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1巻
1-3
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「調達人、早かったな」
「黄妃様におかれましても、ご機嫌麗しゅうございます」
「前置きはいい。それで、妾の望むハクタクが手に入ったのか」
直接言葉を交わす許可が得られたとして面を上げる。
「こちら甲州に赴きまして白き瑞獣、ハクタクを調達して参りました」
黄妃は目元を潤ませ、懐かしい友人を見るような瞳でハクタクを見つめている。
「ハクタク? 妾のハクタクか?」
その呼びかけにハクタクが応える。
その鳴き声を聞くと、黄妃は衣が汚れることも厭わずにハクタクの首に抱きついた。
「ああ、この鳴き声、間違いなく妾のハクタクだ!」
「はい、白き瑞獣について黄妃様のご生家になにか伝承でも残されていないか伺ったところ、黄妃様のご要望通りのハクタクを得ることが叶いまして。他にも黄妃様への献上品を預かってきた次第にございます」
分厚い手紙を渡すと、その字に見覚えがあったのだろう、黄妃はとても懐かしそうな目をした。
「それで、このハクタクは調達人のお前が妾のために探し出してきたものと通せば、後宮で飼うことが可能なのだな?」
「はい。このハクタクは、黄妃様が皇帝陛下のご統治が栄えあるものになるようにと探し求めていた吉兆の証。大切に後宮で飼育するように手筈を整えてあります」
「皇帝の統治……? いや、妾はそのような意図では……あっ! なるほど、確かにそのような名目があれば、なにも言われることはないな」
「ええ、黄妃様がハクタクと名付けられたのも、その伝承を引用なされたのも、すべて善きほうへ進みました」
そう、正式な許可を得て後宮に持ち込まれたのだ。苦情を言ってくる相手もいまい。
「見事だ、調達人。妾はどの伝承の中にいる瑞獣でもなく、妾によく懐き、妾の言葉を理解して寄り添ってくれるこのハクタクが欲しかったのだ。入内の際は、認可されていない獣は連れていくことができないため泣く泣く諦めたのだが、お前はきちんと妾が必要としているこの子を連れてきてくれた」
黄妃はハクタクの毛並みを撫でながら、少しだけ悪戯めいた瞳で私に問うた。
「して、白き獣は妾の家ではたくさん集められておる。どうしてこの子が妾の愛するハクタクだとわかったのだ?」
その問いに、私はにこりと微笑む。
「なに、簡単なことでございます。黄妃様は依頼の際におっしゃったではありませんか」
生家に白色の動物がたくさんいる中で、どうしてこの一頭が黄妃の求めたハクタクだと確信が持てたのか。
それは確かに提示されていたのだ。
「黄妃様、もう一度、ハクタクをお呼びくださいませ」
「……ハクタクや」
「ぶべぇぇぇ」
なんとも気の抜けるというか、特徴的な返事をする白い牛。
「他にも白い獣はおりましたが、このハクタクのように……なんと言いますか、人間くさい返事をする動物はおりませんでして……」
「ぶべぇぇぇぇ」
こう、おっさんがくしゃみをする前の溜め、のような返事というか。最初聞いたときには少々驚いてしまった。
「白沢は白き毛並みに額に第三の目、牛に近い存在で人の言葉を解する知性を持つと言います。まさしくこの子は呼びかければすぐに応え、人の言葉を理解する頭のよさもある。幼少の頃に付いたものだと思うのですが、額にも一本傷がありますね。それでこの子が黄妃様のおっしゃっていたハクタクではないかと思いまして」
「うむ。まさにそうなのじゃ。子牛の頃に家で保護したのじゃが、この牛ならぬ鳴き声のせいで他の牛からもいじめられておってな。妾が手ずから餌をやり、寝床を整え、可愛がっておったのじゃ。父上に見つかり姫がすることではないと叱られてしまうことも度々あったが、妾は繊細な刺繍を入れられた衣より、綺麗な石で飾られた装飾より、こうやってハクタクや他の白い生きものを世話していたほうが何倍も楽しかったのでな……」
黄妃は、後宮で得られる地位や権力にはあまり興味がないようだった。
「さすがは甲州のお生まれでございます。甲州を治める黄妃様のご生家では、長年にわたり白色の動物を保護していらっしゃるとのことでした。女中の話によりますと、お父上様も世話をするのがお好きだったとのことですね」
「なんと……父上も好きならば、妾が世話をするのを止めなくてもいいのに。父上だけずるいぞ」
「黄妃様は後宮への入内を望まれた尊きお方ですので。きっと似たところを嬉しく思いながらもお止めしなければならなかったのでしょう」
「むぅ。まぁ、快くハクタクを送ってくれたのでよしとするか。調達人、見事であった。よくぞ妾の望むハクタクを届けてくれた。お前を通して得たのならば、規則破りにもなるまい。褒美をとらせるぞ!」
ハクタクも主に久しぶりに会えたのが嬉しいのか、ぶべぇぶべぇと喜んでいる。
「は、ありがたき幸せでございます。ただ、私はハクタクについてご生家を訪ね、譲っていただいただけでございます。旅費などの諸経費は後宮から出るものでございますので、そのお言葉だけで大変光栄でございます」
「ふむ、そうか? お前は手間を惜しまずハクタクや実家の荷を送り届けてくれたではないか」
「個人的な土産についても過分にいただいておりますので」
「それでは気がすまぬ」
「黄妃様、でしたらひとつお頼みごとがございます」
「おお、なんでもいいぞ」
「こちら、さる妃様から黄妃様への贈りものでございます。こちらの書物と装飾品をお受け取りいただけますでしょうか」
「書物……後宮に来たときに渡された指南書もまだ読み終えていないのに……どの妃に礼を伝えればいいだろうか」
お付きの女官は装飾品に顔を綻ばせたが、黄妃はそちらにはあまり興味がないのか、差し出された指南書に眉をひそめる。
「後宮内にて公平であることを望まれる尊き方です。礼は不要と名乗りをあげられませんが、近日なにかの折……宴の席などで作法や装飾品の披露をしていただければ大変お慶びになるのではないかと思います」
「だが気が重いのう。妾は後宮での作法もままならないのに……」
「でしたら、後宮に長くいらっしゃる方で、作法に大変お詳しい妃様……たとえば朱妃様をお頼りになられたらいいかと」
「朱妃……入内の際に一度お会いしたが、非常に厳しそうな方だったな……。なるほど、公平で作法に厳しい方、調達人との取引も多いのだな?」
「はい、度々依頼を承っております」
「ここではまだいずれの妃とも交流を持てていなかったからな。いい機会だろう」
黄妃は指南書と装飾品を誰が寄越したのか理解したようだ。
黄妃の望みを叶え、朱妃からの依頼の品を渡すだけではなく、黄妃と朱妃の繋ぎを作った。今回の依頼は成功といえるだろう。
「実に見事だ。調達人、名はなんという」
「はっ紅姑娘と申します」
「紅姑娘だな、しかと覚えたぞ。それにしても……」
黄妃は私のことをじっと見つめ、感心したように宣った。
「お前のように小さな童が調達人として働くとは。最初は御用聞きだけかと思っていたが、実に立派な童じゃな!」
黄妃はにこにこと笑い、どれ茶菓子に出した月餅をもっと食べるといい、大きくおなり、と勧めてくれるのだが。
この背丈と童顔のせいで皆誤解するが……すでに成人しているのだ。
皆お菓子だの練り飴だのをくれるが、これ以上は上に伸びずに横に膨らむ。
噂話を集めるには子どものふりが都合がいいこともあるのだが、舐められることも見くびられることも……下手すれば迷子扱いで役所に届けられそうになることもある……
私は成人しているのよ……
無垢な厚意に水を差すこともできず、半笑いで月餅を受け取った。
幕間一 紅炎よ、赤く色づき鬼燈を灯せ
とてとてと後宮へ続く道を歩いていく。
前の依頼から数日が経った今日、御用伺いのために朱妃のもとへ向かう。
先に通達があったのか、朱妃宮に行くとすぐに通された。
深く拝礼すると、朱妃が面を上げよと伝えてくる。
今回は馴染みの女官がお茶を淹れてくれた。客用のいい茶。どうやら新しい女官はまだ入っていないらしい。
「紅姑娘よ、この前はよき計らいをしてくれた」
おや? 朱妃の衣はいつもの朱のものではなく、白系の落ち着いた色だ。
「ああ、これは黄妃が後宮の作法の教授の礼として、私にくれたものだ」
確かにその衣は、この前黄妃の生家が彼女に贈った絹織物から作られているようだ。
「すべてつつがなく終わったのでしたら、なによりでございます」
「黄妃は誠に聡い娘だ。一を語れば十を知る。それで、彼女からそなたへの礼をいかがすればいいかと相談されてな」
「礼、ですか?」
この前はよき土産などをいただいてしまったし、必要経費は管理者からしっかりもぎ取っている。
「金子に関してはあまり意味をなさないだろう。それよりもそなたの望むものを伝えると、黄妃は快諾したな」
「朱妃様、なにをお伝えなさったのでしょうか」
「妃からの推薦状、といえばわかるだろうか?」
美しい朱を引いた唇が弧を描く。推薦状……それも後宮の妃からのもの。
「もしかして、籠の許可のための推薦状でございますか!?」
「ああ、そなたの鈍足では徒歩は険しかろう。後宮に籠は持ち込めぬが、広い宮殿の中を進むには便利だろう。そう黄妃に伝えると、早速推薦状を書き記しておったぞ」
そうして朱妃の後ろに控えていた女官が黄妃直筆の推薦状を渡してくれる。
やったー! あと一人分の推薦状で籠が雇える!
「朱妃様、ありがとうございます。黄妃様にも深く御礼を申し上げます」
深々と心からお辞儀した。
「ふふ、推薦状、よきように使え。これからもそなたに調達を頼むことになるのだからな」
「はい、紅姑娘、これからも精進する次第でございます」
早速朱妃と黄妃が連名で茶会をおこなうということで、その茶葉を仕入れてくるよう依頼を受けた。依頼されたのは普段後宮に納品される茶葉ではなく、少し特殊な茶葉だ。仕入れ先はある程度目星がついている。
また、黄妃からはそこに出す茶菓子として甲州のものを使いたいという依頼状を受け取った。そちらもこの前甲州からの帰り際、送ってくれた御者から都に出している店を教えてもらっていた。
どちらもすぐに用意ができそうだ。
「ご依頼承りました」
再度深く礼をとり、下がろうとすると、朱妃が噂話だが、と話を続けた。
「のう、紅姑娘よ。そなたは神獣や鬼や妖怪の存在を信じるか?」
「内容によりますでしょうか……」
ハクタクを瑞獣と言い張った手前、曖昧に答えてにこりと笑う。
「どうやら女官たちが聞いた噂では、宮殿の近くに大木のような鬼が現れるそうな。そなたも気を付けるのじゃぞ」
鬼ねぇ。どうにも現実味がない。
鬼よりも怖い者たちがこの宮殿にいくらでもいるのに……なんて思いながらも、気を付けて参りますと言って御前を辞した。
第二章 調達人、鬼と遭遇する
そこは宮殿の奥。
愛憎渦巻く後宮のひとつ手前の建物の中。
一度後宮に入れば二度と出ることが叶わぬ妃たちのために、遠方より集めた品々を管理者に卸す部屋があった。
「本日の納品はこちらにございます」
調達人の私は、管理者が検品している間、伏して部屋の板の目を数える。
朱妃には茶会のために取り寄せた特別な茶葉。黄妃には甲州名産の茶菓子。どちらも最高級品質のものを用意した。
今日は後宮への御用聞きはせず納品だけなので、直接管理者に受け渡しをしている。
「……朱妃と黄妃への品、確かに確認した」
どちゃりと貨幣が詰まった袋が床に落とされる。
慰労に手ずから? ないない。顔を上げないようにしつつ、しゅっと手を伸ばして袋を掴むと引き寄せて懐に入れる。
この管理者は、人使いは荒いが金払いはいい。中身を確認したくなるのをぐっと堪えて、床に額が擦れるほど深く頭を下げる。
「ありがとうございます。また五日後に御用を聞きに参ります」
すっと管理者が立ち、品を持って部屋を出ていった。
はー、無駄に緊張した。
伏せていた顔を上げ、ぐぐっと身体を伸ばしてから立ち上がる。
とてとてと歩いて部屋を出て、また遠い宮殿の入り口まで行かないといけないのか……とげんなりする。
人の背丈の胸ほどまでしかない身では、門までが遠すぎる。
成人しても低身長。そのため、子どもに間違われるなんてこともある。
籠があれば随分と楽なのになぁとトボトボと歩いていく。
後宮は広い宮殿の奥にあるので、入り口からそこまで行こうとすると、私の足では四半刻(三十分)は必要となるのだ。
嘆いていても仕方がないと歩きながら、耳をそばだてる。
「ねぇ、聞いたかしら。あの将軍様のお話。そう、そうなのよ。あの寡黙で美貌の御方が行方不明だと聞いて……」
「また人が消えた? 今年に入ってから何人目だ?」
「朱妃様にも困ったものだよ。また女官を首にして。また良家の才女を探さなければ……」
「虫!? あ、すまない。大きな声を出して……また混入されていたのか……緑妃様もお可哀想に……嫌がらせなんて……」
「あなた桃妃様付きになったの? おめでとう! 桃妃様はそれはそれはお優しい方だそうだから安心ね!」
「もうすぐ宴が始まるというのに、納品物を間違えたって?」
「白妃様はいつもしゃなりと歩いていらっしゃるの。纏足がとてもお可愛らしく……あの方ほど儚げな妃様はいないものね」
「隣国の様子がおかしいと……まだ推測の域なのだが……」
「星見の一族から一人、女官が入ったのだが、どうやらわけありのようで……」
「鬼? なにを言っているんだ? そんな話あるわけないだろう!」
「こ、こんなものが今流行っているというのですか!? まあ、なんてこと……」
「まだ皇太子となられる方は決まっていないのか……皇帝の子は女児が一人。先が思いやられるな」
すれ違いざまに色々な話が耳に入ってくる。
小声で話しているのは女官や官吏など。
噂話には、とても重要な情報が含まれることがある。
ひとつひとつを取ってみれば大した内容に思えないものでも、内容を精査し予測を立てれば重要な武器になる。
小さくて侮られることの多い自分の武器は、相手に警戒されにくいこと。
童が迷い込んだのかと見逃される。視界に入っているのに、意識に上がらない。
だから皆ほんの少しだけ油断する。
そして、私の特性である耳がいいという点も非常に有利だ。
相手が小声で話していても、その話を拾うことができる。
善く聴く耳を持ち、善く観る目を持ち、善く沈黙する口を持つ。
これが後宮に出入りする調達人として大事なことだ。
とてとてとて……べちっ。
「へぷっ」
……なお、聴くことに夢中になって、転ぶことや、ものにぶつかることもままある。
生き残るための思考力を得た代わりに、運動能力をどこかに置いてきてしまったようだ。
辛い。
「まだ着かない……遠い……籠が欲しい……」
いや、ただの調達人に籠なんて使わせてくれないのはわかっているけど……。辛い。
てちてちと短い足で歩いて、やっと正門まで来た。
「おじちゃん、お仕事終わったよ」
「おっ、調達人のお嬢ちゃん、偉いなぁ。よしよし」
門番の兵士とは良好な関係を築いている。顔を覚えてもらうの大事。雑談ができる程度の関係性を築くの大事。
この門番は子どもが五人もおり、子煩悩。だから話すときも、あえて子どもっぽい話し方に寄せるようにしている。
「そういやな、最近文官の出入りする東門の辺りが危ないそうだからな。近寄るんじゃないぞ」
「東門? なにかあったの?」
宮殿には正面にある正門、文官の勤めどころが近い東門、武官の詰め所が近い西門と三つの門がある。
……いや、後宮に通じる小さな門もひとつあるが、あそこは利用する条件が厳しく、普段は使われていない。
普段私は正門しか利用しないので、東門や西門などの情報には疎いのだけれど。
「それがな、鬼が出るんだそうだ」
「……鬼?」
「ああ。身の丈が大槍ほどあり、恐ろしい顔をしていて、近寄る者たちに『うおおおああああっ』って叫んで襲いかかるんだ」
「ひゃっ!?」
いきなりの大声はやめてほしい。小さく飛び跳ねてしまった。
門番の兵士は怖がらせたと思ったのか、ぐしぐしと乱暴に私の頭を撫でてくる。
「今のところ被害にあっているのは文官がほとんどで、退勤のときに待ち伏せにあって襲われた……って話ばかりだがな」
「待ち伏せ……」
「ああ、東門を出てすぐのところに橋があるだろう? あそこを渡ろうとすると鬼が出るらしいんだ」
「それって追い払えないの? 文官ばかりが狙われるなら、武官に頼むとか」
「武官と文官があまり仲がよくないのは知っているだろう? 武官も鬼なんて戯言だと言って相手にしてくれないんだと」
ふーん……。噂で耳に入った鬼の話は、それのことか。遭遇するのが文官だけだから、信じてもらえないと。
鬼ねぇ。
でもこの世界で一番怖いのは人だ。鬼や妖怪などではなく。
放っておいても問題なさそうだけど……恩を売るにはちょうどいい話だ。
「ねぇ、もしも……その鬼をどうにかすることができたら、ひとつお願いを聞いてもらえないかな?」
「お嬢ちゃんが鬼を? 馬鹿を言ってはいけない。危険すぎるだろう」
「大丈夫だから! 問題を解決するの、得意なんだ。もし私が解決できたら、宮殿で籠を使用するために推薦状をもらえないかな」
「籠の許可? お嬢ちゃんは今まで問題なく調達人をしてきたから、推薦ぐらいいいけど……危なくないかい? 無理だなって思ったらすぐにやめるんだよ?」
「やった! 任せておいて! わぁ、よかった~。推薦状って身元の確かな人じゃないと駄目なんだよね。四枚までは集められたけれど、あと一枚が集まらなくて!」
この門番、ただの人のよさそうなおじさんに見えるが、正門の警備を任せられる程度には家柄がいい。推薦者の身分としても問題はない。
籠を使う許可が下りると、許可を受けた人だけでなく籠を引く人間も一緒に宮殿に入れるようになる。そのため、籠引きを使って要人を害したりしないようにと、許可証の発行は厳重に管理されているのだ。
その許可証を手に入れるには、宮殿にいる身分のしっかりとした推薦人五名の推薦状が必要だ。
管理者からの面倒な調達依頼を達成したり、妃に認められたりして推薦状をもらっていたけれど、あと一枚だけ足りなかったのだ。
これでやっと宮殿内の移動に籠が使えそう。
「ご依頼承りました」
にこっと笑みを作る。
「東門の平和を、お届けいたします」
さーて、噂の鬼をどうにかしに行ってみようか。
◇◆◇
門番が言っていた文官に襲いかかる鬼とやらをどうにかするために、東門に向かって歩き始めたはいいものの……
「地味に……遠い……」
てちてちてちと歩いていくが、なかなかたどり着かない。
なんて構造をしているんだ、広すぎるぞ宮殿。
……いや、皇帝のいるところだから仕方がないのか。
しばらく歩いて、やっと東門にたどり着いた。
門の前でなにやら問答している人影がある。
見ると、どうやら門番と文官が話をしているようだ。
「だから本当なんだって! 本当に、鬼が……鬼がいたんだ!!」
「何度も言うように、橋には調査しに行っている。あれだろう。柳を幽霊に見立てるような見間違いなんじゃないのか? 文官ってのは皆想像力が豊かだそうだからな」
「あれは本当に人外の異形で……! それに知恵があるのか必ず文官が退勤する夕方、暮れの時刻を狙っているんだ! 出入りの多いこの時間帯はあんたたちは門から離れないだろう? もう一度、この時刻に調査してきてくれ!」
「五月蠅い五月蠅い! 仕事の邪魔だ!」
「頼むよ、仕事に支障が出ているんだ! 鬼に怯えて宮に泊まる者も出てきている!」
「おい、そこの者! 入るときには札が必要だ! 紛れて入ろうとするな! しっしっ、この時刻は忙しいんだ。お前たちの与太話に付き合っている暇はない!」
「黄妃様におかれましても、ご機嫌麗しゅうございます」
「前置きはいい。それで、妾の望むハクタクが手に入ったのか」
直接言葉を交わす許可が得られたとして面を上げる。
「こちら甲州に赴きまして白き瑞獣、ハクタクを調達して参りました」
黄妃は目元を潤ませ、懐かしい友人を見るような瞳でハクタクを見つめている。
「ハクタク? 妾のハクタクか?」
その呼びかけにハクタクが応える。
その鳴き声を聞くと、黄妃は衣が汚れることも厭わずにハクタクの首に抱きついた。
「ああ、この鳴き声、間違いなく妾のハクタクだ!」
「はい、白き瑞獣について黄妃様のご生家になにか伝承でも残されていないか伺ったところ、黄妃様のご要望通りのハクタクを得ることが叶いまして。他にも黄妃様への献上品を預かってきた次第にございます」
分厚い手紙を渡すと、その字に見覚えがあったのだろう、黄妃はとても懐かしそうな目をした。
「それで、このハクタクは調達人のお前が妾のために探し出してきたものと通せば、後宮で飼うことが可能なのだな?」
「はい。このハクタクは、黄妃様が皇帝陛下のご統治が栄えあるものになるようにと探し求めていた吉兆の証。大切に後宮で飼育するように手筈を整えてあります」
「皇帝の統治……? いや、妾はそのような意図では……あっ! なるほど、確かにそのような名目があれば、なにも言われることはないな」
「ええ、黄妃様がハクタクと名付けられたのも、その伝承を引用なされたのも、すべて善きほうへ進みました」
そう、正式な許可を得て後宮に持ち込まれたのだ。苦情を言ってくる相手もいまい。
「見事だ、調達人。妾はどの伝承の中にいる瑞獣でもなく、妾によく懐き、妾の言葉を理解して寄り添ってくれるこのハクタクが欲しかったのだ。入内の際は、認可されていない獣は連れていくことができないため泣く泣く諦めたのだが、お前はきちんと妾が必要としているこの子を連れてきてくれた」
黄妃はハクタクの毛並みを撫でながら、少しだけ悪戯めいた瞳で私に問うた。
「して、白き獣は妾の家ではたくさん集められておる。どうしてこの子が妾の愛するハクタクだとわかったのだ?」
その問いに、私はにこりと微笑む。
「なに、簡単なことでございます。黄妃様は依頼の際におっしゃったではありませんか」
生家に白色の動物がたくさんいる中で、どうしてこの一頭が黄妃の求めたハクタクだと確信が持てたのか。
それは確かに提示されていたのだ。
「黄妃様、もう一度、ハクタクをお呼びくださいませ」
「……ハクタクや」
「ぶべぇぇぇ」
なんとも気の抜けるというか、特徴的な返事をする白い牛。
「他にも白い獣はおりましたが、このハクタクのように……なんと言いますか、人間くさい返事をする動物はおりませんでして……」
「ぶべぇぇぇぇ」
こう、おっさんがくしゃみをする前の溜め、のような返事というか。最初聞いたときには少々驚いてしまった。
「白沢は白き毛並みに額に第三の目、牛に近い存在で人の言葉を解する知性を持つと言います。まさしくこの子は呼びかければすぐに応え、人の言葉を理解する頭のよさもある。幼少の頃に付いたものだと思うのですが、額にも一本傷がありますね。それでこの子が黄妃様のおっしゃっていたハクタクではないかと思いまして」
「うむ。まさにそうなのじゃ。子牛の頃に家で保護したのじゃが、この牛ならぬ鳴き声のせいで他の牛からもいじめられておってな。妾が手ずから餌をやり、寝床を整え、可愛がっておったのじゃ。父上に見つかり姫がすることではないと叱られてしまうことも度々あったが、妾は繊細な刺繍を入れられた衣より、綺麗な石で飾られた装飾より、こうやってハクタクや他の白い生きものを世話していたほうが何倍も楽しかったのでな……」
黄妃は、後宮で得られる地位や権力にはあまり興味がないようだった。
「さすがは甲州のお生まれでございます。甲州を治める黄妃様のご生家では、長年にわたり白色の動物を保護していらっしゃるとのことでした。女中の話によりますと、お父上様も世話をするのがお好きだったとのことですね」
「なんと……父上も好きならば、妾が世話をするのを止めなくてもいいのに。父上だけずるいぞ」
「黄妃様は後宮への入内を望まれた尊きお方ですので。きっと似たところを嬉しく思いながらもお止めしなければならなかったのでしょう」
「むぅ。まぁ、快くハクタクを送ってくれたのでよしとするか。調達人、見事であった。よくぞ妾の望むハクタクを届けてくれた。お前を通して得たのならば、規則破りにもなるまい。褒美をとらせるぞ!」
ハクタクも主に久しぶりに会えたのが嬉しいのか、ぶべぇぶべぇと喜んでいる。
「は、ありがたき幸せでございます。ただ、私はハクタクについてご生家を訪ね、譲っていただいただけでございます。旅費などの諸経費は後宮から出るものでございますので、そのお言葉だけで大変光栄でございます」
「ふむ、そうか? お前は手間を惜しまずハクタクや実家の荷を送り届けてくれたではないか」
「個人的な土産についても過分にいただいておりますので」
「それでは気がすまぬ」
「黄妃様、でしたらひとつお頼みごとがございます」
「おお、なんでもいいぞ」
「こちら、さる妃様から黄妃様への贈りものでございます。こちらの書物と装飾品をお受け取りいただけますでしょうか」
「書物……後宮に来たときに渡された指南書もまだ読み終えていないのに……どの妃に礼を伝えればいいだろうか」
お付きの女官は装飾品に顔を綻ばせたが、黄妃はそちらにはあまり興味がないのか、差し出された指南書に眉をひそめる。
「後宮内にて公平であることを望まれる尊き方です。礼は不要と名乗りをあげられませんが、近日なにかの折……宴の席などで作法や装飾品の披露をしていただければ大変お慶びになるのではないかと思います」
「だが気が重いのう。妾は後宮での作法もままならないのに……」
「でしたら、後宮に長くいらっしゃる方で、作法に大変お詳しい妃様……たとえば朱妃様をお頼りになられたらいいかと」
「朱妃……入内の際に一度お会いしたが、非常に厳しそうな方だったな……。なるほど、公平で作法に厳しい方、調達人との取引も多いのだな?」
「はい、度々依頼を承っております」
「ここではまだいずれの妃とも交流を持てていなかったからな。いい機会だろう」
黄妃は指南書と装飾品を誰が寄越したのか理解したようだ。
黄妃の望みを叶え、朱妃からの依頼の品を渡すだけではなく、黄妃と朱妃の繋ぎを作った。今回の依頼は成功といえるだろう。
「実に見事だ。調達人、名はなんという」
「はっ紅姑娘と申します」
「紅姑娘だな、しかと覚えたぞ。それにしても……」
黄妃は私のことをじっと見つめ、感心したように宣った。
「お前のように小さな童が調達人として働くとは。最初は御用聞きだけかと思っていたが、実に立派な童じゃな!」
黄妃はにこにこと笑い、どれ茶菓子に出した月餅をもっと食べるといい、大きくおなり、と勧めてくれるのだが。
この背丈と童顔のせいで皆誤解するが……すでに成人しているのだ。
皆お菓子だの練り飴だのをくれるが、これ以上は上に伸びずに横に膨らむ。
噂話を集めるには子どものふりが都合がいいこともあるのだが、舐められることも見くびられることも……下手すれば迷子扱いで役所に届けられそうになることもある……
私は成人しているのよ……
無垢な厚意に水を差すこともできず、半笑いで月餅を受け取った。
幕間一 紅炎よ、赤く色づき鬼燈を灯せ
とてとてと後宮へ続く道を歩いていく。
前の依頼から数日が経った今日、御用伺いのために朱妃のもとへ向かう。
先に通達があったのか、朱妃宮に行くとすぐに通された。
深く拝礼すると、朱妃が面を上げよと伝えてくる。
今回は馴染みの女官がお茶を淹れてくれた。客用のいい茶。どうやら新しい女官はまだ入っていないらしい。
「紅姑娘よ、この前はよき計らいをしてくれた」
おや? 朱妃の衣はいつもの朱のものではなく、白系の落ち着いた色だ。
「ああ、これは黄妃が後宮の作法の教授の礼として、私にくれたものだ」
確かにその衣は、この前黄妃の生家が彼女に贈った絹織物から作られているようだ。
「すべてつつがなく終わったのでしたら、なによりでございます」
「黄妃は誠に聡い娘だ。一を語れば十を知る。それで、彼女からそなたへの礼をいかがすればいいかと相談されてな」
「礼、ですか?」
この前はよき土産などをいただいてしまったし、必要経費は管理者からしっかりもぎ取っている。
「金子に関してはあまり意味をなさないだろう。それよりもそなたの望むものを伝えると、黄妃は快諾したな」
「朱妃様、なにをお伝えなさったのでしょうか」
「妃からの推薦状、といえばわかるだろうか?」
美しい朱を引いた唇が弧を描く。推薦状……それも後宮の妃からのもの。
「もしかして、籠の許可のための推薦状でございますか!?」
「ああ、そなたの鈍足では徒歩は険しかろう。後宮に籠は持ち込めぬが、広い宮殿の中を進むには便利だろう。そう黄妃に伝えると、早速推薦状を書き記しておったぞ」
そうして朱妃の後ろに控えていた女官が黄妃直筆の推薦状を渡してくれる。
やったー! あと一人分の推薦状で籠が雇える!
「朱妃様、ありがとうございます。黄妃様にも深く御礼を申し上げます」
深々と心からお辞儀した。
「ふふ、推薦状、よきように使え。これからもそなたに調達を頼むことになるのだからな」
「はい、紅姑娘、これからも精進する次第でございます」
早速朱妃と黄妃が連名で茶会をおこなうということで、その茶葉を仕入れてくるよう依頼を受けた。依頼されたのは普段後宮に納品される茶葉ではなく、少し特殊な茶葉だ。仕入れ先はある程度目星がついている。
また、黄妃からはそこに出す茶菓子として甲州のものを使いたいという依頼状を受け取った。そちらもこの前甲州からの帰り際、送ってくれた御者から都に出している店を教えてもらっていた。
どちらもすぐに用意ができそうだ。
「ご依頼承りました」
再度深く礼をとり、下がろうとすると、朱妃が噂話だが、と話を続けた。
「のう、紅姑娘よ。そなたは神獣や鬼や妖怪の存在を信じるか?」
「内容によりますでしょうか……」
ハクタクを瑞獣と言い張った手前、曖昧に答えてにこりと笑う。
「どうやら女官たちが聞いた噂では、宮殿の近くに大木のような鬼が現れるそうな。そなたも気を付けるのじゃぞ」
鬼ねぇ。どうにも現実味がない。
鬼よりも怖い者たちがこの宮殿にいくらでもいるのに……なんて思いながらも、気を付けて参りますと言って御前を辞した。
第二章 調達人、鬼と遭遇する
そこは宮殿の奥。
愛憎渦巻く後宮のひとつ手前の建物の中。
一度後宮に入れば二度と出ることが叶わぬ妃たちのために、遠方より集めた品々を管理者に卸す部屋があった。
「本日の納品はこちらにございます」
調達人の私は、管理者が検品している間、伏して部屋の板の目を数える。
朱妃には茶会のために取り寄せた特別な茶葉。黄妃には甲州名産の茶菓子。どちらも最高級品質のものを用意した。
今日は後宮への御用聞きはせず納品だけなので、直接管理者に受け渡しをしている。
「……朱妃と黄妃への品、確かに確認した」
どちゃりと貨幣が詰まった袋が床に落とされる。
慰労に手ずから? ないない。顔を上げないようにしつつ、しゅっと手を伸ばして袋を掴むと引き寄せて懐に入れる。
この管理者は、人使いは荒いが金払いはいい。中身を確認したくなるのをぐっと堪えて、床に額が擦れるほど深く頭を下げる。
「ありがとうございます。また五日後に御用を聞きに参ります」
すっと管理者が立ち、品を持って部屋を出ていった。
はー、無駄に緊張した。
伏せていた顔を上げ、ぐぐっと身体を伸ばしてから立ち上がる。
とてとてと歩いて部屋を出て、また遠い宮殿の入り口まで行かないといけないのか……とげんなりする。
人の背丈の胸ほどまでしかない身では、門までが遠すぎる。
成人しても低身長。そのため、子どもに間違われるなんてこともある。
籠があれば随分と楽なのになぁとトボトボと歩いていく。
後宮は広い宮殿の奥にあるので、入り口からそこまで行こうとすると、私の足では四半刻(三十分)は必要となるのだ。
嘆いていても仕方がないと歩きながら、耳をそばだてる。
「ねぇ、聞いたかしら。あの将軍様のお話。そう、そうなのよ。あの寡黙で美貌の御方が行方不明だと聞いて……」
「また人が消えた? 今年に入ってから何人目だ?」
「朱妃様にも困ったものだよ。また女官を首にして。また良家の才女を探さなければ……」
「虫!? あ、すまない。大きな声を出して……また混入されていたのか……緑妃様もお可哀想に……嫌がらせなんて……」
「あなた桃妃様付きになったの? おめでとう! 桃妃様はそれはそれはお優しい方だそうだから安心ね!」
「もうすぐ宴が始まるというのに、納品物を間違えたって?」
「白妃様はいつもしゃなりと歩いていらっしゃるの。纏足がとてもお可愛らしく……あの方ほど儚げな妃様はいないものね」
「隣国の様子がおかしいと……まだ推測の域なのだが……」
「星見の一族から一人、女官が入ったのだが、どうやらわけありのようで……」
「鬼? なにを言っているんだ? そんな話あるわけないだろう!」
「こ、こんなものが今流行っているというのですか!? まあ、なんてこと……」
「まだ皇太子となられる方は決まっていないのか……皇帝の子は女児が一人。先が思いやられるな」
すれ違いざまに色々な話が耳に入ってくる。
小声で話しているのは女官や官吏など。
噂話には、とても重要な情報が含まれることがある。
ひとつひとつを取ってみれば大した内容に思えないものでも、内容を精査し予測を立てれば重要な武器になる。
小さくて侮られることの多い自分の武器は、相手に警戒されにくいこと。
童が迷い込んだのかと見逃される。視界に入っているのに、意識に上がらない。
だから皆ほんの少しだけ油断する。
そして、私の特性である耳がいいという点も非常に有利だ。
相手が小声で話していても、その話を拾うことができる。
善く聴く耳を持ち、善く観る目を持ち、善く沈黙する口を持つ。
これが後宮に出入りする調達人として大事なことだ。
とてとてとて……べちっ。
「へぷっ」
……なお、聴くことに夢中になって、転ぶことや、ものにぶつかることもままある。
生き残るための思考力を得た代わりに、運動能力をどこかに置いてきてしまったようだ。
辛い。
「まだ着かない……遠い……籠が欲しい……」
いや、ただの調達人に籠なんて使わせてくれないのはわかっているけど……。辛い。
てちてちと短い足で歩いて、やっと正門まで来た。
「おじちゃん、お仕事終わったよ」
「おっ、調達人のお嬢ちゃん、偉いなぁ。よしよし」
門番の兵士とは良好な関係を築いている。顔を覚えてもらうの大事。雑談ができる程度の関係性を築くの大事。
この門番は子どもが五人もおり、子煩悩。だから話すときも、あえて子どもっぽい話し方に寄せるようにしている。
「そういやな、最近文官の出入りする東門の辺りが危ないそうだからな。近寄るんじゃないぞ」
「東門? なにかあったの?」
宮殿には正面にある正門、文官の勤めどころが近い東門、武官の詰め所が近い西門と三つの門がある。
……いや、後宮に通じる小さな門もひとつあるが、あそこは利用する条件が厳しく、普段は使われていない。
普段私は正門しか利用しないので、東門や西門などの情報には疎いのだけれど。
「それがな、鬼が出るんだそうだ」
「……鬼?」
「ああ。身の丈が大槍ほどあり、恐ろしい顔をしていて、近寄る者たちに『うおおおああああっ』って叫んで襲いかかるんだ」
「ひゃっ!?」
いきなりの大声はやめてほしい。小さく飛び跳ねてしまった。
門番の兵士は怖がらせたと思ったのか、ぐしぐしと乱暴に私の頭を撫でてくる。
「今のところ被害にあっているのは文官がほとんどで、退勤のときに待ち伏せにあって襲われた……って話ばかりだがな」
「待ち伏せ……」
「ああ、東門を出てすぐのところに橋があるだろう? あそこを渡ろうとすると鬼が出るらしいんだ」
「それって追い払えないの? 文官ばかりが狙われるなら、武官に頼むとか」
「武官と文官があまり仲がよくないのは知っているだろう? 武官も鬼なんて戯言だと言って相手にしてくれないんだと」
ふーん……。噂で耳に入った鬼の話は、それのことか。遭遇するのが文官だけだから、信じてもらえないと。
鬼ねぇ。
でもこの世界で一番怖いのは人だ。鬼や妖怪などではなく。
放っておいても問題なさそうだけど……恩を売るにはちょうどいい話だ。
「ねぇ、もしも……その鬼をどうにかすることができたら、ひとつお願いを聞いてもらえないかな?」
「お嬢ちゃんが鬼を? 馬鹿を言ってはいけない。危険すぎるだろう」
「大丈夫だから! 問題を解決するの、得意なんだ。もし私が解決できたら、宮殿で籠を使用するために推薦状をもらえないかな」
「籠の許可? お嬢ちゃんは今まで問題なく調達人をしてきたから、推薦ぐらいいいけど……危なくないかい? 無理だなって思ったらすぐにやめるんだよ?」
「やった! 任せておいて! わぁ、よかった~。推薦状って身元の確かな人じゃないと駄目なんだよね。四枚までは集められたけれど、あと一枚が集まらなくて!」
この門番、ただの人のよさそうなおじさんに見えるが、正門の警備を任せられる程度には家柄がいい。推薦者の身分としても問題はない。
籠を使う許可が下りると、許可を受けた人だけでなく籠を引く人間も一緒に宮殿に入れるようになる。そのため、籠引きを使って要人を害したりしないようにと、許可証の発行は厳重に管理されているのだ。
その許可証を手に入れるには、宮殿にいる身分のしっかりとした推薦人五名の推薦状が必要だ。
管理者からの面倒な調達依頼を達成したり、妃に認められたりして推薦状をもらっていたけれど、あと一枚だけ足りなかったのだ。
これでやっと宮殿内の移動に籠が使えそう。
「ご依頼承りました」
にこっと笑みを作る。
「東門の平和を、お届けいたします」
さーて、噂の鬼をどうにかしに行ってみようか。
◇◆◇
門番が言っていた文官に襲いかかる鬼とやらをどうにかするために、東門に向かって歩き始めたはいいものの……
「地味に……遠い……」
てちてちてちと歩いていくが、なかなかたどり着かない。
なんて構造をしているんだ、広すぎるぞ宮殿。
……いや、皇帝のいるところだから仕方がないのか。
しばらく歩いて、やっと東門にたどり着いた。
門の前でなにやら問答している人影がある。
見ると、どうやら門番と文官が話をしているようだ。
「だから本当なんだって! 本当に、鬼が……鬼がいたんだ!!」
「何度も言うように、橋には調査しに行っている。あれだろう。柳を幽霊に見立てるような見間違いなんじゃないのか? 文官ってのは皆想像力が豊かだそうだからな」
「あれは本当に人外の異形で……! それに知恵があるのか必ず文官が退勤する夕方、暮れの時刻を狙っているんだ! 出入りの多いこの時間帯はあんたたちは門から離れないだろう? もう一度、この時刻に調査してきてくれ!」
「五月蠅い五月蠅い! 仕事の邪魔だ!」
「頼むよ、仕事に支障が出ているんだ! 鬼に怯えて宮に泊まる者も出てきている!」
「おい、そこの者! 入るときには札が必要だ! 紛れて入ろうとするな! しっしっ、この時刻は忙しいんだ。お前たちの与太話に付き合っている暇はない!」
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