ヨロズ探偵倶楽部

久環紫久

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幼き日の思い出(3)

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 翌日。昼休みになると、雅の教室に来客があった。気づいた廊下側のクラスメイトたちからどよめきが走る。

「雅・デシャネルはいるか?」

 全が教室の入り口でそう訊ねた。
 教室にいたクラスメイトたちが奇異の目で雅を見る。一年で入学したばかりだというのに教室に先輩がやってくるとは何事だろうと色めきだった。
 一緒に昼食をとっていたマチカは心配そうに雅を見た。雅は「大丈夫」とマチカに言って箸を止めて席を立つと、全のもとへ向かった。
 廊下に出て、腕を組み雅は視線をそらす。

「何か用ですか」
「いやあ、あんまり用というほどの用でもないんだけど……分かってるよ。分かってるって。謝るけど、うるせえ、こっちのタイミングってもんがある、あ、見つかったのか。キーホルダー。良かったな」

 全が時折ぶつぶつと言った。最後には笑ってそういうと、何度か頷いて、
「じゃあいいか。すまん、呼び出したが気にしないでくれ」
 と言って去っていった。去りながらも全は何か言っていた。雅はその背に複雑な目を向けた。

「なんて?」

 廊下にマチカも出てきて、もういなくなった背を見る雅に訊ねた。

「なんでもない、ってご飯食べながら立ち歩かない」

 弁当を頬張るマチカを押して雅も教室に戻っていく。


 放課後。再び雅はヨロズ探偵倶楽部の部室の前に立っていた。
 苦々しい顔をして、なんとも納得のいっていない様子だ。何度かドアに手を当てて、開けることなく離してはその場に留まっている。一度踵を返したが、再び戻ってきて、その繰り返しだ。かれこれ三十分はそんなことをしていた。

「どうした」

 声に振り向くと、南雲がいた。昨日と同じだ。

「また何か……」南雲が視線を泳がせて、ため息をついた。

「昨日のことなら、俺も謝る。すまなかった。あいつに悪気はないんだ。いや、ないのが問題なんだろうけど」

 南雲が扉を見た。微かに声がしている。中には全がいるのだろう。

「多分、その、下着の件については君も納得してる部分があると思う。とてもデリカシーのないひどいことだと思うけど」

 雅の顔が赤くなった。ぷるぷると震えている。

「それ相応のことを言っているのだから、手が出るのは甘んじて受け入れるけど、今日来たのはそのため?」


 はっとした。雅が少しだけ冷静になった。デリカシーのなさに辟易したのは事実だし、思わず手を上げて気まずいのも事実だが、それ以上に気になることがあったのだ。それを思い出す。

「中に、全先輩はいますよね」
「いると思う」

 南雲が頷いた。

「あいつが何か仕出かしたら、俺が止める。……注意する。あんまり意味ないか」

 言って自嘲した。

「何か伝えておくべきことがあるなら、俺が伝えておく」
「いつも、あんななんですか?」
「ああ、いつもああだ。そして、いつもこうだ」
「こう?」
「君みたいに、後々来るんだ。だけどあいつが怖いというか、気持ち悪いから俺に伝言していく」

 南雲は寂しそうな顔をした。そこまでわかりやすくはないけれど、きっと南雲は全のことを心配しているのだろう。雅はそう思うと、少し溜飲が下がった。

「私、自分で聞きます」
「聞く?まだ何かあるのか」


 雅が頷いて、ドアを開けて中に入っていった。
 ヨロズ探偵倶楽部の部室。そこには全がいて、本を読んでいた。
 タイトルは「或る日の第七宇宙船の夢・上巻」だった。二人に気づいて本を閉じて背中に隠した。

「来たら教えろって言ったろ!」全が小声で言う。
 それから、雅を見つけて目を丸くしてから、少し嫌な顔をした。

「うーんと、また殴りに来た?」全が苦笑いする。
「そんなに暴力的じゃありません」
「そりゃよかった……ああっと……」
 全が目を泳がせる。部屋中に目をやって、しかめっ面をしてまた別のところにやる。

「うるっせえ、わかってるよ……」

 部屋中に目をやるがどこもかしこにも所在無げで、床に視線を落とした。それから雅を向いて、歯切れ悪く、全が言いよどむ。鳥の巣のような頭を掻いて、言葉を探しているようだ。

「……ごめんなさい」

 全が雅に頭を下げた。

「傷つけちゃったんだろ……?ごめん」

 全は気まずく言った。その近くのソファに腰掛けて、南雲は昨日の続きを読んでいる。


「傷つきましたけど、傷ついたっていうか、恥ずかしかったですけど、いいです」
「そう?」全は雅の顔を伺った。

「それより聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?ああ、キーホルダーか」

 全が雅の肩にかかっている鞄を注視した。

「持ってきてんだな。見つかってよかったな」

 雅は昨日、怒り心頭で帰宅した。それから自室に戻ると、その散らかった様子を見て、はっとしたのだ。衣装箪笥の上から二番目の抽斗を開けると、そこには確かに丸まったジャケットが入っていた。取り出してみてみれば、ジャケットの内側にキーホルダーが引っかかっていたのだ。
 たしかにあった。言われた通りだった。まるで全部見透かしたような。
 
 見つけたのはクマの、テディベアを模したキーホルダーだ。ハートマークが腹部にあって、もうすでにはがれてきているが、そこには雅のイニシャルである”M"の文字があった。
 どうして急にこれを探そうと思ったのだろう、と、実際に見つけても考えが及ばなかった。
 そういえばこれは小学生の時に買ったのだっけ。雅は思い出したが、どうして買ったのだか、いまいち思い出せず、腑に落ちなかった。
 全ならば何か分かるかもしれないと思い、また会いに来た。


 雅が話そうとしたとき、全が先に口を開いた。

「虫の知らせって知ってる?」
「はい、よくないことの前触れって聞きます」
「要はさ、それって第六感のことなんだけど、人間ってそういう勘みたいなのが働くことがあるんだよ。よく聞くのが虫の知らせ。なんでかって言ったら、人間の魂が動くからだ。だから一番わかりやすい。同じ種族だし、縁があればそれが道になるから。まあ、感度の問題もあるけど、それは今は置いといて。物だって魂があるわけよ」

 ぽかんとして雅が全の話を聞く。

「まあ、どうぞ、お座りください」

 全がソファに促した。おずおずと頭を下げて雅がソファに腰を下ろす。全が足を開いて膝に肘をついて、前のめりになった。それから雅の鞄を注視する。少し唸った。

「君はそのキーホルダーを探さなくてはと思ったんだよな。どうしても探さなければと。その理由は、それが小さいころ、仲の良かった友達との思い出だからだ」

 言われて瞬間的に思い出す。雅には小さなころ一緒によく遊んだ女の子がいた。とても仲が良くて、小学校低学年くらいの間はしょっちゅう遊んだ。しかし、小学四年生になるころ、彼女は転校していき、初めのうちは手紙を出していたが、成長するにつれて、だんだんと疎遠になって、今に至る。


「さっき、虫の知らせの話をしたろ?第六感ってのは実際にある。でだ。そのキーホルダーなんだけど、そのお友達も持ってて、今お守り替わりなんだとさ。まあ、そんな大層なもんでもないんだろうけど、潜在意識ってやつ?楽しかったあの頃を無意識的にお守りにしてる。その依り代がキーホルダーだったと」

「お守り?」雅が訊ねる。全は頷いた。

「その子、入院してたらしい。てか今もしてんのか?してんのか。してるって。でも、なるほど。手術をしたんだとさ。最近の話だ。術後の経過は順調らしいよ。キーホルダー同士が縁を作ったんだ、と俺は予想する。ガンちゃんちょっと見てくれよ。雅、キーホルダー出してくれ」

「あの、入院って?」
「入院は入院だよ。知らねえの?」「知ってますけど」
「じゃあ聞くなよ。どういうことだ?」全が南雲を見た。

 南雲が全を見てため息をついた。

「なんでため息つくんだよ」「言葉足らずだからだ」

 怪訝な顔をする全を無視して、南雲は雅に対した。

「君の友人は今入院してるんだ。どうしてかは俺にはわからないが」
「ああ、そういうこと?それは俺にもわかんねえ。キーホルダーは要領を得ないし」
「とにかく、そのキーホルダーを俺に見せてくれないか?大丈夫、見せてくれるだけでいい」

 言われて雅が、話に納得しないまでも鞄からキーホルダーを出すと、南雲は眼鏡をはずして、一度深く目を閉じて、それから目を開いた。その目は青い。紺桔梗色をしていた。
 南雲が頷いた。

「確かに縁が繋がってる」
「よし、俺の見立て通りぃ!」
 全はガッツポーズをして指を鳴らした。喧しそうに見て、南雲は再び眼鏡をかけた。

「縁?」雅が訊ねる。
 何を当たり前のことをと言わんばかりに全は頷いた。

「さて、というわけで次はお前の友達、羽島はじま梨衣りいを探すとしよう」
「なんで名前を?」
「キーホルダーが」そこまで言って全は深く息を吐いた。
「んなこと今はどうでもいいだろ、説明しても理解できねえだろうし、友達探そうぜ?」
「でも」「もう放課後だ。親御さんが心配するかもしれないし、早い方がいいだろ」

 雅が言うと、遮るように全はそう言った。
 雅は思案した。すっかり忘れていた友達を、この人たちはどうやって探し当てるのだろう?
 名前を知っているのだってすごいことだ。いったい何者なのだろう?
 それに、もし、本当に羽島が入院しているのだとしたら、一度は会っておきたい。術後の経過は順調というなら、おめでとうと伝えたい。大病を患ったのかもしれない過去の友人に——それはわずかに数年前の友人なのに、忘れていたことに謝罪もしたい。

「よろしくお願いします」

 雅はしっかりと頭を下げた。
 それを見て、全はにかりと笑った。並びの綺麗な歯が見える。

「じゃ、あとはガンちゃんに頼むわ」

 のんきに全が言って、南雲は頷いた。

「すまないが、キーホルダーを貸してもらえるか?」

 南雲が雅に言うと、雅は頷いて、キーホルダーを差し出した。
 丁寧に受け取ると、南雲はもう一度眼鏡を外し、深く目を閉じる。それから見開く。

「見えたか?」「見えた」
「よし、じゃあ行こう。遠くないと良いなあ」

 立ち上がって部室を出ようとする。戸惑っている雅に全が声をかけた。

「お前が来ねえと意味ねえだろ。ほら、行くぞ」
「どこに行くんです?」
「そりゃ、その縁が繋がってるところ、羽島のところだよ」
「電話するとかじゃないんですか?」
「それは最悪のパターンだ。まずは、足で稼ぐ」

 全に言われて雅も立ち上がり、三人は街に出た。

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