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第一章
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ふかふかの枕と温かい布団の重み、そして静かな部屋に、目が覚めた瞬間、どこにいるのか、わからなかった。
……ここ、どこ?
部屋の中を見渡して、思い出す。
ここはサイラス様のお屋敷。
僕はサイラス様と結婚したんだ……。
こんなに、ゆっくり寝られたのは初めてかもしれない。
ルーシェはベッドから起き出すと、カーテンを開ける。
外はまだ朝が始まったばかりで、少し薄暗い。
窓を開けると、冷たい風が頬を掠めて、部屋の中の暖かさが身に染みた。
ベッドを整えていると、扉をノックする音が聞こえる。
「ルーシェ様、おはようございます」
失礼します、と、ノアが入ってくる。
ノアはルーシェの着る服を用意してきた。
柔らかな布地で、色も淡く揃えられている。
伯爵家では、服は“選ぶもの”ではなかった。
用意されたものを着るだけで、それ以上考えたことはなかったから、ルーシェは何を着ればいいのか、わからなかった。
「ありがとう、何着ればいいのかわからなかったから、助かったよ」
頼りなく笑うルーシェに、ノアはまた心が痛んだ。
身支度を整えると、ルーシェは部屋の外に出た。
使用人たちが忙しそうに歩き回っている。
よく見ると、サイラス様が出かける準備をしている。
執事と歩きながら何か話していて、後から従者が荷物を持って追いかけている。
ルーシェはサイラスの出発がこんなに早いとは知らなかった。
――サイラス様の元に行って、挨拶しなければ……。
ルーシェは思ったけど、慌ただしくしているサイラスに話しかけていいのやらわからない。
――もっと早く起きなきゃいけなかった……。
ぐるぐると自分のなかで考え込んでると、ノアが肩に手を置く。
「ルーシェ様、今はサイラス様の奥方です」
そう言って微笑む。
ルーシェは意を決して、サイラスのほうへ歩き出した。
「……サ、サイラス様、おはようございま…」
言い切る前に、伸びてきたサイラスの手が、軽く制する。
「もう出かける、見送りは結構だ」
サイラスはそう言うと、そそくさと歩き出した。
ルーシェは挨拶さえまともにできなくて、その場に立ち尽くしてしまった。
使用人たちは忙しく動いている。
サイラスが執事に見送られて、従者とともに出て行った。
使用人たちが頭を下げている。
――ルーシェは、何もできなかった。
妻になったのに。
せっかく、あんな部屋を用意してもらったのに。
感謝も伝えることができなかった。
明日はもう少し早く起きよう。
それより、帰ってきたらちゃんとお迎えしよう。
そう思うと、ルーシェはがんばろうっていう気持ちでいっぱいになって、ノアのほうを振り向いた。
「僕、がんばるね」
そう言うルーシェに、ノアはなんとも言えない顔になって、静かに「はい」と言い、付き従うのであった。
♢(サイラス)
騎士団長としての一日は、朝早くからから始まる。
サイラスが、夜明け前、身支度を整え、執事から今日の予定を聞きながら歩いていると――視界の端に、人影があった。
……こんな時間に?
廊下の奥に立っていたのは、妻だった。
まだ顔色がよくない。ヒートの名残だろう。
それでも、きちんと服を着て、こちらを見ている。
一瞬だけ、意外だと思った。
だが、すぐに考え直す。
オメガとして、距離を縮めようとするのは自然だろう。
当然の反応とも言える。
「……サ、サイラス様、おはようございま…」
声をかけられる前に、手で制した。
足を止めるわけにはいかない。
「もう出かける。見送りは結構だ」
そう告げると、彼は黙り込んだ。
使用人たちの視線が、わずかにこちらに集まるのを感じる。
――配慮が足りないな。
忙しい時間帯だということも、
周囲の目があることも、
彼は理解していないのだろう。
いや、理解していないふりをしているだけかもしれない。
無自覚にオメガの匂いを振りまき、
立場を盾に距離を詰めてくる。
……やはり、オメガは厄介だ。
そう判断して、サイラスは歩みを早めた。
背後で何かを言う声は、もう聞こえなかった。
……ここ、どこ?
部屋の中を見渡して、思い出す。
ここはサイラス様のお屋敷。
僕はサイラス様と結婚したんだ……。
こんなに、ゆっくり寝られたのは初めてかもしれない。
ルーシェはベッドから起き出すと、カーテンを開ける。
外はまだ朝が始まったばかりで、少し薄暗い。
窓を開けると、冷たい風が頬を掠めて、部屋の中の暖かさが身に染みた。
ベッドを整えていると、扉をノックする音が聞こえる。
「ルーシェ様、おはようございます」
失礼します、と、ノアが入ってくる。
ノアはルーシェの着る服を用意してきた。
柔らかな布地で、色も淡く揃えられている。
伯爵家では、服は“選ぶもの”ではなかった。
用意されたものを着るだけで、それ以上考えたことはなかったから、ルーシェは何を着ればいいのか、わからなかった。
「ありがとう、何着ればいいのかわからなかったから、助かったよ」
頼りなく笑うルーシェに、ノアはまた心が痛んだ。
身支度を整えると、ルーシェは部屋の外に出た。
使用人たちが忙しそうに歩き回っている。
よく見ると、サイラス様が出かける準備をしている。
執事と歩きながら何か話していて、後から従者が荷物を持って追いかけている。
ルーシェはサイラスの出発がこんなに早いとは知らなかった。
――サイラス様の元に行って、挨拶しなければ……。
ルーシェは思ったけど、慌ただしくしているサイラスに話しかけていいのやらわからない。
――もっと早く起きなきゃいけなかった……。
ぐるぐると自分のなかで考え込んでると、ノアが肩に手を置く。
「ルーシェ様、今はサイラス様の奥方です」
そう言って微笑む。
ルーシェは意を決して、サイラスのほうへ歩き出した。
「……サ、サイラス様、おはようございま…」
言い切る前に、伸びてきたサイラスの手が、軽く制する。
「もう出かける、見送りは結構だ」
サイラスはそう言うと、そそくさと歩き出した。
ルーシェは挨拶さえまともにできなくて、その場に立ち尽くしてしまった。
使用人たちは忙しく動いている。
サイラスが執事に見送られて、従者とともに出て行った。
使用人たちが頭を下げている。
――ルーシェは、何もできなかった。
妻になったのに。
せっかく、あんな部屋を用意してもらったのに。
感謝も伝えることができなかった。
明日はもう少し早く起きよう。
それより、帰ってきたらちゃんとお迎えしよう。
そう思うと、ルーシェはがんばろうっていう気持ちでいっぱいになって、ノアのほうを振り向いた。
「僕、がんばるね」
そう言うルーシェに、ノアはなんとも言えない顔になって、静かに「はい」と言い、付き従うのであった。
♢(サイラス)
騎士団長としての一日は、朝早くからから始まる。
サイラスが、夜明け前、身支度を整え、執事から今日の予定を聞きながら歩いていると――視界の端に、人影があった。
……こんな時間に?
廊下の奥に立っていたのは、妻だった。
まだ顔色がよくない。ヒートの名残だろう。
それでも、きちんと服を着て、こちらを見ている。
一瞬だけ、意外だと思った。
だが、すぐに考え直す。
オメガとして、距離を縮めようとするのは自然だろう。
当然の反応とも言える。
「……サ、サイラス様、おはようございま…」
声をかけられる前に、手で制した。
足を止めるわけにはいかない。
「もう出かける。見送りは結構だ」
そう告げると、彼は黙り込んだ。
使用人たちの視線が、わずかにこちらに集まるのを感じる。
――配慮が足りないな。
忙しい時間帯だということも、
周囲の目があることも、
彼は理解していないのだろう。
いや、理解していないふりをしているだけかもしれない。
無自覚にオメガの匂いを振りまき、
立場を盾に距離を詰めてくる。
……やはり、オメガは厄介だ。
そう判断して、サイラスは歩みを早めた。
背後で何かを言う声は、もう聞こえなかった。
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