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幼き日の思い出(2)
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なんなのよ……雅が顔をしかめる。
「いやでも今は関係ねえ!」
相談に来てるのですが……雅が二人を見た。が、さっぱり見向きもされない。
「いつもいつもお前はそうだ! そうやって少し小難しい小説やエッセイやら詩集やら新書を読んでいるからって自分の方が頭がいいと思って俺を見下しやがる! 同じように眼鏡をかけてるというのに!なんだよ、そういう眼鏡の方がいいのかよ!いいか、この探偵倶楽部の部長は俺で、お前はその下っ端なの! わかる!? 下っ端! しー! たー! っぱ!」
冷たい目の人が、深くため息をついた。雅はいたたまれなくなった。心中お察ししますとはこのことだ。
「お前がそう思っているなら俺はそれでいい。下っ端でもなんでも構わない。年功序列や位階序列に俺はそこまで魅力を感じない。仕事が来たら全うする。それだけだ」
「あー! またそうやってさ、なんなの? ほんと、お前なんなの? イケメンキャラ気取ってんじゃねえよ。俺だってね、やろうと思えばイケメンキャラになれるんだよ? いうなれば、三枚目みたいなもんだよ? 三枚目だって看板役者に変わりはないし、お前なんてそんなクールにイケメンでそれで少しばかり学力が高くて運動も出来るからってそれで多少周りからモテてるだけだよ? 寡黙で目つき怖いけれどそこがクールだしぞくっと来るって言って女子からの人気があるだけだよ? それも今の内だけだよ? お前これから大学行って社会人になって丸の内で働いてみ? モテないよ? 学力の高さと頭の良さはノットイコールだからね? そこんとこわかってんの?」
「もういいから。それよりゼン、依頼人が待ってる」
「依頼人とか関係ねえよ」
「ちょっと、どういうことですか」雅が言うが、聞こえていないようだ。
「俺はもう、この際だからお前としっかりけじめをつけようと思ってんだよ。それに依頼人は関係ないでしょ。そんでもってどうせまたオカルトの類だったらお前が美味しいところ持ってっちゃうじゃん。こないだだってそうだったじゃん。依頼人結構可愛くてさ、ほら、あの、先月の子。二年の一組だっけか。ほら、名前は、えっと、——林木舞姫ちゃん。可愛かったから覚えてるもん。それで依頼に来たときはさ、俺が親身に聞いてるから仲良くなったけれどもお前の能力ってすげー実戦向きじゃん。んで話聞いて見に行ってみたら案の定オカルトでさ、ーー正直話の冒頭でそんな気はしてたんだよ。結局助けたのお前みたいになって俺蚊帳の外でお前ばっか感謝されてたじゃん。俺のおかげで何が原因かわかったってのに。あれからお前には時々挨拶するけれど、俺は危ない人だって顔見ただけで逃げられるんだから」
長々と話して、それからぼさぼさの方は鼻を鳴らして息を吐いた。
対してつめたいほうも鼻でため息をついた。
「それに関して言えば、お前のことを何もわかっていない状態で、急に顔を胸元に当たるくらいまで近づかせてそのままペンダント触られたら誰だって怖がるだろう」
「それは。それは、それはそうだなあ……うわぁ、なんだこの能力。やってらんねえなあ。ああ? うっせえよお前に慰められたって嬉しかねえんだよ!」
またぼさぼさの人は自分の右側の本棚に向かって叫んだ。
「ほら、またおびえさせてるぞ」
「ああ、ああ、ごめんね。びっくりしたよね」
ものすごく今更謝られた。今の今まで雅のことを気にしていなかったのに今更気にされたってどうしたらいいのかわからないから困る。
月並みにいいえ、と手を振る。座って、と勧められたので、恐る恐るまたソファに腰をおろした。
なんだか謝り慣れているような、謝り飽きているような謝罪だった。
「さて、じゃあ気を取り直して」ぼさぼさの方が咳払いをした。
「俺の名前は全嬉々之介。この高校の二年五組在学中で、この探偵倶楽部の部長。よろしく」軽く右手を上げた。
「で、こいつは南雲眼一郎。同じ二年五組でここの部員、俺の下っ端」
その紹介に南雲は全を冷たく一瞥して、それから雅を見た。
「さっきはすまなかった」
「で、あんたは雅・デシャネル。へえ、なるほど」
そこまで言って全は気味悪いように頭を振るった。
「だめだ、寝不足だからかチャンネルが合わねえ」
「さっき合わせてたんじゃないのか?」
「それがうまくいかなかったんだよ」
苦々しく言って、全は立ち上がると、部室隅にある冷蔵庫(なぜあるのか雅にはわからなかった)からマックスコーヒーを取り出して一気に飲み干した。
「うし、おっけ」
全がもう一度雅の前に座る。雅の全身に視線を泳がせた。不思議といやらしさは感じなかったが、それでもじろじろと見られるのはあまり気のいいものではない。
「なるほど、なるほど、で?うん。キーホルダーか。うん、どこで見た?部屋?ああ、どういうのなんだ?うん、ああへえ。掃除、おっけ、掃除ね。伝える。ああ、ハンガーにかけろって?ああわかった。クマか。テディベアか。なるほど。ああ、わかった、わかったよ。わかったって。箪笥か、おっけ、わかった。ありがと。うん、伝えるよ、ちゃんと全部聞いたから、ちゃんと全部伝えるよ」
時折笑いながら全は雅と視線を合わせずに、雅の全身に目を泳がせながらそう話し続けた。
それから一息吐いて、雅の顔を見た。
「君がここにきた理由はキーホルダーを探してほしいから、だな?」
「え」「違うの?」
「合ってます」雅は驚いた。何を話しているのだと怪訝に思っていたら、ここに来た理由を当てられた。さっき名乗っていないのに名前を言われたことを思い出す。
「キーホルダーは君の部屋、衣装箪笥の上から二段目、その中に丸めて入れたジャケットの中に紛れているらしい。君、それ携帯につけてたんでしょ。それがいつの間にか外れて、ジャケットに引っかかったらしい。で、制服とかジャケットとか、着ないものはちゃんと片付けて、形を整えるべきものはちゃんとハンガーにかけてほしいってさ」
全が頬杖をつきながら言った。
「掃除、ちゃんとしなよ。今もそれなりに散らかってんだろ」
そう言って、全は伸びをした。
「はい、お終い」「俺の出番はなしか」
「よかったじゃん、安全で」
「そうだな。晩飯はどうするんだ。母さんが今晩はカレーだって言ってた」
「マジで?何カレー?」「さあ?そこまで聞いてない」
「なんだよ聞いとけー」「で、来るのか?来るなら母さんに連絡入れるけど」
「行きますとも、ご相伴に預からせていただきますとも!」
二人はそそくさと帰り支度を始めた。雅はぽかんとしているが、お構いなしだ。
「何してんの?早く帰れば?」
「いや、え」
「なんだ?まだ聞きたいことあるの?」
「どうして、あの」
「もうカレーの口になっちまった」
「あの」
「あ!」全が思い出したように大きな声を上げて、雅を指さした。
「下着のサイズ、考えた方がいいって。そろそろ小さくなったろ」
雅が顔を真っ赤にして俯く。怪訝な顔で全は首を傾げた。南雲は後ろで首を横に振っている。
「それは駄目だ、愚か者」南雲が部室を後にする。
「いや、だって」その背に全が声をかけるが全く待たない。
「母さんには言っとくから」言い残して姿を消した。
うつむいていた雅が鋭い目で全を睨む。
「最低だし変態。最悪です!」
乾いた音がして、全の左頬が赤くなった。眼鏡が飛んでいた。震えていた雅が足音を立てて部室を出ていく。
「ありがとうございました!!!!!!!!!」
聞いたことのない音を立ててドアが閉められた。びくりとした後、全はドアを見つめて叩かれた頬をさすった。
ため息をついて、ドアに向かう。
「痛かったな、お互いに」
気まずそうな顔をして、ドアを優しくなでた全も部屋を後にした。
「いやでも今は関係ねえ!」
相談に来てるのですが……雅が二人を見た。が、さっぱり見向きもされない。
「いつもいつもお前はそうだ! そうやって少し小難しい小説やエッセイやら詩集やら新書を読んでいるからって自分の方が頭がいいと思って俺を見下しやがる! 同じように眼鏡をかけてるというのに!なんだよ、そういう眼鏡の方がいいのかよ!いいか、この探偵倶楽部の部長は俺で、お前はその下っ端なの! わかる!? 下っ端! しー! たー! っぱ!」
冷たい目の人が、深くため息をついた。雅はいたたまれなくなった。心中お察ししますとはこのことだ。
「お前がそう思っているなら俺はそれでいい。下っ端でもなんでも構わない。年功序列や位階序列に俺はそこまで魅力を感じない。仕事が来たら全うする。それだけだ」
「あー! またそうやってさ、なんなの? ほんと、お前なんなの? イケメンキャラ気取ってんじゃねえよ。俺だってね、やろうと思えばイケメンキャラになれるんだよ? いうなれば、三枚目みたいなもんだよ? 三枚目だって看板役者に変わりはないし、お前なんてそんなクールにイケメンでそれで少しばかり学力が高くて運動も出来るからってそれで多少周りからモテてるだけだよ? 寡黙で目つき怖いけれどそこがクールだしぞくっと来るって言って女子からの人気があるだけだよ? それも今の内だけだよ? お前これから大学行って社会人になって丸の内で働いてみ? モテないよ? 学力の高さと頭の良さはノットイコールだからね? そこんとこわかってんの?」
「もういいから。それよりゼン、依頼人が待ってる」
「依頼人とか関係ねえよ」
「ちょっと、どういうことですか」雅が言うが、聞こえていないようだ。
「俺はもう、この際だからお前としっかりけじめをつけようと思ってんだよ。それに依頼人は関係ないでしょ。そんでもってどうせまたオカルトの類だったらお前が美味しいところ持ってっちゃうじゃん。こないだだってそうだったじゃん。依頼人結構可愛くてさ、ほら、あの、先月の子。二年の一組だっけか。ほら、名前は、えっと、——林木舞姫ちゃん。可愛かったから覚えてるもん。それで依頼に来たときはさ、俺が親身に聞いてるから仲良くなったけれどもお前の能力ってすげー実戦向きじゃん。んで話聞いて見に行ってみたら案の定オカルトでさ、ーー正直話の冒頭でそんな気はしてたんだよ。結局助けたのお前みたいになって俺蚊帳の外でお前ばっか感謝されてたじゃん。俺のおかげで何が原因かわかったってのに。あれからお前には時々挨拶するけれど、俺は危ない人だって顔見ただけで逃げられるんだから」
長々と話して、それからぼさぼさの方は鼻を鳴らして息を吐いた。
対してつめたいほうも鼻でため息をついた。
「それに関して言えば、お前のことを何もわかっていない状態で、急に顔を胸元に当たるくらいまで近づかせてそのままペンダント触られたら誰だって怖がるだろう」
「それは。それは、それはそうだなあ……うわぁ、なんだこの能力。やってらんねえなあ。ああ? うっせえよお前に慰められたって嬉しかねえんだよ!」
またぼさぼさの人は自分の右側の本棚に向かって叫んだ。
「ほら、またおびえさせてるぞ」
「ああ、ああ、ごめんね。びっくりしたよね」
ものすごく今更謝られた。今の今まで雅のことを気にしていなかったのに今更気にされたってどうしたらいいのかわからないから困る。
月並みにいいえ、と手を振る。座って、と勧められたので、恐る恐るまたソファに腰をおろした。
なんだか謝り慣れているような、謝り飽きているような謝罪だった。
「さて、じゃあ気を取り直して」ぼさぼさの方が咳払いをした。
「俺の名前は全嬉々之介。この高校の二年五組在学中で、この探偵倶楽部の部長。よろしく」軽く右手を上げた。
「で、こいつは南雲眼一郎。同じ二年五組でここの部員、俺の下っ端」
その紹介に南雲は全を冷たく一瞥して、それから雅を見た。
「さっきはすまなかった」
「で、あんたは雅・デシャネル。へえ、なるほど」
そこまで言って全は気味悪いように頭を振るった。
「だめだ、寝不足だからかチャンネルが合わねえ」
「さっき合わせてたんじゃないのか?」
「それがうまくいかなかったんだよ」
苦々しく言って、全は立ち上がると、部室隅にある冷蔵庫(なぜあるのか雅にはわからなかった)からマックスコーヒーを取り出して一気に飲み干した。
「うし、おっけ」
全がもう一度雅の前に座る。雅の全身に視線を泳がせた。不思議といやらしさは感じなかったが、それでもじろじろと見られるのはあまり気のいいものではない。
「なるほど、なるほど、で?うん。キーホルダーか。うん、どこで見た?部屋?ああ、どういうのなんだ?うん、ああへえ。掃除、おっけ、掃除ね。伝える。ああ、ハンガーにかけろって?ああわかった。クマか。テディベアか。なるほど。ああ、わかった、わかったよ。わかったって。箪笥か、おっけ、わかった。ありがと。うん、伝えるよ、ちゃんと全部聞いたから、ちゃんと全部伝えるよ」
時折笑いながら全は雅と視線を合わせずに、雅の全身に目を泳がせながらそう話し続けた。
それから一息吐いて、雅の顔を見た。
「君がここにきた理由はキーホルダーを探してほしいから、だな?」
「え」「違うの?」
「合ってます」雅は驚いた。何を話しているのだと怪訝に思っていたら、ここに来た理由を当てられた。さっき名乗っていないのに名前を言われたことを思い出す。
「キーホルダーは君の部屋、衣装箪笥の上から二段目、その中に丸めて入れたジャケットの中に紛れているらしい。君、それ携帯につけてたんでしょ。それがいつの間にか外れて、ジャケットに引っかかったらしい。で、制服とかジャケットとか、着ないものはちゃんと片付けて、形を整えるべきものはちゃんとハンガーにかけてほしいってさ」
全が頬杖をつきながら言った。
「掃除、ちゃんとしなよ。今もそれなりに散らかってんだろ」
そう言って、全は伸びをした。
「はい、お終い」「俺の出番はなしか」
「よかったじゃん、安全で」
「そうだな。晩飯はどうするんだ。母さんが今晩はカレーだって言ってた」
「マジで?何カレー?」「さあ?そこまで聞いてない」
「なんだよ聞いとけー」「で、来るのか?来るなら母さんに連絡入れるけど」
「行きますとも、ご相伴に預からせていただきますとも!」
二人はそそくさと帰り支度を始めた。雅はぽかんとしているが、お構いなしだ。
「何してんの?早く帰れば?」
「いや、え」
「なんだ?まだ聞きたいことあるの?」
「どうして、あの」
「もうカレーの口になっちまった」
「あの」
「あ!」全が思い出したように大きな声を上げて、雅を指さした。
「下着のサイズ、考えた方がいいって。そろそろ小さくなったろ」
雅が顔を真っ赤にして俯く。怪訝な顔で全は首を傾げた。南雲は後ろで首を横に振っている。
「それは駄目だ、愚か者」南雲が部室を後にする。
「いや、だって」その背に全が声をかけるが全く待たない。
「母さんには言っとくから」言い残して姿を消した。
うつむいていた雅が鋭い目で全を睨む。
「最低だし変態。最悪です!」
乾いた音がして、全の左頬が赤くなった。眼鏡が飛んでいた。震えていた雅が足音を立てて部室を出ていく。
「ありがとうございました!!!!!!!!!」
聞いたことのない音を立ててドアが閉められた。びくりとした後、全はドアを見つめて叩かれた頬をさすった。
ため息をついて、ドアに向かう。
「痛かったな、お互いに」
気まずそうな顔をして、ドアを優しくなでた全も部屋を後にした。
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