【連載再開】シナリオ通りにお願いします!! 〜作者が当て馬令嬢に転生したら、男女問わず愛されまくって困惑しています〜

acoly

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第一章

第11話 喧嘩は1話で終わらすべし

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「うーん……」

 私はヴィオレッタから受け取った手紙をどうすべきか迷っていた。あの話し合いから1週間。事態が動いたかどうか定かではない。なぜなら、殿下とも、ヴィオレッタともあれから会えていないからだ。

 殿下はあれから私を避けるように生活している。学園までの移動はおろか、ほとんど一緒にとっていた夕食の場にも姿を見せなくなってしまった。
 今日も今日とて寂しく食べた豪華な夕食を思い出しながらぼーっとしていると、

「きゃあ!」
「え!?」

 マチルダがやけに可愛らしい悲鳴をあげた。何か話しかけられていたみたいだけど、気づけば側に来て机の上の手紙を見ている。

「フリージア様、そちらは…」
「友だちからの手紙よ」
「ご学友ですか? 恋文かと思いましたわ」
「恋文? ああ……」

 確かにそう見えなくもない。というか、ここでもハート型ってあるんだな、今更ながら。

「てっきり最近殿下とお会いできないから、お手紙でお話しされているのかと」
「手紙ねえ…」

 ん?
 これが原因なのか? もしかして?

 頭の中でピースがはまっていく。確かに、殿下はこれを見てから迫るような顔で訴えかけてきていたような…?

 一年は婚約者でいるという約束をしたのだから、焦って当然なのかもしれない。そういえばヴィオレッタからって言い損ねたし。

「…確認してみるか」

 即実行モードのスイッチが入る。こうなったらもう、動くしかないのだ。もし違った件で私を避けていたとしても、話し合えばきっと。

「殿下って、もう帰ってきているかしら?」
「はい。先ほどレオナルドがいたのでもういらっしゃると思いますが」
「殿下の部屋に行ってくるわね」
「!? 少々お待ちください!」

 マチルダは慌てて私の髪を梳かす。服も着替えて欲しいと言われたが、寝る前の挨拶だけと言って無理矢理部屋を出た。


 ◇◆◇◆◇


「多分ここ…」
 記憶力に感謝。おそらくここだ。と言っても扉にプレートなんかないから、賭けっちゃあ賭けだけど。

「殿下、いらっしゃいますか」
「……」
「あ。……フリージアです」

 名乗るのを忘れていた。否定しないということは殿下の部屋で合っているんだろう。「少し待ってください」と聞こえて、扉が開く。私は思わず叫びそうになった。

「うわーーーーーーーー!???!!?」

 手遅れだった。

 殿下の表情が、これまで見たことないほどにどんよりしている。いつも羨ましいほど血色のいい頬をしてるけど、今日はその健康的なオーラもほとんど感じられないし、目の下のクマがひどい。おそらく眠れていないんだろう。
 私の叫び声に多少は驚いたようだが、それよりも、

「で、殿下、大丈夫ですか?」
「フリージア…? これは夢ですか?」
「夢じゃないですよ」
「そうですか…夢ですか」

 全く話を聞いていない。

「出直しましょうか」
「いえ。ようやく来てくれたんですから……」
「ようやく?」

 この前の強引さとは裏腹に、彼は私の腕を優しく取った。手を引かれて部屋に入ると、相変わらずのいい匂いが部屋を満たしている。

「眠れていないのですか?」
「……」

 彼は力無く笑った。こちらに、とソファに通される。疲れているだろうに、膝掛けをとって私の足にかけてくれて、その隣に彼も座った。

「もしかして、ヴィオレッタとの交渉がうまくいってないんですか?」
「いいえ。その件は…どうにか、あと半年いてもらえることになりました」
「良かった!」

 それなら伝えてくれてもいいのに、と思ったが、これだけフラフラなんだし、本当に生活リズムが合わなかったんだろう。

「フリージアのおかげです。ありがとう」
「まさか。私が交渉に失敗したから、……あ、そうじゃないんです。誤解を解かなきゃと思って」

 早速というように私は手紙を差し出した。殿下がぴくりと反応する。
 様子を伺うように顎を引いて、上目遣いでこちらを見ているが、なぜこんなに怯えたような態度を取るんだろう。

「いや、この話はよしましょう。聞きたくない」
「え、でも……」
「やはり明日も早いですし、僕はもう寝ます。フリージアも早く寝室へ」
「今来たばかりなのに!」

 彼は立ち上がって、ベッドにどさっと突っ伏してしまった。もう私と話す気はないのだろうが、私はこれで退くような人間じゃない。彼を追って、ベッドの側に立つと、顔を上げてチラリと横目で見ている。

「殿下、誤解を……」
「誤解も何も、その手紙が真実ではありませんか?」
「ですからこの手紙は…ん?」

 殿下が突っ伏している枕のそばに、メモの切れ端のようなものが見えた。端っこにaの文字が見える。

「ふーん…」
「?」

 急に黙った私を殿下が不思議そうに見る。
 ノワールは最後の1文字がr、ということは別の人の名前。位置的におそらく差し出し人だろう。下の1文字がaの女の子に私は心当たりがあった。日本語にスペルがあるのかどうかは今度話すとして。

「ヴィオレッタと文通ですか?」
「ヴィオレッタ…? なぜ彼女が?」
「またまたあ。教えてくださいよ。私と殿下の仲じゃないですか」
「何が……」

 にやにやと枕元を指差す。
 彼は訝しげにそこへ手を滑り込ませて、目を見開いた。

「あ…!!!」

 殿下はガバッと起き上がって、そのメモ書きを取ってぐしゃぐしゃに丸めてしまう。しかし、次の瞬間ハッと気づいたように慌てて紙を開き、裏返して手でベッドに押し広げた。皺を伸ばしているようだ。
 やっていることがめちゃくちゃだけど、それほど焦らせたのかもと思ったら気の毒になった。

「大事なものなんじゃないですか? ごめんなさい、からかったりして」
「ああ、いや、えーっと、違います、これは…」

 あまりにも焦った様子の殿下に、これは予想外だわと思いながらもいたずら心が芽生えてしまった。

「ひどいです、殿下。私にはお手紙の一つもくれないのに」
「違いますって。これは、君の…」
「私の?」
「……教えません」

 殿下がぐっと何かを堪えるようにしているのを見ると、何よりも真っ先に可愛らしいと思ってしまう。イケメン補正の恐ろしさたるや。

「………」

 殿下は手元の紙を見てじっと何かを考えていた。やっぱり意地悪なんてするもんじゃない、と謝ろうとすると、あ、と何か思いついたように言う。

「そういえば、これは夢でしたね。望んだとはいえ、喧嘩中の君が僕の部屋に来てくれるわけがありませんし」
「え?」

 殿下は私を手招きし、ベッドの上に座らせた。

「君に誤解されたくないので見せますが……」

 くしゃくしゃになってしまった紙を広げると、そこには女の子の絵と、フリージア、の文字。絵は結構上手だけど、紙の状態と相まって……。

「呪い?」
「呪い!?」
「す、すみません。私の顔がぐしゃぐしゃにされてるから………つい…」

 まあそれは私のせいでもあるんだけど。絵を呪い呼ばわりされて(↑犯人)、殿下はちょっとだけ傷ついてるような……。

「僕が書いたんです。会いたい人の絵を描いて枕元にしのばせると、夢に出てきてくれるって聞いて」
「会いたい人…?」
「まあそのせいで緊張して、ここ数日は全く寝付けていなかったんですが」

 本末転倒にも程がある。というか、もしかして殿下はこれが夢だと思ってる?
 
「一度避けてしまってから、どうにか君と話す方法を考えていたんですが、……難しくて」
「そんな。私は大丈夫ですよ。いつでも話せるのに」
「僕が大丈夫じゃないんです」

 なんだ、やっぱり喧嘩した友達と会いづらいってだけか。その気持ちはよくわかる。
 でも、1日寝たら案外忘れるものだったりもするから(子どもってそういうものだし)、殿下には私を避けないで様子を見て欲しかったなあと言う気持ち。

 殿下のしおらしい態度に、こっちもだんだん申し訳なくなってくる。放置するなんて酷い人、と思っていたけれど、気にしてくれていたんだ。
 ほっこりしていたが、本来の目的を思い出した。

「言ってくれてありがとうございます。…殿下に、私も言わなきゃいけないことがあって」

 またふて寝されても困るけど、これがチャンスだ。

「ヴィオレッタから、ハート型の手紙をもらったことを言ってませんでした」
「ヴィオレッタ…?」
「はい。これです」

 差出人の名前を告げると、その手紙を出しても彼は拒絶しなかった。私と手紙を交互に見て、これが?という顔をしている。

「あ…」
「いけません」

 彼が受け取り、開けようとした手をそっと止める。

「中身については言えませんが、殿下の想像しているように悪いことではありませんよ」
「言えないなら悪いことに決まってます」
「あはは。それでも教えませんよ。殿下にはわからない、私たち二人だけの秘密です」

 私が笑うと、殿下は拗ねたように口をむっと尖らせた。子どもっぽい仕草が多いのは、私を信頼してきてくれてるからなのかもしれない。

「でも、夢でまで殿下が話したいと思っているなんて、全く考えつきませんでした。こんな機会をくださってありがとうございます」
「あれ……もう帰るんですか?」
「はい。もともとご挨拶だけのつもりできたんです。私も寝る時間ですし」

 ベッドから降りて、彼も同じように室内靴をはき、ドアの前で就寝の挨拶をした。

「本当に部屋まで送らなくて大丈夫ですか?」
「ええ。この廊下の向こうは私の部屋に繋がってるんです。夢なので」
「そうですか…」

 殿下は扉が閉じきる前に、宙に向かって「話せてよかった」と思いを吐き出すように呟いた。ずっと喧嘩してるわけにもいかないし、私も同じ気持ちだ。
 今度は私を見つめて、まるで愛しいものとの会話のように切ない表情を見せる。

「目が覚めても、君がこのことを覚えていてくれたらいいのに」

 聞こえるかどうかの音量で彼は言った。
 どうやら、夢の中のことは起きたら忘れてしまうものらしい。
 彼もきっと、この誤解を解くのも、私から聞いた話すらも忘れるつもりだったんだ。

 それでも、夢の中で会いたいのはなぜなんだろう。
 寂しそうな彼に大丈夫だと伝えたくて、私は閉じる扉を手で支えようとするが、

 ──バチッ。

「痛っ! 静電気!」
「え?」
「静電気です! もー、ここに来てからこんな目に遭うことなかったのに……」
「………」
「…ん?」
「………痛い、と言いました?」
「…………あ」

 すみませんこれは夢でした!なんて焦って取り繕ったけど、当たり前に手遅れだった。どうやら「夢の中で痛みを感じない」という認識は、この世界も一緒のようだ。

 そのままばたん、と扉が閉まって、辺りが静まり返る。

「殿下ー! 開けてくださいって!」
「なんで黙ってたんですか……」
「だって、手紙の誤解を解きたかったんです。そのままだと絶対聞いてくれないでしょう?」
「……聞きました。ちゃんと話してくれれば」
「嘘だ! さっきソファから秒で逃げてたくせに!」
「……確かに…そうですが…」

 渋々納得したような声が聞こえてくる。かちゃ、と扉を開けて、こちらをじっと見ている。こういう仕草は本当に子どもっぽくて、こう、庇護欲を刺激されるというか……。

「殿下」
「何ですか」
「今度、わたしに殿下の絵を描いてくださいね。あ、ちゃんと名前も入れてくださいよ。夢で会えるように」

 庇護欲じゃなくて、小さい子が好きな子をついつい揶揄いたくなるような…そういうものだったっぽい。

「…………」
「うふふ」
「廊下は冷えるから、早く部屋に戻りなさい!」

 あはは、と私は笑いながら、彼に何度目かのおやすみを言った。
 廊下を一人でウキウキしながら歩いていると、慌てて彼が走ってきて、「夢じゃないなら一人は危ない」と言いだした。それも含めて、彼のことが魅力的に思えたのだった。
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