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キョウモ ハカナイ ユメ ヲミル【ところであの餓鬼はどこにいる?】
しおりを挟む杏の背負った借金の初めての返済日。
「よお、テツ兄」
源五郎が母屋の居間にいるテツの元を訪れた。
「親分自らのお出ましかよ」
テツがげんなりしたように横を向いた。
「いや、何、久しぶりに【竜】(リュウ)と【寅】(トラ)の様子も聞きてえと思ってな」
テツの工房で働く染職人の竜と寅は元々、源五郎の下で働くやくざであった。ところがこの二人、借金の取立てに行かせては情に絆され、他の組との縄張り争いを収めに行かせると尻尾を巻いて逃げてくるという、意気地も度胸も無い、到底やくざには向かない性格の、名前負けした二人であった。
しかし、組を抜けると言い出す勇気も持ち合わせておらず、源五郎も、当の本人達も疲弊していたところをテツが組を抜ける条件として『身請け料』を支払うことで何とか世間体を保ったまま組を抜けることができたのであった。
「おいおい、何十年前の話、持ち出してきてんだか。
うちの餓鬼が産まれる前の話じゃねえか」
テツが呆れたように明後日の方を向きながら煙管に火をつけた。
「いやあね、あいつらと今回の餓鬼の分、後はテツ兄が今まで(俺に成り代わって)金で解決してきた分合わせりゃあ、城の一つは建つなと思ってよ。
どうしてこうも面倒見がいいんだろな」
源五郎が茶化すようにテツを見た。
「源五郎、おめえもな、良い趣味してるぜ。
あいつらは変わりねえよ。働きもんだ」
テツがため息のように煙を吐いた。
「ところであの餓鬼はどこにいる?」
源五郎が身を乗り出してテツを見た。
一方、調理場では。
花色と勝色、そして杏が三人で昼飯の仕度を始めていた。
杏が来るまでは工房の職人は皆それぞれが調理場を使っていたが、ものぐさな職人の中には飯を食べないものも中にはいた。午後になると仕事の効率が極端に落ちる原因と睨んだテツが、工房にいる全員の食事を賄うことにしたのだった。
よろず屋の元調理人である三人の賄いは職人にも好評で、良く食べるがその分ますます働くようになったとテツが嬉しそうに杏に話していた。
「お、いたな。美人三姉妹」
杏たちが向いた先には源五郎が調理場の中の様子を覗いているところだった。
とっさに杏が花色と勝色を守るように、自分の背後に隠した。
「おいおい、折角眼の保養にわざわざここまで足を運んできたってのに。冷てえじゃねえか」
源五郎がいかにも悲しげな素振りを見せた。
「心配いらねえよ、あん。俺が連れてきたんだ」
テツの登場で杏が小さくホッと息を吐いた。
「おめえに言いたいことがあるんだとよ」
話の内容を予め聞いたのか、テツがニヤニヤと笑っていた。
「調教師の清、覚えてるか?おめえが骨を折り、汚ねえと言ったあの、清だ。
あいつ、お前に顔射されて何かに目覚めちまったらしくてな。
自分で店に出始めてんだ。それがなかなか好評でな。ここらの男共がこぞって清の顔にぶっ掛けに列を成してくるのよ。
おめえのお陰だぜ、清を目覚めさせてくれて感謝してるぜ」
源五郎がニタリと笑いを浮かべた。
「じゃあ、俺の借金、帳消しにしろよ」すかさず杏が交渉したが「それとこれとは話が違うぜ。俺は貰うもんはきっちり貰う主義なんでな」
再び源五郎がニタリと笑った。
「俺も腹が減ったぜ。飯、食ってっても良いだろ」
直ぐ後ろに立っていたテツに了承を得ようと源五郎が振り向いた。
「いいけど、御代はきっちり置いていけよ。
俺は貰うもんはきっちり貰う主義なんでね」
杏が源五郎に意趣返しをした。
「こりゃ一本取られたぜ。ああ、払うさ。やっぱりおめえは大物だ」
源五郎の屈託のない笑い声は作業場までも響いた。
「花色!」
柔が慌てふためいて調理場に入ってきた。
「おめえどうしたんでい」
突然の来訪者である柔にテツが問いかけた。
「いけ好かねえ笑い声が聞こえてよ。ハナが危険な目に合ってねえか心配になって。やっぱりてめえか!てめえ、何しに来てやがる。
まさか花色に目をつけたんじゃねえだろうな」
柔が噛み付く勢いで源五郎を鋭く見た。
「残念ながら。一見清楚で大人しそうだが、無理強いしたら男の一物、食いちぎるタイプだからな、こういう美人は。どっちかってえともう一人のそっちの美人の方が商売向きだが、いかんせん、男の一物にケチつけて客足が遠のくのが目に見えるぜ。男はみんな立派なもん持ってる訳じゃあねえからな」
源五郎があっけらかんと否定した。
「安心ならねえな。親父ですら花色に会わせたその日にやましい事したからな」
柔のその一言がテツの運命を変えた。
「いいっ」
テツが苦しげに表情を歪ませた。
「それ、どういうこと?」
杏が温度のない声色で柔に問いかけた。
「ハナを紹介した日に、ハナの手を握り締めて」柔のその発言で「いいいっ」テツがますます苦しげな声を上げた。
「そしてどうしたの?」
杏の放つ殺気に、柔が心の中で(へえーー)と思った。
これ以上不利な立場に追い込まれぬように、テツが花色に掠れた声で助けを求めた。
「ハナちゃん、本当の事を言ってくれ。このままじゃあ、俺の尻が壊れちまう」
息も絶え絶えのテツの懇願に柔の背後から花色が口を開いた。
「あの日、渋くて、男らしいおとうさん、(俺が)ひどく興奮して、(その後、俺を抱いた柔が)激しかった」
思い出して頬を染め、柔にしがみ付きながらポツリポツリ断片的に話す花色の、爆弾とも言える発言に、終わったという表情を浮かべたテツが「いでーーーーっ」と、調理場の屋根が吹っ飛びそうな雄叫びを上げたのだった。
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