愛おしい君 溺愛のアルファたち

山吹レイ

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蝶番 前編

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 テーブルの上に所狭しと料理を並べていく。今夜は大河が早く帰って来るというので、料理にも力が入った。メインは油淋鶏だが、キャベツの千切りやサラダ菜、ニンジンやキュウリ、トマトなど野菜もたっぷりと添えてバランスよくとれるようにする。さらにしめじと卵をバター醤油でさっと炒めたものや、サツマイモのサラダ、かぼちゃの煮つけ、大根の漬物など、旬の野菜を使った彩のいいものを添える。味噌汁は豆腐とわかめにした。デザートに栗の甘煮を作っておいたのを小鉢につけて完成だ。
 玄関のドアが開く音がして、倫はエプロンで手を拭いて出迎えようとしたが、それより先に将之がリビングに入ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
 将之は倫の体を抱きしめて、唇に触れるだけのキスをした。
「まだ大河さんが帰ってきてないんですが、先にお風呂にしますか?」
 訊くと、大河はポケットから携帯電話を取り出してチェックしている。
「もうすぐ着くらしい」
「でしたら、ご飯ですね」
 ご飯はちゃんと炊きあがっているし、汁物をつければいつでも夕食を食べられる。
「今日は、俺が倫と一緒に風呂に入るから」
 亮がソファに座って、雑誌を眺めながら先制とばかりにそう言って、顔を上げ将之を睨みつける。
 最近、仕事が忙しいらしく、昨日亮は夕食時も部屋から出てこなかった。そこで将之は夕食を終えるなり、まだ洗い物を終えていない倫を即行バスルームに引きずり込んだ。そのことを根に持っているのだ。
「お前はいつだって倫と一緒に入ってるだろ?」
 言外に、だからそのくらいいいだろ、と込められているような台詞に、亮は優位性を明確にするかのように余裕のある笑みで倫に視線を向ける。
「倫の体のチェックは俺の役目だからね」
「いつから、お前の役目になった」
 将之はネクタイを緩めながら大股で部屋に行く。倫も後ろからついていって、将之のスーツを脱がせてハンガーにかけ、丁寧にブラシする。着替え終えたワイシャツを受けとって部屋を出ようとすると「倫」と腕を引かれた。
 背後から抱き込まれて、すっぽりと将之の腕の中におさまる。
「今日は何をしていた?」
 部屋の中にいる倫がすることといえば、だいたい決まっているのに、将之はどんなふうに過ごしていたのか、いない間のことをよく知りたがった。
「料理と洗濯と掃除と……あと、この間亮さんが買ってきてくれたアジア料理の本を見ていました」
「あの小説はもう読んでしまったのか?」
「はい。読みました。とても面白かったです」
「また今度の休みに書店に一緒に出かけよう」
 サラリーマンである将之の仕事の休みはカレンダー通りだ。土曜日か、都合が悪いときは日曜日、土日のどちらかにいつも一緒に外出している。スーパーやドラッグストアで食料品や日用品をまとめて買っていて、そのついでに必ず書店にも寄ってくれるのだ。
 あまり表情がなく体が大きいから怖そうに見えるが、将之は三人の中で一番気が優しく、細やかなことに気づく。倫のためにと部屋の中にある運動器具も買ったのも将之らしいし、一緒の外出の提案もしてくれたのも彼だ。
「楽しみにしています」
 目を細めた将之が顔を近づけた瞬間「ただいまー」と玄関から間延びした声が聞こえた。
 大河が帰ってきたのだ。
「ご飯にしましょう」
「ああ」
 頷いて将之は倫の腰を抱いて部屋を出る。
「倫、ただいま、疲れたー」
 部屋を出るなり、大河がぎゅっと倫の体を抱きしめて、首元に顔を埋めてきた。
「お疲れ様です」
 大きな背中にそっと腕を回して撫でると、甘えるように額をぐりぐりと肩に押しつけてくる。
「今日は外での撮影だったんだけど、急に雨降るし、カメラマンの対応も悪いし最悪だった」
 大河の帰って来てからの開口一番の仕事の愚痴はいつものことだ。
「いつも大変ですね」
「そうなんだよ。明日からドラマの撮影もはじまるし……」
「それってこの間言っていた、原作があの小説のドラマですか?」
「そうそう。倫は原作の小説のファンだもんな。楽しみにしてろよ」
 そんなことを言いながら四人でテーブルにつく。
 食事中に話すのは専ら大河だ。撮影のことや共演者のこと、それからどこに新しい店ができたとか、こんな事件に遭遇したなど、話題は尽きない。
 白髪ねぎをたっぷりとつけて油淋鶏を頬張った大河は、思いついたように言った。
「あ、メンズの新しいブランドショップができたって聞いてさ、今度倫と一緒に行きたいんだけど」
 倫は一瞬、外出を喜びそうになったが、服はもう正直いらないし、それに大河のようなお洒落な人たちがいる店は、一度も足を踏み入れたことがないので、きっと居心地が悪いだろう。できれば、外出はいつもの書店でいい。
「人気の多い所はだめだ」
 黙って食べていた将之がすぐさま口を挟む。
 すると、亮がとんでもないことを言い出した。
「ならさ、一回アダルトショップに倫を連れていきたいなあ。セクシーな下着とか、一人遊びできるものとか欲しくない?」
 倫は咳き込みそうになって、慌てて水を飲む。
「大丈夫?」
「大丈夫です……」
「一人遊びするほど、溜まらねえだろ」
「それとこれとは別っていうじゃん。それに、際どい下着とか……穿かせたくない?」
 亮がそう言った瞬間、向かい側に座る将之と大河の目がきらんと光る。
 食事の席でするような話ではなく、話の中心にいる倫はいたたまれない思いで、大根の漬物をポリポリと噛んだ。


 その後、手伝ってくれた将之と食べた後の片付けを終えて、ついでに洗濯機も回して、夜遅く一人でゆっくりと風呂に入った。普段はだいたい亮と一緒に入ることが多く、まったりできずに色々なことをされたりしたりするが、一人では誰にも邪魔されることもなく心ゆくまで湯船に浸かれる。
 長風呂を楽しんで、バスルームから出ると、リビングで大河がドライヤーを手に持って待ち構えていた。
 手招きされて、倫は素直に大河の前に行く。
 ソファに亮も将之もいて、倫の様子を見ていたので、何か話でもあるのかと少し緊張する。
 三人がこうやって揃うときは、大事な話がある場合が多い。
「倫、これ」
 亮が折りたたまれた紙を差し出してきた。受け取って紙を広げると、まず目についたのは宛名だった。
「さくらさと……?」
 オメガの保護施設から倫に宛てた手紙だった。
「そう、健康診断のことが書かれてて……施設にいたときも定期的に受けてたんでしょ?」
「はい。年に一回お医者さんに見てもらってました」
 内容に目を通して、定期検査のことだと理解したが、施設を出た後もこうした手紙を受けるとは思ってもみなかった。
「別に健康管理ならかかりつけの医者でもいいんだけど……ここにきてから倫にまだそういう所がないし……」
 亮はそう言って大河と将之に目配せする。
「いい機会だし、施設に行って健康診断受けてみようか?」
 もう二度と行くことはないと思っていた場所に戻る、そのことに一抹の不安を覚えなくもないが、自分の体のこともある。オメガを診てくれる医療機関はかなり少なく、妊娠もする予定もなく、また病気になったこともない倫は、病院を探さなければならなかった。
「わかりました」
「申し込みは電話で、倫からしてほしいと書かれてある」
 よくよく見てみると、引き取ったオメガ様より直接ご連絡を、と電話番号が記載されていた。
「ほんとだ。そうですね。えっと……いつならいいんでしょう?」
「俺ならいつでもいいけど……来週からちょっと仕事が忙しくなりそうなんだよね」
 亮がそう答えると、将之もカレンダーを見ながら告げる。
「土日なら、俺が車で連れていける」
「俺は撮影もはじまるし……悪い」
 大河は申し訳なさそうに倫に頭を下げた。
「行ける人が行けばいいんだよ。ま、大河には、はなからあてにしてないけど」
「んだと」
 亮はいつも一言多い。わざとなのはわかるが、必ず言い争いになるので二人を諌めることはできない倫はいつもはらはらする。将之はわれ関せずだ。
 大河は乱暴にドライヤーをつけて、倫の後頭部の髪をかき乱した。
 髪に熱風を浴びながら、もう一度『さくらさと』からの手紙に目を落とす。倫の今までの人生の中で一番嫌だったことといえば、施設に入ってひたすら不安だったこと、それと苛められたことだ。施設に行ったからといって、またそんなことがあるはずもないが、嫌な記憶は消えるものではない。
 倫は小さくため息をつき、紙を畳んでポケットに入れた。
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