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38.国王との謁見
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王宮の部屋に通されると、荷解きをすることもなく、着替えをした。
ゼファールは第二王子としての正装に袖を通した。
肩章のついた軍装寄りの礼服で、背が高く、体格のいいゼファールが着るとまるで絵になる。
リュカはぽかんと見惚れ、思わず声が漏れた。
「……かっこいい」
その一言を聞き逃すことなく、ゼファールの口元がきゅっと上がり、抑えきれないほどニヤニヤしている。
「ほら、お前も着替えろ、手伝うぞ」
そしてリュカも王都用のきちんとした服に着替えた。
真新しい布地、硬い襟……背筋が伸びる格好。
ゼファールは思わず、
「……お呼ばれだな?」
と笑って、リュカがむっとする。
「お、お呼ばれってなに……」
「可愛いってこと」
「っ……!」
リュカは耳まで赤くなった。
それから案内役の従者に導かれ、長い回廊を進む。
王城特有の静けさと空気の冷たさに、リュカの指先は硬くなっていた。
ゼファールの袖を指でつまんだまま、小声でつぶやいた。
「……ゼファ、こわい……」
ゼファールは歩きながら横目でちらりと見つめ、
そのつまんだ指ごと、そっと握り返した。
「大丈夫。俺がいる。
何か言われても、何をされても……全部俺が止める」
その声音は、実家である王都に戻ってきたというより
戦場に戻ってきた男の静かな覚悟のようだった。
リュカはゼファールの手の温かさに、少しだけ呼吸が楽になった。
謁見の間の扉が重く開かれる。
高い玉座。
王妃が控え、その隣の位置には第一王子のイグナーツ。
幾人もの騎士たちが立ち並ぶ中、
二人だけが広い空間を進む。
ゼファールは跪き、胸に手を当てた。
「陛下。ゼファール、ただいま戻りました」
リュカはゼファールの一歩後ろで、礼の姿勢を取る。
しかし緊張で尻尾がしっかり下がり、耳はぴんと立ってしまっている。
――その全てを国王は一瞬で見抜いた。
そして、ゼファールの背後に立つ小柄な獣人の少年へ目を移す。
(……魔力の波が、似ているな)
王族として魔力に敏い国王は、
ゼファールとリュカの魔力の揺れ方が同質のものだと直感する。
(番か……あるいは、それに近い絆……か?)
この世界では番という概念は一般的ではないが、
獣人にはしばしば強い結びつきを作る存在、と文献にあった。
しかし、王妃は気づいていない。
ただの珍しい獣の少年と思っているようで、興味薄そうにゼファールとその少年を見ている。
そして、イグナーツは別の意味で察していた。
(……ゼファが弱点になる相手だ)
弱点を持つのは危うい。
――これは使えるかも、しれない。
短い形式的な挨拶が終わった後、
国王は珍しく、少し柔らかい声でゼファールに言う。
「その者が、お前の……支えなのだな」
ゼファールのまぶたがわずかに揺れる。
否定も肯定もしない。だが、答えは沈黙に宿っている。
国王はうなずいた。
「……ならば大事にしろ。
ゼファール、お前が守ると決めた者なら、私も尊重する」
その言葉に、リュカは驚いて顔を上げた。
ゼファールの父が、こんな言葉を自分に向けるとは思っていなかった。
しかし、王妃は怪訝そうに眉をひそめる。
「陛下……ただの狼の子では?……それほど気にかける必要は……」
「ただの獣ではないことくらい、わかる」
国王が一蹴し、王妃は口を閉ざす。
イグナーツは微笑を浮かべたまま、
リュカを観察するように目を細めていた。
(面白いね……君がゼファをどう変えるんだろう)
ゼファールは礼をして下がり、
さりげなくリュカの背をかばいながら謁見の間をあとにした。
謁見の間を出た瞬間、リュカは大きく息を吐いた。
背筋を伸ばし、ゼファールの半歩後ろを歩き続けた緊張が、どっと押し寄せてくる。
部屋へ戻ると同時に、力が抜けたようにゼファールの肩にもたれ込んだ。
「……つ、疲れた……」
「だろうな。初めての王宮だし、あれだけの視線だ。無理もない」
ゼファールは部屋の扉を閉めると、軽くリュカの髪に触れた。
それだけでリュカの肩から緊張がすうっと抜けていくようだ。
「晩餐会まで少し時間がある。休んでろ」
「……オオカミになってもいい?」
リュカの声は少し上目遣いで、いつもより甘えた調子。
ゼファは笑みを浮かべてうなずいた。
「好きにしろ。俺の部屋だしな」
次の瞬間、ふわりと光が揺れ、
青灰色のオオカミがゼファールの膝へと飛び込んだ。
ゼファールはその柔らかな毛並みに手を置き、ゆっくりと撫で始める。
掌から、穏やかな魔力がぽうっと流れ出す。
リュカの尻尾がゆっくり揺れ、
まどろんだ吐息が「ふにゃ……」と漏れた。
ゼファールはしばらくそのまま撫でていたが、
ふと思い出したように、落ち着いた声で言った。
「……リュカ。第一王子のイグナーツには気をつけろ」
オオカミの耳がぴくりと動く。
リュカは半目を開けて、こくりとうなずいた。
「うん……わかった」
「晩餐会には大勢集まる。
まぁ、弟妹たちは害はないが……うるさい。かなりな」
ゼファールは苦笑しながらリュカの喉を指先で優しく撫でる。
リュカの喉が気持ちよさそうに鳴り、細い足がゼファールにすり寄った。
「それから──とにかく俺から離れるな。いいな?」
「……うん」
リュカはゼファールの膝の上で丸まり、
撫でられるたびに、体中から緊張が溶けていった。
ゼファールの魔力は、リュカを守るように、包むように穏やかだった。
その温かさにくるまれながら、リュカはゆっくりと目を閉じ、静かな眠りに落ちていった。
ゼファールは第二王子としての正装に袖を通した。
肩章のついた軍装寄りの礼服で、背が高く、体格のいいゼファールが着るとまるで絵になる。
リュカはぽかんと見惚れ、思わず声が漏れた。
「……かっこいい」
その一言を聞き逃すことなく、ゼファールの口元がきゅっと上がり、抑えきれないほどニヤニヤしている。
「ほら、お前も着替えろ、手伝うぞ」
そしてリュカも王都用のきちんとした服に着替えた。
真新しい布地、硬い襟……背筋が伸びる格好。
ゼファールは思わず、
「……お呼ばれだな?」
と笑って、リュカがむっとする。
「お、お呼ばれってなに……」
「可愛いってこと」
「っ……!」
リュカは耳まで赤くなった。
それから案内役の従者に導かれ、長い回廊を進む。
王城特有の静けさと空気の冷たさに、リュカの指先は硬くなっていた。
ゼファールの袖を指でつまんだまま、小声でつぶやいた。
「……ゼファ、こわい……」
ゼファールは歩きながら横目でちらりと見つめ、
そのつまんだ指ごと、そっと握り返した。
「大丈夫。俺がいる。
何か言われても、何をされても……全部俺が止める」
その声音は、実家である王都に戻ってきたというより
戦場に戻ってきた男の静かな覚悟のようだった。
リュカはゼファールの手の温かさに、少しだけ呼吸が楽になった。
謁見の間の扉が重く開かれる。
高い玉座。
王妃が控え、その隣の位置には第一王子のイグナーツ。
幾人もの騎士たちが立ち並ぶ中、
二人だけが広い空間を進む。
ゼファールは跪き、胸に手を当てた。
「陛下。ゼファール、ただいま戻りました」
リュカはゼファールの一歩後ろで、礼の姿勢を取る。
しかし緊張で尻尾がしっかり下がり、耳はぴんと立ってしまっている。
――その全てを国王は一瞬で見抜いた。
そして、ゼファールの背後に立つ小柄な獣人の少年へ目を移す。
(……魔力の波が、似ているな)
王族として魔力に敏い国王は、
ゼファールとリュカの魔力の揺れ方が同質のものだと直感する。
(番か……あるいは、それに近い絆……か?)
この世界では番という概念は一般的ではないが、
獣人にはしばしば強い結びつきを作る存在、と文献にあった。
しかし、王妃は気づいていない。
ただの珍しい獣の少年と思っているようで、興味薄そうにゼファールとその少年を見ている。
そして、イグナーツは別の意味で察していた。
(……ゼファが弱点になる相手だ)
弱点を持つのは危うい。
――これは使えるかも、しれない。
短い形式的な挨拶が終わった後、
国王は珍しく、少し柔らかい声でゼファールに言う。
「その者が、お前の……支えなのだな」
ゼファールのまぶたがわずかに揺れる。
否定も肯定もしない。だが、答えは沈黙に宿っている。
国王はうなずいた。
「……ならば大事にしろ。
ゼファール、お前が守ると決めた者なら、私も尊重する」
その言葉に、リュカは驚いて顔を上げた。
ゼファールの父が、こんな言葉を自分に向けるとは思っていなかった。
しかし、王妃は怪訝そうに眉をひそめる。
「陛下……ただの狼の子では?……それほど気にかける必要は……」
「ただの獣ではないことくらい、わかる」
国王が一蹴し、王妃は口を閉ざす。
イグナーツは微笑を浮かべたまま、
リュカを観察するように目を細めていた。
(面白いね……君がゼファをどう変えるんだろう)
ゼファールは礼をして下がり、
さりげなくリュカの背をかばいながら謁見の間をあとにした。
謁見の間を出た瞬間、リュカは大きく息を吐いた。
背筋を伸ばし、ゼファールの半歩後ろを歩き続けた緊張が、どっと押し寄せてくる。
部屋へ戻ると同時に、力が抜けたようにゼファールの肩にもたれ込んだ。
「……つ、疲れた……」
「だろうな。初めての王宮だし、あれだけの視線だ。無理もない」
ゼファールは部屋の扉を閉めると、軽くリュカの髪に触れた。
それだけでリュカの肩から緊張がすうっと抜けていくようだ。
「晩餐会まで少し時間がある。休んでろ」
「……オオカミになってもいい?」
リュカの声は少し上目遣いで、いつもより甘えた調子。
ゼファは笑みを浮かべてうなずいた。
「好きにしろ。俺の部屋だしな」
次の瞬間、ふわりと光が揺れ、
青灰色のオオカミがゼファールの膝へと飛び込んだ。
ゼファールはその柔らかな毛並みに手を置き、ゆっくりと撫で始める。
掌から、穏やかな魔力がぽうっと流れ出す。
リュカの尻尾がゆっくり揺れ、
まどろんだ吐息が「ふにゃ……」と漏れた。
ゼファールはしばらくそのまま撫でていたが、
ふと思い出したように、落ち着いた声で言った。
「……リュカ。第一王子のイグナーツには気をつけろ」
オオカミの耳がぴくりと動く。
リュカは半目を開けて、こくりとうなずいた。
「うん……わかった」
「晩餐会には大勢集まる。
まぁ、弟妹たちは害はないが……うるさい。かなりな」
ゼファールは苦笑しながらリュカの喉を指先で優しく撫でる。
リュカの喉が気持ちよさそうに鳴り、細い足がゼファールにすり寄った。
「それから──とにかく俺から離れるな。いいな?」
「……うん」
リュカはゼファールの膝の上で丸まり、
撫でられるたびに、体中から緊張が溶けていった。
ゼファールの魔力は、リュカを守るように、包むように穏やかだった。
その温かさにくるまれながら、リュカはゆっくりと目を閉じ、静かな眠りに落ちていった。
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