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10.自覚
宝石の王族と呼ばれる理由は、その容姿の美しさだけではない。彼らは成人すると、昼と夜で瞳の色を変える。
魔力で本来の色を変えるのではない。元来その色の変化自体が、彼らを宝石と言わしめる理由の一つだった。
昼は深い森のようなフォレストグリーン。そして夜になると芳醇な香りさえ漂うような艶やかなバーガンディーに変わる。
見るものを魅了するその瞳は、至高の宝とも言わしめる。
そして、バーガンディーの色に瞳が染まる時、彼らは持ちえなかった性別を持つ。
「え?先生が研究のために長期旅行?」
あの誘拐事件後すぐに、何故かレストは長期不在となった。直接本人からの説明は聞いていない。邸の通いの使用人が伝言してきたのだ。
何故だろう……
レストがこんなに長く家を空けるのは一緒に暮らし始めてから初めてだ。せっかく、また訓練を教われると思っていたのに、とちょっと残念に思う。
けれど、レストは元々謎の多い男だ。聞いてもはぐらかされることが多い。例の誘拐事件のことはすでに王宮に伝わって、国境と街の警備を強化することが決まった。
力が全てという考え方とはいえ、他国へいいようにされるのは国の面目が立たない、といったところなのだろう。
クインは以前以上にフィンリーにべったりになった。
「もう、あの人には絶対任せないわ」
おそらくレストのことを言っているのだろうと思う。まぁまぁ、と憤慨するクインを宥める。
「でも、先生のおかげで助かったから」
「いいえ!そもそも一緒に暮らしていて危険な目に合わせることが問題なの」
クインは一歩も引かない。困り果てて、ぎゅう、とその細い身体を抱きしめると、抱きしめ返してくれる。
少しは機嫌が直っただろうか、と顔を覗き込むと、不本意そうに頬を膨らませている。その顔が可愛くて、思わず人差し指でほっぺたをつついた。
ぷぅ、と唇から息が抜ける。
「ふふ……」
それがおかしくて笑うと、クインも笑った。
あぁ、幸せだ。
本当にあの地獄のようなところから無事に戻ってこられてよかった、と噛み締める。
「でも、レスト先生どこ行ったんだろう」
ぽつり、と呟くと、クインがまた少し不機嫌になった。
あ、そうか。もしクインがレスト先生のことを好きだったら、僕があまり心配するのは良く思わないかもしれない。
思い至って、慌ててクインに言い募る。
「ほら、だって、クインも心配でしょ?」
僕じゃなくて、クインのために、とごまかすように言うと、クインは、心配なんてしてないけど、と素っ気ない。
先生、クインを怒らせたのだろうか?
「心配してるのは、フィンリーの方でしょ」
図星を指されて、押し黙るフィンリーに、クインははぁ、と呆れたような溜息をつく。
「レスト先生、レスト先生って……私はフィンリーを取られた気分だわ」
「え?僕そんなに言ってる……?」
クインの指摘に、フィンリーが狼狽える。そんなはずはない、と思うのに。
「無自覚だから質が悪い……」
「いやいや、そんな訳……」
ない、と言い切れずに、フィンリーは固まった。気づいたら、いつもレストのことを考えている自分がいる。
そのことが、なんだかひどく恥ずかしいことのように思えて、頬に熱が集まるのを止められず、フィンリーはそそくさと次は運動の授業だから、とクインと離れた。こういう時、芸術方面の授業をとっているクインとは別々になるからありがたい。
最初はさみしいと感じていたけれど、今はそれぞれが好きなことを学べて充実していると思う。
フィンリーは足早にクインから遠ざかると、赤くなった顔を誰にも見られないようにレストの研究室へ向かった。レスト本人は不在だが、合鍵を以前預かっていたので、いつでも好きな時に出入りができるのだ。
クインは持っていなくて、僕が持っているもの。
そう考える時点で、なんだかオカシイ。
心臓が早鐘を打って、頬の熱が収まらない。研究室の扉を開けて、身体を滑り込ませると後ろ手に閉めて鍵をかけた。
ふわりと漂う、レストの香りに、早鐘を打っていた心音が少しだけ落ち着くのを感じる。この研究室は、レストの匂いに溢れている。
そぉ、と足元に転がる雑多なものを踏まないように歩くと、室内の中央の床に、複雑な魔法陣がチョークで描かれている。
ところどころこすれて消えているが、まだ新しいものに見えた。
魔法陣は、魔力持ちがさらに力を増幅するための増幅装置として使われる。だから、上位魔族……というか魔族の王にまでなれるレストが必要だったとは、よほど難しいことをしたのかもしれない。
そっと指先を伸ばして、魔法陣の描かれた床に触れる。
……あの時、もし、レストの到着が少しでも遅かったら……自分は心を壊していたかもしれない
今までどれだけ自分が安全で平和な箱庭で育てられてきたのかを、思い知った。それなのに、レストははっきりと言ってくれたのだ。
――――フィンリーはお前が思うほど弱くねぇよ
涙が出そうなほど、嬉しかった。
彼が、自分を認めてくれたことが。
「……すき……」
ぽろりと零れた言の葉に。フィンリーは自分自身に驚愕する。
考えていたわけではない。感じていたわけでもない。ただ自然と、唇から漏れた。
「……っ」
自覚した、途端。フィンリーのフィンリープグリーンの瞳から、涙が溢れた。
「ぅ……ふ……っ」
ぽろぽろと後から後から溢れてくる涙は、床に描かれた魔法陣の上に落ちていく。
あぁ……いつの間に自分は、こんなにも彼を好きになっていたのだろう。彼の言葉が、彼の温かい手が……自分を包み込むようなあの瞳が。
だけど、この気持ちは封印しなければならない。何故なら、自分は男性体となって、この国の王となるのだ。
どんなに彼を望んでも、手にすることは出来ない。
心はこんなにも求めるのに、自分を今まで構成してきた王への矜持がそれを許さない。
いっそ……いっそ……女性体になって、レストと結ばれるのであれば―――……
フィンリーは頭をぶんぶんと振った。キラキラと涙が空中を舞い、床へ落ちると魔法陣に吸い込まれていく。
それは、裏切りだ
二年以上、僕に力を貸してくれていたレスト先生に対する。
がっかりさせてしまう
それに、クインはどうする
クインとレスト先生が本当に愛し合っているのだとしたら、僕は邪魔者でしかないじゃないか
大好きな二人が幸せになるのが……僕の幸せじゃないか……
ぐ、と床についた手を握りこぶしにした、その時。魔法陣が淡く光り出す。
「……え!?」
驚いて手を離すが、魔法陣はどんどんと光を強くしていく。
どうしよう、どうしたらいい!?と慌てるが、人を呼びにいくかどうしようか迷っていると、目が開けていられないくらいの強い光が辺りを覆った。
咄嗟に目が潰されないように腕で庇って、眩い光が収まるのを待った。
時間にしておそらく数十秒程度だろう。ゆっくりと光が収まったのを確認し、腕をおろすと、そこは、研究室ではなく荒野……だった。
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