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41.式典と夜会
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明け方。
腕の中にあるはずの温もりが、いつもと少し違う気がした。
ゼファールは薄く目を開けて、息を潜めた。
ベッドの上、リュカはオオカミの姿に戻っていた。
それ自体は、いつものことだ。
けれど――
昨日、泥のように眠っていたリュカはヒト型のままで、獣化してなかった。
夜更けになって、ようやく魔術が解けたのか、オオカミに戻っていた。
背に手を伸ばし、そっと撫でる。
術は張ってある。
王都で、国王の城で、万全に、守るために。
それでも。
指先に、ざらりとした違和感が走った。
嫌な感覚だった。
精霊の囁きでも、魔力の乱れでもない。
もっと、静かで、しかし確実な――触れられた痕のようなもの。
リュカが小さく身を震わせた。
「……すまない」
眠っているのを知りながら、そう呟く。
ゼファールはそれ以上触れず、ただ見守ることしかできなかった。
⸻
国王の即位三十周年記念式典は、何事もなく終わった。
式典の間はリュカを近くに置き、片時も目を離さなかった。
面倒な挨拶もすませて、終わると同時に、部屋に戻る。
これから、また夜会がある。
また出ないといけない。
夜会の会場でも、ゼファールはほとんどリュカから目を離さなかった。
一歩前、半歩横。常に視界に入る位置。
貴族や諸侯が興味深げに近づいてくる。
「こちらは……?」
「保護下の者だ」
それ以上は言わない、言わせない。
それでも好奇の視線は向けられた。
ついには「一曲いかがですかな」と音楽がかかると声をかけられる。
ゼファールは一瞬だけ迷い――
そして、リュカに手を差し出した。
「踊れるか?」
リュカは少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「うん」
音楽に身を委ねると、リュカは驚くほど美しく動いた。
軽やかで、柔らかく、それでいて芯がある。
ダンスなんて、久しぶり。
(……綺麗だ)
胸が締め付けられるほどに。
会場の視線を集めるほどに、リュカは美しかった。
けれど、指先が触れ合うたび、
ゼファールにはどこか噛み合わない感覚が残った。
リュカはちゃんとそこにいる。
笑っている。
呼吸も、鼓動も、確かに。
それなのに――
ほんの一歩、遠く感じる。
⸻
「少し、外に出たい」
夜会の喧騒から離れたいという、リュカのその声に、ゼファールは頷いた。
バルコニーの夜風は冷たく、心地よかった。
飲み物を取りに行くべきか、と考え――すぐに打ち消す。
(離れたくない……)
その迷いを察したのか、リュカが言った。
「僕が取ってくるよ。すぐ戻るから」
「……待て」と言いかけた瞬間。
「相変わらずだな、ゼファール」
イグナーツだった。
にこやかな、軽い口調。
他愛もない話を数言。
気を抜くな、と自分に言い聞かせているうちに、会話は終わった。
振り返ると、リュカはグラスを二つ持って戻ってきていた。
「お待たせ」
何も変わらない声音。
しかし、それが、かえって不安を煽った。
部屋に戻ってからも、どうしてか、違和感は消えなかった。
ゼファールが触れようとすると、
リュカは無意識に、ほんの少しだけ身を引く。
「あ……ごめん」
「いや」
謝らせたくない。
理由のわからない違和感を、言葉にしたくなかった。
同じベッドで眠りにつき、
夜半、リュカはオオカミの姿になった。
けれど、距離があった。
ゼファは伸ばしかけた手を止め、それでも耐えきれず、背を撫でた。
――その瞬間。
胸の奥に、冷たいものが落ちた。
「……っ」
リュカの体がびくりと震える。
それは、触るな、と……言われているみたいだった。
ゼファールは手を引き、唇を噛んだ。
守っているつもりで、見ているつもりで、
それでも――何かを、取り逃している。
その事実だけが、夜よりも重く、胸に残っていた。
腕の中にあるはずの温もりが、いつもと少し違う気がした。
ゼファールは薄く目を開けて、息を潜めた。
ベッドの上、リュカはオオカミの姿に戻っていた。
それ自体は、いつものことだ。
けれど――
昨日、泥のように眠っていたリュカはヒト型のままで、獣化してなかった。
夜更けになって、ようやく魔術が解けたのか、オオカミに戻っていた。
背に手を伸ばし、そっと撫でる。
術は張ってある。
王都で、国王の城で、万全に、守るために。
それでも。
指先に、ざらりとした違和感が走った。
嫌な感覚だった。
精霊の囁きでも、魔力の乱れでもない。
もっと、静かで、しかし確実な――触れられた痕のようなもの。
リュカが小さく身を震わせた。
「……すまない」
眠っているのを知りながら、そう呟く。
ゼファールはそれ以上触れず、ただ見守ることしかできなかった。
⸻
国王の即位三十周年記念式典は、何事もなく終わった。
式典の間はリュカを近くに置き、片時も目を離さなかった。
面倒な挨拶もすませて、終わると同時に、部屋に戻る。
これから、また夜会がある。
また出ないといけない。
夜会の会場でも、ゼファールはほとんどリュカから目を離さなかった。
一歩前、半歩横。常に視界に入る位置。
貴族や諸侯が興味深げに近づいてくる。
「こちらは……?」
「保護下の者だ」
それ以上は言わない、言わせない。
それでも好奇の視線は向けられた。
ついには「一曲いかがですかな」と音楽がかかると声をかけられる。
ゼファールは一瞬だけ迷い――
そして、リュカに手を差し出した。
「踊れるか?」
リュカは少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「うん」
音楽に身を委ねると、リュカは驚くほど美しく動いた。
軽やかで、柔らかく、それでいて芯がある。
ダンスなんて、久しぶり。
(……綺麗だ)
胸が締め付けられるほどに。
会場の視線を集めるほどに、リュカは美しかった。
けれど、指先が触れ合うたび、
ゼファールにはどこか噛み合わない感覚が残った。
リュカはちゃんとそこにいる。
笑っている。
呼吸も、鼓動も、確かに。
それなのに――
ほんの一歩、遠く感じる。
⸻
「少し、外に出たい」
夜会の喧騒から離れたいという、リュカのその声に、ゼファールは頷いた。
バルコニーの夜風は冷たく、心地よかった。
飲み物を取りに行くべきか、と考え――すぐに打ち消す。
(離れたくない……)
その迷いを察したのか、リュカが言った。
「僕が取ってくるよ。すぐ戻るから」
「……待て」と言いかけた瞬間。
「相変わらずだな、ゼファール」
イグナーツだった。
にこやかな、軽い口調。
他愛もない話を数言。
気を抜くな、と自分に言い聞かせているうちに、会話は終わった。
振り返ると、リュカはグラスを二つ持って戻ってきていた。
「お待たせ」
何も変わらない声音。
しかし、それが、かえって不安を煽った。
部屋に戻ってからも、どうしてか、違和感は消えなかった。
ゼファールが触れようとすると、
リュカは無意識に、ほんの少しだけ身を引く。
「あ……ごめん」
「いや」
謝らせたくない。
理由のわからない違和感を、言葉にしたくなかった。
同じベッドで眠りにつき、
夜半、リュカはオオカミの姿になった。
けれど、距離があった。
ゼファは伸ばしかけた手を止め、それでも耐えきれず、背を撫でた。
――その瞬間。
胸の奥に、冷たいものが落ちた。
「……っ」
リュカの体がびくりと震える。
それは、触るな、と……言われているみたいだった。
ゼファールは手を引き、唇を噛んだ。
守っているつもりで、見ているつもりで、
それでも――何かを、取り逃している。
その事実だけが、夜よりも重く、胸に残っていた。
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