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燃える町
道具屋の少年
しおりを挟む─ 十年前 ─
馬に跨がった旅団がロハリネ共和国の小さな田舎町リゾートに到着した。
町には流浪の騎士や傭兵が出入りし、酒場や医院、宿屋などは何時も彼等で賑わう。
リゾートの周辺を囲む広い草原地帯には数多くの魔物が棲みついているため、腕の立つ者に褒賞金を与え、魔物の討伐を任せていた。
商店が並ぶ歩道の片隅。
老舗の道具屋に鎧を纏う二人の騎士と少年がいる。
「回復薬をくれ。十個ほど欲しいんだ」
「うん、わかった。十個だね」
店番の少年は背後の棚から小瓶を取った。
細かい気泡の生じる透明な飲料が瓶に詰められている。
「噂で聞いたが、ここの回復薬は効果が高いらしいな。本当なのか?」
「うん。これを見て」
少年は棚の上に飾られた木板を指差す。騎士が目を向ける。
〈薬学者であった先代が考案した当店独自の回復薬。
浄化草や月桂樹の葉、西洋ハーブの種子、他に数種類の素材を炭酸水と混ぜ、飲みやすく調合されてます。
傷の治癒、滋養強壮などの効能はロハリネ保健局が承認しており、防衛部隊に毎月百個ほど納めています〉
「ほう、すごいな。保健局も認めているとは」
「おじさん達は騎士だよね。これから草原へ行くの?」
「ああ。三日ぐらい草原の森に滞在して、魔物を討伐するつもりだ」
騎士が胸の前で拳を強く握る。
「必要な物はもっとない?道具はたくさん持ってたほうがいいと思うよ」
「食料や武器は充分にあるが、煙玉は無かったな、一つ貰おう」
客はポケットから金貨を出し、品物と交換する。
荷物が入った布袋を背負い、道具屋を去った。
「またのお越しを!」
店番が騎士に告げた。
時計を見ると午前十一時。店に客はいない。
少年が箒を持つ。
傭兵や騎士達は朝に装備品を整えて戦場へ向かうため、この時間帯は店内と軒先を掃除するのが習慣だった。
「アーツ。こっちに来て、手伝ってくれ」
店の奥で聞こえた。少年は兄の声に応じる。
倉庫から保存食のドライブレッド、防寒着、寝袋、非常時に便利な魔物除けの煙玉などを持ってきて、棚に陳列していった。
道具屋は家族経営で朝の七時から夜の八時まで開いており、アーツ、兄のテック、父のジノが交代で営業している。
今日はジノが商品の仕入れで隣町に行き、テックとアーツの二人が店番を務めていた。
正午。
店の裏にある自宅で昼食を食べたあと、道具屋に戻る。
それから一時間くらい経った時、客が訪れた。
マテリアル・ハンターのトロイだ。
マテリアル・ハンターとは世界中を巡って武器や衣服、薬などを作る際に使う素材を採集する旅人のことだ。
ハンターは魔物が棲む危険な土地へ赴く場合もあり、ロハリネの護法士として活躍していたトロイのような実力者でなければ、この仕事は担えない。
道具屋は貴重な薬草を彼に頼んでいた。
「やぁ!トロイ。久しぶり」
「テック、アーツ、相変わらず元気そうだな。依頼されていた浄化草の葉とオオクロバチの蜂蜜を採ってきたぞ」
肩に下げた鞄から素材を出すとテックに渡した。
「ありがとう。在庫の浄化草がもう無かったんだ。他に何か、珍しい素材は見つかった?」
「ああ。貴重な鉱石とか植物を幾つか発見したよ。でもミオランデの依頼者が欲しがってた深海生物サルパは捕まえられなかった。
海上で水棲巨獣に船を壊されてね・・・・」
「水棲巨獣ぅ・・・」
アーツの顔が歪む。
「まぁでも、トロイが無事で何よりだよ。あとで旅の話を聞かせてくれ」
「もちろん。俺が泊まってる宿はいつもと同じ〈笑う子山羊亭〉だ。一階に食堂があるから夕飯ついでに話そう」
「わかった。夜になったらアーツと行くよ」
「まただよ。兄さんは冒険とか魔物の話が好きだな・・・」
約束をしてトロイが道具屋を出た。
テックは幼少の頃から、マテリアル・ハンターのように世界中を駆け巡って自由に冒険をしたり、街を守る勇敢な護法士になりたいと叶わぬ夢を何度も想像した。
魔法の技で狂暴な敵と戦う彼等は、誰もが憧れる存在だった。
毎日の生活は平凡で退屈に思うが、創業百五十年の道具屋を継ぐことも立派である。
テックは自分にそう言い聞かせていた。
食料を生産する農家や家具を作る職人、服屋に花屋、町外れにある地味な骨董品を売る店だって必要なのだ。
やがて静かに陽が傾き、地平線の下まで沈んでゆく。
夜の七時を過ぎる頃、空は暗くなり、街路灯と半分欠けた月が道を歩く人々を照らす。
厚い雲が草原地帯に集まる。雨が降るのだろうか・・・。
隣町から帰宅したジノと店番を交代して、アーツとテックは笑う子山羊亭へ向かった。
町の隅に軒を連ねる数件の宿屋。
四階建ての宿の前で足を止めた。
入口にぶら下がった旗にスプーンを持つ山羊の絵。歯を見せてニヤリと笑っている。
二人が子山羊亭の扉を開く。
一階には宿の受け付けと食堂が併設され、カウンターに黒の外套を装う男が一人、奥のテーブルには三人の客。
トロイの姿は無かった。
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