7 / 15
第一章
第6話 撮られる側は初です
しおりを挟む翌朝、殿下と二人で登校するなり、殿下の方を女生徒が囲んだ。私がいるときはいつもみんな遠慮していたから、珍しいなと思いつつ教室に入る。
「フリージア!」
「ご機嫌よう。どうしたの?」
血相を変えたサラが手に持っていたのは、この学園の新聞部(があるんだ、今知った…)の発行した号外だ。
見出しに「超特大スキャンダル! ダルトワ公爵令嬢の極秘逢瀬」とある。週刊誌みたいだ、なんて思う暇もなく、その写真を見て固まった。
「う、うわあ…」
オルハンが私を抱き寄せて、私が楽しそうに笑っている。まあ確かにこれだとそう見えなくもない。おまけに、私が彼の手を握っているところも撮られていた。これじゃあ言い訳のしようがないか。
昼休みになって、私たちはどこか人目のつかないところにと校舎裏に移動した。じゃなければ教室にいるだけでいろんな人が私を見に来てしまうからだ。
弁明も何もしないうちに、サラはもう一度広げた新聞をふん、と乱暴に閉じた。
「この記事のこと、きっと嘘だろうけど…」
「サラ……」
わたしは彼女をぎゅっと抱きしめた。サラはやめてよと顔を赤くしている。
「コンクールに響くのは間違いないわね。…」
「そうね、確かに……」
確かに油断していたな。いくら友達だと言ってもこれは無理だろう。殿下の婚約者、ましてや審査中なんていつすっぱ抜かれてもおかしくないのに。
「ヴィオレッタやオルハンが仕組んだ可能性はないの?」
「え? ないと思うけど…」
「言い切れるの?」
「うん。二人はそんなことしないよ」
おそらくだけど。わたしはそんな歪んだキャラクター設定はしない。なぜなら、物語の中でくらい真っ直ぐな人たちを見ていたいから。幼い頃からこのマインドは変わっていないはず。
だからサラのことも信じられる。
…変なフラグにならなきゃいいけど。
「この記事を書いた人をあぶり出す?」
「ううん。この人たちはこれで部費を稼いでるんでしょ? 仕方ないよ」
「あ、あのねえ…!?」
他人事のような私に、サラは怒り心頭だ。
だけど、元の世界でもそうだった。どんな人にも親や、もしくは大切な人がいて。望んで書いているわけじゃない人だってそれなりにいたんだ。そういう人はすぐに辞めちゃうんだけどね。
「それじゃあ、どうしろって言うの。フリージアが、まるで、まるで……」
「あ…え…嘘…」
予感がしたのに私は何も対処できなかった。サラは言葉の続きを言う前にとうとう泣き出してしまったのだ。
私は慌ててハンカチを出し……たかったけど持ってない! 指で拭おうとしたけどそんな量をとうに超えている。
「だって、ずっと殿下のことが好きで、あんなに頑張っていたのよ。それなのに殿下はあんな噂が立つし、おまけにこんな記事まで書かれて……どうして…」
「サラ……」
私がこの身体に入る前から、きっとサラはフリージアのそばで見守ってくれていたんだろう。婚約を発表した日も、思えばずっとこの話をしていたのはサラだった。
「ありがとう、サラ。私は大丈夫よ」
私はもう一度彼女を抱きしめた。今度は彼女も泣きながら背中に腕を回す。サラの自慢の香水の匂いがした。
「なんで私が泣かなきゃいけないのよ~……っ…」
「ふふっ」
「なんでこの状況で笑えるの…っ」
「あははっ」
「もう…!」
私のために泣いてくれる人がいるなんて。フリージアは幸せ者だな。
サラが落ち着くのを待ってから、そういえば迷惑をかけた人たちに謝らないといけないな、と思い出す。
オルハンもそうだけど、やっぱり殿下だろうか。会いたくないけど仕方ない。自分の尻拭いは自分でするしかないのだから。
◇◆◇◆◇
「で、殿下ぁ……」
放課後。週に何度か同じ授業があるけど、今日はこのタイミングまで会えなかった。
わたしは気まずいオーラを出しつつも、彼に一緒に帰ろうと言いに教室を訪れる。
「フリージア。行きましょうか」
「……。あ、はい」
彼はと言うとあくまで自然に、私にいつも通り微笑みかけて馬車までエスコートした。私の心臓はばっくばくだけど。今日に限って御者しかいないし。
「…」
城に帰る途中、いつ言い出そうか、いや彼が言うまで言わないほうがいいのかしら、と迷っているうちに城についてしまった。
「殿下。…後でお話が」
「今夜は夕食の予定が入っていて。
遅くなりますが、その後部屋に行きます」
「…は、はい」
彼が知らないわけがないし、それでも時間を取ってくれることに安心した。
ほっと胸を撫で下ろす私のそばで、メイド長のマチルダは、その言葉を聞いてかなんだか色めき立っていた。きっとあの記事を見ていないんだろう。学外の人だし当然か。
「まあまあ、フリージア様。そんなに歩き回らないで」
夕食の後、マチルダがにこにこしながら私の風呂の支度をした。黙っているのが忍びなくて、わたしはこっそり持って帰ってきた号外を彼女に差し出す。
「……!」
途端にくらくらと眩暈がしたように壁にもたれかかる。なんとまあわかりやすい。かと思えば、眼鏡をかけ直して、記事をもう一度見ている。
「ん?……フリージア様。このお相手は?」
「記事の相手ですか? オルハンですよ」
「ああ、ああ! オルハン様。それならきっと……お話しすればわかってくれますよ」
「そうかしら」
マチルダはええと笑顔になった。
「殿下とのお付き合いはかなり長いですからね。それに、…いえ、…それでも……他の人は誤解したままかと思いますが」
「そうよね」
他の貴族たちはともかく、普段接している人たちはわたしに真偽を聞いてこない。フリージアの日頃の行いはそんなにもよかったんだろうか。
寝る前の支度をしても、殿下は部屋にやってこなかった。夕食会はいつも酔った大人たちに付き合わされているから(若手はどの世界も一緒なんだろう)、おそらく今日もそうなんだろう。
眠気と緊張でぐちゃぐちゃな頭を、マチルダが丁寧に手入れしてくれる。エミリーもマチルダも、いつも魔法をかけるように褒めながら身支度を整えてくれる。この世界での常識なんだろうか。まるで宝物みたいに扱われるのは、くすぐったいけれど幸せだった。
「フリージア。ここにいますか?」
「はっ、はい!」
思わず椅子から立ち上がってしまって、マチルダも動揺して手入れ道具を落としてしまった。カシャン、と大きな音が響いたのを聞いて、殿下がすぐに入ってくる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ええ。マチルダ。ごめんなさい。いきなり立ってしまって」
「いいえ。フリージア様は悪くありません。……ええと、それでは…」
「ああ。マチルダは外してくれ」
彼女はぺこりと一礼して、道具を手際よく片付けて部屋を出ていく。鍵を閉めてから、殿下は私と向かい合った。
「…」
「…」
よし、言わなきゃ。
…さすがに。
「……」
口を開けて、息を吸う。さあ、あとは彼の名前を呼べばいいだけだ。
「フリージア」「殿下」
珍しく、いや、初めて二人の言葉が被った。私はすかさずどうぞ、と答えたが、殿下は首を横に振って、私に続きを促した。
「……えっと、殿下。ごめんなさい。誤解されるような記事を書かれてしまって」
「誤解ということでいいんですね?」
「はい」
彼の疑うような顔。私はじっと彼を見つめる。やがてはあ、と肩の力が抜けて、彼はソファにどさっと座った。珍しいな。
「フリージア。こっちへ」
「はい!」
まずはやる気から見せないと。
私はちゃんと1年間、従順な婚約者をするつもりではあるのだ。その姿勢を誤解してほしくない。
私がそばに寄ると、彼はもう少し、と手招きをする。かと思えば、ソファの肘置きに顔を伏せてしまった。
「え!? 殿下、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃありません…」
「どこか痛いところが?」
隣に座って、熱はないかしらと首の辺りを探ってみる。熱いような気がするけど、ぶっちゃけわからない。体温計、偉大。
やっぱり人を呼ぼう、と立ち上がる。
「フリージア」
「マチルダを呼びます。少し待っていてください」
「いや、いい」
突然彼は起き上がって、もう一度私に手招きした。そして何か耳打ちするように、片方の手を口元に寄せる。
「?」
頭を近づけると、わざとなのか腕を引っ張られた。バランスを崩して、かろうじて彼の隣に転がりこむ。やはりふらついている気がするな、気をつけないと。
「あはは、殿下を押しつぶしちゃうところでした。危な……っ」
距離でだいたい、次に何が起こるかがわかってしまうことってある。今回がまさにそれだ。
彼は私の手にその手を重ねて、咄嗟に引っ込めようとしたが間に合わない。
流される、と思った瞬間にはもう手遅れだった。
殿下の綺麗な顔をこの距離で見たことがなかったから。
「……っ!」
驚いた反動で息を止めてしまって、はあっと吐き出した。それがかえって扇情的だったらしく、もう一度と近づいた唇を今度はすんでのところで避けた。
「殿下…っ!」
香水のほかに、かすかに酒の匂いがして、……。
ん? 酒?
「殿下。まさか夕食会でお酒を飲まれては…」
恐る恐る聞いてみると、殿下は首を横に振る。
「飲んでいません。いつも通り甘いものまで食べて、そのあとは、ああ、いえ。フリージアにお土産が」
「でも、お酒の匂いがします。間違っても飲んでいませんか? 私に誓えますか?」
ちょっとパニックになりかけて、凄い勢いで彼に問い詰めたが、決して飲んでいないとのこと。私と同い年なら、3年生の春だし、きっとまだ17のはず。
彼がもし誰かによって飲まされたのだとしたら、私は絶対にその人を許せないんだけど。
「フリージア様」
ドアの外から声がする。少しだけ乱れた服を整え、どうぞ、と声をかけるとレオナルドが一礼して入ってくる。
「失礼致します。殿下はこちらにいますか?」
いるだろうと言う予想で入ってきてはいるんだろうが、キョロキョロ私の部屋を見回すのはやめてほしい。
ソファに突っ伏した彼を見て、レオナルドは苦笑した。
「だからやめた方がと言いましたのに」
「レオナルド。殿下は大丈夫なの? 間違ってお酒を飲んでしまっては…」
「間違えて? 間違えてなんかないですよ。殿下は先ほど、帰ってきてからお飲みになられたんですから」
「……」
とんだ不良少年だった。
「でも、大丈夫なの? 未成年飲酒とか…」
私の心配とは裏腹に、レオナルドはあははっと笑い飛ばす。
「大丈夫か、って。大丈夫ですよ。もう18ですからね」
「え!? ってことは、私も…?」
「? ええ。そうですよ…?」
よくよく聞けば、こちらの新学期は9月始まりだった。教科書が途中から始まっていて、3年間同じものなのかしらなんて能天気に考えていた自分が馬鹿らしい。言わずもがな、「この世界のこの国では」18歳からお酒が飲める。日本の皆さんはダメです。
レオナルドはうーんと悩んだようだったが、今日ここに寝かせちゃいますか、とウインクした。
「連れ帰ってください」
いいこと思いついたみたいな顔をするな。
「殿下、すごく緊張していたんですよ。あの記事のことで」
レオナルドはあの記事を知っていたらしい。今日学校に来る時も迎えに来る時もいなかったから、多分殿下がどこかで相談したんだろう。
「緊張していない」
「あ、起きてた」
「フリージアにお土産…」
「もう。明日渡してもいいじゃないですか。ねえ? フリージア様」
さっきからお土産お土産と言っているけど、特に何も持ってないし。とにかく今は部屋に戻ってもらおう。
「殿下。明日楽しみに待っていますから。今日はもうお休みになられてはいかがですか」
殿下はぼうっとした目でこちらを見て、頷いたのち真正面に倒れ込んだ。咄嗟にわたしが支えて、テーブルに頭をぶつけるところでレオナルドが助けに入り、回収回収と彼を抱き起こす。
「フリージア…」
うわごとのように繰り返す彼を見て、本当に心配をかけたんだわと申し訳なくなった。
明日、もう一度謝ろう。
0
あなたにおすすめの小説
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる