無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音

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それから、仕事が終わるまで、待たせてもらった。
少しして、橘さんも戻ってきた。

「迅、その子が例のオメガでしょ?」
橘さんがニヤニヤしている。
白鷹課長が気まずそうな顔をしてる。
「じゃあさ、3人で飯でも行こうぜ、迅の奢りでな」
「はぁ?」
それから、俺と白鷹課長と橘さんと近くの個室の居酒屋へ行った。


小さな個室。
掘りごたつの上に料理が並び、湯気がほのかに立ちのぼる。
白鷹課長はいつものように姿勢を崩さず、橘さんはすでに三杯目のジョッキを手にしていた。
俺は少し緊張気味にソフトドリンクのグラスを両手で持っている。

「はー、いいねぇ。やっぱ迅と飲むと落ち着く。
で、そっちの彼が――例の“気になる子”?」
橘さんが残ってたビールを飲み干して、ジョッキを置く。
「えっ、あ、そんな……!」
白鷹課長が慌ててる。

ーーなんか、珍しい。

「余計なこと言うな、翔真。
小国、こいつは橘翔真、俺の幼馴染なんだ」
白鷹課長もビールを飲みながら橘さんを紹介してくれた。

「はいはい。……で、小国くんだっけ? 今も迅がいたとこに勤めてんの?」

「はい。今は新しく来た桐島課長のもとで……」

俺が言うと、白鷹課長は苦虫を噛んだような顔をした。

「迅は知ってんでしょ、桐島てやつ」

白鷹課長は何も言わずに頷く。

「桐島ての、前にうちの案件で顔合わせたことあるわ。あいつ、めっちゃチャラいよ」 
白鷹課長が眉をひそめている。
橘さんは続けて、
「ミーティング中に隣の営業の子に平気で肩ポンポンしててさ。
“また飲みに行こうよ”とか言ってた。あれはビジネスじゃなくて口説きだったな」

「……あ、そうなんですね……」
俺が呆れてると、

「ん? まさか、小国くんも触られたの?」

「い、いえ……! でも……距離が近いなって思うことは、あります」

白鷹課長がゆっくりとジョッキを置く。

「……やっぱりな」

「迅、顔怖いって」

「……桐島の下に置くのは心配だ」

「だな。
まぁ迅が心配で、使いものにならなくなる姿が想像つくわ。
まぁ、あいつ、相手が誰であろうと、自分のペースに引きずり込むタイプだろうし。
オメガ相手なら余計に面白がるだろうな」

俺は少し俯く。
白鷹課長がそれに気づいて、
「……だからさ、この際、転職考えてみないか」
 
「えっ……。でも……俺、今の仕事好きなんです。
課長と一緒にやってきた仕事を、ちゃんと続けたくて……」

白鷹課長の表情がわずかに柔らいで見えた。

「……そうか」

「おーおー、何その空気。青春かよ。
でもな、迅。お前がその子を本気で守りたいなら、うちに引き抜け。
バイトでも何でも雇ってやるぞ」

橘さんがケラケラ笑う。
「まぁ。社員一人増えるくらいどうってことない。
迅、お前が“その子を守りたい”って思うなら、
遠慮しなくていいんだぞ」

「そうだな。小国、無理だと思ったらいつでも連絡しろ」
白鷹課長が黙ってグラスを見つめる
俺は胸の奥が熱くなって、言葉を失う。

「うちの会社はまだ三年ばかりだけど、ウェブシステムとかアプリ開発とか、企業向けの業務改善ツールとか、そんなことしてる。
従業員も全員で十人くらいでアットホームだし。
本気で考えてくれるなら嬉しいよ」

橘さんが会社について教えてくれた。
それから、白鷹課長と働いていたときのことや
橘さんの会社でのことなど、
いろいろ話して、お開きになった。


帰りは三人で夜の風にあたりながら歩いていたけど、
途中で橘さんがタクシーに乗って、帰ってしまった。

風が少し冷たくなってきていた。
駅まで続く並木道を、二人は並んで歩いていた。
通りの明かりが足元に伸びて、ふたりの影をゆらゆらと重ねる。

「……橘さん、すごい人ですね。明るくて、話してて楽しかったです」

「あいつは昔からああだ。思ったことをすぐ口にして、行動する。
……悪気はないんだが、時々、余計なことまで言う」

俺は小さく笑って

――「でも、助かりました。
課長……じゃなくて、迅さんと、こうして話せたの、嬉しかったから」

白鷹課長の足が一瞬止まる。
「……今、なんて呼んだ?」

「迅さん、って……。
もう“課長”じゃないですし、こう呼んだほうがいいかなって」

迅さんは少し驚いたように目を細めた。
「……ああ。いいと思う。
俺も、“小国”って呼ぶのは、もうやめる」

「……え?」
「“直樹”でいいか?」
「……はい」

ふっと夜風が吹き、街灯の下で二人の距離が少しだけ近づいた。

「……橘があんなこと言うから、誤解されたかもしれないが。
……俺は、からかわれても否定できなかった。
……本当のことだったからな」

俺が何も言えないで、迅さんを見上げてると、

「直樹のことが気になってた。
もう、そう言わずにはいられなかった」

俺はゆっくりと顔を上げる。
街灯の光が迅さんの横顔を淡く照らしていた。

「……僕も、迅さんに会いたくて、今日……来ました」

互いに沈黙して、少し笑って、そして視線が重なった。
迅さんの手が俺の頬に触れる。

「……直樹」

そのまま、ほんの一瞬だけ唇が触れ合う。
風にかき消されそうなほどの軽い、確かめるようなキスだった。

離れたあと、迅さんは小さく息を吐き、少し照れたように目を逸らした。

「……酔ってるから、今のは夢だと思ってもいい」

「……そんなに都合よく忘れられませんよ」

俺が笑うと、迅さんもわずかに笑った。

「……じゃあ、覚えておけ。……送っていこうか」

「いえ、大丈夫です。……でも、また会いに来てもいいですか」

「……ああ。次は、仕事の話じゃなくてもいい」

俺は嬉しくなって、二人は並んで歩き出す。
夜の街灯が、ゆるやかにその背を照らしていた。

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