【連載再開】シナリオ通りにお願いします!! 〜作者が当て馬令嬢に転生したら、男女問わず愛されまくって困惑しています〜

acoly

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第一章

第6話 撮られる側は初です

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 翌朝、殿下と二人で登校するなり、殿下の方を女生徒が囲んだ。私がいるときはいつもみんな遠慮していたから、珍しいなと思いつつ教室に入る。

「フリージア!」
「ご機嫌よう。どうしたの?」

 血相を変えたサラが手に持っていたのは、この学園の新聞部(があるんだ、今知った…)の発行した号外だ。
 見出しに「超特大スキャンダル! ダルトワ公爵令嬢の極秘逢瀬」とある。週刊誌みたいだ、なんて思う暇もなく、その写真を見て固まった。

「う、うわあ…」

 オルハンが私を抱き寄せて、私が楽しそうに笑っている。まあ確かにこれだとそう見えなくもない。おまけに、私が彼の手を握っているところも撮られていた。これじゃあ言い訳のしようがないか。

 昼休みになって、私たちはどこか人目のつかないところにと校舎裏に移動した。じゃなければ教室にいるだけでいろんな人が私を見に来てしまうからだ。
 弁明も何もしないうちに、サラはもう一度広げた新聞をふん、と乱暴に閉じた。

「この記事のこと、きっと嘘だろうけど…」
「サラ……」

 わたしは彼女をぎゅっと抱きしめた。サラはやめてよと顔を赤くしている。

「コンクールに響くのは間違いないわね。…」
「そうね、確かに……」

 確かに油断していたな。いくら友達だと言ってもこれは無理だろう。殿下の婚約者、ましてや審査中なんていつすっぱ抜かれてもおかしくないのに。

「ヴィオレッタやオルハンが仕組んだ可能性はないの?」
「え? ないと思うけど…」
「言い切れるの?」
「うん。二人はそんなことしないよ」

 おそらくだけど。わたしはそんな歪んだキャラクター設定はしない。なぜなら、物語の中でくらい真っ直ぐな人たちを見ていたいから。幼い頃からこのマインドは変わっていないはず。
 だからサラのことも信じられる。
 …変なフラグにならなきゃいいけど。

「この記事を書いた人をあぶり出す?」
「ううん。この人たちはこれで部費を稼いでるんでしょ? 仕方ないよ」
「あ、あのねえ…!?」

 他人事のような私に、サラは怒り心頭だ。
 だけど、元の世界でもそうだった。どんな人にも親や、もしくは大切な人がいて。望んで書いているわけじゃない人だってそれなりにいたんだ。そういう人はすぐに辞めちゃうんだけどね。

「それじゃあ、どうしろって言うの。フリージアが、まるで、まるで……」
「あ…え…嘘…」

 予感がしたのに私は何も対処できなかった。サラは言葉の続きを言う前にとうとう泣き出してしまったのだ。
 私は慌ててハンカチを出し……たかったけど持ってない! 指で拭おうとしたけどそんな量をとうに超えている。

「だって、ずっと殿下のことが好きで、あんなに頑張っていたのよ。それなのに殿下はあんな噂が立つし、おまけにこんな記事まで書かれて……どうして…」
「サラ……」

 私がこの身体に入る前から、きっとサラはフリージアのそばで見守ってくれていたんだろう。婚約を発表した日も、思えばずっとこの話をしていたのはサラだった。

「ありがとう、サラ。私は大丈夫よ」

 私はもう一度彼女を抱きしめた。今度は彼女も泣きながら背中に腕を回す。サラの自慢の香水の匂いがした。

「なんで私が泣かなきゃいけないのよ~……っ…」
「ふふっ」
「なんでこの状況で笑えるの…っ」
「あははっ」
「もう…!」

 私のために泣いてくれる人がいるなんて。フリージアは幸せ者だな。
 サラが落ち着くのを待ってから、そういえば迷惑をかけた人たちに謝らないといけないな、と思い出す。

 オルハンもそうだけど、やっぱり殿下だろうか。会いたくないけど仕方ない。自分の尻拭いは自分でするしかないのだから。


◇◆◇◆◇


「で、殿下ぁ……」

 放課後。週に何度か同じ授業があるけど、今日はこのタイミングまで会えなかった。
 わたしは気まずいオーラを出しつつも、彼に一緒に帰ろうと言いに教室を訪れる。

「フリージア。行きましょうか」
「……。あ、はい」

 彼はと言うとあくまで自然に、私にいつも通り微笑みかけて馬車までエスコートした。私の心臓はばっくばくだけど。今日に限って御者しかいないし。

「…」

 城に帰る途中、いつ言い出そうか、いや彼が言うまで言わないほうがいいのかしら、と迷っているうちに城についてしまった。

「殿下。…後でお話が」
「今夜は夕食の予定が入っていて。
 遅くなりますが、その後部屋に行きます」
「…は、はい」

 彼が知らないわけがないし、それでも時間を取ってくれることに安心した。
 ほっと胸を撫で下ろす私のそばで、メイド長のマチルダは、その言葉を聞いてかなんだか色めき立っていた。きっとあの記事を見ていないんだろう。学外の人だし当然か。

「まあまあ、フリージア様。そんなに歩き回らないで」

 夕食の後、マチルダがにこにこしながら私の風呂の支度をした。黙っているのが忍びなくて、わたしはこっそり持って帰ってきた号外を彼女に差し出す。

「……!」

 途端にくらくらと眩暈がしたように壁にもたれかかる。なんとまあわかりやすい。かと思えば、眼鏡をかけ直して、記事をもう一度見ている。

「ん?……フリージア様。このお相手は?」
「記事の相手ですか? オルハンですよ」
「ああ、ああ! オルハン様。それならきっと……お話しすればわかってくれますよ」
「そうかしら」

 マチルダはええと笑顔になった。

「殿下とのお付き合いはかなり長いですからね。それに、…いえ、…それでも……他の人は誤解したままかと思いますが」
「そうよね」

 他の貴族たちはともかく、普段接している人たちはわたしに真偽を聞いてこない。フリージアの日頃の行いはそんなにもよかったんだろうか。

 寝る前の支度をしても、殿下は部屋にやってこなかった。夕食会はいつも酔った大人たちに付き合わされているから(若手はどの世界も一緒なんだろう)、おそらく今日もそうなんだろう。

 眠気と緊張でぐちゃぐちゃな頭を、マチルダが丁寧に手入れしてくれる。エミリーもマチルダも、いつも魔法をかけるように褒めながら身支度を整えてくれる。この世界での常識なんだろうか。まるで宝物みたいに扱われるのは、くすぐったいけれど幸せだった。

「フリージア。ここにいますか?」
「はっ、はい!」

 思わず椅子から立ち上がってしまって、マチルダも動揺して手入れ道具を落としてしまった。カシャン、と大きな音が響いたのを聞いて、殿下がすぐに入ってくる。

「大丈夫ですか?」
「ああ、ええ。マチルダ。ごめんなさい。いきなり立ってしまって」
「いいえ。フリージア様は悪くありません。……ええと、それでは…」
「ああ。マチルダは外してくれ」

 彼女はぺこりと一礼して、道具を手際よく片付けて部屋を出ていく。鍵を閉めてから、殿下は私と向かい合った。

「…」
「…」

 よし、言わなきゃ。
 …さすがに。

「……」

 口を開けて、息を吸う。さあ、あとは彼の名前を呼べばいいだけだ。

「フリージア」「殿下」

 珍しく、いや、初めて二人の言葉が被った。私はすかさずどうぞ、と答えたが、殿下は首を横に振って、私に続きを促した。

「……えっと、殿下。ごめんなさい。誤解されるような記事を書かれてしまって」
「誤解ということでいいんですね?」
「はい」

 彼の疑うような顔。私はじっと彼を見つめる。やがてはあ、と肩の力が抜けて、彼はソファにどさっと座った。珍しいな。

「フリージア。こっちへ」
「はい!」

 まずはやる気から見せないと。
 私はちゃんと1年間、従順な婚約者をするつもりではあるのだ。その姿勢を誤解してほしくない。

 私がそばに寄ると、彼はもう少し、と手招きをする。かと思えば、ソファの肘置きに顔を伏せてしまった。

「え!? 殿下、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃありません…」
「どこか痛いところが?」

 隣に座って、熱はないかしらと首の辺りを探ってみる。熱いような気がするけど、ぶっちゃけわからない。体温計、偉大。
 やっぱり人を呼ぼう、と立ち上がる。

「フリージア」
「マチルダを呼びます。少し待っていてください」
「いや、いい」

 突然彼は起き上がって、もう一度私に手招きした。そして何か耳打ちするように、片方の手を口元に寄せる。

「?」

 頭を近づけると、わざとなのか腕を引っ張られた。バランスを崩して、かろうじて彼の隣に転がりこむ。やはりふらついている気がするな、気をつけないと。

「あはは、殿下を押しつぶしちゃうところでした。危な……っ」

 距離でだいたい、次に何が起こるかがわかってしまうことってある。今回がまさにそれだ。
 彼は私の手にその手を重ねて、咄嗟に引っ込めようとしたが間に合わない。

 流される、と思った瞬間にはもう手遅れだった。
 殿下の綺麗な顔をこの距離で見たことがなかったから。

「……っ!」

 驚いた反動で息を止めてしまって、はあっと吐き出した。それがかえって扇情的だったらしく、もう一度と近づいた唇を今度はすんでのところで避けた。

「殿下…っ!」

 香水のほかに、かすかに酒の匂いがして、……。


 ん? 酒?


「殿下。まさか夕食会でお酒を飲まれては…」

 恐る恐る聞いてみると、殿下は首を横に振る。

「飲んでいません。いつも通り甘いものまで食べて、そのあとは、ああ、いえ。フリージアにお土産が」
「でも、お酒の匂いがします。間違っても飲んでいませんか? 私に誓えますか?」

 ちょっとパニックになりかけて、凄い勢いで彼に問い詰めたが、決して飲んでいないとのこと。私と同い年なら、3年生の春だし、きっとまだ17のはず。

 彼がもし誰かによって飲まされたのだとしたら、私は絶対にその人を許せないんだけど。

「フリージア様」

 ドアの外から声がする。少しだけ乱れた服を整え、どうぞ、と声をかけるとレオナルドが一礼して入ってくる。 

「失礼致します。殿下はこちらにいますか?」

 いるだろうと言う予想で入ってきてはいるんだろうが、キョロキョロ私の部屋を見回すのはやめてほしい。
 ソファに突っ伏した彼を見て、レオナルドは苦笑した。

「だからやめた方がと言いましたのに」
「レオナルド。殿下は大丈夫なの? 間違ってお酒を飲んでしまっては…」
「間違えて? 間違えてなんかないですよ。殿下は先ほど、帰ってきてからお飲みになられたんですから」
「……」

 とんだ不良少年だった。

「でも、大丈夫なの? 未成年飲酒とか…」

 私の心配とは裏腹に、レオナルドはあははっと笑い飛ばす。

「大丈夫か、って。大丈夫ですよ。もう18ですからね」
「え!? ってことは、私も…?」
「? ええ。そうですよ…?」

 よくよく聞けば、こちらの新学期は9月始まりだった。教科書が途中から始まっていて、3年間同じものなのかしらなんて能天気に考えていた自分が馬鹿らしい。言わずもがな、「この世界のこの国では」18歳からお酒が飲める。日本の皆さんはダメです。

 レオナルドはうーんと悩んだようだったが、今日ここに寝かせちゃいますか、とウインクした。

「連れ帰ってください」

 いいこと思いついたみたいな顔をするな。

「殿下、すごく緊張していたんですよ。あの記事のことで」

 レオナルドはあの記事を知っていたらしい。今日学校に来る時も迎えに来る時もいなかったから、多分殿下がどこかで相談したんだろう。

「緊張していない」
「あ、起きてた」
「フリージアにお土産…」
「もう。明日渡してもいいじゃないですか。ねえ? フリージア様」

 さっきからお土産お土産と言っているけど、特に何も持ってないし。とにかく今は部屋に戻ってもらおう。

「殿下。明日楽しみに待っていますから。今日はもうお休みになられてはいかがですか」

 殿下はぼうっとした目でこちらを見て、頷いたのち真正面に倒れ込んだ。咄嗟にわたしが支えて、テーブルに頭をぶつけるところでレオナルドが助けに入り、回収回収と彼を抱き起こす。

「フリージア…」

 うわごとのように繰り返す彼を見て、本当に心配をかけたんだわと申し訳なくなった。
 明日、もう一度謝ろう。
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