シュガーサマー ビターライフ  ── Sugar Summer Bitter Life ──

風良桑 るな

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二章 二つの物語

 四 ──

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 澄んだ空気が淡く濁った空気に変わっていく。
 騒がしくなった教室。駆け足でどこかへと向かう者達。その足音が過ぎるまで領域から離れず、静かになった所で席を立つ。
 扉を横に移動させるための窪みを越し、体を廊下へと放り出した。
 落ち着いた風がなびていく。
「神崎さん。放課後、進路指導室まで来てください」
 担任から言われたことを思い出す。
 廊下を丁寧に踏みしめていく。
 進路指導室。静かさが滲み出ている。突然鳴り出した掛け声。走る時に掛ける声がここまで届いていた。
「よく来てくれたね。さあ、座って」
 椅子に座る。背筋を伸ばし、真っ直ぐと視線を向けた。
「早速ですが、出席日数の件。このままじゃ卒業できないんですよ。成績は学年一位だし、ある程度は課題とかやっておけば優しい目で見られるんですが。それでも足りないので、できるだけ出席して欲しいんです」
 それは夏休みの間も補講を行うから学校へと来い、ということだった。
「その旨、了解しました。もう一人にも出席するように言っておきます」
「ありがとう。助かるよ」
 窓から覗くオレンジ色と化した赤い色を見ているとため息が出そうだった。
 ひと時の無音。
 小さな深呼吸をした彼はようやく無音を切り裂いていった。
「それとね。この学校では一、二年生は全員部活動に入るっていう決まりなんですよ。今までは、神崎さんは例外として見逃していましたが、そろそろ、そういう訳にもいかなくなりました。なので、部活動に入っていただきます」
 机の上に取り出された部活のパンフレット。
 幾つかの紹介の枠組に赤ペンで丸がうたれている。
「週三でも大丈夫な所に丸をつけておいたんですよ。その中でもおすすめは、美術部か、コンピューター部か、ボランティア部かなー」
 青く澄んだ心はきっと何でもこなしていく。
 美術部に入れば、青く滲んだ絵で、心の中に漂う黒い靄を表現できる。
 コンピューター部に入れば、丁寧かつ素早い指さばきで、心のままにゲームを作っていける。
 ただ、赤く滾る心はそういうことはできないだろう。
 残された選択肢。ボランティア部の部活動説明を見ていく。それを見ている限りでは、赤い心の時でも参加できそうだ。
 それに、貼り付けられた集合写真の中に知っている顔があった。
 幼なじみの金治好美。
 もう何年か会えていないが、彼女ならこの特異体質も温かく受け止めてくれるような気がした。
 いつしか心がボランティア部に傾いていた。
「ボランティア部が少し気になりました。今日の所は保留にしておきたいです」
「そうか。分かった。早めに決めてくださいね」
 その場は解散となった。
 静かな教室を後にする。
 寂れたように廊下は冷たくなっている。窓から覗いた運動場。透き通った青色に見える。どこか居心地の良い青色だ。
 部活動。もしかしたら新しい住処となるのかも知れない。
 その色に期待を込めながら歩んでいった。

 ガチャン。鍵でドアのロックを解除する。「お邪魔します」家の中へと入った。
 ローファーを脱ぎ、玄関に揃え他人の家の中を歩く。
 二階へと上がり誰もいない空虚な部屋に荷物を置いた。
 ベッドの上で仰向けになり、スマホに触れる。
 芸能人が離婚して騒動を起こした。法案を提出された。どこかの国でデモが起きた。そんなトピックが全面に踊り出る。
 見ていて空しくなる。
 どれも惹かれない。芸能人が離婚したことなんて自分とは何ら関係ない。法案が提出されたことで苦しい今が変わる訳ではない。デモが起きてこの世界の摂理がひっくり返るなんてことはほぼない。
 ニューストピックのコメント欄を見た。きっとほとんどは己自身に関係ないことだ。それなのに、さも自分のことのように、激しい批判をする人々が書き込んだコメント欄。
 上に伸ばしていた腕を横に落とした。
 やはり理解できない。こんなくだらないニュースが話題になることも。そんな話題に熱狂的になっている人間も。
 天井は白かった。
「なぜ人は自身と無関係なことに熱中するのでしょうか」
 大の字に手を伸ばし見上げる白。その白に問いかけても何も返事は返ってこない。
 ニュースも見飽きた。
 ただ何となくメモのアプリを開いた。そこに書かれている昨日一日の日記。最後の一文字に「あんたに似た桜の妹がいる。そいつと話してくれ。きっと気が合いそうな気がするんだ。二階の右て、二つ目の部屋。入室厳禁だからドア越しで」とある。
 二階。右側。二つ目の部屋。
 ドアをノックし、その場に座る。
「ヒガナさん。あなたとお話させていただけませんか」
 すぐに返事が返ってきた。
「双葉……さん、だよね」
 その口ぶりは疑心暗鬼を示している。異変に気づいたのだろう。
「ええ、そうですわ。わたくしは神崎双葉……」
「違う。双葉さんじゃない」
 弱々しくも、どこか芯の隠れた声。
 神崎双葉が正解で、それは間違いではない。
 けれども、彼女の知る神崎双葉ではなかった。その点では正解と言える。
「そうですね。わたくしは双葉でありながら双葉ではないですから」
 一枚のドアという壁が立ち塞がる。
 その壁を通して軽々しい会話をしていく。
 ヒガナは神崎双葉の特異体質について理解した。それと同時に、壁の色が変わった気がする。
 さっきまで崖のような壁だったものがアクリル版の透明な壁に変わった気がした。今なら、その壁すらも壊せそうな勢いだった。
 ガチャン。そして「ただいま」の声。桜の透き通る声が家中に響いていった。
「今日はここで終わりにしましょう」
 廊下から離れて階段を下っていく。
 それから、時間は刻々と過ぎていった。
 パジャマ姿でベッドの上に座る。そこでスマホを取り出し、文字を打ち込んでいた。今日一日の出来事を書き込む。大田透のこと、授業のこと、出席日数のこと、部活動のこと、そして、ヒガナのこと。メモは沢山の文字で埋まっていった。
 暗くなった部屋の中。
 スマホから染み垂れた音楽を流し、目を瞑る。
 青く染まる世界が徐々に赤く染まる世界へと変わっていった。
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