当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします

精霊界の試練⑤

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薄闇。白く漂う霧。
祈りの鈴のような音が響き、女神の声が落ちてきた。

――来たか、祈り子と守護の王。

その声は優しくも、裂帛の気配を帯びていた。

光が裂け、
女神の戦士の幻影が二人を包囲する。
それは剣と光の魔法を操る、古の巫女兵たち。

僕は祈りで結界を張ったけど、女神の力に弾かれ腕が震えた。
マクシミが前に出て剣を振るい、影から僕を守るように前に立つ。

「僕が、支えます……女神さまの光は、怖くない……!」

祈りが響く。
僕の体が光って、マクシミの剣に祝福が宿った。

守る者と祈る者ーー

僕たち二人の役割が完璧に噛み合った。

最後の影が崩れて、霧が静まる。

女神の声

――よい。力は十分。だが、心はまだ揺れている。

光が歪み、二人の足元が崩れ落ちた。


目を開くと、見慣れたドラヴァールの王都の庭園。
花、陽光、鳥のさえずり。

「……帰って、きた?」
僕が呟く。

マクシミの腕の中にはアレクシオとセリオがいて、
二人の笑い声が聞こえる。

幸せな未来がそこにある。
だが冷たい?――どこか、違和感を感じる。

やがて声が響いてきた。
レイナ様、アンドリア王子、国王陛下、乳母のアリシア……
皆が違和感のある笑みを浮かべている。

レイナ様は言う。
「ここにいればいいのよ。もう祈らなくても大丈夫」

アンドリア王子は言う。
「戦いも旅も要らない。あなたはただ、幸せにしていればいいんだ」

アレクシオとセリオの幻影が泣いている。
僕は胸を締めつけられた。

「……これは、安寧で縛る牢……?」

マクシミの幻も微笑む。
「エリアス、もう行かなくていいよ、私の側にいればいい」

僕の手が震えた。
幸福の罠。
「解放されたい心」と「守りたい心」が引き裂かれる。

「マクシミは……そんな言い方、しないよ」

涙をこぼしながら微笑む。
祈りの光が僕の指先に灯る。

「僕たちは……いつも一緒に戦う。
逃げるためじゃなく、愛する人の未来のために」

光が世界を割る。
幻影のマクシミは言う。
「……ならば行け。お前の愛は、鎖ではなかった。」

幻のアレクシオとセリオも言う。
「まもってね」
「いっしょに、かえるの」

僕の祈りと涙が光となって、偽りの楽園が崩れ落ちる。


光の湖が静かに波打つ。
祈りの余韻が空に満ち、風が止む。

次の瞬間──
世界がひと呼吸したように、
音も、色も、時間さえも透明になった。

白い花が一斉に揺れる。
花弁が光へと変わり、天へ昇っていく。

その中に、人の姿が立つ。

白銀の髪は星のようにきらめき、
目は慈悲と威厳を抱いた光。

女神さま。

しかし彼女の輪郭は曖昧で、
肉体ではなくて、光で形作られた幻影みたいな存在だった。

「よくぞ辿り着きました、祈る者と守る者よ」

僕は自然と膝を折る。
僕の瞳は涙で満たされている。

マクシミリアン殿下も片膝をつくが、
剣を掲げる姿勢は王族としての誇りを失っていない。

「我は母、世界の光、創り手にして守護の根。
そなたらの祈りと誓い、確かに受けとめた」

女神が手をかざすと、
僕たち二人の胸の中に柔らかな熱が灯る。

言葉ではない、なにか。
使命が、刻まれていく。


「人の世は、祈りを忘れゆく」

「祈りなき国は、土がやせ、民が迷い、やがて闇に呑まれましょう」

「そなたたちの愛は光、その光をもって、祈りの道を照らしなさい」

僕の胸に微かな光が灯り、
マクシミリアン殿下の背に影の翼が揺れる。

「私に頼るのではなく──
そなたたち自身が、希望となりなさい」

女神の声は厳しく、しかし深く優しい。

「守る王と、祈る王。
そなたたちは世界の結び目となる」

「祈りを忘れた民に、祈ることで世界が続くことを教えよ」

光が僕たち二人を包みこむ。
無数の精霊が跪くように頭を垂れている。

「愛は弱さではない。愛は、世界を創る力です」

僕の涙が零れ、光となって舞う。
マクシミはその手を握り、囁いた。

「必ず……やり遂げる。エリアスと共に、生きる世界を護る」

女神は微笑む。

「ならば、人の世へ戻りなさい。希望の子らが待っています」

光が弾け──
精霊界の空が開いた。

帰還の道が現れた。


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