君のことは愛さない  〜死に戻りの伯爵令息は幸せになるため生き直します〜

蒼井梨音

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第一章

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部屋に戻ったルーシェに、ノアは
「朝食の準備をいたします」
と言い、ワゴンに用意してきた食事をルーシェの座るテーブルに準備した。
それから、ノアは部屋の隅に下がり、ルーシェの様子を静かに見守っていた。

ルーシェは、パンと少し冷めてしまったスープを食べ始めた。
伯爵家にいたときはこんなゆっくり朝食を味わうことなんて、なかった。
パンも香ばしくて美味しい、スープは冷めてしまったけど、野菜の旨みがして優しい味がする。

——サイラス様も、ちゃんと召し上がって行ったのかな。


食事を終えると、ルーシェは持ってきた荷物の中から本を取り出した。
何度も読み返して角の擦り切れた、ルーシェが唯一持っている本だ。
字も少なくて、子ども向けの物語だけど、いつもルーシェを支えてくれた大事なものだった。

ルーシェは、それを静かに読み始めた。

それから、ルーシェは部屋から出ることなく、
本を読んだり窓を眺めたりして過ごした。
ぼうっとしたり、サイラス様のことを考えたり。

――サイラス様は団長様だから忙しいのかなとか、
ちゃんと食事はとれてるのかなとか。

そして、時々、ノアと話したり。

それは、ルーシェにとって苦になる時間ではなかった。

窓の外の光が少しずつ高くなっていくのを眺めていると、ノアが
「ルーシェ様、このお屋敷には大きな図書室がありますよ」
と屋敷の中でみかけたことを教えてくれた。

「わあ、いつか行ってみたいな」
ルーシェは目を輝かせる。
伯爵家にも図書室があったけど、ルーシェには簡単に立ち入れる場所ではなかった。

「ルーシェ様は奥方なので、行かれてもよいのではないですか」
ノアがすかさず話すが、
「でも勝手に行っては、サイラス様に迷惑かけてしまうから…」
と少し残念そうにルーシェは答える。

ノアはどうしたらいいのか、少し困ったような顔をする。
——ルーシェ様は、もっと自由でいいはずなのに。

ルーシェはそんなノアの様子を見て、
「サイラス様が帰ってきたら聞いてみる」
そう言うと、ルーシェはまた本に視線を落とした。

その声が、ほんの少しだけ小さかったことを、ノアは聞き逃さなかった。


部屋で静かに本を見ていたルーシェは、サイラスが帰ってきた様子に気づいた。

こんなに遅くまで……
ルーシェは本を置くと、玄関に向かった。
歩いていると、ほんのりサイラスの匂いを感じる。
上着を従者に預けながら歩いているサイラスに、ルーシェが挨拶をする。
「お、おかえりなさいませ…」

「まだ起きてたのか」
サイラスは歩みを止めることなく自室のほうへ歩き出す。
「お、お夕食は…、」
ルーシェの言葉を遮るように
「湯を準備しといてくれ」
サイラスは別の従者に告げると、部屋に入って行ってしまった。

仕方なくルーシェは部屋に戻ると、サイラスの夕食はいつも騎士団ですませていると、ノアから聞く。
ルーシェは伴侶なので先に夕食を食べちゃいけないと思っていた。
なので、ノアと話していると、ぐるぐるぐるとお腹が鳴り始める。

「夕ごはん食べそびれちゃった」
とルーシェが笑いながら言うので、ノアも少し笑いながら
「少し遅くなってしまいましたが」
と言って食事を用意してくれた。
冷たくなったスープと冷めたチキンのソテーと温野菜。
「すごい、おいしそう」
それでもルーシェは嬉しそうに笑みを見せる。

ノアは少し居心地が悪そうにしながらテーブルに並べていく。
「ノアも座ってよ」
ルーシェに促され向かいにかけた。
「僕、幸せだよ」
スープを口に運びながらルーシェが言う。
「あ、でもサイラス様に図書室のこと聞けなかったなぁ…」

楽しそうに食事をするルーシェにやっぱりノアは何も言えなかった


♢(サイラス)

その日も、サイラスは騎士団で夕食を済ませていた。
報告、書類、訓練の指示。
いつも通りだ。遅くなるのも、珍しくない。

屋敷に戻れば、ようやく一人になれる。
それだけを考えて、扉をくぐった。

——その瞬間、わずかに空気が揺れた。

甘い。
番になってから、否応なくわかるようになった匂い。

視線を上げると、そこにルーシェがいた。
静かに立ち、こちらを見ている。

(……まだ起きていたのか)

疲労が先に立つ。
気遣いよりも、距離を取りたいという気持ちが勝った。

わざわざ出迎える必要はない。
この屋敷では、好きに過ごしていればいいのだ。

それなのに、
わざわざ近づき、声をかけてくる。

——媚びている。
そう思った瞬間、自分でも驚くほど苛立ちが湧いた。

オメガは、こういうものだ。
距離を詰め、匂いを振りまき、相手の反応を引き出そうとする。

だが、今は、それに応じる余裕がない。

「まだ起きてたのか」

自分の声が、必要以上に素っ気ないのはわかっていた。
だが、配慮する気力がなかった。

夕食の話題が出る前に、会話を切る。
従者に湯の準備を命じ、足を向ける。

——放っておいてくれ。

それだけだった。

別に、嫌っているわけじゃない。
憎んでいるわけでもないんだ。

ただ、今は関わりたくなかった。
それだけだ。

背後に、視線が残っているのを感じながら、
サイラスは扉を閉めた。






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