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……もう、ここにはいないんだ。
朝の挨拶のときに見たあの背中が、最後だった。
いつもみたいに「頑張れよ」って、笑ってくれた――
その笑顔が、最後だったんだ。
どうして、もっと早く「好きです」って言えなかったんだろう。
どうして、「行かないで」って言えなかったんだろう。
課長の気持ちが嘘じゃないことくらい、分かってた。
あんな目で見られて、気づかないはずがない。
でも、俺は怖かったんだ。
オメガの俺は課長に、いつか嫌われてしまう。
ヒートを起こして、みんなを困らせて。
「好き」なんて言葉が、汚く響く気がして。
それに――
課長はもう、この場所を離れる人だ。
好きだって伝えたら、
その背中を、余計に重くしてしまう気がした。
……そう思って、何も言えなかった。
でも今になって分かる。
俺は、逃げたんだ。
課長が好きだ。
どうしようもなく、好きだった。
一緒にいた日々が当たり前すぎて、
失ってからようやく、自分の気持ちがはっきりわかった。
もう、触れられない。
名前を呼ばれない。
でも、心のどこかでまだ、
「もう一度会いたい」と思ってる。
あの人のいない職場で、
俺はようやく、自分がどれだけ白鷹課長を想ってたかを知った。
それでも、日常は続いていく。
白鷹課長の退職でドタバタだったからか、俺の異動願が有耶無耶になってしまったらしい。
課長がいなくなって、人事部に行ってみたら届いてないと言われてしまった。
もしかしたら課長が俺のために出さないでいてくれたのか?
なんて、都合よく解釈してしまう。
……なわけないか。
それから、新しい課長が来た。
桐島隼人さん。
悪い人じゃない。
誰にでも親切で、仕事もテキパキできる。
同僚たちは彼の存在を歓迎している。
やっぱり見目もいいし、アルファって感じがする。
でも……俺の心は、どうしても馴染めない。
昨日、書類を手渡すとき、軽く手が触れた瞬間――
胸の奥がざわっとした。
何だ、この感覚は……。
課長なら、こんな風には思わなかった。
肩を叩かれたときも、書類を手渡されたときも、
自然に、安心して、笑えた。
怒られるときも、叱られる理由が分かって、心地よかった。
桐島課長の手は温かい。優しい。
でも、違和感がある。
無意識に拒否してしまう自分がいる。
――分かった。
俺が欲しいのは、アルファの手ではない。
この温かさや安心感は、白鷹課長のものじゃなければ意味がない。
胸の奥で、ずっと押さえつけてきた気持ちが、ざわざわと音を立てる。
好きなんだ、やっぱり。
白鷹課長が好きだ。
あの人がいなきゃ、俺はここにいる意味も、仕事を頑張る理由も、こんなに心が揺れることも、なかった。
手を伸ばしたくなる。声を聞きたくなる。
でももう……手は届かない。
会いたい、でも今はまだ言えない。
それでも、確かに分かる。
俺の心は、白鷹課長の方に向いている――
他の誰でもない、あの人に。
見慣れないビルの前に立った瞬間、大きく息を吐いた。
大きなガラス扉の向こうに、見慣れたあの人がいる。
白鷹課長――もう同じ会社じゃないのに。
課長の会社のあるフロアへ上がるエレベーターのボタンを押しながら、手が少し震えた。
――本当に、来てしまった。
桐島課長との違和感から、自分の心がどれだけ課長に向いていたかを痛感して、
逃げずに会おうと決めたのだ。
入り口の前に来て、また大きく息を吐く。
退勤して、急いで向かった先は……。
ちょうど、誰かが出てきた。
課長と……同じくらいの、あれはアルファだ。
「……誰?…何か用?」
声をかけられて、何も答えられないでいると、
「橘、これも一緒に頼んでいいか?」
白鷹課長の声だった。
「橘」と呼ばれたその人を、追いかけてきた白鷹課長は、入り口の前で立ち竦んでいる俺を見た。
「小国、どうした? 仕事は終わったのか?」
白鷹課長は橘さんに書類を渡すと、俺をオフィスに通した。
俺が白鷹課長に会いに来た理由も聞かずに応接セットに案内した。
「元気か」
周囲は静かで、わずかにパソコンをカチカチしている音が響く。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
課長が今目の前にいる――それだけで心が熱くなる。
「……課長」
声が震えた。
課長が顔を上げる。
「……俺、やっぱり、言わなきゃと思って」
息を整えながら、手を握りしめる。
「課長が、好きです」
課長は一瞬、息を呑み、それから静かに微笑む。
「……待ってたよ」
その一言が、直樹の心の奥に溢れていた想いを、すべて包み込む。
長く押さえつけていた感情が、ふっと解ける。
目に涙があふれ、頬を伝った。
初めて、心から笑った。
もう迷わない、もう逃げない――
課長は小さく笑い、
「よかった、小国……」
俺は世界が変わったように感じた。
朝の挨拶のときに見たあの背中が、最後だった。
いつもみたいに「頑張れよ」って、笑ってくれた――
その笑顔が、最後だったんだ。
どうして、もっと早く「好きです」って言えなかったんだろう。
どうして、「行かないで」って言えなかったんだろう。
課長の気持ちが嘘じゃないことくらい、分かってた。
あんな目で見られて、気づかないはずがない。
でも、俺は怖かったんだ。
オメガの俺は課長に、いつか嫌われてしまう。
ヒートを起こして、みんなを困らせて。
「好き」なんて言葉が、汚く響く気がして。
それに――
課長はもう、この場所を離れる人だ。
好きだって伝えたら、
その背中を、余計に重くしてしまう気がした。
……そう思って、何も言えなかった。
でも今になって分かる。
俺は、逃げたんだ。
課長が好きだ。
どうしようもなく、好きだった。
一緒にいた日々が当たり前すぎて、
失ってからようやく、自分の気持ちがはっきりわかった。
もう、触れられない。
名前を呼ばれない。
でも、心のどこかでまだ、
「もう一度会いたい」と思ってる。
あの人のいない職場で、
俺はようやく、自分がどれだけ白鷹課長を想ってたかを知った。
それでも、日常は続いていく。
白鷹課長の退職でドタバタだったからか、俺の異動願が有耶無耶になってしまったらしい。
課長がいなくなって、人事部に行ってみたら届いてないと言われてしまった。
もしかしたら課長が俺のために出さないでいてくれたのか?
なんて、都合よく解釈してしまう。
……なわけないか。
それから、新しい課長が来た。
桐島隼人さん。
悪い人じゃない。
誰にでも親切で、仕事もテキパキできる。
同僚たちは彼の存在を歓迎している。
やっぱり見目もいいし、アルファって感じがする。
でも……俺の心は、どうしても馴染めない。
昨日、書類を手渡すとき、軽く手が触れた瞬間――
胸の奥がざわっとした。
何だ、この感覚は……。
課長なら、こんな風には思わなかった。
肩を叩かれたときも、書類を手渡されたときも、
自然に、安心して、笑えた。
怒られるときも、叱られる理由が分かって、心地よかった。
桐島課長の手は温かい。優しい。
でも、違和感がある。
無意識に拒否してしまう自分がいる。
――分かった。
俺が欲しいのは、アルファの手ではない。
この温かさや安心感は、白鷹課長のものじゃなければ意味がない。
胸の奥で、ずっと押さえつけてきた気持ちが、ざわざわと音を立てる。
好きなんだ、やっぱり。
白鷹課長が好きだ。
あの人がいなきゃ、俺はここにいる意味も、仕事を頑張る理由も、こんなに心が揺れることも、なかった。
手を伸ばしたくなる。声を聞きたくなる。
でももう……手は届かない。
会いたい、でも今はまだ言えない。
それでも、確かに分かる。
俺の心は、白鷹課長の方に向いている――
他の誰でもない、あの人に。
見慣れないビルの前に立った瞬間、大きく息を吐いた。
大きなガラス扉の向こうに、見慣れたあの人がいる。
白鷹課長――もう同じ会社じゃないのに。
課長の会社のあるフロアへ上がるエレベーターのボタンを押しながら、手が少し震えた。
――本当に、来てしまった。
桐島課長との違和感から、自分の心がどれだけ課長に向いていたかを痛感して、
逃げずに会おうと決めたのだ。
入り口の前に来て、また大きく息を吐く。
退勤して、急いで向かった先は……。
ちょうど、誰かが出てきた。
課長と……同じくらいの、あれはアルファだ。
「……誰?…何か用?」
声をかけられて、何も答えられないでいると、
「橘、これも一緒に頼んでいいか?」
白鷹課長の声だった。
「橘」と呼ばれたその人を、追いかけてきた白鷹課長は、入り口の前で立ち竦んでいる俺を見た。
「小国、どうした? 仕事は終わったのか?」
白鷹課長は橘さんに書類を渡すと、俺をオフィスに通した。
俺が白鷹課長に会いに来た理由も聞かずに応接セットに案内した。
「元気か」
周囲は静かで、わずかにパソコンをカチカチしている音が響く。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
課長が今目の前にいる――それだけで心が熱くなる。
「……課長」
声が震えた。
課長が顔を上げる。
「……俺、やっぱり、言わなきゃと思って」
息を整えながら、手を握りしめる。
「課長が、好きです」
課長は一瞬、息を呑み、それから静かに微笑む。
「……待ってたよ」
その一言が、直樹の心の奥に溢れていた想いを、すべて包み込む。
長く押さえつけていた感情が、ふっと解ける。
目に涙があふれ、頬を伝った。
初めて、心から笑った。
もう迷わない、もう逃げない――
課長は小さく笑い、
「よかった、小国……」
俺は世界が変わったように感じた。
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