シュガーサマー ビターライフ  ── Sugar Summer Bitter Life ──

風良桑 るな

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三章 クレインズ・ガーデン

 一 ──

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 埃っぽく乾いた空気が流れる部屋。そこに置かれた机に紙を置いた。
 薄暗い部屋を照らす淡い蛍光灯。
 部活に関係ない器具には埃がつく。近くを通ると埃が宙に舞う。
 放送室。その横にある準備室。
 その中はクラボラ部に譲られた。
「体験入部で一人入部する二年生がいます」
 新しい仲間。増える仲間を楽しみにしていた。
 二年六組、神崎双葉。
 その報告から二週間が経った頃、彼女はようやくこの部屋に顔を出した。
「あ、双葉さん! 来てくれたんだねー」
 武馬 文香ぶま ふみかは無邪気に喜んだ。手を引き中央に連れていく。それが彼女なりのスキンシップだ。
「ええ、体験入部届けを出した以上は顔を出さないといけないと思いまして」
 そう言っても、それから二週間は経っている。
 顔色一つ変えずその場に佇む。凛と佇むその姿は他人を受け入れない冷たさを放っていた。
「今日は顔を出しただけですのでこれで失礼しますわ」
 ツン。そんな効果音を出しながらそのままこの部屋から去っていく。
 呆気なさに気を取られその場が凍る。
「なんかー、冷たくない。もっと楽しめばいいのにー」
 彼女の冷たいオーラに心も凍て付きそうだ。
「やっぱり変わっちゃったな……」
 その日から再び顔を出すことなく、部活動が休止時期に入った。
 テスト週間に入る。それぞれが赤点や学年順位、以前の自分自身に敵対し、勉学に励む。一人孤独な空間で打ち込む者。図書館の静寂に身を投じる者。仲間達と協力する者。各々がテストに向けて努力をしていく。
 この期間は部活は休止だ。
 ある日、たまたま神崎と鉢合わせる。話す言葉が思い浮かばず、思わず勧誘した。
 しかし「今はテストに打ち込んだ方がいいと思いますわ」と言われ、為す術なく諦めることになった。
 時計の針が刻々と過ぎる。
 五月中盤へ入った。テストも返され再び部活に打ち込む時期。そんな中でもあれ以降、彼女が来ることはなかった。

 夕暮れの下、自転車で黒い道を進んでいく。
 いつもとは違う帰路を通っていく。
「もう少しテスト勉強しとけば良かったな」
 そんな戯言を誰もいない空気に放った。横を通っていく車が声の波を掻き乱し消し去る。
 人一人が通れる小さな道。静かな音を鳴らして進む。
 その小さな道は広がりを見せた。真っ直ぐ、右、右斜め。その三つの道に別れてゆく。家に帰るには真っ直ぐの道なのだが、その時は何故か寄り道をしたい気分だった。
 誰かが呼んでいるような。きっと風が呼んでいる。
 右に曲がって大通りまで進み、そこから左折を繰り返して家に帰る。その途中で迂回でしか通らないコンビニに寄ることにした。
 三つの分岐点から右を選ぶ。
 曲がってすぐ左には公園がある。その公園に立つ木に背中を預けている一人の少女。その顔に見覚えがあった。
「あれ……神崎さん。なんでそこに」
 すぐにハンドルを右に曲げた。急カーブによって百八十度回転し、再び分岐点へと戻る。
 今度は右斜めにあった道を選ぶ。
 その道に隣接する自転車置き場。そこに自転車を置いてゆく。
 神社へと続く砂利を駆けていく。
 途中で右に方向に転換。公園に繋がる道を通り、やってきた先には神崎双葉がいた。
 その奇遇な発見。思わず声をかけた。
 だが、想像していた返答とはかけ離れた返答が返される。「てめぇ、誰だ?」
 体が硬直した。
 惚けている訳ではない。真剣な目に近い嘘ではない目。どう反応すればいいのか分からない。
「え、僕は、ボランティア部のキャプテンで……」
「ボランティア部? 何だそりゃ」
 クラボラ部すら知らないようだ。
 まるで今までの記憶がなくなったみたいな。
「同じクラスの大田透……」
 充血で赤く濁った目で見られている。
「そうか。一学期の初めに、あたしをチンピラから助けてくれた奴か。そんときはありがとな」
 嘘のようだった。
 感謝はもう言われている。どこか記憶が欠損しているのだろうか。話がすれ違っている。「今日はどこかおかしいよ」心配が理性を飛び越し、思わず口に出す。
「はぁ、何がおかしいんだ。言ってみろよ」
 威圧的な返しにたじろいてしまった。そうくるとは思っていなかった。
 言葉が何一つ出てこない。
 夕焼け色の公園でいつの間にか二人だけとなった。
「まあ、あんたは知らなそうだから、言っとくけど、今のあたしはあんたの知ってる双葉じゃねぇぞ」
 そんな事を口にしながら、歩行者道路へと飛び出した。
 その後ろ姿は謎に包まれていた。
 誰もいない薄暗い道を走らせていく。
 途中にある駐車場に自転車を置き、コンビニの中へと入る。定番のメロディーが店内に鳴り響いた。
 レジで肉まんを購入しフードインに持っていった。
 カウンター型の一人席に腰をかけ、窓の向こう側に映る薄暗くなった風景を眺める。
 流れゆく車の羅列。
 神崎の伝えた「今のあたしはあんたの知ってる双葉じゃねぇぞ」の意味深な言葉。どんなに時間が経とうとその意味が分かりそうにもなかった。
 いつの間にか、手元の肉まんは中の具材を食べ終え、一口分の白い生地だけになっていた。
 一気に口の中へと入れる。いつもは美味しいと心の中で叫ぶところだが、今日は美味しいと叫ぶことはなかった。
 鞄からスマホを取り出す。時刻は夜となっていた。
 定番のメロディーを鳴らして暗くなっていく場所へと出た。自転車で車の流れゆく道路の脇道を走らせていった。
 いつもは長いと感じる帰路でさえ、今日はいつの間にか家へと着いている。
 解けそうで解けないなぞなぞのような、そんなものを頭の中で解こうとしている。
 そのまま真っ暗闇の部屋で、その隅にあるベッドの上に横たわる。結局解けずに就寝の時間を迎えようとしていた。
 意味が分からない。
 ありえないようなことが、現実というありえる世界で起きている。人間なら誰しもが持つ好奇心が刺激されていく。そのせいか、真っ暗闇の中をそっと瞼を開いた。
 暗闇に慣れた目が天井の輪郭を捉える。
 言葉遣いがお上品で丁寧。感情が乏しく冷たい。それが彼女なのだと思っていた。けど、今日は言葉遣いが崩れていて乱暴。感情が激しく威圧感がある。まさに正反対の性格。
 明日、本人に聞いてみよう。そう心に言い聞かせることで心残りのなぞなぞに終止符を打つ。それでも脳は本能のまま解こうとし、ふとスマホを手に取ると、時間は夜の三時を示していた。
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