光と闇

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第二章 光の子と闇の子

天才の教育

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「天才?」

 華奈子は瞬きをしながら首をかしげる。

「あぁ、教科書の内容を全部覚えてるんだ。習ってない距離の計算までできるんだ」

 妻は首をかしげたままだったが、真剣な表情で話す夫の話を聞き、息子の頭をでながらしゃがみこんだ。

「すごいね託叶は。奇跡の子だもんね」

 疑う事もなく優しい声で話す華奈子は、託叶の目を見てほほ笑んだ。託叶は母親から目を逸らし、恥ずかしそうに笑って見せる。

 だが、夫婦はまだ気付いていなかった。自分たちの息子が、この先、全ての知識を手にし、光の陣・・・を完成させる前代未聞の天才と呼ばれるようになる事を。

「学校、楽しみ」

 両親に褒められて満面の笑みを浮かべてランドセルを持ち上げる託叶。

 小学校一年生の託叶は、学校へ行く時は毎日華奈子が車で連れて行く。

 学校へ行けば、担任は託叶から視線を外さない。危険な目に合わないよう、周囲の大人たちは光の子を常に見守っているのだ。

 両親が学校から呼び出されたのは、天才だと清がつぶやいてから、数カ月した後の事だった。

 学校へ訪れた華奈子は、校長室へ向かうと「神崎さんですね。どうぞ」と、中から出て来た男に丁寧に中へ通された。

 通された部屋には、大きなテーブルとソファーがあり、ソファーの横には年老いた男と若い男が礼儀正しく背筋を伸ばして立っている。

「いつも息子がお世話になっております」

 華奈子は二人の男にお辞儀をした。

「どうぞお座りください」

 年老いた男が、手を前に出して彼女をソファーへ座らせた。彼女が腰を下ろすと、テーブルを挟んで向かい側のソファーに、二人の男も腰を下ろす。

「校長を務めております長野と申します」

 年老いた男は華奈子に深々と頭を下げる。

「託叶くんの担任の斎藤と申します」

 若い男も校長の次に頭を下げた。

「奇跡の子の入学に、わが学校を選んでいただいた事に感謝しております」

 校長は、再び頭を下げると、華奈子は「いいえそんな。とんでもありません」と慌てて声を出す。

「すみませんうちの子が何かご迷惑をおかけしたのか……」

 なぜ学校に呼ばれたのかは知らないようで、戸惑いながら口にする華奈子。

「神崎さん……その逆です」

 校長は、ほほ笑みながら彼女に言った。隣にいる担任も、誇らしそうに目を細めている。

「え……」

 何がなんだかわからない様子の華奈子は、つぶやくように声を出した。

「託叶くんはとても優秀なお子さんです。テストも全て満点ですし、友達付き合いもお上手で、いつも子供たちの中心にいます」

 担任は、やわらかい口調で話す。

 華奈子は自分の息子を褒められて、はにかみながら笑ったが、なぜ呼ばれたのかと言う疑問が消えないのか、口を開く事もなく担任の話に耳を傾けていた。

「とても優秀な子です。今までに見た事がないくらいに」

 担任は少し真顔になりさらに続けた。

「授業で彼はノートを取りません。なぜ取らないのかと聞いたら、先生が話している事を、すべて、覚えるために集中したいからだと。教科書も開きません。彼は、配っている教科書を全て丸暗記しているから、教科書を開く必要がないんです」

「…………」

 目を丸くする華奈子。確かに頭のいい子だとはわかっていたはずだが、まさかここまでだとは思っていなかったのだろう。彼女は、言葉をなくしたまま、真顔で話す担任を直視し続ける。

「彼は優秀すぎる」

 次に口を開いた校長は、やわらかい口調でほほ笑みながら話していた。

「先日、託叶くんとお話をいたしました所、彼は学校と家の距離や、地上から空までの高さを数字で言っておりました。勿論もちろん学校ではまだ教えてはおりません」

 穏やかに話し続けているが、校長の声は、微かに震えている。

「まだ足し算しか習っていないのにもかかわらず、その足し算の知識だけで、距離や雲までの高さまで計算できるほど、数字を応用できる……。これから先、割り算や掛け算、分数など、数学の知識を覚えたら、彼はわれわれの想像をはるかにこえた知識まで到達するでしょう」

  校長の表情は、穏やかなものから、真面目な顔へと変化する。

「今日、お母様に来ていただいたのは、彼の個別教育の了承をいただきたいからです」

 きっぱりとした口調で言い放った校長は、手を両膝に付け、前のめりになって華奈子に話を続けた。

「彼はまだ5歳にして、全ての教科書を丸暗記し、独自の発想を広め始めた。天才と言わざるを得ない。他の生徒と同じペースで授業をしていたのでは、彼の頭には追いつけないでしょう」

 校長は熱心に話しをする。奇跡の存在である光の子を任された学校の校長は、彼の教育については一目置いているようだ。

 熱心に向き合う姿勢は、華奈子にようやく口を開かせた。

「個別教育とは……どういった方法ですか?」

 彼女もまた、真面目な顔をして言った。

「はい。休み時間はクラスで過ごしてもらいますが、授業中だけ、別室に向かっていただき、彼に合ったペースで勉強を教えて行くと言った方法です」

 校長は母親に提案を出した。だが、華奈子は校長と合っていた目をいったんらし、暫し無言になった。

「…………」

 ほんの数秒の事だったが、妙に長く感じさせるような静けさに、校長や担任が息を飲む音が聞こえる。

 一歳上の子供たちとともに授業を受ける託叶。

 彼の教育は、世界から見ても非常に注目されている事から、基礎を学ぶ小学校を、7年間通う事となったが、託叶は、周囲の大人たちが目を疑うような頭脳を発揮していた。

 光の教育に対しては、さまざまな意見が国会をにぎわせており、中学校、高校に、一年多く通う案も出されていた。

 最終的に、光の子の成績により、これからの教育を判断すると言う結論が出され、取り敢えず小学校は、5歳から行く事になり、普通の子たちより一年早く小学校に通う事が決定された。このような事項が適応になったのは、あらゆる国が注目している光の子の教育に、失敗する訳に行かないからである。

 彼の教育方針には、さまざまな意見が出される中で、光の子を任された学校の責任は非常に重い。だからこそ今、母親である華奈子が学校に呼び出され、光の子の教育に関しての相談を持ち出されている訳だ。

「託叶には、何より、思い遣りや人と接する事の大切さを学ばせたいんです。授業だけと言えど、皆から離されたら、孤立するんじゃ……」

 普段から楽しそうに友達の話しをしている託叶を見ている華奈子は、静かに言う。

「時間割はほかの子たちと一緒ですよ」

 やわらかい口調で言ったのは、託叶のクラスの担任の先生だった。

「全ての教科が別室になる訳ではありません。体育や美術や道徳といった実際に行う事が必要な教科は他の子たちと一緒に受け、その他の教科の時間は隣の部屋で授業をすると行った形です」

「…………」

 彼女は考え込むように下を向き、再び無言になった。なかなかうなずかない華奈子に、次は校長が、熱心に話し始めた。

「神崎さん。一度私たちの方法に任せてはいただけないでしょうか。もし少しでも託叶くんが不満に思う事がありましたらすぐに通常のやり方に切り替えますので、どうか一度、よろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げる校長と担任。

「…………」

 目を丸くして二人を見ていた華奈子は「わかりました」と、小さく言った。

「託叶のために、一生懸命考えてくださってありがとうございます。もし、息子が嫌だと言う時が来たら、その時はあらためてご相談いたします」

 ゆっくりと頭を上げる校長と担任の表情は、とても明るいものだった。

「よろしくお願いいたします」

 次に深々と頭を下げた華奈子に「とんでもないです」と声をかける二人に、彼女は顔を上げてほほ笑んだ。

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