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8-2.
しおりを挟むまるで耳のすぐ傍で、息を吹き込むように囁かれているような錯覚を覚える。実際にはレストが触れていないのに、自分の柔肌を確認するようにそっと下腹部に触れる指の感触がした。なぞるように上に這い上がっている大きな手のひらが、さして膨らんでもいないけど、少しだけもっちりした胸を包み込む。
マッサージするようにゆるく胸を揉みながら、指の先ですりすりと胸の頂きを擦る。
『……っ』
まざまざと思い出されるレストの愛撫に、知らずフィンリーは呼吸を浅くする。
『あぁ……もう立ち上がってきましたね』
いつもと変わらぬ揶揄うような声音で、硬くなって主張する胸の突起を指先で摘まむと少し引っ張るように扱かれる。
『……ぁ……っ』
ぴりりと走る痛みと快感に、フィンリーは麻袋の中で身体を折った。おかしい、実際触られていないのに、胸の先端が疼いている感覚がする。触ってほしくて、じんじんと主張をしているのがはっきりとわかる。
引き出してほしいとお願いしたのは自分だが、まさかこんな、声だけで、自分の身体は反応するとは思わなかった。
『……ほら、触って。フィンリー』
いつもは一線を引くように「フィンリー様」と呼ぶ落ち着いた低い声が敬称を捨てて、フィンリーの耳奥を擽ってくる。
その声だけで、背筋が震える。声に誘導されるように、フィンリーは自分で服の中に手を入れ、胸の先端にそぉ、と触れた。
途端に身体を駆け抜ける快感に、思わず吐息が零れる。
『触った?』
『……ぅ……ん……っ』
『優しく触ってくださいね。私がするように、指の腹でまずは撫でてあげてください』
自分の手が、まるでレストの手になったかのように動く。指先で、くるくると円を描くように頂に触れると、くすぐったさと同時に緩い刺激が下腹部に熱を集めていく。
『しっかり立たせるために、弾いてくださいね』
『ぁ……っ』
先端を指先で弾くと、むず痒いような快感が生まれる。かりかりとひっかくように弾くたびに生まれる快感は、終わりがなくて。もどかしい感覚に目を細める。
もっと、もっと、と腹の奥が蠢いている感じがする。
どんどん上がっていく身体の熱を持て余して、どこか足りない、と本能が嘆く。
ふるふると頭を振ると、熱い吐息を吐き出しながら、フィンリーが呟く。
『先生……触って……』
消え入りそうなその声が零れた瞬間、ばつん、とまるで糸が勢いよく切れるかのように、レストとのつながりが切れた。
「……っ」
自分は、今、何を……っ
自分自身が信じられず、かぁ、と頬が一気に熱くなるのを感じる。急に我に返って猛烈な羞恥に身悶える。
聞こえていただろうか。聞こえていないといいな……
そんな希望的観測を持ちながら、フィンリーは引き出された魔力溜まりに意識を集中させる。全身に巡らせるようにして、身体強化を行う。
自分の身体を、心地よいうっすらとした光が包む。
寝不足で気だるかった感覚が消え、力が漲ってくる。
よし、行ける!
そう感じたところでちょうど荷馬車が止まった。
おそらく乗り換えるのだ。チャンスを逃すわけにはいかない、とフィンリーは思い切り麻袋を破って外へと飛び出した。
突然姿を現したフィンリーに、男たちが驚愕する。
「な、なんだ!?」
「馬鹿!ちゃんと縛らなかったのか!」
「縛ったよ!くそ、逃がすか!」
男たちは怒鳴り合いながら、フィンリーへと手を伸ばす。その手をうち払い、フィンリーはぐ、と身を屈めると木板を蹴って男の懐に飛び込み、そのまま右手を掌底の形で勢いよく突き上げた。見事に男の顎に命中し、
「ぐぁ!」
男はもんどりうって荷馬車から転げ落ちた。おそらく、同時に意識を失ったのだろう。起き上がってくる気配はない。
突然の乱闘に、御者が悲鳴をあげながら逃げていく。仲間といっても雇われただけだったようだ。
残った一人が腰に佩いていた剣を抜き、こちらを威嚇してくる。
「くそ……っ、調子に乗りやがって!」
そのまま大振りに剣を振り下ろされるが、動きが遅い。普段レストと手合わせしているフィンリーにとっては、人間の動きなど読むのは容易い。ギラギラとした光を放つ刃を避けて、剣を掴む手を手刀でたたき落す。
「……っ」
痛みに剣を取り落としたところ、思い切り腹に拳を突き入れた。
「ごふっ」
男はひしゃげた声をあげて、倒れた。
「ふぅ……」
大したことがなくてよかった、と足元に転がる男を見下ろして胸を撫でおろす。周囲を確認すると、街の城壁を出て少し進んだところの、森の中のようだった。姿を隠すには確かに適している。気絶した男を足で荷馬車から落とす。見れば自分が踏み込んだ木板は底が抜けている。
麻袋を縛っていた紐で二人を拘束した後、あたりを見回した、時だった。
「お見事です」
ぞわり、と全身に悪寒が走った。バッと振り返ると、そこには黒い髪をひと房だけ耳の横に垂らし、血のような真っ赤な瞳をした一人の男が立っていた。服装は、執事を連想させるような、バトラー服を着こなしていてすらりと背は高い。
人間……いや、違う……っ
咄嗟に身構えたフィンリーに向かって、男は綺麗にお辞儀をすると、優雅な笑みをその口元に浮かべた。
「お初にお目にかかります。宝石の姫」
耳に響く声そのものが、この男の気配そのものが……あまりにも異質だった。身構えたものの、フィンリーは自分が一歩も動けないことを直感していた。
目の前の男には、勝てない、と。
毛穴中から汗が吹き出すが、それは冷や汗でしかない。
歯の奥がガチガチと無意識に鳴る。
目の前の、圧倒的な力の差、に。そして同時に、目に見えないはずの禍々しいその魔力の濁流がその場を支配していた。
「我が名はタッタリア。貴方を攫いにきた、悪人ですよ」
にぃ、と持ち上げた口角の端から、鋭い牙が覗く。
逃げなければ……!
そう本能は告げるのに、身体が動かない。指先一つ動かした瞬間に自分の身体は塵一つさえ残らないのではないかと思わせるほどの、威圧。
ゆっくりと、森の土を踏みしめて、タッタリアがフィンリーに近づく。無防備なはずなのに、どこにも隙がない。
ぱきり、とタッタリアの靴が木の枝を折る。息がかかりそうな近くに顔を寄せて、白い手袋をした手がフィンリーへ伸びる。
頬に触れられて、ぞわぞわと恐怖が這いあがってくるが、動けずにいると、男は赤い目を細めて口を開く。
「なるほど、見事な深緑の瞳ですね。あなたの瞳がバーガンディーに変わるのが待ち遠しいものです」
頬に添えていた手を少しずらして、フィンリーの瞳の下瞼を親指でわずかに引っ張る。
「その瞳はきっと舌で蕩けるような味わいなんでしょうね」
言いながら、タッタリアはべろりと舌なめずりをした。
「……!」
嫌悪感と、言い知れぬ恐怖に、フィンリーの瞳が染まる。それすらも、男に愉悦を与える材料でしかない。タッタリアの背に、大きなコウモリの翼が現れる。
レストの背にもあった……それ。つまりこの男は……魔族。
どうして……?レストからこんな禍々しい気配を感じたことなんか……
「それでは、行きましょうか。宝石姫」
まるで蜜を垂らすような甘ったるい声で、タッタリアが宣言すると、フィンリーの身体を突然睡魔が襲う。全身の力が抜けて、意識が混濁するのを止められない。
嫌だ…ダメ……眠ってしまっては……
頭ではそう思うのに、抗えない力がフィンリーを覆いつくした。
とさり、と森の中で倒れたフィンリーを見下ろして、タッタリアの目の色が変わる。赤から、漆黒に。
「お前のような脆弱な存在が……何故……」
吐き捨てるような言葉にこもったのは、侮蔑、嫌悪、嘲り、そして、憎悪―――。
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