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番外編

おまけ②

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王宮で暮らすようになって、3年。
王妃教育はまだ終わらない。
あれから何人も教師が入れ替わったが、私は未だに教育を終える事が出来なかった。
きっと、庶民上がり私が気に入らずに嫌がらせをされているのだ。
そんなある日の事だった。

「……は? 結婚? 誰と誰が?」

私に付いてる侍女から寄せられた情報に、私は不機嫌を隠さずに睨みつけた。
なんて陰険な女なのだろう。
そんな嘘を私につくなんて、人間としてどうかと思う。
彼がそんな事をする筈がないのに。

「公爵家の嫡男様ですよ。一時期、婚約者との仲が険悪になったようですが、何とかまとまったようですね。喜ばしい事です」

「全然、喜ばしくなんてないっ!! 彼は私の事が好きなのよっ!? 好きでもない女と結婚するなんて、彼が可哀想っ!!」

淡々とそんな事を言った侍女に、近くにあったクッションを投げつけた。

何が喜ばしい事か。
彼は私の事を好きなのだから、そんな望まない結婚なんて嫌に決まっている。

「……何を言っているのですか。貴方は王太子殿下を好いていらっしゃるのでしょう?」

侍女は私を見てそう言うと、クッションを元の場所に戻し部屋から出ていった。
その目にはあの教師と同じような、失望と諦念が写っていた。









「何であの人が結婚する事になっているのっ!?」

私は苛立ちを顕にしたまま、王太子のいる執務室へと乗り込んだ。
王太子は部下の人と何やら難しい話をしていたようだが、構うものか。
此方の話の方が今は重要だろう。

「……アイツももういい年だ。将来公爵家を継ぐのだから、そろそろ婚姻を上げるべきだろう」

けれど、私の意に反して王太子は私に視線を向ける事なくそう説明した。

「でも、だって、あの人は私をっ──」

彼は攻略対象者だもの。
ヒロインである私を愛さなければならないのに。
私だけをずっと、ずっと。

「いい加減にしろ……もう子供じゃないんだ、アイツも俺も……話がそれだけなら、部屋へ戻れ。仕事中だ」

何時からだろう。
この人が私を見なくなったのは。
こんな突き放すような冷たい言葉を望んでいたわけじゃない。
もっと優しくして欲しい。
この人は私を幸せにしなければならないのに。
何時になったら私は王太子妃として、結婚式を挙げられるのだろうか?
私はこんなに頑張っているのに、王太子も誰もその努力を認めてくれない。
こんなの全然幸せじゃない。
私は主人公なのに────

「──入れ」

呆然と立ち尽くしていると、王太子が入室許可を出していた。
誰か来たのだろう。
私は悔しさに唇を噛み締めながらも、部屋を出ていこうとした。

「あら? 男爵令嬢・・・・様ではありませんか。随分と久し振りにお顔を拝見致しましたわ」

部屋に入ってきたのは、私より3つ、4つ位年下の少女だった。
私と違い見るからに温室育ちだと分かる、美しい少女。
まだ幼さが残ってはいるが、若さ故の瑞々しさがある。

「……私は王太子殿下の婚約者よ。男爵令嬢ではないわ」

見た目は美しくても、中身まで美しいとは限らないとはよく言ったものだ。
王太子妃になる私を、下位の男爵令嬢と同じ扱いをするなんて。
私は一目見て、この少女が嫌いになった。

「あら? 殿下より、聞いてませんの?」

「……何を……?」

心底不思議そうな少女に、私は訝しんだ。
何が言いたいのか。
王太子から聞いてないとは、何の事なのか。

「……あぁ、そういえばまだ言ってなかったかも知れん」

「ふふ、全く酷いですわ。私はこんなに待ち遠しく思っていますのに」

苦笑いを浮かべる少女に、王太子が柔らかい笑みを浮かべる。
私には目もくれなかったのに。

「私、半年後に殿下と結婚式を挙げますの。私、王太子妃になりますのよ」

少女は頬を少し赤く染めて、嬉しそうに幸せそうに言った。
あまり幸せそうに言うものだから、言葉の意味を一瞬理解出来なかった。

「え……?」

なんで?
どうして?
王太子妃になるのは、私の筈でしょう?
私はハッピーエンドを迎えた筈なのに。

嘘だと思いたいのに、王太子が少女の言葉を否定する事はない。

「3年だ、3年あってもお前は王妃教育を終わらせるどころか、最低限の貴族の常識すら理解出来なかった。そのような者を王太子妃に据える訳にはいかない」

頭が真っ白になった。

何で誰も私の努力を認めてくれないの?
どうして?
貴方は私が好きなんでしょう?

「ふふ、当然でしょう? 王妃とは国母であり、国の顔。マナー1つ出来ない者が王妃などと、国の威信に泥を塗る事になりますもの」

少女はそう言って、微笑みながら私の元へと一歩一歩近付いてきた。
そして、私の耳元で──

「──貴方のような下劣で賤しい者が、本来御姉様がいる筈だった場所に居座るなど。私、虫酸が走りますの」

「っつ!?」

何故一目見て気付かなかったのか。
目の前の少女は、あの女によく似ている。
きっと近しい血縁なのだ。
無様に死んだ筈なのに。
死んでもなお、あの女が私の邪魔をする。

「さぁ、お帰り下さい男爵令嬢・・・・様?」

私を嘲る少女。
私はこんなに傷付いているのに、苦しいのに助けてくれない王太子。

こんなの、違う。
こんなの、私の望んだ結末じゃない。
ハッピーエンドじゃない。

だから──

「”ロード“っ!!!!」

私は時間を巻き戻した。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





それから私は、何度も何度も同じ時を繰り返した。
王太子だけでなく、他の攻略対象者のルートも全てクリアした。
1度他の攻略対象者のハッピーエンドのその後もやってみたが、ルートを変えても私は幸せにはなれなかった。
けれど、ハッピーエンドのその後が幸せじゃないのなら、幸せな時間だけを享受出来るようにすればいい。
面倒臭い王妃教育何かは、受ける必要はないのだ。
失敗したなら何度でもやり直せばいいのだ。
その力は既に神様から貰っている。
楽しかった。
私はゲームのエンディングである卒業パーティーまでの時間を何度も繰り返した。
攻略対象者との甘い時間は、私に幸せを感じさせた。









「……どう、……し、て……?」

悪役令嬢である女が、息も絶え絶えに死にかけている。
もう何度も見た光景だ。
悪役令嬢が死んで、物語はハッピーエンドに落ち着く。

どうして?
だって、貴方が私の邪魔をするんだもの仕方がないじゃない。
私の幸せには貴方と言う悪役令嬢踏み台が必要なんだもの。

「”ロード“」

私は再び時を巻き戻す呪文を唱えた。

次は誰を攻略しようかな?
また、王太子にしようかな。

王太子には1度手酷い裏切りをされたが、やはり顔は1番彼が好みだ。

「あなたがわたくしをころすのなら……わたくしも……わたくしも、あなたをころすことにするわ……」

悪役令嬢が何か言った気がしたが、どうせ醜い恨み言だろう。
私はあの女に目を向ける事なく、次は王太子と何処にデートに行こうか目を期待に輝かせていた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「ぎぃや゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!!? あづい、いだいいだいっっ!!!!」

痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
どうしてっ、どうしてこんな事に。

ワインをかけられる筈なのに。
1度目の時は、確かにワインだったのに。
私がかけられた液体はワインではなかった。
顔が、液体の触れた所を爛れさせ、皮膚を焼いた。
まさか、こんな事をするなんて。
こんなの、シナリオにない。
こんなの、私の世界ではない。

「“ろ゛ードっ”」

痛みから逃げるように、私は再び時を巻き戻した。






逃げられない。

何度繰り返しても、あの女がやって来る。
私を殺す為に。
ある時は建物に火をつけられ、ある時はナイフで斬りつけられた。
毒を盛られた事もあるし、皮膚を焼き爛れさせるあの液体に、全身を浸けさせられた事もある。

何のバグか、幸せだったゲームは一変してしまった。

痛い。
痛い、痛い。
痛い、痛い、痛い。
死にたくない、死にたくない。

何をしても、何をしなくても私は殺され続けて、とうとう私は始まりの時に戻っても、学園には行かなくなった。
けれど──

「あら、私逃がさないって……言わなかったかしら?」

逃げた筈なのに、学園には行っていないのに。
あの女はやって来た、私を殺す為に。
何度やっても逃げられない。
何をやっても逃げられない。
時には家族を目の前で殺された。
私も何度も拷問にかけられ、地獄の苦しみを与えられた。

「どうして……?」

私は抵抗する気力をなくした虚ろな目で、あの女を見つめた。

どうして、こんな酷い事が出来るのか。
この女は狂っている、狂人だ。

「……だって、私も同じ事を貴方にされたのよ? 私だけ、苦しいなんて……不公平ではなくて? それにね、私──」

顎を持ち上げられ、口から流れる血をペロリと舐めとられた。
私の血が女の唇を赤く染めて、まるで口紅のようだ。
不気味で毒々しい赤色。
まるで悪魔か何かだ。

「私、今とぉっても楽しいわ! こうしていると、私は生きているのだと心から実感出来る……ふふ、今回はもう終わりね。ほら、魔法の呪文を唱えてもいいわよ。そして何度も何度も繰り返しましょう? 私が貴方を何度だって殺してあげる」

こんな凶行に手を染めているのに、笑っているこの女が心底恐ろしい。
この女は知っているのだ。
私と同じように過去の世界の記憶を持っている。
逃げられない。
繰り返しても、この女は私を殺しに来る。
死んだらこの地獄から解放されるかもしれないのに、私はそれでも巻き戻しの呪文を口にした。

「…………”ろ………………ど“」

体が痛い、苦しい。
私はこんな風に死にたくない。
どうして、私がこんな目に合わなければならないのか。
私は何も悪くないのに。
こんな身勝手な理由で、私はこの女に何度も生き地獄を与えられたのか。
許せない。
赦さない。
痛いのは嫌だ。
幸せになりたい。
いや、幸せになるのだ。
この女が、この女が居なければ。
私は幸せになれるのだ。
この女が死ねば、私は幸せになれる。
今までだって、そうだった。
そうだ、何故今まで気付かなかったのだろう。
殺せばいいのだ。
そうすれば、私は幸せになれる、

殺す。

殺す、殺す。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっっ!!!!

絶対に殺してやる。

次に目を開けた時、私は憎悪を胸にナイフを手に取っていた。
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