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episode.04
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その日、シュナは一日中、心ここに在らずだった。あまりにも緊張して気が気ではなかった。
約束の16時に間に合うように仕事を切り上げ、軽く身支度を整えて正門へと向かったのだが、もはや普段どう歩いていたかも定かではない。
なんとか16時前に正門に辿り着けたが、ロウェルは既にそこにいた。
普段の騎士服ではなく、訓練中のようなシンプルで身軽な装いがまた似合うのだから恐ろしい。
「…………すみません、お待たせしてしまったようで」
「時間通りだよ。じゃあ行こう」
にっこりと出迎えられたが、眩しさに思わず目を瞑りそうになる。今からこの人の隣を歩かなければならないのかと思うと目眩がしそうになる。
だが迷惑をかけるわけにもいかないし、気をしっかり持って歩かねばならない。
ふうぅ~っと深く息を吐くと、頭上からクスクスと笑い声が降ってくる。
目当てのパネットーネの味が分かれば良いのだが、望み薄な気がする。
「忙しかったならごめんね。別日でも良かったんだけど」
シュナが時間ギリギリに慌てたようにやって来たからそう思ったのか、ロウェルは笑みを浮かべながらも眉尻を下げた。
「………いえ、そう言うわけでは…ないのですが」
シュナはぎこちなく答えた。
実際、忙しくはなかった。が、ポーションの調合を間違えたり、行き慣れた書庫への道筋を間違えたり、同僚には体調不良を疑われるような1日だった。
早めに仕事を切り上げたものの、前日までに用意しておいた服が合わないような気がしてきてあれこれ着替え、結局1番初めの服に戻し、忘れ物のチェックをして部屋を出たものの足取りは重く、ギリギリになっただけだ。
「ロウェル様は非番だったのですか?」
「……違うけど、どうして?」
「いえ、なんとなく………」
(仕事終わりとは思えない爽やかさなもので)
シュナは今日、ろくな仕事をしていないが既に疲労困憊である。討伐終わりの騎士団の治療を一日中やっていた時より疲れている気がする。
それに比べでロウェルはいつもながら疲れ知らずの涼しい顔で風に髪を靡かせている。やはり日頃から鍛えているだけあって、並大抵の事では疲れないのだろうか。
それとも、シュナと出かける事くらい、なんて事はないという事だろうか。ついつい観察してしまうロウェルを見ていて分かったことは、彼は人たらしだと言う事だ。騎士達には手厳しくしているところも見たがそれでも慕われているようだし、宮廷の侍女にはいつもニコニコして相手をしているところしか見たことが無い。
千年前、初めてこの胸が締め付けられた相手は、無愛想で人を寄せ付けない狼のような人だったというのに、ロウェルは真逆だ。それでもその魂は彼と同じ物を感じるのだから不思議だ。
つい考え込んでいると、ロウェルはクスッと笑った。
「非番は明日なんだ。今夜、どうやって君を引き止めようか考えているところだよ」
「………はは」
こんな時、うまく返せるほどシュナは賢くも冷静でもない。彼の言葉が本気かどうかは知らないが、それでも喜んでしまう内心を隠して愛想笑いを浮かべるのが精一杯だ。
シュナの心はロウェルの所にある。だが彼の心を欲しいとは思わない。相手の心を欲しがるから苦しい思いをするのだ。片思いこそ、恋愛の最上級だという結論にシュナは至っている。
だからもし、もしも、ロウェルの心が自分の元へ来たなら、シュナはそれを拒否してしまう。そんな事が起こるはずがないと割り切っている片思いだからこそ、見返りを求めずにいられるのだ。
今代、シュナが思いを寄せることになったロウェルは、良いのか悪いのか『人たらし』という性格だ。そのせいで、シュナに対しても思わせぶりな言動をとることがある。
仕事以外で2人で出かけるのも、揶揄うように思わず照れるような事を言ってくるのも、ロウェルが『人たらし』という性格のせいなのだ。決して、シュナが特別な訳ではない。
(特別じゃない、特別じゃない、特別じゃない…)
「私は明日も仕事です」
「じゃあ夜はきちんと帰さないとかな、残念」
すぐに食い下がるのは冗談だったからだ。間に受けて顔を赤らめながら恥じらう姿を見られなくて良かった。
自分は、ロウェルの周りにいる顔見知りの1人。それぐらいの認識で十分だ。
そう思っているはずなのに、心は重くなり、比例するように視線も下がる。これでは見返りを求めてしまっているなと、心の中で自嘲する。
シュナは話題を変えようと、小さく深呼吸をした。
「セレネは大丈夫そうですか?」
シュナは人付き合いがそれほど上手ではない。欠きすぎた言葉にロウェルは首を傾げた。
「……なにが?」
「そろそろ本当に婚約者を決めなくてはいけないでしょう?」
「ああ、その事か」
幼少期から付き合いのあるセレネの事は妹のように思っている。何でも与えられるが不自由な妹。どうか、彼女が望む形で婚約が決まって欲しいと思う。
クスッとロウェルが困ったように笑った。
「相変わらず陛下を困らせているよ。ついに僕のところにまで話が来るくらいにね」
「……………」
ドクン、ドクンと心臓が音を立てた。
シュナの恋は叶わない。千年前から変わらない。
約束の16時に間に合うように仕事を切り上げ、軽く身支度を整えて正門へと向かったのだが、もはや普段どう歩いていたかも定かではない。
なんとか16時前に正門に辿り着けたが、ロウェルは既にそこにいた。
普段の騎士服ではなく、訓練中のようなシンプルで身軽な装いがまた似合うのだから恐ろしい。
「…………すみません、お待たせしてしまったようで」
「時間通りだよ。じゃあ行こう」
にっこりと出迎えられたが、眩しさに思わず目を瞑りそうになる。今からこの人の隣を歩かなければならないのかと思うと目眩がしそうになる。
だが迷惑をかけるわけにもいかないし、気をしっかり持って歩かねばならない。
ふうぅ~っと深く息を吐くと、頭上からクスクスと笑い声が降ってくる。
目当てのパネットーネの味が分かれば良いのだが、望み薄な気がする。
「忙しかったならごめんね。別日でも良かったんだけど」
シュナが時間ギリギリに慌てたようにやって来たからそう思ったのか、ロウェルは笑みを浮かべながらも眉尻を下げた。
「………いえ、そう言うわけでは…ないのですが」
シュナはぎこちなく答えた。
実際、忙しくはなかった。が、ポーションの調合を間違えたり、行き慣れた書庫への道筋を間違えたり、同僚には体調不良を疑われるような1日だった。
早めに仕事を切り上げたものの、前日までに用意しておいた服が合わないような気がしてきてあれこれ着替え、結局1番初めの服に戻し、忘れ物のチェックをして部屋を出たものの足取りは重く、ギリギリになっただけだ。
「ロウェル様は非番だったのですか?」
「……違うけど、どうして?」
「いえ、なんとなく………」
(仕事終わりとは思えない爽やかさなもので)
シュナは今日、ろくな仕事をしていないが既に疲労困憊である。討伐終わりの騎士団の治療を一日中やっていた時より疲れている気がする。
それに比べでロウェルはいつもながら疲れ知らずの涼しい顔で風に髪を靡かせている。やはり日頃から鍛えているだけあって、並大抵の事では疲れないのだろうか。
それとも、シュナと出かける事くらい、なんて事はないという事だろうか。ついつい観察してしまうロウェルを見ていて分かったことは、彼は人たらしだと言う事だ。騎士達には手厳しくしているところも見たがそれでも慕われているようだし、宮廷の侍女にはいつもニコニコして相手をしているところしか見たことが無い。
千年前、初めてこの胸が締め付けられた相手は、無愛想で人を寄せ付けない狼のような人だったというのに、ロウェルは真逆だ。それでもその魂は彼と同じ物を感じるのだから不思議だ。
つい考え込んでいると、ロウェルはクスッと笑った。
「非番は明日なんだ。今夜、どうやって君を引き止めようか考えているところだよ」
「………はは」
こんな時、うまく返せるほどシュナは賢くも冷静でもない。彼の言葉が本気かどうかは知らないが、それでも喜んでしまう内心を隠して愛想笑いを浮かべるのが精一杯だ。
シュナの心はロウェルの所にある。だが彼の心を欲しいとは思わない。相手の心を欲しがるから苦しい思いをするのだ。片思いこそ、恋愛の最上級だという結論にシュナは至っている。
だからもし、もしも、ロウェルの心が自分の元へ来たなら、シュナはそれを拒否してしまう。そんな事が起こるはずがないと割り切っている片思いだからこそ、見返りを求めずにいられるのだ。
今代、シュナが思いを寄せることになったロウェルは、良いのか悪いのか『人たらし』という性格だ。そのせいで、シュナに対しても思わせぶりな言動をとることがある。
仕事以外で2人で出かけるのも、揶揄うように思わず照れるような事を言ってくるのも、ロウェルが『人たらし』という性格のせいなのだ。決して、シュナが特別な訳ではない。
(特別じゃない、特別じゃない、特別じゃない…)
「私は明日も仕事です」
「じゃあ夜はきちんと帰さないとかな、残念」
すぐに食い下がるのは冗談だったからだ。間に受けて顔を赤らめながら恥じらう姿を見られなくて良かった。
自分は、ロウェルの周りにいる顔見知りの1人。それぐらいの認識で十分だ。
そう思っているはずなのに、心は重くなり、比例するように視線も下がる。これでは見返りを求めてしまっているなと、心の中で自嘲する。
シュナは話題を変えようと、小さく深呼吸をした。
「セレネは大丈夫そうですか?」
シュナは人付き合いがそれほど上手ではない。欠きすぎた言葉にロウェルは首を傾げた。
「……なにが?」
「そろそろ本当に婚約者を決めなくてはいけないでしょう?」
「ああ、その事か」
幼少期から付き合いのあるセレネの事は妹のように思っている。何でも与えられるが不自由な妹。どうか、彼女が望む形で婚約が決まって欲しいと思う。
クスッとロウェルが困ったように笑った。
「相変わらず陛下を困らせているよ。ついに僕のところにまで話が来るくらいにね」
「……………」
ドクン、ドクンと心臓が音を立てた。
シュナの恋は叶わない。千年前から変わらない。
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