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第一章
第13話 男装女子がグイグイ来る回
しおりを挟む「革命派……?」
革命、極端に言ってしまえば、国家転覆を企んでいるということ。かつてスパイの疑惑がかけられたリュクサンブール家の娘というだけで色眼鏡で見られることもあるだろう。
そこから殿下との噂、貴族優位なコンクールでさえ私が負けてしまったこと。これらは確かに革命派を疑う人たちが燃え上がる材料としては充分すぎるかもしれない。
正直言って男装は関係ないと思うけど、噂が蔓延っている現状ではなんでも火種になりうるということだろう。
「フリージア」
「は、はい!?」
「随分と考え込んでいたようですが」
気づけば殿下は、ベッドのそばの本を数冊マットレスの上に置いて柱にし、サイドテーブルに置いていたティーセットのトレイを橋のように掛けて「お茶でも飲みましょう」と言った。
「行儀が悪いのではありませんか?」
「お付きの人間が誰も見てないからいいのです。昔こういうことをよくやっては怒られていました」
「殿下もそんなことを? 可愛らしい」
くすっと笑うと、殿下は満足そうに頷いて、半分ほど紅茶を注ぎカップを私に差し出した。
「殿下にお茶を淹れてもらうなんて」
「僕は親しい人にしかこうしませんから、覚えておいてくださいね」
彼なりに和ませてくれたのだろう。私はわかりました、と受け取ってブラックティーを口に含んだ。香りが強くて渋みもあるが、なぜか優しい口当たりに感じるのは、目の前の人物のせいだろうか。
「おいしい…」
「でしょう。練習したんです」
少し冷めているし、私が起きてからはこの部屋に誰も入ってきていない。もしかしたら殿下は私が起きるのを待っていてくれてたのかもしれないな。
「話を逸らすつもりはないのですが、君は一人であれこれ考えて、こっそり行動に移して、傷ついて帰ってくることが多いですね?」
「……?」
「広報部の件も、オルハンから聞きました」
「殿下のお耳に入っていたんですね…すみません」
「違います、謝らせたいのではなくて、…心配だと言いたかったんですよ。……話を戻しますと」
こほん、と殿下は改まって話を続けた。
「コンクールの特別受賞者として、君にも活動してもらえないかと思いまして」
「特別受賞者…?」
結果発表から時間も経っているし、今更感があるけど。
それは殿下もわかっているらしいが、学園の上の人間たちがどうしてもと殿下たちに相談してきたらしい。淑女らしいフリージアをascaの特別受賞者とお膳立てれば、ヴィオレッタの代打でいろんな活動を任せられるのではないか、と。
「そんな理由で…」
「ですが、実際に君は特別受賞に値する人間ですよ。オルハンのあの作戦は正直ヒヤヒヤしました」
「あれはオルハンの家が協力したからできたことで…」
「忘れられていた広報部を本来の役目に引き戻してくれましたし」
「それも、ジェニとターナーが取材を頑張ったからです」
「何より、ヴィオレッタがそれを望んでいます」
「………なんで…?」
そもそも、これは人望による投票のはずで、選ばれなかった私は殿下の婚約者に相応しくない、と思われてる、なんて現実を突きつけられたに等しいのだ。
私の純粋な疑問に、殿下は笑って答えた。
「君が思っているよりも、ヴィオレッタに慕われているということですよ」
「まさか。そんな私情だらけで…伝統はいいんですか?」
「ああ、一番大事なことを忘れていました。僕もそれを望んでいます」
「殿下まで……冗談が過ぎますわ」
彼は質問に答えず、私の左手を取って、じっと空色の瞳で私を見つめた。
「受賞すれば、もっと一緒に過ごす時間が増えますし、いい案だと思ったのですが」
「ひ、卑怯ですよ…!」
繋がれた手にぎゅっと力が入った。
かつて私がヴィオレッタに使った手段ではあるが、そんなお願いの仕方、ずるい。断れないに決まっている。
「フリージア…」
「ずるいですって~…!」
「あはは。お願い、聞いてくれますか?」
「は、はい…」
良かったです、とパッと手を離された。こんなのデート商法だよ。私だけがどんどん彼に振り回されているような気がする。最初からそうなのかもしれないけど。
「でも、私がいろいろ赴いたところで特に現状が変わるとは思えません」
「いいえ。……ヴィオレッタに君を任せるのも癪ですが、おそらくこれで一触即発、という事態は免れるでしょう」
「……」
「不安ですか?」
「……」
答えない私に痺れを切らしたのか、殿下は手早くティーセットを片付けた(本当に慣れた手つきだから最近もやってるんだろう)。かと思うと、両腕を私に向かって広げて何かを待っている。
「えっと…?」
「…飛び込んでくるかなと思いまして」
「そんな、犬じゃないんですから」
「でも、僕は君に何度か胸を貸してもらったことがあります。反対に、君が不安な時は僕を頼ってください。夫婦になるのですからね」
夫婦か。
殿下の口から初めて聞いたけど、どこまで本気で言ってるんだろう。
でも、恋愛イベントは多くあるに越したことはない。こんなイベント書いた覚えないけれど。
正直言って、もうシナリオの範囲をゆうに超えてしまっている。二人は幸せなキスをして終了、子どもの自分が考えるハッピーエンドはそれだけだったから。
「……失礼します」
私はあれこれ考えた挙句、ちょっとだけ自信を失いかけた殿下の横に移動し、肩に頭を預けた。そのわずかに触れる箇所から伝わる体温、たったそれだけでも十分に、労ってもらえているという気分になれたのだ。
◇◆◇◆◇
「ふっ、ふ、フリージア様…!?」
「ごきげんよう。こんなに朝早くの出立なのね」
王城に迎えが来る、と聞いていたけど、すでに馬車の中にはヴィオレッタが乗っていた。挨拶をして、今回は自分も一緒に奉仕活動をすることを告げると、めちゃくちゃ驚いていた。
「てっきり殿下かと思っていたんです。最近は一緒の任務がなかったから、変だと思ったんですが…」
王都から少し離れた孤児院の炊き出しを手伝うことになっている。
この国の法律では、地域の人々との交流や地産地消も兼ねて週に一度炊き出しを行っているらしい。材料の手配も国から命を受けた政府側が管轄しているのだとか。
じつはここに来てから王都を出たことがなかったが(実家も王都の端っこにある)、特にどこかしらの村が貧困に喘いでいると言う話は聞いたことがない。
その辺りもふわっとしていて、ある意味では幸せな国なのかもしれないな。
「お姫様だー! フリージアさま!」
「新聞みた! フリージアおひめさまが来るって!」
「あらら…すごいね、お名前もわかっちゃうの?」
「ねえねえ、隣の人は王子様ー?」
ヴィオレッタを指さして、「髪の色ちがーう!」と言う。そこで判別してるんだ。王子様かと訊かれたヴィオレッタは頷いている。
「はい。フリージア様にとっての王子様に…いずれそうなりますよ」
「こら、嘘を教えないの」
子どもたちの賑やかな声に囲まれながら、色々な準備を行っていく。そういえばここに来てから料理なんてしたことなかったけど、元はと言えば大学から一人暮らしをしていたOLだ。一通りの家事くらいはできる。
とはいえ、「私、やりますよー」ぐらいのテンションで皮剥きを始めたのはまずかったかもしれない。
「料理をする機会なんてありましたか?」
「み、見るのが好きだったの。土だらけの材料がぴかぴかに磨き上げられて、美味しい料理が出てくるのが不思議で」
「ああ、わかります。魔法みたいだなって昔は思っていました」
ヴィオレッタのその例えは物語の主人公らしく、かわいらしいなと思った。
私の行動は彼女をはじめ、周囲の人を驚かせてしまったらしい。やっぱり心配なのか、ヴィオレッタは私の周りをうろうろして様子を伺っている。
心配させないようになるべく早く終わらせようと急いでいると…。
「いっ…」
「フリージア様!?」
「大丈夫、指を切っただけよ」
ヴィオレッタが声をあげると、周りの人たちもざわめいてしまう。こんなことで注目されて、恥ずかしい。
「褒められたのが嬉しくて、調子に乗ってしまったみたい。洗ってき──」
私が言葉を失った理由は、おそらく察しがついているだろうが、改めて説明させてほしい。
わずかに血が出た指を、ヴィオレッタは何の躊躇いもなく口に含んだのだ。そのあまりに少女漫画的な光景に、何人かは口に手をあててショックを受けている。私もどこか他人事のように見えて、自分の指が咥えられていると思うとくらくらしてしまいそうだった。
「救護班を!」
誰かの叫び声で私もようやく状況を理解できた。
「ヴィオレッタ!? ぺ、ぺってしなさい!」
「……」
「ちょっと、聞いてる!?」
ヴィオレッタは私の言うことを聞かずに指をくわえたまま、焦る私をぼうっと見つめているだけだった。救護の人たちが慌てて走ってきてようやく放してくれたが、こんなに小さな傷を見せるのも恥ずかしい。
その場でやたらと包帯を巻かれて、危ないからと配膳担当にさせられた。………やっぱり恥ずかしい。
「そばにいてくれるのは嬉しいんだけど、来てくださった方のほうをもう少し向いたほうがいいんじゃない?」
さっきの件で心配させたのか、ヴィオレッタは私のほうをずっと気にしながら、ヴィオレッタ目当てに来たであろうご婦人方に応対している。
「フリージア様が火傷でもしたらと思うと、心配で…」
「大丈夫よ」
「おにーさん、カッコいいわねえ?」
「ロージー、この子は女性よ」
「あら、そうなの? ごめんなさいね?」
ヴィオレッタに確かにこんなふうに言いたくなるのもわかる気がする。この世界の男性にしては身長が低いが、それが気にならないぐらいイケメンだから。
あの美少女がこんなイケメンに感じられるとは、美形には性別の壁なんて関係ないんだなあ。
「ふ、フリージア様っ」
「ん? あ、ご、ごきげんよう」
並んでいた男性はちょっと挙動不審だけど、まあそんなこと気にしてられない。馴れ馴れしい奴もいるが、その反対だっていて当然なのだ。
トレイを手渡すと、男性はぺこりと頭を下げてベンチの方へ歩いて行った。
「よし、今日はこんなところかしら」
「お疲れさまでした」
「フリージア様もよかったら召し上がってください」
「いいんですか?」
ヴィオレッタと向かい合って、ワクワクしながら席に着く。早速食べようとしたら、お付きの人が慌てて飛んできた。聞けば、毒見役がいないので食べないでほしいとのこと。当然っちゃあ当然か。
「あ…そ、そうですか。フリージア様、申し訳ございません」
「いえ。こちらこそ、ルールをわかっていなくて…」
孤児院の人にも気を遣わせてしまった。私のぶんのトレイが下げられるのを見て、ヴィオレッタが申し出る。
「…私が毒見します。それじゃいけませんか? 証人がいないので、シルバーはどうにか考えて使わなければいけませんが…」
「え? いいわよ、ヴィオレッタ。食事を楽しんで」
「ですが…」
「貴女が食べるのを見てるわ。余計お腹空いちゃうかも」
「……」
ヴィオレッタは少し耳を赤くしながら食べ始める。髪を切ったから、こういう仕草も全部わかりやすくなったような気がする。
…にしても、お腹が空いた。彼女が幸せそうに食べるからかもしれないけど。
「ねえ、一口くれない?」
「え? ……いいんですか?」
「誰も見てないわよ。でも、…何かあった時にヴィオレッタのせいになっちゃうのかしら…」
「フリージア様と死ねたら本望ですが…」
「洒落になってないわよ」
こうしている今も、彼女や私の尻尾を掴もうと企んでいる人がいるかもしれないのに。
「それとも、間接キスとか気になるタイプかしら?」
「間接キス…?」
「例えば、私が指にこう、…口をつけて、ヴィオレッタがここに口をつけるでしょ。間接的に唇が触れ合ってるから、間接キス」
「な、そ、そんな、はしたない…!」
指を彼女に向けると、ヴィオレッタは顔を真っ赤にして立ち上がった。周囲がざわついたのではっとなって座り直す。
「ごめんなさい、気にする方だったのね。じゃあ一口もらわなくて正解だった。私は好きな人とかだとラッキー、なんて思っていたんだけど」
「……い、……」
意地悪、と言いかけたであろう口をつぐむ。
言ってくれたっていいのに。口紅がついていますよ、と私の指先を彼女がハンカチで拭ってくれた。
「ありがとう」
「ふ、フリージア様は…」
何かモゴモゴ言い始めた。
男性の姿でもやっぱり可憐さは隠せないのかもしれない。以前に比べたら、髪を切ってからの彼女はより表情が豊かになった気がする。特にいまのヴィオレッタの顔は、殿下に見せたくないな、なんて思ってしまって。
ヴィオレッタはコホン、と小さく咳をして、ひそひそ声で言った。
「フリージア様。……もう殿下とキスをされたのですか?」
「…え!?」
今度は私が真っ赤になって立ち上がる番だった。
「い、言わない。記事にされるかもしれないし」
「もしかして、まだ…」
「あります! それぐら…い……………」
「…ふふ」
「ひどい、ヴィオレッタ。嵌めたわね?」
「さあ?」
先ほどまで一緒に調理をしていた何人かが話しかけてくれたので、周りの席に座ってもらう。
王都の話やこの地域の話に花を咲かせていると、なにやら騒がしい声が聞こえた。
「ヴィオレッタ様っ!」
テントの前で大声で彼女の名前を呼んでいるのは、さっき私の列に並んで炊き出しを受け取った男だった。ひそひそと話す声から、あの男は近隣住民ではないらしいと知る。
護衛の騎士たちが私たちの前に壁を作る。特に何かをしたわけではないが、何か起きてからでは遅いのだ。
同時に騎士たちは男を取り囲む。彼は叫びながら手に持っていた器を地面に叩きつけた。ガチャン!と大きな音がなり、周囲の人々が小さな悲鳴を上げる。
「ヴィオレッタ様! その女から離れてください! さっきフリージア様からもらった食事に、これが──……」
壁になってくれた騎士たちの間から、テントの前の様子が見えた。割れた器から漏れ出たスープが地面に大きな染みを作っていく。
誰もがハッと息を呑んだ。
その中に、あきらかにスープの具の大きさではない、ちょうど鼠のような何かの死骸が横たわっていたのだ。
「ひっ…!」
「フリージア様、いけません」
すかさずヴィオレッタが私の目を塞いだ。
きっとそれを見たのだろう、女性や子どもの叫び声が聞こえる。
手の震えが止まらなかった。
誰かが何かを吐き出したような、地面に液体が叩きつけられる音も聞こえてきた。
阿鼻叫喚。
元の世界にいたら、こんなキャッチーな見出しをつけていただろう。
自分の呼吸がだんだんと荒くなっていくのがわかる。上司からの命令で事件の現場に駆けつけることはよくあったが、初めから居合わせることなんてなかった。ましてや、その憎悪の矢印が私に向いていることなんて、元の世界で生きていたとして一度もなかっただろう。
「フリージア様、こちらへ」
周りが慌ただしく動く中、護衛たちに促されて、ヴィオレッタが私の手を引く。だが、
「う、動けな……」
足が震えてそれどころではなかった。騎士の一人が私を抱きかかえようとしゃがむのを、ヴィオレッタが手で制す。
「私が運びます。あの男の不審な行動をすぐに止められなかったあなたたちを、私は信用できません」
「ヴィオレッタ、…」
護衛にひどいことを言うな、と続けたかったが、声もまともに出ない。私の非難する視線に気付いたのか、ヴィオレッタは目を逸らす。
「……すみません。でも、私が」
ふわっと、というわけにもいかなかったが、ヴィオレッタの腕のキャパシティにはギリギリ収まったみたいだ。結構痩せ我慢しているようにも見えなくもないが。
護衛たちと一緒に孤児院の応接間に移動する。ヴィオレッタの体温のおかげか少し落ち着いたので「もう歩ける」と言うが、いけません、と返されてしまった。
「う、わっ!」
やはり筋力的に限界があったのか、ソファに下ろすときに体がふらついてしまった。ヴィオレッタの体が顔に押し付けられて、パリッとしたシャツに口紅がついたらどうしよう、なんて思ってしまう。
ヴィオレッタはパニックになったのだろう、後退りして護衛たちにぶつかった後、ぺこぺこ謝ったかと思うとハッとして180度向きを変え、私のそばにスライディングした。
「フリージア様! ももも申し訳ございません…」
「だ、大丈夫よ! 重かったでしょう? 運んでくれてありがとう」
「そんな! 羽のような軽さでした」
「今どき誰もそんな嘘つかないわ」
「本当です……」
ヴィオレッタはしょんぼりした犬のように、正座で私の足元に座っている。護衛たちの目もあるからと手招きして、私の隣に座らせた。
ヴィオレッタのおかげでいくらか冷静になれたが、あの男はヴィオレッタに対して、「私に近づくな」と言っていた。
「……おそらく、革命派と呼ばれる者の仕業でしょう」
ヴィオレッタは聞いたことのないほど低い声で言う。悔しさが滲み出ているようだった。
「フリージア様を貶めるためにここに来たに違いありません。…私と殿下との活動が少なくなったなかで、チャンスだと思ったのでしょう」
「ヴィオレッタ一人の活動の時は見たことがないの?」
「ええ。私を直接支持するようなやり方は、活動を表沙汰にできない連中にとって悪手でしかありませんから」
はあ、とヴィオレッタは膝に肘をつき、頭を抱えた。
「殿下も、何故こんな時期にフリージア様を…よりによって私との活動なんて、立候補当初の噂で誤解をしたままの人だってまだいるかもしれないのに」
「学内だけの話じゃないの?」
あれは確か新聞部がリークした学内向けの記事のはずだ。
「……フリージア様、先ほど子どもたちになんと呼ばれたか思い出してはいかがですか?」
「…あー、……『お姫様』ね、…ごめんなさい」
「そういうことです」
確かに元の世界でも、皇族や他国の王族のニュースは、学園内のことであっても何故か外に報じられていたなあ。
はあ、とため息をつきながら、ヴィオレッタが今度はソファの背もたれに頭を預けた。
彼女の鎖骨あたりに、先ほどの事故で口紅がついてしまっている。よく見るべく、私はそこに顔を近づけた。
「フリージア様?」
擦ったら落ちるだろうか? 前はクレンジングで落としていたっけ…? ネットがないとこういうとき困る。選択の得意な騎士さんがいたら教えてもらいたい。
「フリージア様……っ、今は…」
襟元を少し開いて確認したけど、裏写りはしていないようだった。
「フリージア様…ほ、他の人もいますから…っ」
「ゴホン!」
護衛のやたらと大きな咳払いでハッとした。目の前のヴィオレッタを見る。耳まで真っ赤で、なんというか、…その、お嫁に行く前に見せちゃダメなような……。
ということで、今度は私が地面に頭をつけて謝る番だった。
それを必死にヴィオレッタが肩を押さえつけて阻止するという謎の構図。
「ごめんなさい!!!!!!!! 襟元が汚れてると思って…」
「大丈夫ですから! 元はと言えば私が悪いですし!」
「だとしても女の子に…いや、誰にでもいきなりしちゃダメなことでした…!!」
「わ、私!」
ひときわ大きな声を出すヴィオレッタ。
「大丈夫です。…フリージア様に、…でも、…えっと、…嫌じゃないので」
「………」
「……」
なぜか護衛の人たちも気まずそうにしている。
いろいろ言葉が足りない気もするが、たぶん許してくれたのだろう。そう思おう。
コンコン、と軽いノックの音がして、ようやくその状況は打破された。
「フリージア様、ヴィオレッタ様」
孤児院の院長が部屋を訪れて、まずはこの事態になったことをお詫びした。予想通りあの男は革命派の人物らしく、持ってきていた鞄に彼の日記帳や、トカゲや虫の死骸など、これでもかというぐらいの証拠が入っていたらしい。
「申し訳ございません。せっかく来ていただいたのに」
「いいえ。寧ろ迷惑をかけてしまいました。…後片付けも手伝いたいのですが」
「いけません」
院長よりも先にヴィオレッタが答える。
「また何かあってからでは遅いです」
「そうですね。お越しいただいただけでも、子どもたちは喜んでいました。……」
院長の顔が浮かないのは、やはり私をこの状況に置いてしまったからだろう。時代によっては場の責任者である彼女も罪に問われる可能性がある。
「私は大丈夫ですから、また今度あらためて会を開きましょう。途中で食べられなくなった人もいるでしょうし、ガラッとメニューを変えたほうがいいかもしれません」
院長は何度もお礼を言って、片付けをしてくるからと部屋を出ていく。私たちも予定より早く、この孤児院を出ることになった。
ヴィオレッタに替えのシャツを渡して、護衛たちは全員部屋の外へ行く。彼女と二人になって、昨日の殿下の言葉を思い出した。
「殿下の言った通りになったわね」
「…え?」
「ああ、ごめんなさい。言葉が足りていなくて。殿下は『君をヴィオレッタに任せる』から『一触即発は免れるだろう』と」
「……」
「ヴィオレッタに助けられましたし、私を守る姿を見せたことでヴィオレッタは革命派じゃないって証明できましたもんね」
私が説明すると、それからヴィオレッタは何かを考え込んでいるようだった。
それは帰りの馬車でも一緒で、行きはあんなに楽しく喋っていたのに、と寂しく感じられるぐらいに。
「フリージア様」
お城に着いて、ヴィオレッタが小さなメモを渡してきた。恥ずかしいので、読んだらすぐに捨ててくださいと付け加えて。
「また秘密が増えちゃうのかしら?」
「ええ、絶対に秘密ですよ」
くすくす笑って、ヴィオレッタはようやくいつも通りの様子に戻ったようだった。彼女の馬車を見送ろうとすると、お城の扉から、まるでチャペルで花嫁を奪う男のように走ってくる人影が見える。
「フリージア!」
はあ、はあ、と息を切らして(道のどれ一つをとってもやたら長いので)来たのは、制服を身につけた殿下だった。せっかく整えたであろう髪型も風で乱れてしまっている。
「殿下、どこかへお出かけですか?」
「よかった、無事で……」
会話が成立しなかったのは、殿下が何の躊躇いもなく私を抱きしめてしまったからだ。心の底から出たようなほっとした声色に、思わず涙が出そうになる。
抱きしめながら後頭部を撫でられるのは初めてだったけど、ドキドキよりも安心感のほうが強かった。恋人にやるものというよりは、初めてのおつかいから帰ってきた我が子に対するハグ、という感じ。
殿下は沢山走ったのか、鼓動が聞こえるぐらいに大きいのも愛情を感じられてうれしさが込み上げてくる。
殿下はようやく私を離したかと思うと、手にぐるぐる巻かれた包帯を見て絶句した。
「……!? 怪我をしているではありませんか。レオナルド!」
報告を受けていなかったのか、後から走ってきたレオナルドをきっと睨む。私がレオナルドで留めておくようにお願いしたから(なぜならめちゃくちゃ恥ずかしいので)、後で彼にも謝らないと。
「あ、これは……」
「危ない目に遭うなんて、一人で奉仕活動に行かせるんじゃなかった。次は絶対僕と一緒ですからね」
「一人でじゃなくてヴィオレッタと一緒でした」
「ですが護衛も手薄でしょう。僕としたことが」
「えっと…では、お二人ともごきげんよう」
気まずそうなヴィオレッタが御者を急かして、私たちは王城の中に戻った。
「ノワール殿下、迎えの馬車が」
「断っておけと言ったはずだ」
「しかし…」
「殿下。帰ってきてから詳しくお話ししますから。これからコンクールの奉仕活動なんでしょう?」
「ええ、……わかりました」
2時間ほどで帰ってくるからと殿下はしぶしぶ城を出て行った。そばで見守っていたマチルダが待ってましたと言わんばかりに、私の服を脱がそうとする。少しだけ待って、と伝えて、自室まで戻り、ドアを閉めた。
「……」
手のひらに隠しておいたメモ。手汗で滲んでしまう前に読まなければ。今度はどんな秘密なんだろう。
「えーっと、…殿下、…」
──殿下が仕組んだ可能性は?
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