シュガーサマー ビターライフ  ── Sugar Summer Bitter Life ──

風良桑 るな

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三章 クレインズ・ガーデン

 三 ──

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 クラボラ部の金曜は発表で始まり発表で終わる。
 配られたプリントには愛知県のマイナスな面が列挙され、それをイラストを用いながら完結に説明されている。翔哉の得意げな真面目な口八丁に耳を傾け、それに目を通す。
「愛知県は交通事故による死亡率が多く都道府県のワースト首位によく立ちます。僕は愛知県でワースト一位と聞いたら交通事故死が思いつきました。しかし、僕が参加した講習会では交通事故ではなく空き巣被害について取り上げられました。実は愛知県は空き巣被害もワーストなんです」
 一番上にあるプリントを一番下のプリントの下へと入れる。そのまま、上にきた二枚目のプリントに目を通す。その後に「それでは次のページを見てください」と言われた。早すぎたと思い、ここからは目ではなく耳を重点的に傾けることにした。
 話は淡々と進み四枚目にきた。
 ようやく終盤と言うところだった。
「それで僕達は過疎化が進む地域を観光地化させ、空き巣を新しく宿になるよう作り直していくように……って」
 何かに気づいたようだ。
 視線を辿るとそこにはボーッとしたヨッシーがいた。よく見るとプリントはまだ一枚目であり、様子を見ても彼の発表を一切聞いていないことが分かった。
「お姉ちゃん、僕の発表聞いてる?」
「えっ、あっ、聞いてる、聞いてる。ちゃんと聞いてるよ」
 慌てふためき聞いてる素振りを見せるが、聞いていなかったことなどバレバレだ。
 その後も反省の素振りはなく、どこか気の抜けたように上の空でくうを眺めていた。
 発表は終わり、部活も終わった。
 それぞれが荷物を片付け部屋から出ていく。
 いつも最後になる僕はその部屋に取り残されているはずだった。
 明らかに帰宅の準備すらしていなくて、席を立って動かないヨッシーの姿は、どこか不安にさせる。体調が悪いのだろうか。心配になる。
「ねえ、体調でも悪いの?」
 我に返って「ううん、大丈夫」と言っているが、全然大丈夫そうではなかった。
 普通なら避けるはずの机にぶつかりバランスを崩す。
 どこか不安定なその足取りが心配を増幅させていく。
「大丈夫じゃないよね。保健室に連れてくから、無理しないで」
 その気遣いに感謝を述べられた。
「体は大丈夫なの。たださ、悩み事があってさ」
「悩み事?」
「うん、友達の様子がいつもとおかしくて。それでその理由を聞いてみたら、とても重たくてさ」
 部屋の空気が重くなった。
 聞いてはいけないタブーが目の前にひらひらと漂っているようだ。気になって手に触れれば、きっと大きな壁が倒れてきて潰される。
 後ろの壁に怯えてそのタブーに触れることはできない。
 そのまま触れずに終わってしまうのだろうと思った。まさか自ずと当たりにくるとは思っていない。
「ねぇ。クラボラ部なら引きこもりを何とかできるのかな」
 引きこもり──。サラリと流れてゆくが、とても軽々しいものではなかった。
 重い話題。考えるには時間が短い。素の考えを混ぜながら返していく。「僕達だけじゃ何ともできない気がする」
 本音だった。
 冷たく跳ね返す一槍。けど、これには続きがあった。
「だけど、手助けをすることはできると思う。だって、僕らはボランティア部。助けるのなら得意分野だよ」
 ヨッシーの機嫌は良くなった気がする。さっきよりもどこか表情が柔らかくなったように見える。
 そうなってからは速かった。
 すぐに立ち直り、軽やかなステップを踏めるまでになる。
「じゃあさ、透っち。今週の日曜日に打ち合わせをしたい。明後日、暇だよね?」
 急すぎる。しかし、日曜日の予定は何も無く、それを断ることはできなかった。
 元々あった家でゴロゴロしながらゲームをするという予定は儚く消えた。
 勝手に入れられた予定。集合場所は行きなれていない洒落た喫茶店。スマホのスケジュール表に予定を書き込んでいった。

 急な約束。その日は晴天だった。
 白を基調とした外装。内装は明るかった。
 ヨッシーに連れられて四人席に座る。奥の席に座る。逃げ場を失った気がした。対面して二人の女子高生が座る。
 女子三人に男子一人。どこか気まずくなっていく。思わず周囲を見渡したが、みな己に手がいっぱいで周りの様子は興味がないようだ。
 洒落た店内。意を込めたメニュー表から飲めそうなものを頼んだ。それに追随して食べ物やドリンクが頼まれる。
 運ばれてきたメロンソーダ。緑色に透き通る液体の中で無数の泡が現れては上へと上り消えていく。上層部を支配する白色の生クリームとアイスクリーム。少し背伸びした飲み物を口につけた。
 他の三人もドリンクが運ばれる。
 そして、その後に大きなスイーツが運ばれた。大きい皿に乗ったそれが机の真ん中に堂々と座る。
 柔らかくふんわりとしたシフォンの上には生クリームとカラフルなフルーツたち。それぞれが絶妙なハーモニーで降臨する。
「食べてみたくて頼んでみました。いつもは食べきれるか不安で頼めなかったけど、今日は男子がいるし心配しなくていいからありがたい」
 勝手に保険にされている。そして、どこか圧がかかっていく。
 草食系男子であり、正直に食べ切れるという自信はない。ただ、彼女達の純粋で圧倒する瞳に屈し、そんなこと言えなかった。
 楽しみながら口に甘い贅沢を入れていく。
 これは重い話題の前座であった。行きは良い良い帰りは怖い。まだ甘くて優しい行きの道。これ以上、進むと怖くて重い道が待っている。
 アイスが溶けて緑の海に白い液体が注ぎ混まれていった。残り僅かの液体を口の中に入れていった。
 真ん中にあったスイーツは、もう四分の三はなくなっていた。
 ここまで本題に入ることはなく、スイーツのせいで逸れた話題が続いていた。だが、全員の手が止まっているところで重く進む話題が現れた。
「桜の妹が、もしかしたら自殺を図っているかも知れないんだ。いつも部屋に閉じこもって出てこないから何にもできなくて」
 目の前のフォークを持てない。
 シフォンが重みで潰れていく。
 桜の横に座る女が頬杖をついていった。
「仮病で学校サボってバイトしてたらさ、偶然、不審な動きをする女の子が店にいたんだよね。それもどこか桜に似てるなーって思って隠れて写メ撮ったらビンゴだったんだ」
「妹の写真が送られてきた時はビックリしたよ」
 仮病。学校をサボる。バイト。隠れて写メ。自身の常識から外れていてついていけない。どうみても同じ学校の生徒。日向高校では、サボるのは当然のこと、バイトも禁止されている。不真面目な存在がまぐれでこの奇跡を生み出していた。
「その子、何を買っていったと思う? それが縄を買っていったんだよね。不審な動きに、縄、そして引きこもりという現状。きっと自殺行為に使うんだと思ったよ」
 様々な物の置いてあるホームセンターの店内。
 その縄が売られたコーナーでキョロキョロと見られていないかを確認する女の子。その様子を見て、ポケットに隠していたスマホで無音のシャッターを開いたのだった。
「はやく何とかしないと死んじゃうかも──。って、思って、怖くて……」
 涙が滴り落ちていく。息がはやくなっていく。
 背中をさすられながら、気持ちを昂らせ、涙をこぼしている。
 周囲の視線が集まっていった。
「できれば……クラボラ部の皆に何とかして欲しくて。引きこもりの妹を救いたい──」
 無言が続いた。
 突然、桜の横にいた女の子がスマホを取り出した。「ごめん。バイトがあるから」彼女はそのまま退出した。
 三人が席に取り残された。
 いつしか涙袋な水も乾いていた。
「ごめんね。やっぱ無理かな──」
 いたたまれなかった。できるとも言えないが、できないとも言えない。思わず無言でいたが、口を動かすタイムリミットが迫っていた。
「いや、何とかする。一応、先生にも相談して考えてみるよ」
「ありがとう」
 残りの食べ物をフォークで切り取った。
 メロンソーダを飲み干す。会話の終えた僕達は、時々覗く視線を掻い潜りながら店内を出ていった。
  何とかする。そんなこと言っても、何とかできるビジョンがない。口先だけのその場凌ぎだった。
 それでも何にもしない訳にはいかない。
 僕は職員室で、名目上の顧問の先生に相談した。
 難しい顔で悩んでいた。
「高校生だけで何とかできる問題じゃないな。けど、何とかしないといけないな。そのことはその子の両親には話してはあるのか」
「話してあると聞きました。それでも部屋から出てこないらしいです」
「なるほどなー。少し、情報を確認したい。今度、出雲さんと話してみるから、この続きはその後に考えよう」
 職員室から鍵を取って部室へと進んだ。
 後日、桜と話した先生は僕を相談室に呼んだ。
 二人しかいない部屋の中で口を開いていく。
「話を聞いたところ一筋縄ではいかなそうだ。原因は友達か地域か学校か。聞いている所だと家が原因で引きこもっている訳じゃなさそうだった。こうなると、君たちの力じゃ根本を解決することはできないと思う」
 覚悟はしていたが、それでも申し訳ない思いで胸がいっぱいになる。その気持ちを外に逃がすために言葉を探す。
「部屋から出すことはできないんですね」
「いや、それはできるかも知れない。問題はそこじゃないんだ。例えば、その子が君たちに心を許して自殺を止めようとしたとしても、君たちの目が届かないところでまた心に傷がつくかも知れない。友達か地域か学校か分からないけど、そこにもう一度引きこもる原因があって、再び引きこもってしまったら、今度は君たちの声は届かずに手遅れになる可能性が高い」
 複雑に絡んだ毛糸のように、傷一つつけずに解くのは困難な程まで難しい問題に首を突っ込もうとした。
 現実の世界、いわゆる大人の社会。そこから危険を守る学校の中ではほとんどが正解か不正解かの二つに分かれる。しかし、この引きこもりの問題は現実の世界の問題。正解だったか、不正解だったか。そんなもの後々振り返ってみなければ、誰しもが分からない未知に澄んだ問題。
 調子に乗っていた訳じゃない。だが、冷めてしまった頭は諦める方向を向いていた。
 頭の中で「はやく何とかしないと死んじゃうかも。って、思って、怖くて」という言葉を思い出す。無言でグルグルと繰り返し喋っている。
 下手に手出しすれば、最悪、手遅れになるかも知れない。
 それよりも、何もしなければ手遅れになる方が問題だ。
 何もしないよりも何かして小さな希望に掛ける方がいい。
「それでも助けたいんです。時間の問題なんです」
 退く気はない。
 気圧されたのか彼は諦めたかのように話していく。
「分かった。じゃあ、部屋から出ないその子を外に出れるように頑張って欲しい。それから後は先生に任せて。今まで顧問なのに殆ど何にもしてなかったツケが回ってきたんだ。そう思って全力で取り組むよ」
 先生から許可が降りた。
 だが、これはまだ序の口。次は部活のメンバーにも話すステージ。これは一人ではなく皆でやるべきだと、先生から助言を受けた。
 毎週月曜の定例会。その機会に桜の妹を救うことについて伝えた。
 だが、全員が賛成するのではなく、賛否両論だった。
「僕らがそんなことやったって無理だと思います。それに、どのように外に出すんですか」「夢も同じくです」
 後輩は二人とも反対意見だった。
「俺はやるべきだと思うな。そうしないと、きっと後悔すると思う」
 勝呂先輩は賛成意見だった。
 賛否が激突する。
「お願いです。一生のお願いだから、一緒に救って欲しいです」
 ヨッシーが部屋に轟かせる勢いで切り出した。切実な願いで頭を下げられた。それには頭が上がらなかったのか、反対派は諦めたかのような態度をとった。
「何か対策はあるんですか」
「いや、まだないです。これからみんなで知恵を絞って案を出そうと思います」
 クラボラ部に届いていた依頼届けを横に退かした。
 最優先はこの依頼じゃない。
 僕らの引きこもり救出ボランティアは幕を開けたのであった。
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