愛おしい君 溺愛のアルファたち

山吹レイ

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抱けない男 後編

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「倫、帰り、どっか寄ってく?」
 倫は下駄箱に上履きを入れて、振り向いた。声をかけてくれたのは友人の……名前が思い出せない。記憶には鮮明に思い出せるのに、彼の顔がぼやけていて、いくら目を凝らしても表情がよく見えなかった。
「うん……本屋に寄ろうと思ってる」
 何かを忘れているような、ここにいてはいけないような不思議な感覚に囚われながら、倫は彼に笑いかける。
「じゃあ、俺も一緒に行っていい?」
「いいよ」
 靴を履いて懐かしい学校の匂いに、ふと顔をあげて校内を見る。沢山の生徒がまだ残っている学校内は活気づいていて、遠くから聞こえる部活の笛の音や、好きな先輩のことを話す女子生徒たちの話し声も、先生を呼ぶ校内アナウンスさえ心地よく、ずっとこのままこの場所にいられたら、と思ってしまう。
「付き合えたらいいけど……だって先輩、アルファだっていうし」
 女子生徒二人は並んで近くまで来た。邪魔にならないように、少し離れたところで靴を履き替えている友人を待つ。
「アルファ、いいよね。将来有望じゃん」
「でも私なんか相手にされないだろうなあ」
「いっそオメガならとか思ったり?」
 何気ない会話にどきりとして、女性生徒たちの会話に聞き耳を立てる。
「あー。番ってやつ? ないない。だいたいオメガなんているの? 見たことない。都市伝説じゃない?」
 倫はぎゅっと胸元を握り締めて俯いた。オメガならここにいる。そう思った瞬間、女子生徒たちの目がこちらに向いた。
「第一オメガなんて大変じゃん。ろくに働くともできない。一人じゃ生きていけない。死ぬまで番のアルファにおんぶにだっこ。愛想つかされたら死ぬしかないじゃん」
 責めるような視線と容赦ない言葉が倫を貫く。
 倫は首を横に振って、必死になって答える。
「好きでオメガになったわけじゃない。俺だって、ベータのままいられたら、こんな窮屈な思いをしなくて済んだ。けど……なったものは覆せない。だから、この環境で頑張るしかないんだ」
「倫」
 耳元で声が聞こえて、はっとして振り向く。そこには誰もいない。知った声だ。倫を促す優しい声に、ふっと意識が揺らいで、景色も白く薄まっていく。
「倫」
 また名前を呼ばれ、今度はちゃんと目を開けた。目の前に、心配そうな顔をした亮が覗きこんでいる。
 うとうとしているうちに寝てしまったようで、あの懐かしい場所は夢だったのかと思うと、醒めてよかったのか、あのままずっと幻想にたゆたっていたほうがいいのかわからなくなる。
「うなされてたよ。大丈夫?」
 亮に触れられた瞬間、熱が一気に上がったように顔が赤くなり、鼓動が早まった。本格的に発情期がはじまっていたようで、亮も弾かれたように手を引くと、大きく目を見開いて鼻を手で覆う。倫には感じ取ることができない、思わず鼻を塞いでしまうほどのフェロモンが漏れているらしい。
「やばいね。頭がぶっとびそう」
 感化されるのを恐れるように後ずさりした亮は、フェロモンの匂いを振り切るように鼻を塞いだまま首を横に振る。その顔は発情した倫と同じように上気していて、体も反応して勃起していた。
 倫も勃った下半身を押さえつけるように内股になり、股間に力をこめた。手を触れたら瞬く間に弾けそうだった。
「亮さん……出て行ってくださいっ」
 発情した淫らな表情を見られたくなくて、うつ伏せになると枕に顔を押しつけて唇を噛みしめる。後ろが濡れて、まるで性交した後のようにひくついている。内股を擦りつけるとくちゅくちゅと淫らな音が漏れて、亮の耳にも聞こえてしまいそうだった。
 擦りたいのを我慢して、指で慰めたいのをぐっと握り締めて耐えていると、亮が不意に近づいて耳元で囁いた。
「辛いよね」
 耳元にかかる息だけで体が震える。
「大丈夫だよ。このためのアルファなんだから」
 亮はそう言って、背後から項に唇を押し当て、服の下から胸に手を這わせてきた。
 乳首を摘ままれただけで、腰が引き攣るように動く。
「あっ……」
 触れられただけで呆気なく達してしまった倫は、みっともない姿に泣きそうになった。発情期を誰かと一緒に過ごしたり、見られたりしたことはほとんどない。施設にいた頃は、予兆があるとすぐに職員に伝えて部屋に閉じこもっていた。浅ましく悶える姿が、どれほどいやらしくみじめに見えるか他のオメガを見て知ったから。
 涙が溜まった目元に宥めるようにキスをした亮は「いっちゃったね」と毛布を剥いで、下着どころかパンツまで濡らしていそうな倫の下半身に手を伸ばす。
 あっさりと服が取り払われ、達してもなお萎えない倫のそこに直に触れた亮は「ぬるぬるだ」と興奮したように息を弾ませた。
 倫は逃れるように体を捩り、手をどかそうとする。
「大丈夫、怖くない。こっち見て」
 あやすような温かで優しい声に、倫は多少いじけながらも振り向いた。
「可愛い倫」
 唇にキスが降ってくる。
「大好きな倫」
 瞼にも。
「愛おしい倫」
 頬にも。
「乱れてもいいんだよ。声をあげてもいい。嫌いにならない。絶対に」
 抱きしめる腕は必要以上に力をこめず、真綿で包むように傷つけないようにそっと体に回される。亮の表情は、欲情はしていたが、それよりも慈しむような愛情があふれていて、体を預けてもいいのだと、任せてもいいのだと信頼できる確かさがあった。
 徐々に体の力を抜くと、同じように亮も安堵したように体が弛緩していく。
「倫、キスして」
 亮は自分の唇を指さして無邪気に強請る。倫が躊躇いがちにそっと唇を重ねると、嬉しそうににっこりと笑った。淫らさの欠片もない純粋な笑顔だった。
「倫は今まで何度も発情期があったと思うけど、俺にとってはじめてで、どうしたらいいのかわからなくて戸惑ってる。だから、教えてほしい。楽しいことだけじゃなくて、苦しいことも知りたい。同じ苦しみを分かち合いたい」
「亮さん……」
 倫は自ら亮に抱きついて、胸に顔を埋める。泣いた顔を見られたくなかった。
 施設にいた頃は、子供を産めないのに発情期がある自分の体がひどく淫らがましく感じて、毎回憂鬱で仕方がなかった。一人で慰める空虚感はアルファと番にならない限りこの先も永遠に続くのかと思ったのに、こんなに心配して側にいてくれる人がいて幸せだ。
 亮は全裸になって、隣に横になると「俺は倫のものだから、どこに触ってもいいんだよ」と倫の体を持ち上げて自分の体の上に跨がらせた。
「俺を好きに使っていい」
 尻には亮のものが触れている。少しずらすだけで疼くところに挿入できるのに、その勇気はまだない。ゆったりとした仕草で太ももを撫でる亮に、本当はそこではなくて違うことに触れてほしいとも言えず、焦れながら手の感触に耐える。
「一緒に、ごしごししよっか?」
 亮は突然上半身を起こして、倫の手を勃起したものに導き、倫のものと自分のものを合わせて手で握る。
「ほら、一緒なら恥ずかしくない」
 倫の小ぶりなものが亮のものと擦れて気持ちがいい。腰が揺れて自然と声が出る。
 亮を見上げれば、気持ちよさそうに目を閉じて呼吸を乱していた。
「んっ」
 腰を突き出すと、先端から断続的に蜜が零れて二人のものを淫らに濡らす。擦る指の間からも白濁が溢れて、繋がっているときのようないやらしい音を立てた。
「倫、キスしよ。口を開けて」
 亮と唇を重ね、舌を絡ませると、嬉しそうに唇を吸われる。倫はそのタイミングで腰を震わせて達してしまった。
「いったね。可愛い、いき顔だった。ほら、俺もかけるよ」
 握り締めた亮のものが大きく膨れて、先端から勢いよく体液が迸り、胸や腹に降りかかる。息を殺して達した亮は、未だ萎えてない二人のものを擦り合わせて「二人の精子が混じってる」と楽しげにくちゅくちゅと指を動かした。
「前だけじゃまだ全然だね。後ろも弄ったほうがいい?」
 亮は指を後ろへと滑らした。探るように穴の周りを焦らしてタッチする亮に、倫は縋りついて首に手を回した。
 ゆっくりと指が体内へ入ってきたが、それだけで軽く達して前から白濁が散る。
「すごい柔らかい。それにこんなに濡れるんだね」
 語らなくても、そこの部分が今どういう状況になっているのか……過去、発情期になるたびに、何度もそこに指を入れて慰めていたから、わかる。
 ふと快楽を追うばかりの頭で、そういえば亮がこの体内へと入ってきたことはあっただろうか? と考える。
 口や手で触れられたり、いかされたりしたことは何度もあったが、いつも抱くのは将之か大河で、亮のものを迎え入れたことは一度もなかったような気がする。
「倫の中はこんなに熱くて締めつけてる。どうしようか……指だけじゃ足りよね」
 迷いのある言いかたに亮の躊躇いがみえて不思議に思う。甘えたがりでもあるが独占欲が強い亮は、三人でいるときは常に倫に触れる距離にいるのに、セックスのときだけは先だって倫に触れようとしないばかりか、混じろうともせずに見ていることのほうが多い。何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、倫を見ているようで見ていない目で、じっとこちらに視線を向けているのだ。
「あいつらが帰って来るまで我慢できる? 道具でも買っておけばよかったかな」
 その言葉に、倫は冷や水を浴びせられたような感覚に陥った。熱かった体から一気に熱が引く。亮は倫を抱きたくないのだと悟り、欲しがる自分の体が淫乱で汚いものに感じた。
「ごめんなさい……」
 しがみついていた腕を解いて、亮の上から退くと、倫はベッドの隅に逃げる。
「倫? 違うよ」
 慌てたように倫の前まで来た亮は、しどろもどろになりながら必死で弁解している。
「これは倫のせいじゃなく、俺の問題というか……その……色々と……」
 亮の顔に倫に対する侮蔑や嫌悪は見当たらない。少しでも誤解を解きたい、傷つけたくない、と思うような切実さが浮かんでいた。
 倫に対してではなく、亮自身の問題でもあるのだろうか?
 髪をぐしゃりと掻いて顔を歪めた亮は、奥歯を噛みしめて拳を握っている。
 優しい亮を知っている。甘える姿も、三人で抱かれるときの少し意地悪な態度をとる彼も知っているが、こんな風に思いつめたような切ない表情は今まで見たことがなかった。
 やがて、亮は大きなため息をつくと「おいで」と苦笑して倫に手を伸ばした。
 拒否したくないが、握るのも怖くてじっと手を見つめていると、亮は一瞬泣きそうな顔をする。
 あまりにも悲しそうな表情に、倫は咄嗟に手を取る。
 亮は安心したように頷いて、倫の体をそっと押し倒した。上から亮が乗ってきて、ゆっくりと足を開いて、その間に体を入れる。
「うん、いける。下手くそかもしれないけど……」
 その言葉と共に、亮は倫の体内へと入ってきた。
「すごっ……」
 亮は驚いたように瞬いて、一気に奥まで突いてきた。
「あっ」
 一番感じる場所を突かれて、倫の先端から少量の精液が飛び散る。
「繋がってる……俺と倫が結ばれてるよ」
 感動した様子で亮は接続部分をまじまじと見ている。その顔に先ほどまでの悲愴さはない。何度も「やばい」とうわ言のように呟いて、小刻みに腰を動かしている。
「ああっ……ごめん、倫、あまりにも気持ちよくて少し出た」
「だ、大丈夫です」
「気持ちいい?」
 訊かれて、恥じらいながらも正直に答える。
「はい……ん、気持ちいいです」
 腰を打ちつける亮のほうがよほど気持ちよさそうだ。
「あー! こんなことなら、もっと早くに抱けばよかった。ちくしょう……倫のはじめてをもらうチャンスだったのに……俺はもったいないことをした。めっちゃ嫉妬する!」
 よくわからないことを叫びながら、亮は身を屈めて倫に口づけてきた。口を開けて唾液が溢れるほど、深く口づけていると、切羽詰まった声で亮が訊いてきた。
「中に出していい?」
 もうすぐそこまで来ている絶頂に、恥も外見もなく答える。
「出してくださいっ……あっ……もうっ……」
「うん。たっぷりと出してあげるから、一緒にいこう」
 最奥を穿たれた瞬間、亮が胴震いし、温かな体液が体内に広がっていく。ときを同じくして倫もつられるように、ぎゅっと後ろを締めつけたまま前を弾けさせた。
 ぐったりと落ちてくる亮の体を受け止めて、はあはあと荒い息を乱す。
 亮は愛おしげに倫の髪を梳き、何度も頬や瞼に口づけを落とし……不意にふふふと声に出して笑った。
「何を怖がってたんだろうな、俺は……」
 独り言を呟いて、自らの額と倫の額をこつんと合わせた。
「愛してるよ、倫。俺の大切な番、誰よりも大事な半身」
 再度口づけを交わすと、亮は妖しく微笑んだ。
「倫が満足するまで付き合うよ。たっぷりと愛しあおう」
 先ほどまでのしおらしさはどこに言ったのかと思うほどの情熱で、倫は亮に何度も抱かれた。
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