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第一章
第10話 ハート型に手紙を折れる器用さがほしい
しおりを挟む翌朝。昨日の胃痛お茶会を乗り越えた自分を褒め称えつつも、信じられないぐらいの腹痛で学校を休むことにした。
殿下は看病のために(というか同じ料理を食べたので念のため)自分も休むと申し出たけど、今日は聖の泉にヴィオレッタと二人で行く日。こんなのでリスケにさせては迷惑だからと無理やり送り出した。
腹痛の原因は割とすぐに特定できたので、仕方ないから気を紛らわせるために読書する。マチルダに適当なチョイスをお願いしたら、歴史書ばっかり持ってこられた。
「……はっ、寝てた…」
貴重そうな本が涎まみれになってないことを確認して、時計を見る。午後3時。そろそろ殿下は帰ってくるだろうか。
ヴィオレッタにも会って、彼女は何をお願いしたのか聞きたい。あとどんな雰囲気だったかも。
それより、このあとからヴィオレッタと殿下の二人での活動がなくなることを考えると気の毒だった。おおむねシナリオ通りだから、おそらくいつかくっつくとは思うんだけど。恋は困難が多い方が燃えるだろう、たぶん。
「フリージア」
コンコン、とノックされて、返事をすると殿下が扉を開けてひょっこり顔を出した。昨日のお妃様とのお茶会以来、なんだか結束力が強まったと言うか。ちょっと仲間意識が芽生えている。
それにしても彼は上機嫌だ。何かいいことがあったのかな。
「身体の調子はどうですか?」
「午後になって落ち着きました。ありがとうございます。聖の泉はどうでしたか?」
「とても綺麗なところでした。今度貴女とも行きたいですね」
殿下はお土産だと言って、その泉の近くにあった花屋でミニブーケを買ってきてくれていた。ピンクやイエロー、ブルーの混じった花束はこの部屋のいい意味でアクセントになりそうだ。あとで飾ろう。
「ヴィオレッタは元気そうでしたか?」
「ええ。貴女を心配して、ついてこようとするのを必死で止めたんですよ」
「あははっ。想像できますね」
気の強いヴィオレッタに気圧されている殿下を見てみたい気持ちはあるけど。
「そういえば、ヴィオレッタのことを書いた記事は好評だったみたいですよ。本人が困惑していました。あれは貴女が書いたんでしょう?」
「ええ。殿下…」
「?」
私が相槌とともに名前を呼ぶと、きょとんとこちらを見る。
「沢山話せたんですね」
「! し、失礼」
ごほん、と彼は大きく咳払いをした。ヴィオレッタと話せて嬉しかったんだろう。分かりやすくて可愛いなあ。
「いいんですよ。私と殿下の仲じゃないですか」
「ち、違います。本当に」
「ここには私以外いませんよ」
「……この話をしておいたほうがいいのかもしれませんね」
「え?」
急に真剣なトーンになるから焦った。殿下は私の目の前に腰掛けて、声のボリュームを落とす。
「ヴィオレッタの──リュクサンブール家のことは知っていますか?」
「え? いえ、特には…」
というかヴィオレッタの苗字がリュクサンブールということも初めて知った。ダルトワよりも可憐だな。主人公だから、当時の私が張り切って考えたんだろうけど。
「5年前まで、彼女の家は貴族階級でした。かつて、東の国との対立が深まり、戦争寸前まで国が荒れたでしょう。その際に、リュクサンブール家の当主が諜報活動を行っているという密告がありました」
「え……」
知らなかった。というか、そんな設定組んだっけ? いつも思うけど、私が作ったへんてこな設定と、知らない設定が入り混じっている。
ディテールを詰めずに恋愛パートだけ書きまくってた私が悪いのかもしれないけど、それは若気の至りってことで許してほしい。
「実際、彼女の家は特に関わっていなかった。一伯爵にできることは限られていますからね。…ですが、東の国にはそんなことで説明はつかない。リュクサンブール家を処罰することで、体裁を保ったのです。大分省略しましたが、ああ──」
殿下は眉間に皺を寄せる。
「ヴィオレッタの両親はそこで亡くなっています」
「……え……」
一瞬、目の前が真っ暗になった。
そんなの、知らない。
いや、私はそんな設定作ってない……のほうが正しい。
ヴィオレッタは平民だけれど、温かい家庭で育っていて、……。家族の愛を惜しみなく受けて育ったからこそ、彼女は強く前向きに生きられるわけで。
「…ちょっと待ってください。この学園に入るのにはそれなりの資金が必要のはずです。それはどう説明がつくのでしょう?」
「私の面倒をよく見てくれている家庭教師がいました。その方に頼んで貸し付けていたのですが、昨年、彼は持病で亡くなってしまいまして」
そうだったのか。
そんなことも知らず、…いや、ヴィオレッタは私がそれを知って同情で仲良くしようとするのを嫌うだろうから、これでよかったのかもしれない。
「それで、今年の学費をどうするかという話を彼女に直接していたのですが、…新聞部に嗅ぎつけられたようで、あっという間に噂になってしまいました」
「……」
なんか、これも私のせいで拗れてない?
「……ヴィオレッタに話をしてきます」
「待ってください。どうして貴女が?」
「………」
「フリージア?」
「ご……ごめんなさい!!!!」
私は立ち上がって、テーブルに打ちつけるんじゃないかってぐらいの角度で頭を下げた。
「!?」
「ヴィオレッタと初めて話した時、『援助だけじゃなくて、殿下は貴女に好意を抱いていると思う』と言いました。……その後、ヴィオレッタは殿下のことを避けるように…」
「ああ。…それでしたら大丈夫ですよ。元からあんなふうに会うことは嫌がられていましたし」
「………」
それはそれで嫌なんだけど。嫌がってるのに呼び出して会ってたのか。
「話を戻しましょう。フリージア。座ってください」
「はい…」
「……君にお願いをすべきか迷いましたが。……いいでしょうか?」
「内容によりますわ。何でしょうか?」
彼はゆっくりまばたきをして、私を見た。
「ヴィオレッタを説得してほしいのです」
真剣な眼差し。
殿下にはここに来てからずっと「フリージアに興味がないムーブ」をされてるけど、そのたび新鮮に傷ついてしまう。
「かまいませんよ。何についてですか? お金について? それとも愛人として迎えることを私が飲んでいることも改めて伝えましょうか?」
「……怒っていますか?」
「いいえ?」
その証拠に、口角をくいっと上げる。
「…支援を受けるように。3年後期分は来月が支払い期限のはずです。それまでには」
「お任せください、殿下。必殺・泣き落としで絶対にYESと言わせますわ」
「君が泣かずにというわけにはいかないのですか?」
彼は苦笑いしている。
引き受ける気にはなったが、一応確認しておかねばならないことがある。
「──念のため、お聞きしたいんですが」
「どうぞ?」
「その、ヴィオレッタの両親が亡くなるきっかけになった、諜報活動は『なかった』ということで合っていますか?」
「ええ。少なくとも僕は、そう聞いています」
「誰に?」
殿下は答えない。眉ひとつ動かさず、時が過ぎるのを待っている。ここは私が折れる場面なのだろう。
「では、質問を変えます。ヴィオレッタの両親は、……殺されたんでしょうか?」
「……それは、まだ。言えません」
「そうですか」
まあ私が知らないほうがいいこともあるだろう。むしろ、ここまでよく喋ってくれたものだ。それほどヴィオレッタの家が苦しい状況にあるということなのかもしれないが。
彼が部屋を去った後、机の上の花束を手に取る。
窓を開けて、右手を振り下ろせずに、ふたたび窓を閉めた。ドレッサーに映る自分の表情が、恐ろしく冷たいものでびっくりする。
ヴィオレッタは幸せになるべきだ。
それは、殿下も、フリージアも、オルハンだってそう。
「まさか、両親が死んでいるなんて」
自分が描いた覚えのない不幸。
私が幸せにすべきなのは、フリージアだけじゃないのか?
「……でも、彼女には殿下がいる」
それでいいはず。そうなれば、幸せになれる。昔から好きなおとぎ話のように。私はそのアシスト役に回って、フリージアはフリージアでいい恋愛をして、彼女なりの生き方を探そう。
大きく深呼吸したら、この花束のことなんかどうでも良くなった。いつまでも希望を捨てられない自分に、ちょうど嫌気がさしていたところだ。
学費の話が終わったら、その密告した人物や、東の国との交易について真実を知りたい。殿下に聞いても教えてくれなさそうだから、彼やオルハンの持っているパイプから探ってみるのも良さそうだ。
全員の道筋に希望が見えたら、その頃には私も帰れるだろう。
「帰ったら、……久しぶりにお寿司が食べたいな。あー、ラーメンもいい。でもやっぱり味噌汁…いや味噌ラーメン……」
考え始めたら止まらなくなりそうなので、やることリストを書き出した。明日からはこんなふうに動くぞ!という決意表明。あくまでもフリージアとして、もう少し頑張ってみるか、という程度だ。
◇◆◇◆◇
「嫌です」
「へ……」
翌日。私はヴィオレッタを呼び出して、一昨日修羅場を迎えたあの教室にいた。二人には十分すぎるほど広い部屋で、彼女と向かい合っている。
「学費のことは、……知っています。祖父からも聞いていましたし。ですが、もう決めたことなんです」
「決めたって、何を?」
「──この学園を去ることです」
私は言葉を失った。
彼女は祖父に、学費くらいの余裕はあると言われていた。しかし、殿下が声をかけにくるようになってから疑問を抱いたらしく、家中の戸棚を探したところ、殿下と関係の深い人物から莫大な借金をしていることがわかったそう。
「私の両親は殺されても仕方ないことをしたと思っています。確かに私は5年前、孤児となりました。だからと言って、殿下から直接支援を受けられるのもおかしいと思っているんです」
「……」
「フリージア様まで使ってくるなんて、おかしいと思いませんか。それとも、フリージア様は何か知っておられるのですか」
ヴィオレッタの両親は殺された。いま、彼女は確かにそう言った。しかし、彼女は諜報活動があったと、そう認識しているのだろう。
それなのに、そこまでの反逆をしでかしておきながら、陰でずっと殿下が支えてきていたことを知ってしまった。
──次に怪しむのは、「その反逆罪が真実か否か」だ。
「……私は」
貴女の両親が、無実であると聞いている。
そんなこと、無責任に言えるはずがなかった。
これまでも自分の余計な一言で他人を振り回している。それに、伝聞だけで確証が持てないまま、彼女に真実として教えるのはリスクが大きすぎる。
「フリージア様」
「まだ、わからないの。私はこれから、できる限りでそのことを知りたいと思ってる。だから、……」
協力して欲しい?
待っていてほしい?
約束なんかできない。
「……」
「だから……」
「……もう、いいんです。フリージア様」
彼女は笑って、「フリージア様の方がお辛そうな顔をしています」と言った。諦めの混じった素振りに、これ以上踏み込むべきでないと脳が言っている。
「別の話をしましょう」
ヴィオレッタは手帳を取り出して、そのうちの一ページを破ってしまった。ペンを取り出してさらさらと文字を書く。
「この前、フリージア様が水害の支援をしてくださったでしょう。あのあたりは、私の両親が治めていた土地なんです。地盤が緩いのは知っていましたが、なかなか資金繰りが芳しくなくて、対策を講じられずにいたんです」
ヴィオレッタはペンの先で今一度文字を確かめるようになぞり、メモを私の前に差し出した。どうやら、地名、そして修道院の名前らしい。
「祖父には帰ってくるならどこかに嫁ぐよう言われていました。ですが、私にはどうしても諦められない相手がいます」
「……そうなの?」
ヴィオレッタ曰く、お金を借りるくらいなら辞めて働きたいという彼女と、それなら結婚をして家を再建させたいという祖父とで意見が分かれ始めていたらしい。恩義は大事にする彼女だから、そのことを負担に思って悩んでいたところ、祖父のお付きの人が生まれ育った修道院をこっそり紹介してくれたのだそう。
「この学園にいると、どうしても……なので、この修道院に入ろうと思っています。フリージア様、あのお願いはまだ有効ですか?」
わたしは目を瞬かせた。数週間前、彼女を撮影に連れ出した代わりに何でもお願いを聞く、と言ってしまっていた。
「ええ。もちろん」
少し考えて、私は頷いた。心なしか、ヴィオレッタはほっとしたように見える。
「祖父にも、誰にも、このことは言っていません。もし、どうしても私に連絡を取る必要が出てきたら、ここに私の好きな人を連れてきて、会いに来ていただけますか?」
ヴィオレッタの素直な瞳が私を見つめる。
ヴィオレッタの好きな人か、と一瞬考えてみたけれど、ダメだ。まず平民クラスの人のことを全然知らないし。
「うーん……」
気づけば返答する前に考え込んでしまっていた。
彼女は受け入れてくれるのが不安なのか、指を交差させたり解いたりを繰り返している。思い当たらないってだけで、別に拒否するわけじゃないから、まずは安心させることにした。
「それはいいけど、どうやってヴィオレッタの好きな人を当てたらいいの?」
「それは秘密です」
ええ、と不満の声が漏れた。ヴィオレッタは狙い通り安心したのか、表情が和らいでいる。
彼女はメモを小さく折り畳み、器用にハートの形にした。小学生の頃を思い出すなあ。私に再度差し出す。私はそれを受け取り、しまう場所がないなと思いながらジャケットのポケットにとりあえず入れておく。
「難しいわ。少しだけヒントをくれない?」
「あはは。さっきまであんなに辛そうな顔をしていたのに、急に少女みたいな顔をするんですね」
「だって、…この学園を辞める理由にその人も含まれてるんでしょう。それぐらいの熱量なら、殿下にアプローチされても靡かないのも納得がいくわね」
「ふふ」
せっかく対等に話せる人がいなくなってしまうのは、今後のフリージアにとっても辛いことだろう。
「あ、わかった!」
「え?」
「私一人で遊びに行ってはいけない?」
「……え」
ヴィオレッタは一瞬目を見開いたが、すぐにいつものようにクールな表情に戻った。とは言いつつ、視線が泳いでいるからその手があったか、と動揺させたのかもしれない。
ナイスアイディアかと思ったけど、それじゃあルール違反なのかな。
「寂しいわ。せっかく友達ができたから、…たまになら、どう?」
「…あ──」
──コンコンコン。
彼女が何か言おうとしたとき、ノックの音が響いた。
「フリージア。いますか?」
「殿下!」
忘れていた。本来の目的は、殿下に頼まれてお金の援助を受けるよう説得することだったのに。
完全にノリノリで恋バナする気満々だった。
扉が開いて、昨日みたいにひょっこり顔を出す。お茶目で可愛い。私しかいないと思ったらしく、ヴィオレッタの姿を見つけて気まずそうに、あくまで普通を装って入ってきた。
「殿下。ごきげんよう」
「ヴィオレッタ、ということは──」
「ええ。フリージア様から説得を受けていました。まさかフリージア様に言われるなんて思わなかったです」
「…申し訳ない」
ヴィオレッタの態度から、私の交渉が失敗に終わったことを感じ取ったらしい。
「フリージア様に謝るべきだと思いますよ?」
ヴィオレッタはなぜか怒り気味だ。さっきまで楽しく笑っていたのに。
「殿下。申し訳ありません。…」
「フリージア様が謝る必要はありませんわ。私、この前も殿下に申し上げた通り、この学園から去るつもりですから」
殿下は前から知っていたのか。
それは確かに辛いことだ。止めるのに必死になっても仕方がない。
「……これは言うべきか迷ったが」
「殿下。それは」
殿下は私が止めるのも聞かずに、周囲を少し気にして、ヴィオレッタに近づいた。そして小声でこう告げる。
「君の両親は、無実の罪を着せられた可能性がある」
「………な…」
さすがのヴィオレッタも、これには戸惑ったようだ。もっと強く殿下を止めるべきだっただろうか。
だけど、いつ知ったところで、彼女が慰められることはないのに。
「その事件について、今、僕は密かに調査しています。何が真実なのか、…わからない段階で君に言うべきではないと思いましたが」
「…それを聞いて、私に何の関係が?」
ヴィオレッタはわなわなと唇を震わせる。立ち上がって、殿下をきっと睨みつけた。
「今更、そんなことを言われても。その罪滅ぼしにお金を受け取れと言うのですか? 判決を下したのは国務院です。証拠もあると聞きました。司法に、…この国家に、不正があったことをお認めになるのですか?」
ヴィオレッタが彼を捲し立てる。殿下はつとめて冷静に、彼女に言い聞かせた。
「…ええ、確かに君の両親を裁いたのは国家です。しかし、それを企てた人物が──無実の人を犯人だと仕立て上げた人物がいるのなら、国家のためにも裁くべきだと思っています」
殿下の返答を聞いてもなお、ヴィオレッタは彼に鋭い視線を放っていた。当たり前だ。どっちにしろ、彼女にとって辛い選択になるのは間違いないから。
「今の私から説明できるのはここまでです。…ヴィオレッタ。あとは君に決めてもらってかまいません」
「──…失礼します」
ヴィオレッタは会釈をして部屋を出て行った。扉が閉まった途端、緊張の糸が切れたように殿下がふらつく。咄嗟にその体を前から支える。
「大丈夫ですか?」
「ええ。……フリージア。君に無茶をさせてしまいましたね」
「そんなことありません。ヴィオレッタは大事な友達ですから」
「…そうですか」
なぜか殿下は微笑んで、私にもたれかかった。今度は私がよろけたものの、バランスは崩さずギリギリのところで持ち直す。というか、これは……抱きしめられている?
「殿下……?」
「少しこのままでいては駄目ですか?」
「……え、ええと」
意識したら一気に熱がぐわんと上がってきた。平常心、平常心。殿下はもしかしたら体調が悪いのかもしれないし。
「あちらのソファにお掛けになってはいかがですか? 私がレオナルドを呼んできます」
「レオナルドですか?」
「体調が優れないのでは…?」
「いいえ?」
「……」
なら、余計、困る‼︎
いい加減このプレイボーイのような、時々フリージアをからかってやろうみたいなムーブをするのはやめてほしい。
初対面の時のツンとした殿下が恋しくなってきた。
「フリージア?」
「でっ……!?」
密着しているから当たり前だが、整いすぎた顔が近くにあって、耐性のない私のキャパシティを軽く超えてしまった。
「殿下…こ、困ります!」
「!」
私は彼の腕から、少し突き飛ばすような形で抜け出した。一丁前に傷ついたような顔で、殿下は私を見る。
そうだ、この人は初対面で「2番目の女」って言ってきた男だった。初めは冷たい人だと思ったものの、それは予想通り、相手をよく知らないからという理由で。
最近の殿下は結構、優しいし、…懐いてきた猫みたいに、可愛らしい素振りも見せてくれる。
だから困るのだ。
冷たくあしらうなんて、できるはずがない。
「…?」
ふと、殿下の視線が床に向かっていることに気づく。そこには器用にハート形に折られた、さっきのメモが落ちてあった。
「あ…!」
私は慌ててそれを拾って、ポケットに再度しまう。これを落としたら大変なことになる。彼女の万が一の逃げ場を失わせるようなことはしたくない。
「…!!」
殿下は私に突き飛ばされたことがショックだったのか、ようやく動き出して一歩前に進む。同じように一歩下がって逃げた私の腕を掴んで引き寄せ、腰を抱いた。ヴィオレッタへのアプローチでもわかっていたが、懲りない人だ。
「……やっぱり、他に好きな人がいるんでしょう」
「何を言ってるんですか…!? やっぱり熱があるのではありませんか?」
「いいえ。私の質問に答えてください。オルハンですか?」
「殿下? あの、…!」
「やけにレオナルドを親しく呼ぶのは…そういうことですか?」
「違いますって‼︎」
「あの手紙は誰からのものですか? それとも君が?」
「……言えませんっ」
「フリージア」
「顔が近いです…!」
──コンコンコン。
「殿下ー? フリージア様もいますか?」
レオナルドの気の抜けた声が聞こえる。殿下はしばらく黙っていたが、「少し待ってくれ」と扉の向こうに声をかけた。私の身体を離して、ふう、とため息をつく。
「…すみません。少し冷静にならなければ、…」
「やはりどこか体調が優れないのでは…?」
私の問いかけを無視して(!)、彼は部屋の外に「入ってもかまいませんよ」と言った。レオナルドは入ってきて早々、私たちの表情を見て何かあったらしいと察したらしく、早く馬車に乗りましょうと急かした。
帰りの馬車の中で、ノワールは珍しく不機嫌で、私とレオナルドはかなり気まずいムードのまま王城へと戻ったのだった。
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