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番外編
おまけ③
しおりを挟む邪魔な者は排除した。
この世界の私の手は、汚れずに綺麗なまま。
誰も私があの女を追い詰め、何度も殺し続けた事を知らない。
周囲は私を変わらずに、聖女のように慈悲深いと思い続けている。
私はあの女が来る前のまま、優しく穏やかで完璧な世界を保つ事が出来たのだ。
私は望んだ結末を手に入れた────
「この茶は好みではなかったか?」
1度口をつけたきり、ぼんやりしていた私に王太子が口に合わなかったのかと私に聞いた。
今日は王太子に誘われ、王宮にある庭でお茶をしていた。
「いいえ、とっても美味しいです」
私はそう王太子に答えた。
嘘だ。
私は美味しいだなんて本当は思っていない。
甘いや苦いは分かる。
一般的には美味しいとされるものだと言うことも分かる。
味覚がおかしくなったわけではない。
ただ、美味しいと感じる事が出来なくなっていた。
あの入学式から、1ヶ月。
私達は表面上は昔と変わらない、穏やかな日常を過ごしている。
あの女は消えた。
だから、私の平穏を、幸せを壊す者は何処にも居ない。
「そうか、ならよかったのだが。最近、疲れているようだからな。この茶は心を穏やかにする効果があるから、お前によいと思ったのだ」
「まあ、その御気遣いがとても嬉しいです」
私を優しく気遣う王太子。
今は遠い昔、初めの私ならその言葉を信じて心から喜んだだろう。
けれど、今は微塵も心に響かない。
私はその言葉がいかに脆いかを既に知っている。
「最近、特に勉学に力を入れているようだな。慈善事業や母上の手伝いで連れ回されているとも聞いている。お前は既に王妃教育を終えているし、必要な教養や知識も備えているのだから、そんなに無理する必要はないのだぞ? もっと肩の力を抜くといい」
「ふふ、無理などしていませんよ。知らない知識を学ぶのはとても楽しいですよ」
この脆い幸せを守るには、絶対的に強い力がいる。
その為の知識であり、人脈や権力なのだ。
それを得る為にする努力は、全く苦ではない。
「……今度、2人で出掛けるか」
「視察ですか? 是非、御同行致しますわ」
公式の場にパートナーを連れていくのはよくある事だ。
それも王太子の婚約者として、大切な仕事。
後で視察先についての資料を確認しておこう。
「いや……私用でだ。何処か行きたい所はあるか?」
少し視線をさ迷わせつつ、王太子は私に尋ねた。
視察ではないとなると、これは王太子なりの気遣いとみるべきだろう。
彼は私の息抜きを提案しているのだ。
けれど、彼のその気遣いは私をいたく困らせるものであった。
行きたい場所……何も思い浮かばないわ。
前は沢山あった筈なのに。
楽しかった筈の思い出の場所にも、心が動く事がはない。
態々行きたいかと言われると、否と答えるだろう。
「いえ、私は特には。殿下にお任せ致します」
結局、思い浮かばなかったので、私は綺麗な笑みを作ってそう答える事にした。
王太子が行きたい場所に同行すればいいだろう。
「……では、昔2人で行った別荘に行くか。今の時季なら丁度過ごしやすいだろうし、あそこなら、お前も気に入っていたし心休まるだろう」
王太子は私に特に何も言わずに、そう言った。
その顔は少し寂しげに思える。
私の返しが期待から外れたのかも知れない。
「えぇ、では日程を調整しておきますね」
2人で行った別荘。
王家が所有している物がいくつかある筈だが、何処の事だろうか。
何度も繰り返したせいか、所々記憶が色褪せてはっきりしない。
決して、忘れた訳ではない。
現に私の中のこの記憶だけが、今の私を動かしている。
愛する人の為に、将来背負うであろう重圧を一緒に背負えるようになりたい。
大切な弟達の為に、姉として誇れるような自分でありたい。
親しい友人達の為に、いつか彼等が困った時に手を差し伸べられる位強くなりたい。
今思うと、なんて愚かな望み。
子供の言う絵空事のようだ。
彼等にとって私は替えのきく存在だったのだから。
取るに足らない存在でしかない。
それでも。
それでもあの頃の、穏やかなで優しい記憶だけが、私の中で輝き続けている。
だから──
私はその世界を守る為に手段は選ばない。
貴方達に近付く害虫があれば、私が排除いたしましょう。
貴方達を困らせる事があるのなら、私がその困難を取り除いてみせます。
貴方達を惑わす者から、私達の世界を守りましょう。
私が貴方達を、正しい道筋を常に歩んで行けるように致します。
私の全てをかけて、必ずその生を幸福に溢れるものへと致しましょう。
全ては、私がかつて望んだ通り。
穏やかで優しい、完璧な世界を貴方達に。
「2人だけで出掛けるのは、久し振りですね」
だから、私を裏切らないでくださいね?
勿論、邪魔な物は全て私が排除致しますよ?
けれど、貴方達自身がこの世界を壊す事を選ぶのなら。
その時は──
「とっても、楽しみですわ!」
うふふふ、その時はきっと私自身の手で全てを壊してしまうわ。
だから私にそんな事、させないでくださいね?
うふふふ、うふふ。
王太子とその婚約者。
どちらも大変美しい容姿で、仲睦まじげに談笑する様はまるで絵画のようだ。
側に控えている侍女や侍従は、この完璧な光景をほうっと見詰める。
この2人が将来国を背負って立つのなら、この国の未来は明るいだろうと。
他国では、稀に愚物が国の頂点に立ってしまうこともある。
それに比べて、この国の次代は賢王賢妃になるであろう2人なのだなら恵まれている。
この国はきっともっと栄える。
完璧な王太子の婚約者。
その心がとっくに壊れきっている事に、彼等は永遠に気付く事はなかった。
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