マジカルホーレ ~魔森の大陸~

風良桑 るな

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神秘な森

ホーレの蔓人・次

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 何処からともなく眠たそうな声が響いていく。
 欠伸混じりの言葉が耳へと入ってきた。
「今日は早いですねえ」
「うん。翔さんにどうしてもこの朝日見せたくってさ」
 昇りゆく朝日が眠い瞼を優しくこじ開けていた。くねる岩に座るエウェが瞳の奥にくっきりと映っている。ただ、澄み透る中でもシーフの姿を確認することはできなかった。
「折角ここへと来たことですし、早速修行を始めましょう。まずはあなたの御実力を確認させて下さい」
 その言葉を聞いてから彼は準備体操をするかのように軽く飛び跳ねたり屈伸したりしている。
「それではエウェ、稽古場に連れていってあげなさい。小森翔さんとエウェとで模擬戦を行って貰います。ルールとして死に至るような攻撃は禁止。どちらかが敗北宣言するか気絶するかしたらそこで試合終了です。御二方、宜しいでしょうか」
 固唾を飲んだ。
 ゆっくりと歩み、木々が生え渡る森の中へときた。
 エウェはこの陸地を自由に駆け巡ることが可能であり、さらに豚に似たモンスターを簡単に粉砕する程の斬撃攻撃を持ち合わせている。
 中距離攻撃が得意なエウェの対抗策として近接戦に持ち込むことが挙げられるが、沈む陸地でバランスを取るので精一杯であり、今の自分では不可能だった。
「宜しいですね。では、始めて下さい」
 シーフの一言で颯爽と試合は開始され、それと同時に斬撃が飛んできた。
 鋭い風激に切り刻まれそうになる。咄嗟に体を捩って直撃を避けたが、斬撃に触れた服と皮膚が裂けて赤い血液が流れていく。
 ほんのり感じる痛みが死を覚悟させる。
 この試合の相手は本気マジだった。
「単なる修行だからと言っても大怪我しないとは限らない。戦いはまだ始まったばかり。まだまだ楽しませてくれよ」
 バランスを取りながらゆっくりと進めない僕は格好の的となっていた。横に倒れて地面を転がることで何とか斬撃を避けた。
「逃げてばかりじゃ勝てないよ」
 広範囲に広がる斬撃が飛んできた。転がり避けることはできない。
 けれども、そのまま受ける訳にはいかない。蔓を伸ばして木に絡ませて、蔓を体に戻していく。確りとした土台を持つ木に向かって引っ張られる。斬撃は空を進んでいった。
 何とか攻撃を避けていく。ただ避けていくばかりではなく、作戦を持って。
「ようやく準備は整ったよ。今度は僕が痛いことするから。ごめんね」
 地面に足を乗っける。蔓が周りに敷き渡っており、沈むことなくその場に立つ。
ラブトラップ
 この技はフィールドを有利にする技だ。例えば、このように不利な足場を蔓を地中に巡らすことで場を改善させる。
 地面を踏みしめて走っていく。
 腕に蔓を絡ませていき蔓のグローブを作った。エウェの顔面に向かって腕を振るう。
互角ドゥース植物しょく戦闘せん騎士
 エウェは敢えて攻撃を受けにいった。蔓のグループが彼の顔面に直撃した。
「肉を絶って骨を断つ。今回は俺が勝つぜ。残念ながら不合格だ」
 蹄が腹に触れた。そこから放たれる斬撃が強い衝撃を与えてきた。思わず勢いの良い吐血をしてしまった。
 動けなくなった。
 意識はあるものの体は動かせなかった。
「勝負ありです。すぐに彼を、あの方の元へ」
 エウェの肩を借りながら森の中を進んでいった。
「戦いの機転は凄かった。才能センスはあると思う。けど、基礎能力は低いよ」
 木々を抜けていくと草が多く生えた道となり、草を掻き分けながら進んでいった。すぐに木々や草の束を抜けた。
 目の前には濁った銀色の壁が広がっていた。
 高くそびえる鉄の壁は何かから守るように長く広がっている。
「さあ、着いたよ」
 白い翼の生えたお姉さんがいた。清廉で母性に富んだ雰囲気を放っている。
「こんにちは。何か御用ですか」
「この人の回復をお願いします」
うけたまわりました」
 不思議な温かい光に包まれていく。受けた傷痕が塞いでいき、痛みが全て消えていく。さっきまでのダメージが一瞬で消えた。
 何が起きたか分からず、周りを見渡してしまった。
 すぐにお姉さんの仕業であると察し、彼女がみるみるうちに天使に見えてきた。
「このお姉さんは回復のお姉さんなんだ。流石に死者蘇生とかは無理だけど、それ以外なら異能力マジカルで何でも回復させてしまえるんだよ。腕とか切り落とされても、彼女の手にかかれば一週間丸っきりで元通りだ」
 感謝を述べて頭を下げた。
 一瞬でダメージを回復させるマジカル。あまりにも恵まれた能力に羨望の気持ちが湧いてきそうだ。
「それで、記録セーブはどうなさいますか」
「いや、しないでくれ。俺は未だに行方不明、いや、もう死んだことになってるんだからさ」
 用が済んだ僕らはエウェに連れられてささくさと戻っていく。
 草を掻き分けながら口も動かしていた。
「あの大きな壁は何ですか。何かあるんすか」
「あの中には「カントリ」っていう国があるんだよ。モンスターから守るように巨大な壁が国を囲ってる。その国の外は、この森は、モンスターが彷徨うろつく危険な森だからさ」
 草の束を抜けて森の中を歩いていく。
「それと、もう一つ、いいっすか。死んだことになってるってどういうこと」
「外は無差別に攻撃する下等なモンスターも多いから外の状況を細かく知ることができない。外に出た人間なんて一々確認できない。それで、外に出た人間はさっきのお姉さんに記録セーブを頼むんだよ。つまり、生存報告だ。俺はあそこから飛び出してから、長いこと経つのに生存報告をしてない。だから、もう死んだことになってるんだよ。きっとな」
 歪んだ地面に対してバランスを取りながら踏みしめていく。
 同じような景色が続いていく。
 その景色に飽きてきた頃に天使のようなお姉さんを思い出していった。
「あっ、そうだ。あのお姉さんの名前って何て言うんっすか」
「俺も知らないな。皆は回復のお姉さんとか記録セーブお姉さんとか、記録セーブ場所ポイントとか、瞬間移動さん、天使もあったな。まあ、人によって呼び方は変わるから。俺も全ての国の周りに転々と瞬間移動してることと無償で回復や記録セーブしてることしか知らないからなぁ」
 いつの間にか海岸へと来ていた。話していると長い道のりもあっという間に感じてしまうようだ。
 太陽な真上に昇っていて、朝とは違う明るさを放っていた。
「お帰りなさい。体の調子は如何ですか。無事に回復できましたか」
 シーフが来たみたいだ。僕は心地よく「全快だ」と答えた。
「それは良かった。それでは早速、試合を見た感想を述べます。あなたはこのままではこの世界で生き抜くことはできないでしょう。今あなたに必要なのはこの世界を生き抜く力。明後日までに訓練内容を考えておきますので、明日はゆっくりと休みなさい」

 自然の中では日が落ちるのが早い。
 何もないからこそ時間が早く過ぎるように思える。時間はいつも平等に進むのに早く落ちていると錯覚していた。
「星が綺麗だね」
 星々が明るく照らす。この世界の星はとても煌びやかで綺麗だ。すぐにそれは違うことを悟った。都会に慣れた僕は空に何か関心を持つ機会がなかった。だから、この星に気づけなかっただけだ。
「すぐに引き上げなよ。いつモンスターが来るか分からないんだからな」
 月明かりが淡く照らす闇の中は少し先しか見通すことができない。彼の忠告を受けて、家の中へと戻った。
 神秘的な明るさとは別の光だ。アットホームな温かさを持った淡い光が部屋を照らしている。
「夜ってこんなにも良いとは思わなかったな。宿題やったり何も無いのにスマホいじったりしてたあの夜よりも、ただ数分ボーっと星空を眺めた方が有意義な時間に感じたんだ。早く気付けば良かったな。夜がこんなにも美しいことを」
 何もかもを失った。悪魔との戦いでスマホを初めとする大切なものは持ってきていない。
 スマホの言葉であることに気付いた。ここは未来だからもう二度と大切な家族には会えないことに。
 ここに来てから何もかもが新鮮で不安で恐怖で頭がこんがらがっていたから見落としていた大切なもの。頬がいつの間にか濡れていた。
「エウェは、夜は嫌いだな。夜は暗闇で周りが見えないからさ」
 彼は僕の瞳と頬の潤いには気付いていないようだった。
「昔は夜に憧れてた。だって、夜は自由だから──」
 夜風に吹かれてさんざめく木の揺れる音は昼間と同じ音なのに違うように感じさせる。どこか心を揺さぶり不安にさせるような音色だった。
「暗闇の中で未知なる土地を進む。もしかしたら一歩先は崖になっていて奈落の底へと真っ逆さまに落ちるかも知れない。そんな心配がなくなっても進めば進むほど戻れなくなる問題とか目的地のなく漠然としている不安な状況とか、自分が自分でなくなる恐怖とか、思い描いていたものとは全く違ってた。自由ってすっごく恐いんだ」
 静まり返ったその中でエウェの言葉がその場に深く残る。
「俺にとって夜は自由の象徴でそれを恐いと思ってる。だから、夜が嫌いなのさ。ほんと夜を嫌いになれるなんてエウェは恵まれ者だよな」
 意味深な言葉が床に落ちてその場に留まった。
 暗闇は僕らを容易く夢の中へと落としていく。

「翔さんの服作っといたから」
 エウェは器用で多彩だった。家事から服作りまで何でもこなせており有能だ。彼は朝早く起きて果物を採ってきてはそれをパン生地に練り込ませて発酵させていた。
 完成したフルーツパンは茶色がかった黄土色の中にポツポツとカラフルな色が混じっている。口の中に入れるとパン特有の味と甘酸っぱい味の二つが口内に広がっていった。あまりの美味しさにパンはすぐに消えてしまった。
「テントは二つの種類がある。一つは高床テント。組み立ては大変で場所も限られる。もう一つは床式テント。簡易的で立てる場所も多いがモンスターや敵襲を受けやすい。今日はこの二つを作って貰うよ」
 森の中にエウェは二つのテント器具の入った袋を置いた。コンパクトに折り畳まれており、リュックの中に入る小ささだ。
「旅をするならきっと野宿することになる。その旅にはその場凌ぎの野宿に加えて、捜索の野宿が加わると思う。例えばテントを拠点にして周囲の探索やサバイバルアイテムの補充など、その機会も少なくないはず」
 赤色の袋からテント器具が取り出される。細く小さな鉄の骨組み。彼はそれについていたボタンを見せながらボタンを押す。次の瞬間、その器具はうねりながら伸びていき細く頑丈な長い骨組みに変わった。
「拠点は比較的襲撃を受けにくい空に立てる。高床テントは木とか岩とかに挟んで作るんだ」
 木に刺されて固定されていく骨組み。四角く作られた骨組みの中にバツ印を作るように骨組みが重なった。六本の骨組みが土台を作り出す。その上に三角を作るように骨組みが重なった。
「高床テントは立てるのに時間がかかるし、場所も限られる。だけど、身の安全を守るならこれが一番だ」
 ぐしゃぐしゃに潰れたビニールのような袋が開かれ、その中に謎の液体が入れられていく。徐々に膨らんでいく袋を宙に浮く土台の上に置かれた。
 テントに特殊な布が付けられていき、ようやくそれは完成した。ロープを伝ってテントに入る。そこそこ弾力ある袋の上でくつろいだ。これなら長居しても苦痛じゃない。
「そして、もう一つのテントはこれよりも簡単に作れるし、場所を選ぶ必要はほとんどない」
 緑色の袋から取り出された同じような器具。三本の骨組みを使って三角型にし、後は布などを敷くなどして完成した。
「毎回毎回高床テントは立てれないから、基本はこの床式テントだ。ただ、モンスターとか蛮族とかの襲撃が怖いからこれを張り巡らす」
 取り出された糸が周りの木々に付けられていった。その糸に触れてみるとカランコロンと音が鳴っていく。これで敵襲を知ることができるようだ。
 いつの間にか日は落ち始めていた。
 テントを片付け終えた時には既に夕焼け空から夜空へと変わっていっていた。
 今日もまた星空が何とも言えぬ美しさを放っている。
 僕はそれを見ながら家へと戻っていった。
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