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活動記録その一
迷い猫のトラさん(1)
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五月になり、高校生活にも慣れ始めたころ、待ち焦がれていたゴールデンウィークがやってきた。何せ、黄金期間と書くのだ。一体全体どんな期間になるのだろうと、雅も浮かれていた一人だった。
ところが雅は今現在、家にただ一人いて、のんべんだらりと映画を見ながらせんべいを食べている。
両親がともに出かけてしまったのである。といっても勧めたのは雅なのだが。
しかし勧めたくもなる状況だった。海外出張から帰宅した父親は、家に入るや否や、母親とずっとキスをしている。
目覚めたときから眠りにつくときまで、暇を作ってはキスをしていて、当てられて嫌気がさしたのだ。仲睦まじいのはいいことだと思うが、ここは日本、奥ゆかしき国であると雅は眉をひそめた。本音は両親のそんな姿に心がざわついたからだ。ただの思春期であった。
されど思春期である。たまの休みに家にいて、そんなものを見せられては休むものも休まらず(休むほどに何かしているかと問われたら笑ってごまかすだろうが)、そんな思いが勝手に爆発して両親を困らせる前にと、たまらず二人に水入らずの旅行を提案したのだ。
最初は雅に遠慮して断っていた二人だったが、最終的には旅行に行くことにしてくれた。
雅が成長したのだと二人は泣いて喜び噛みしめながら準備をして旅立ったのが昨日。
今日はすっかりそんなことなど忘れていつものようにだらりと起きて、白目をむいてテーブルにつき、朝食が出てくるのを待ったのがついさっきのことだった。
「そうだった、お母さんいないんだった」
そうつぶやいてから、父親のことも思い出した。そうだ旅行に行ったのだ。二人仲良く、いいことだ。
しかたなしにリビングに行って、テレビ前のソファにダイブした。腹這いになって足をばたつかせた後、大きく息を吐く。
「どうしよう、ひまだ」
ソファに座りなおす。
やることはある。十分に宿題は出されている。しかしそういうことではない、と雅はテレビを見た。まだ番組のない液晶が雅の姿を映した。ふと、こないだの出来事を思い出す。
桜もとうに散って、四月も終わりに近づいたころ、それこそ、迫るゴールデンウィークにクラスメイトたちが浮足立っていたころに、雅は彼らと出会った。
全嬉々之介と南雲眼一郎。妙な二人だった。
どこがと問われれば、全てが妙だった。全は見た目もその言動も普通とはかけ離れていた。
南雲は恰好良い先輩で、クールでミステリアスで、マチカがかっこいいと言っていたのもうなずける。
しかし雅が一番気になるのは、彼らの謎の能力だった。何かをして、依頼を達成するのだ。
羽島のことを探してもらったときに、全は耳が良く、南雲は目が良いと言われたことを思い出す。
「なんのこっちゃわっかりませーん」
ソファ前のテーブルにおかれたリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を入れた。少し間があって、番組が流れ始める。
でも、二人のおかげで羽島に再会することが叶ったのだ。感謝しかない。多少の気味悪さはあるが。とくに全に。さすがにじろじろと上から下から舐めるように見られて(あくまで雅の受け取り方、というか数多の女性の受け取り方だが)、いい気はしない。しかしすごいとも思った。ただああやって上から下から見るだけで、物事を理解できるというのは超能力の類だろう。
と考えて、雅は首を傾げた。雑音にしかならないテレビのチャンネルを変える。
「スピ」ポチポチとチャンネルを変えていると微かに聞こえた。それに画面にあったテロップも気になってチャンネルを探す。二つほど変えて、見つけた。
「そう、これがスピリチャール!!」
恰幅の良い、胡散臭そうな顔をした中年男性が人差し指を掲げてカメラ目線にしたり顔でそう叫んでいる。テロップには”行列の出来る人生相談の伝道師・スピリチュアル伝!”とあった。
「うそくさ」
言ってチャンネルを変えた。契約している映画サイトから、適当に有名な映画をピックアップして、流し始めた。
それからまた考える。全は耳が良いと言ったのに、見るだけでなんでもわかるというのはどういうことなのか。考えれば考えるほど頭がこんがらがる。
画面の中で主人公らしき女も今坂道をぐるぐると転がり続けている。今の私はまさにそんな感じだ、と雅は思った。
ただ雅の姿をじろじろと見るだけで、雅が依頼したい内容と、解決策まで全は言い当てた。それどころか翌日になって、キーホルダーを持っていけば、そんな話をしていないのに持ってきたことを言い当てて、それどころか旧友のことまで探し当てた。
気付けば画面の中の女は途中で転がるのを止めて坂道から脱出を成功させている。
なのに耳がいい?
全のことを考えるのはやめて、南雲のことを考えてみる。彼は目が良すぎると言っていた。あの目を思い出す。日本人らしからぬ目の色だった。もしかしてハーフなのだろうか?と思って、首を横に振った。
そんなわけない。
「閉じて開いて色が変わるって、ありえないでしょ」
紺桔梗色の目だった。縁が見えると言っていた。
「ていうか二人ともありえない」
雅は言うと、おなかを鳴らした。朝食を食べていないことを思い出し、キッチンに向かう。適当に漁って見つけたのがせんべいだった。大袋ごと持ってきて、ソファで食べる。
考えるのをやめてぼりぼりと鳴らしながらせんべいを頬張る。音と塩気が鳴ったおなかを満たしてくれた。
それにしても、あのあとヨロズ探偵倶楽部に入部出来たまではよかったが、君は書記係だと言われて以降、音沙汰がない。なんでよ、と口の中のせんべいを噛み砕く。
喉がかわいて、またキッチンに向かった。冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出して、自分のマグカップに注いだ。その時スマホが鳴った。
誰だろう? スマホを手に取ろうとすると、勝手に通話が始まった。
「え」思わず声が出た。
「いきなりで悪いんだが、ちょっと今から出てこれないか?」
全の声だった。
「なんで?」
「なんでって、ちょっと用があってさ。どうしても力が借りたいんだ。ヨロズ探偵倶楽部の仕事だ」
「いや、なんでってそういうことじゃなくて」
何故雅の電話番号を知っているのかとか、どうして勝手に通話が始まったのかとか、通話だって、どうしてスピーカーモードになっているのかとか、疑問に思うところはひとつではない。
「説明しろってか?ええっと……めんどくせ、とにかく校門前に集合だ。あ、動ける恰好で頼む」
じゃ、と言って通話は切れた。一方的な通話は一分にも満たなかったが気になるところばかりだ。
しかし全はヨロズ探偵倶楽部の仕事と言っていた。つまりは部活動をするということだろう。
一人で考えていても仕方ない。すぐそばに二人がいて、訊ねるチャンスがあるのだから、意を決して聞いてみればいい。雅はヨロズ探偵倶楽部の一員になったのだから、すぐに答えられずとも、根気強く訊き続ければいつかは答えてくれるだろう。
信じがたいことを目の前で行われ、それを受け入れるためにも、感謝の気持ちを示すためにも手伝いに行こう。
それに、力が借りたいと言われた。暇だし、家にいるよりよっぽど有意義そうだ。
注いだ麦茶を一気に飲み干して、マグカップをさっとゆすぐと、残りの麦茶を冷蔵庫に戻した。
ソファ前のテーブルに置いたままのせんべいを片づけて、よし、と外出の準備に取り掛かった。
時刻は正午を回るころ、雅が米穂付高校の校門前に来ると、すでに二人の姿があった。高校指定のジャージに全身を包んでいる。雅の姿を見て全は頭を掻いた。
「いや、健康的でいいと思うんですけどぉ」
やる気な雅の機嫌を損なわないようにと気をつけたのだろうが、全の顔は疑問的だった。
「……なんですか?」雅が訊ねる。
雅の恰好はスポーティな軽装で、上はロングTシャツにパーカーを羽織り、下はスニーカーにひざ丈のハーフジーンズだった。
「どうせお前がまた言葉足らずだったんだろう」
「いやそんなことは、」言って全は目を回した。
「あるかもしれねえ、俺、動ける恰好って言ったよな、確か」
雅が頷く。南雲はため息をついた。全がつよく頭を掻いて、それから背負っていたリュックを下ろし、ジャージズボンを取り出した。
「ま、こんなこともあろうかと、予備がある。サイズはでかいだろうけど、使ってくれ。洗って返してくれればいい」
「どこに行くっていうか、何をするんですか?」
雅が怪訝に訊ねた。
「それも言ってないのか」「いや、だって」「説明が先だろう」
雅が二人のやりとりに首を傾げた。
「えっと、裏山に行くんだ。知ってるだろ、裏山」
「はい、子供のころに遊んだ記憶があります」
「結構アクティブなのな」
全が笑った。それからジャージズボンを雅に押し付けた。
裏山は、高校の裏にある山で、雅も小学生の時分にクラスメイトたちと遊んだことのある場所だった。山と言っているが、兄弟山で、ひとつは高く、ひとつは低い。高いと言っても富士山のように標高があるわけでもない。雅の記憶が正しければ、そんなに大した恰好をしなくてもいいはずだ。
頭を下げて、全からジャージを受け取る。スニーカーを脱いで、そのまま履いた。雅がスニーカーを履きなおしていると、全が説明をしだした。
「実は、ここ数日間俺とガンちゃんでとある調査をしていた。というのもな、依頼があったんだ。依頼人は風沼キヌさん。内容は、いなくなった猫を探してほしいってことだった」
「猫?」「そう、猫だ」
リュックを背負いなおして、全が続ける。
「で、至る所で調査をしているうちに、どうやら裏山に入っていったということがわかった」
「はあ」「そこで、俺たちは裏山を探索し、そしてその猫を見つける。背中に虎のような横縞模様があるらしい、だから名前はトラというそうだ」
雅が頷いていると、全は肩を回して、
「よし、というわけで行こう」
と歩きだした。それに続きながら、雅は訊ねる。
「あの、私は探すのを手伝うってことでいいですか?」
「それ以外に何かあるか?」
全のにべない返事に雅は嫌な顔をした。けれど、顔を振って雅は全にもう一度話しかける。
「あの」「なんだ?」
「さっきの電話、なんで」
「こないだ、お前の母ちゃんに会った」「え」
「母ちゃん良いひとだな。教えてくれたんだ」
「あっ」
そういえばそんな話をつい一昨日くらいに話された気がする。高校の先輩で部活の先輩がどうのこうのと話していた記憶がある。母親は朝食を作りながらで、雅は寝ぼけ眼で半分夢の国にいたからすっかり忘れていたが。
嫌な顔をして雅はため息をついた。
「母ちゃんを悪く思うなよ。俺が悪いんだ」「そう思ってます」
「マジか。ごめん」
語気強く答えると、全は変な顔をした。やっちまったと語っていた。多少の罪悪感はあるらしい。
「でも、それだけじゃなくて。どうして勝手に通話になったんでしょう?故障?」
「ああ、ええっと……」全の目が泳いでいる。それから観念したように息をふかく吐いた。
おもむろに話し出した。
「こないだ、お前の友達を探したよな」「はい」
「俺は、耳が良い。良すぎて、いろんな声が聞こえるんだ。ほんと色んな声。なんでも、八百万の声だ。だから、依頼人が来て、その人の服とかそういう身に着けてるものからとか、とにかくそういう色んな声なきものの声を聞いて、で、解決する」
にわかには信じがたい話だった。雅の顔を一瞥して、全は苦い顔をした。
「別に信じてくれとか言わねえよ。むしろ信じられなくて当然だ。なんだそれって思ってくれて構わない。でも、まあそれで問題を探って、解決してる。で、ガンちゃんは目が良い」
南雲は今日も本を読んでいた。読みながら平気で歩いている。
「目が良すぎて、見えないものが見える。それに、そういうものを消せる。だから俺が探して、ガンちゃんが見つけて、消す」言って、全がはっとした。
「え、あれ、俺探してるだけじゃね?はあ、そりゃあガンちゃんモテるわけだ」
全が深くため息をついた。肩を落として首を振った。
「あの」雅が全に声をかけた。
「なに?慰めはいらない。ほしいのは恋人」
「いや、それは自分でどうにかしてください。それと通話がどうつながるんですか?」
「頼んだのさ、お前のスマホに」「はあ!?」
「たまに誤作動することあるだろう?あれってスマホが何やってんだ、とかそういうアピールしてんだよ。お前のスマホはとても世話焼きな優しいやつだ」
ところが雅は今現在、家にただ一人いて、のんべんだらりと映画を見ながらせんべいを食べている。
両親がともに出かけてしまったのである。といっても勧めたのは雅なのだが。
しかし勧めたくもなる状況だった。海外出張から帰宅した父親は、家に入るや否や、母親とずっとキスをしている。
目覚めたときから眠りにつくときまで、暇を作ってはキスをしていて、当てられて嫌気がさしたのだ。仲睦まじいのはいいことだと思うが、ここは日本、奥ゆかしき国であると雅は眉をひそめた。本音は両親のそんな姿に心がざわついたからだ。ただの思春期であった。
されど思春期である。たまの休みに家にいて、そんなものを見せられては休むものも休まらず(休むほどに何かしているかと問われたら笑ってごまかすだろうが)、そんな思いが勝手に爆発して両親を困らせる前にと、たまらず二人に水入らずの旅行を提案したのだ。
最初は雅に遠慮して断っていた二人だったが、最終的には旅行に行くことにしてくれた。
雅が成長したのだと二人は泣いて喜び噛みしめながら準備をして旅立ったのが昨日。
今日はすっかりそんなことなど忘れていつものようにだらりと起きて、白目をむいてテーブルにつき、朝食が出てくるのを待ったのがついさっきのことだった。
「そうだった、お母さんいないんだった」
そうつぶやいてから、父親のことも思い出した。そうだ旅行に行ったのだ。二人仲良く、いいことだ。
しかたなしにリビングに行って、テレビ前のソファにダイブした。腹這いになって足をばたつかせた後、大きく息を吐く。
「どうしよう、ひまだ」
ソファに座りなおす。
やることはある。十分に宿題は出されている。しかしそういうことではない、と雅はテレビを見た。まだ番組のない液晶が雅の姿を映した。ふと、こないだの出来事を思い出す。
桜もとうに散って、四月も終わりに近づいたころ、それこそ、迫るゴールデンウィークにクラスメイトたちが浮足立っていたころに、雅は彼らと出会った。
全嬉々之介と南雲眼一郎。妙な二人だった。
どこがと問われれば、全てが妙だった。全は見た目もその言動も普通とはかけ離れていた。
南雲は恰好良い先輩で、クールでミステリアスで、マチカがかっこいいと言っていたのもうなずける。
しかし雅が一番気になるのは、彼らの謎の能力だった。何かをして、依頼を達成するのだ。
羽島のことを探してもらったときに、全は耳が良く、南雲は目が良いと言われたことを思い出す。
「なんのこっちゃわっかりませーん」
ソファ前のテーブルにおかれたリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を入れた。少し間があって、番組が流れ始める。
でも、二人のおかげで羽島に再会することが叶ったのだ。感謝しかない。多少の気味悪さはあるが。とくに全に。さすがにじろじろと上から下から舐めるように見られて(あくまで雅の受け取り方、というか数多の女性の受け取り方だが)、いい気はしない。しかしすごいとも思った。ただああやって上から下から見るだけで、物事を理解できるというのは超能力の類だろう。
と考えて、雅は首を傾げた。雑音にしかならないテレビのチャンネルを変える。
「スピ」ポチポチとチャンネルを変えていると微かに聞こえた。それに画面にあったテロップも気になってチャンネルを探す。二つほど変えて、見つけた。
「そう、これがスピリチャール!!」
恰幅の良い、胡散臭そうな顔をした中年男性が人差し指を掲げてカメラ目線にしたり顔でそう叫んでいる。テロップには”行列の出来る人生相談の伝道師・スピリチュアル伝!”とあった。
「うそくさ」
言ってチャンネルを変えた。契約している映画サイトから、適当に有名な映画をピックアップして、流し始めた。
それからまた考える。全は耳が良いと言ったのに、見るだけでなんでもわかるというのはどういうことなのか。考えれば考えるほど頭がこんがらがる。
画面の中で主人公らしき女も今坂道をぐるぐると転がり続けている。今の私はまさにそんな感じだ、と雅は思った。
ただ雅の姿をじろじろと見るだけで、雅が依頼したい内容と、解決策まで全は言い当てた。それどころか翌日になって、キーホルダーを持っていけば、そんな話をしていないのに持ってきたことを言い当てて、それどころか旧友のことまで探し当てた。
気付けば画面の中の女は途中で転がるのを止めて坂道から脱出を成功させている。
なのに耳がいい?
全のことを考えるのはやめて、南雲のことを考えてみる。彼は目が良すぎると言っていた。あの目を思い出す。日本人らしからぬ目の色だった。もしかしてハーフなのだろうか?と思って、首を横に振った。
そんなわけない。
「閉じて開いて色が変わるって、ありえないでしょ」
紺桔梗色の目だった。縁が見えると言っていた。
「ていうか二人ともありえない」
雅は言うと、おなかを鳴らした。朝食を食べていないことを思い出し、キッチンに向かう。適当に漁って見つけたのがせんべいだった。大袋ごと持ってきて、ソファで食べる。
考えるのをやめてぼりぼりと鳴らしながらせんべいを頬張る。音と塩気が鳴ったおなかを満たしてくれた。
それにしても、あのあとヨロズ探偵倶楽部に入部出来たまではよかったが、君は書記係だと言われて以降、音沙汰がない。なんでよ、と口の中のせんべいを噛み砕く。
喉がかわいて、またキッチンに向かった。冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出して、自分のマグカップに注いだ。その時スマホが鳴った。
誰だろう? スマホを手に取ろうとすると、勝手に通話が始まった。
「え」思わず声が出た。
「いきなりで悪いんだが、ちょっと今から出てこれないか?」
全の声だった。
「なんで?」
「なんでって、ちょっと用があってさ。どうしても力が借りたいんだ。ヨロズ探偵倶楽部の仕事だ」
「いや、なんでってそういうことじゃなくて」
何故雅の電話番号を知っているのかとか、どうして勝手に通話が始まったのかとか、通話だって、どうしてスピーカーモードになっているのかとか、疑問に思うところはひとつではない。
「説明しろってか?ええっと……めんどくせ、とにかく校門前に集合だ。あ、動ける恰好で頼む」
じゃ、と言って通話は切れた。一方的な通話は一分にも満たなかったが気になるところばかりだ。
しかし全はヨロズ探偵倶楽部の仕事と言っていた。つまりは部活動をするということだろう。
一人で考えていても仕方ない。すぐそばに二人がいて、訊ねるチャンスがあるのだから、意を決して聞いてみればいい。雅はヨロズ探偵倶楽部の一員になったのだから、すぐに答えられずとも、根気強く訊き続ければいつかは答えてくれるだろう。
信じがたいことを目の前で行われ、それを受け入れるためにも、感謝の気持ちを示すためにも手伝いに行こう。
それに、力が借りたいと言われた。暇だし、家にいるよりよっぽど有意義そうだ。
注いだ麦茶を一気に飲み干して、マグカップをさっとゆすぐと、残りの麦茶を冷蔵庫に戻した。
ソファ前のテーブルに置いたままのせんべいを片づけて、よし、と外出の準備に取り掛かった。
時刻は正午を回るころ、雅が米穂付高校の校門前に来ると、すでに二人の姿があった。高校指定のジャージに全身を包んでいる。雅の姿を見て全は頭を掻いた。
「いや、健康的でいいと思うんですけどぉ」
やる気な雅の機嫌を損なわないようにと気をつけたのだろうが、全の顔は疑問的だった。
「……なんですか?」雅が訊ねる。
雅の恰好はスポーティな軽装で、上はロングTシャツにパーカーを羽織り、下はスニーカーにひざ丈のハーフジーンズだった。
「どうせお前がまた言葉足らずだったんだろう」
「いやそんなことは、」言って全は目を回した。
「あるかもしれねえ、俺、動ける恰好って言ったよな、確か」
雅が頷く。南雲はため息をついた。全がつよく頭を掻いて、それから背負っていたリュックを下ろし、ジャージズボンを取り出した。
「ま、こんなこともあろうかと、予備がある。サイズはでかいだろうけど、使ってくれ。洗って返してくれればいい」
「どこに行くっていうか、何をするんですか?」
雅が怪訝に訊ねた。
「それも言ってないのか」「いや、だって」「説明が先だろう」
雅が二人のやりとりに首を傾げた。
「えっと、裏山に行くんだ。知ってるだろ、裏山」
「はい、子供のころに遊んだ記憶があります」
「結構アクティブなのな」
全が笑った。それからジャージズボンを雅に押し付けた。
裏山は、高校の裏にある山で、雅も小学生の時分にクラスメイトたちと遊んだことのある場所だった。山と言っているが、兄弟山で、ひとつは高く、ひとつは低い。高いと言っても富士山のように標高があるわけでもない。雅の記憶が正しければ、そんなに大した恰好をしなくてもいいはずだ。
頭を下げて、全からジャージを受け取る。スニーカーを脱いで、そのまま履いた。雅がスニーカーを履きなおしていると、全が説明をしだした。
「実は、ここ数日間俺とガンちゃんでとある調査をしていた。というのもな、依頼があったんだ。依頼人は風沼キヌさん。内容は、いなくなった猫を探してほしいってことだった」
「猫?」「そう、猫だ」
リュックを背負いなおして、全が続ける。
「で、至る所で調査をしているうちに、どうやら裏山に入っていったということがわかった」
「はあ」「そこで、俺たちは裏山を探索し、そしてその猫を見つける。背中に虎のような横縞模様があるらしい、だから名前はトラというそうだ」
雅が頷いていると、全は肩を回して、
「よし、というわけで行こう」
と歩きだした。それに続きながら、雅は訊ねる。
「あの、私は探すのを手伝うってことでいいですか?」
「それ以外に何かあるか?」
全のにべない返事に雅は嫌な顔をした。けれど、顔を振って雅は全にもう一度話しかける。
「あの」「なんだ?」
「さっきの電話、なんで」
「こないだ、お前の母ちゃんに会った」「え」
「母ちゃん良いひとだな。教えてくれたんだ」
「あっ」
そういえばそんな話をつい一昨日くらいに話された気がする。高校の先輩で部活の先輩がどうのこうのと話していた記憶がある。母親は朝食を作りながらで、雅は寝ぼけ眼で半分夢の国にいたからすっかり忘れていたが。
嫌な顔をして雅はため息をついた。
「母ちゃんを悪く思うなよ。俺が悪いんだ」「そう思ってます」
「マジか。ごめん」
語気強く答えると、全は変な顔をした。やっちまったと語っていた。多少の罪悪感はあるらしい。
「でも、それだけじゃなくて。どうして勝手に通話になったんでしょう?故障?」
「ああ、ええっと……」全の目が泳いでいる。それから観念したように息をふかく吐いた。
おもむろに話し出した。
「こないだ、お前の友達を探したよな」「はい」
「俺は、耳が良い。良すぎて、いろんな声が聞こえるんだ。ほんと色んな声。なんでも、八百万の声だ。だから、依頼人が来て、その人の服とかそういう身に着けてるものからとか、とにかくそういう色んな声なきものの声を聞いて、で、解決する」
にわかには信じがたい話だった。雅の顔を一瞥して、全は苦い顔をした。
「別に信じてくれとか言わねえよ。むしろ信じられなくて当然だ。なんだそれって思ってくれて構わない。でも、まあそれで問題を探って、解決してる。で、ガンちゃんは目が良い」
南雲は今日も本を読んでいた。読みながら平気で歩いている。
「目が良すぎて、見えないものが見える。それに、そういうものを消せる。だから俺が探して、ガンちゃんが見つけて、消す」言って、全がはっとした。
「え、あれ、俺探してるだけじゃね?はあ、そりゃあガンちゃんモテるわけだ」
全が深くため息をついた。肩を落として首を振った。
「あの」雅が全に声をかけた。
「なに?慰めはいらない。ほしいのは恋人」
「いや、それは自分でどうにかしてください。それと通話がどうつながるんですか?」
「頼んだのさ、お前のスマホに」「はあ!?」
「たまに誤作動することあるだろう?あれってスマホが何やってんだ、とかそういうアピールしてんだよ。お前のスマホはとても世話焼きな優しいやつだ」
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