は倫に抱きついて違う料理を強請った。優しい倫は、言われるまま唐揚げを摘まみ、口を開けて待つ亮の中へ箸を近づける。雛鳥のように口を大きく開けて食べた亮は、その美味しさに目を閉じて味わうように咀嚼している。
 倫はもう一つ唐揚げを摘まむと、大河にも差し出した。喜んで食らいつく。まだ温かさの残っている唐揚げは、味が染みていて本当に美味い。
 訊けば、施設に入るまで料理も洗濯もしたことがなかったという。家族と暮らしていた時は、全部母親任せで、掃除も自分の部屋くらいしかしたことがなかったと恥ずかしそうに話していた。意識してやるようになったのは、施設に入ってからだという。
 倫を見ていると、家族に愛されて育ったのだとつくづく思う。倫の家族には、一度だけしか会ったことはないが、突然現れた三人のアルファにも委縮することも諂うこともなく、ただ一言「倫のことをよろしくお願いします」と深く深く頭を下げた。それだけで、もう倫に対する彼らの思いがわかってしまった。人目もはばからずに泣いて抱きしめている両親はどちらもどことなく倫に似ていて、こんな人たちだからこそ、倫が優しく温かい性格に育ったのと思う。自分にもこんな両親が、家族が欲しかったと、これほど強く思ったことはない。誰かを羨ましいと思ったことはなかったが、家族を愛し愛された倫を羨むほど心が揺さぶられた。
 大河は男女のアルファ同士の両親の元、三人兄弟の次男坊として生まれた。アルファは大河だけだったが、幼いころから両親から愛された記憶がない。アルファだからベータだからそういった差別は感じたことはなかったが、それ以上に子供に関心がない両親だった。
 仕事に忙しい両親はたまにしか帰ってこず、家の中のことはハウスキーパーに任せっきり。一緒に食事をした記憶すらなかった。そのうち、両親が揃うといつも言い争いをするようになり、大河が中学生になるころ離婚した。
 そんな両親を見てきたせいか、結婚に対して冷めたイメージしか持っておらず、今まで体の関係を結ぶ相手はいても恋人まで発展した人すらいなかった。
 それが今やこの体たらくだ。仕事に行きたくないと思ったことは一度もなかったが、いつも見送りしてくれる倫を見ると、このまま部屋の中でずっと愛し合って放埓に一日を過ごしたいと思ってしまう。
 今までは誰にもそんなことを考えたこともなかった。
 巡り合わせというか、出会いというのは、本当に不意に訪れるものだ。
 というのも、倫との出会いはとあるアルファの「オメガに興味はないか?」という何気ない一言からはじまったのだ。
 大河が出演した映画がヒットをおさめ、一躍有名人になり仕事が順調になってきたころ、仕事の休憩の時間に、突然共演者のアルファの男からそんな話を振られた。なんでもオメガを買う方法を知っているという。
 オメガについて知っていることといえば、小学生の頃授業で習ったアルファとオメガのみの間で可能な番のシステムや、三か月に一度発情期というものがあること、男でも子宮があって妊娠できることぐらいだ。
 大河は、別にオメガを欲しいと思ったことは一度もなかったのだが、ふと興味がわいて男から詳しく話を聞いてみた。
 なんでも、数少ない貴重なオメガはとある山奥の施設で厳重に保護されて生活しているらしく、特別なアルファだけに限り、番になる権利を得るというものだ。その特別なアルファとは、社会的地位、経済力、容姿など、アルファの中でも特に優れたアルファと認められた者のみを言うらしい。
 大河には誰もが目を惹く容姿はあるが、秀才でもなかったし、それ以外は月並みだ。金も一本何千万単位のCMの仕事も入るようになっていて、それなりの貯蓄もあるが、人気商売だけあって波があり、この先どうなるかわかならい。
 だから審査も通らないだろうと考え申請してみたのだが、驚くべきことに審査が通ってオメガの番になれる権利を与えられた。
 結婚に対して消極的だった大河だったが、心の奥底では淡い願望は持っている。もし、永遠に愛し愛される人がいたら、裏切りも別れもない関係があったなら、生涯大切にして離さないだろう。それがアルファである自分とオメガなら成立するのではないかと思ったのだ。そう番のシステムだ。
 オメガは三か月に一度発情期があり、アルファを誘惑するフェロモンを出すという。
 それが、首を噛んで番になると、オメガが発情期に出すフェロモンは番になったアルファしか反応しなくなるというものだ。またオメガの体は番のアルファしか受け付けなくなる。番以外の人とセックスができなくなるらしい。それは死ぬまで続く。死が二人を分かつまで。
 大河の気持ちが冷めない限り、番になったオメガは決して裏切らない。アルファと番になったオメガとの間には、大河が求め続けるものがあると思ったのだ。
 ほどなくしてオメガと会う機会は訪れた。オメガと番うにはそれなりの金額が必要になることを知って驚いたが、簡単にオメガはもらえないということだ。
 施設に赴いて、個室に連れてこられ、はじめて会ったオメガという生き物は、大河にとってひどくがっかりするものだった。
 そこで会ったオメガは、先月はじめて発情期が来たという十一歳になる少年で、見栄えがどうこういうより、まず幼すぎた。十一歳といえば小学生だ。番の意味さえよく理解していないような年齢の相手と番うことが、まず考えられない。その少年が、大河に群がるモデルたちのようにしなをつくり、金の話をしてきたときには唖然とした。
 子供ももう産めると言われて、思わず暴言を吐いてはねつけてしまった。
 気持ちが悪くて吐き気がした。オメガとは一体なんなのか……金でオメガを買えると知った時点で人身売買じゃないのか、と訝しんだりしたが、それ以上にこういうオメガたちが保護されている施設の異常さと、自分の価値を金で売ろうとするオメガの醜さに、言いようもない嫌悪感がこみあげた。
 声を聞きつけた施設の職員がすぐさま個室に入ってきて、悪態をつく大河を追い出したが、あまりにも悪質な行為と判断され、その時点で出入り禁止の処分を食らった。プラチナチケットともいえるオメガを買う権利は剥奪されなかったが、こんなものが本当に必要なのかと思うほど、大河ははじめて見たオメガに落胆したのだ。
 それから二年が経った頃、出入り禁止が解かれて、再び施設に足を踏み入れることとなった。実はオメガを買う権利を抹消してもらおうと思って訪れたのだが、そこで一人のオメガの資料を見せられた。前は資料など渡されたことはなかったのに、なぜこんな手間をするのか不思議に思ったが、目を通して納得した。年が十八歳になる瀧本倫と書かれたこのオメガは、子供が産めないらしい。もしかして、子供が産めないせいで十八歳まで誰にも買われずにいたのだろうかと思うと、不思議にも会ってみたい気になった。
 ここに来るのも最後だからと、あまり期待せずに倫と対面したのだ。
 売れ残りともいえるオメガなら、前に会った少年よりもっと欲深い性格だったらどうするか、媚を売るような態度なら耐えられないかもしれない、などと考えていた大河は、どこか緊張した様子で微笑む倫を見た瞬間、その思いは霧散した。一目で気に入ってしまった。
 金の話どころか、大河の職業すら訊いてこない。連日テレビに出ている大河のことすら知らないようだった。話したのは毎日何をして過ごしているのか、日常の些細なことや好きな食べ物、どんな本が好きなのか。時折俯く顔には諦めと悲しみが過る。自分をよく見せようとする気もないのだろう、自然体で話をしている姿は、前に会ったオメガの少年とは違い考えかたも性格もしっかりしている。幼すぎない年齢もまた安心できた。身長は男にしてはやや低いが、黒髪の前髪から覗く大きな目が優しげで、礼儀を弁えた、ですます調で話す声は耳に心地いい。
 きゅっと結ばれた唇や泣き黒子が堪らなくセクシーで、舌を這わせたらどんな声をあげてよがるだろうか、達したあとはどんな表情を見せてくれるのか……思いを巡らせただけで下半身が反応しそうだった。
 こんなオメガが今まで残っていたのは奇跡だと感じながら、決められた時間を一緒に過ごし、個室から出るとすぐに施設の職員と値段の交渉に入った。
 倫が欲しかった。今まで自分がアルファだと感じたことはあまりなかったが、あれは自分のオメガだと心が求めていた。首を噛んで番になりたい。自分だけのものにしたい。
 強い思いは、他に二人のアルファが倫を希望していると聞かされて、さらに過熱した。
 いくら金を払うと言っても、最終的に選ぶのは倫だ。倫は大河と会うと、話す様子や態度をじっと観察していて、一緒にいたいか、番になりたいか、真剣に考えているようだった。金の話をこちらからすると、傷ついたような嫌な顔をされて、随分肝が冷えたりもした。
 そんなことが二度ほど続いたとき、ちょっとしたトラブルがあって……倫は三人の番を持つ羽目になった。
 あれは事故ともいえる出来事ではあったが、倫は前向きにとらえ、三人と一緒に暮らすことを承諾した。
 一緒に過ごして一か月以上経っても、倫に対する想いは強くなるばかりだ。できることなら、どんな小さなものからも守りたい。ただ倫が感じる、嬉しいことばかりだけでなく辛いことも悲しいことも否定したくはなかった。
 桜を見上げる倫の横顔はどこか儚げで美しく、吸い寄せられるように頭を引き寄せて唇を重ねる。
 舌を入れると、少しだけ躊躇う素振りで動きを止めていたが、やんわりと優しく口内を探ると、おずおずと口を開き、舌を添わせてくる。
 花や料理や酒より、倫を貪りたい気分だった。
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