「追放」も「ざまぁ」も「もう遅い」も不要? 俺は、自分の趣味に生きていきたい。辺境領主のスローライフ

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第8話 掲示板に書かれた噂

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「仕事、終了」
 
 毎度の事ながら疲れてしまった。農奴達のいさかいを止める事はもちろん、封土の経済状況を知り、それらを何とか動かす事も。身体の節々はおろか、精神の方もいかれてしまった。領主はなぜ、こんな仕事に励まなければならないのだろう? 領民達が納めてくれた税を使って……いや、それを使っているからこそ、こう言う事を励まなければならないのか。領主には、彼等のような生産能力はない。食べられる農作物を作ったり、使える鉄器具を作ったり、「それらをどれくらい作って、どれくらい売って欲しい」と命じる事はできるが、自分自身が農奴達の農作業に加わったり、職人達の仕事に携わったりはしないのだ。その様子をじっと眺める事はできても、それ自体に関わる事はできないのである。

 その意味では、領主の仕事はあまり楽しくなかった。「彼等の生活を支える面、その中身をより良くする意味」では楽しい仕事だが、それに形を求めるとなると、何だか虚しくなってしまう。「形のある物だけがいい」とは言わないものの、自分のやった事が形にならないのは、やはりつまらないのだ。「お前は、見えない物を作っている」と言われれば、それまでだけれど。その意味では果たして、電子器の画面に映っているこれは「有形物」と言えるのだろうか? 利用者の愚痴や不満などが書きつらねられた情報集会所……俺達の間では「掲示板」と呼ばれているが、それらは「有形物」としての価値、風景画や木彫りのような創作物として扱っていいのか疑問だった。
 
 これを打ちこんでいる人達にはたぶん、「これが創作物だ」と言う自覚はない。「自分がこれを打ちこむ事で、何かしらの達成感を得よう」とする気持ちもない。自分の思いをただ、ある時には短く、またある時には長々と書きこんでいるだけだった。俺が国の社交界に呼ばれた時も、こう言うのに詳しくない層は別だが、電子器の扱いに慣れている若者や、年配者でもそう言うのに興味がある者だったが、僅かな違いこそあっても、そのほとんどが似たような事を喋っていた。「今の社会は、つまらない」とか、「あそこの夫人は美人だが、その中身は腐っている」とか、そんな妬み嫉みがそこら中を飛びまわっていたのである。それをじっと聴いていた人達も(おそらくは、まともな人達だろう)、最初は社会上の誤魔化しを使っていたが、その空気はやはり逆らえなかったらしく、一人が彼等の話にうなずきはじめると、残りの人達も「確かに」とうなずいて、一つの共通意識を作っていた。
 
 表面上では平穏を保っていても、その裏では新しい価値観が生まれている。古い考えに縛られている老人や、それに恩恵を受けている人間などは決して認めようとしないが、それは分厚い鎧をきて、今の社会にゆっくりと、でも確実に近づいているのだ。その歩みを止める事はできない。

 我々は、貴族よりも裕福な商人を知っている。

 学者よりも、博識な乞食を知っている。

 王よりも、勇敢な農奴を知っている。

 皇帝よりも、強健な職人を知っている。

 教皇よりも、温和な旅人を知っている。

 彼等はきっと、次代の担い手になるだろう。今の社会を討ちはたすか、あるいは書きかえるかして、そこに新しい秩序を作るだろう。それを作った者の中には、今までにない経済の仕組みを作る者だっているかもしれない。それだけの可能性を秘めているのだ。我々は貴族の身分に甘んじ、封土の儲けばかりを考えているが、それもいつかは崩れさるかもしれない。それこそ、神が楽園から人間を追いだしたようにね? 怠けの実ばかりを食べつづけていれば、いつかきっと……。

「討ちほろぼされるかもしれない」

 それがいつくるのかは、分からないけれど。今の時間がいつまでもつづかないように、新しい時間は次々とやってくる。人間の意思など無視して、新しい風を運んでくる。それがいつになるのかは分からないが、おそらくはそう遠くない未来に起こるかもしれない。そう言いきれる証拠はまったくないものの、掲示板の書込みを眺めている限りでは、結構な数がそれを感じているらしかった。

 俺は真面目な顔で、掲示板の書込みを眺めつづけた。本当はもっと違う何か、「今日は外で何かしようかな?」と思っていたが、天気の方が生憎と泣きだしてしまい、自分もまたそれに濡れてしまったので、召使いに自分の服を脱がされる中、机の電子器にふと目をやって、「仕方ないから、今日は『アレ』をやろう」と思いつつ、それをやってみた結果としては、多少の不満こそあるものの、今は「まあ、やってよかったかな?」と思っていたからだ。付属品の操作器を使う感覚も、決して悪くなかったし。最近は「これ」を使う機会も少なかったから、今では自分なりにもうなずいていた。

 俺は右手の操作器をいじりつつ、真面目な顔で画面の上下左右を動かしつづけた。それがとても楽しかったせいか、いつもはあまり開かない画面まで開いてしまった。画面の上には、「話題の噂、封土伝説」と言う題が付いている。どうやら、最近の噂や封土伝説(各地の封土で起こった珍現象、怪奇現象などの総称)をまとめた掲示板らしい。掲示板の内容は少し怪しかったが、基本は自分の封土に引きこもっている俺としては、ある意味でありがたい掲示板だった。これを読めば、世の中の事も少しは分かるかもしれない。周りの世界からすっかり逃げて、自分だけの世界に生きるつもりはなかったが、自分の人生を大切にしたい、特にその趣味に打ちこみたい俺としては、それが自分と世の中とを繋ぐ線のように思えた。

 俺は冷静半分、興奮半分で、その内容を読みはじめた。掲示板の内容は、単純だった。単純だったが、それが逆に面白くもあった。「各地の封土で精霊が、しかも美しい少女の精霊が出現している」と言う。精霊は自分の姿を見られるのが嫌なのか、それを見た人間の前にしばらく立っているが、その人間が(おそらくは、精霊にとって)好ましくなかったし、あるいは反対に迫られたりすると、その空気にブルッと震えて、彼または彼女の前からすぐに逃げてしまうらしい。人間の方が彼女を怖がった時も、それをなだめようとはするが、やがては消えてしまうらしかった。

「まあ、何であれ」

 俺の前にはたぶん、現れないだろう。「精霊」とは言わば、風のような物なのだから。風は気圧の変化にこそ従うものの、その本質は自由であり、基本は自分の行きたいところに行く。「次は、あそこに行ってみたい」と言って、次の瞬間にはもういなくなっているのだ。「それを止められるのは、自分だけだ」と言わんばかりに、空気の中へといなくなってしまうのである。その流れだけは、誰にも止められない。おそらくは、国の皇帝でも。皇帝は人々の動きこそ止められるが、自然の流れは決して止められないのだ。皇帝その人がどんなに凄くても、それが人間の限界なのである。

「はぁ」

 俺は、椅子の背もたれに寄りかかった。別に疲れたわけではない。ただ、掲示板の内容にいろいろと考えさせられただけだ。こう言う不可思議な話は特に嫌いだったわけではないが、それが妙に生々しい……つまりは自分の生活に近しいと、こう何とも言えない感覚を覚えてしまった。精霊の少女になんて、まず会える筈がない。仮に会えたとしても、ちょっとした奇跡にただ、自分の胸が打たれるだけだ。自分には決して、関わりのない奇跡に。だからその掲示板も、真ん中あたりのところで閉じてしまった。

「ううん」

 俺は何を思ってか、部屋の天井を見あげはじめた。部屋の天井は決して豪華ではなかったが、一応の清潔感が保たれていたおかげで、そこまでの不快感はない。そこの染みがちょっと気になるくらいだ。染みの大きさも、麦の粒くらいしかない。

「いや」

 一つだけ大きな染みがあった。天井の隅で、自分の領域を広げている染み。あれはたぶん、染みの主だろう。部屋の主である俺に脅えてはいるが、内心ではその支配を目論んでいるらしく、俺が今日に気づくまで、その領域を地道に殖やしていたようだった。周りの染みは、その支配から必死に逃れようとしている。彼がふと目をやった小さな染みも、自分の領域を何とか守ろうとしていた。

「みんな、必死に生きているんだな」

 そう呟いた俺だったが、そんな事はずっと前から分かっていた。自分の人生を必死に生きていない奴はたぶん、そう多くない。大抵の人は、自分の人生を必死に生きている。この掲示板に書きこんでいる人達だって、画面の後ろでは必死に生きている筈だ。人生の理不尽にもがいている筈だ。先の見えない人生に不安を抱きながらも、日々の一日を必死に生きている筈である。それを否める権利はたぶん、この世の誰にもない。この世を治めている神にですらも。神はこの世界を造ったかもしれないが、それは単なる気まぐれか、あるいは偶然が起しただけの事で、「ご立派な志や、壮大な夢などは特になかった」と思ったからである。

「子どもは、自分の創作物に責任を持たない」

 神様が子どもと同じかどうかはわからないが、少なくても俺にはそう思えた。自分の造りたい物を造る。でも、造った後はしらない。それがたとえ、災いの種になろうとも。創造主は創造の力にこそ関心があるが、その責任についてはほとんど無関心なのだ。自分はただ、自分の欲望が満たされればいい。善良な人間には許せない思いだろうが、ある意味で自分の趣味に生きている俺としては、そのすべてではないにしろ、ある程度は「仕方ない」と思う部分もあった。自分のしたい事を必要以上に抑えるのは、それを解きはなつのと同じくらいに傲慢である。さっきの掲示板に文章を打ちこんでいた人達も、多少の違いこそあるだろうが、それにきっと気づいているのだろう。そうでなければ、文章の端々に皮肉を込める筈がない。彼等は下手な哲学者よりも、社会の哲学をずっと知っているのである。

「まあ、それがいいのかは分からないけどね?」

 知らない方が、ずっと幸せな事もある。聡明よりも、馬鹿の方が生きやすい時もある。「知らない事を知る」と言うのは、自分から苦しみの元を知る事でもあるからね。苦しみの元をしったら、そりゃもっと苦しくなる。今の人生だって、もっと息苦しくなる。昔の哲学者には「無知は怖い」と言う人が多かったが、「知らなくてもいいのを知らずに済む」と言うのは、「ある意味で一番に幸せかもしれない」とも思った。こう言う掲示板を読むのも、それを読んでしまったために要らない知識が増えて、要らない不安が増えた人、要らない偏見を持ってしまった人も決して少なくないだろう。本当は、もっと自由に生きられる筈なのに。自分で自分を生きづらくさせて、しかも勝手に壊れていってしまうのだ。

「それは、本当に不幸かも知れない」

 難しいな。

「『生きる』って言うのは、本当に難しい」

 俺は真面目な顔で自分の生を考えたが、それも次第に苦しくなってしまった。答えのない問題は、答えのある難題よりもずっと難しい。俺は(今の気分を変える意味もあった)机の上に頬杖をついて、明日の事をぼうっと考えはじめた。

「さて。明日は、何をしようかな?」
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