殺したくせに、離さない ~死に戻った王子は、狂った婚約者に管理される~

逢 舞夏

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 翌朝、昨日あれだけ魔力を搾り取られたが、私の体調は万全だった。
 元々昔から、魔力の回復速度だけは異常に早いのだ。さらにクラウスの魔力も入っている。
 騎士教導院にいた頃も、急に呼び出されて兄上に魔力を渡し、フラフラになって帰っても、翌朝にはケロリとしていた。
 だからこそ、父上は私を便利に扱っているのだろう。
 それにもかかわらず昨夜はクラウスの魔力をあんな風に……。調子はいいが気分は最悪だ。

「……おはようございます、殿下」
「うわっ!?」

 カーテンを開けると、そこには既に身支度を整えたクラウスが立っていた。
 彼は私の顔色を覗き込むと、心配そうに眉を下げた。

「お加減はいかがですか? 魔力枯渇で辛いでしょう。すぐに私の魔力を……」
「いらない! 近寄るな!」

 私は彼の手をパシリと払いのけた。

「見て分からないか? 私は元気だ。お前の魔力など必要ない。お前こそ私に魔力を与えて万全ではないだろう」
「私は大丈夫です。殿下は……無理をなさっているのでは」
「私は一晩寝れば回復するんだ!」
「ですが」
「問題ない!」

 何度言っても、彼は納得しようとしない。
 その心配そうな瞳の奥に、私が体調不良になればユーリス兄上が困る、と言っているような焦りが見え隠れしている気がして、私は無性に腹が立った。

(……今日は一日中、隙を見てこいつから離れてやる)

 私はジト目でこちらを見ているクラウスを無視して、部屋を出た。

 廊下に出ると、向こうからユーリス兄上が歩いてくるところだった。

「あ、エル……!」
「兄上。おはようございます」
「昨日は……その、またすまなかったな」

 兄上は周囲を気にするように声を潜めて謝ってきた。魔力譲渡の事実は、公には秘密なのだ。

「気にしないでください。それより、これから準備ですか?」
「あ、ああ。……その前に、少し」

 兄上はチラリと私の背後のクラウスを見た。

「……公爵に、少し話したいことがあるんだ」
「……クラウスに?」
「ああ。今、いいだろうか。……あまり、父上に聞かれたくなくて」

 兄上の頼みに、クラウスは恭しく頭を下げた。

「……分かりました。殿下、すぐに戻ります」

 二人は私を残し、回廊の柱の陰へと移動した。
 コソコソと何かを話し込んでいる。

(……なんだ、あれは)

 私はその様子を、冷めた目で見つめた。
 窓から差し込む光の中、儚げな美貌を持つ兄上と、美貌の若き公爵。
 並んで立つ二人は、まるで一枚の絵画のように美しかった。
 以前の世界では接点などなかったはずの二人が、今はあんなに近い距離にいる。

(やっぱり、この世界のクラウスは兄上が好きなのか?)

 胸の奥が、ゾワゾワと波打った。
 嫉妬? 馬鹿な。
 私を殺した男が、自分から離れていってくれるのだ。むしろ清々(せいせい)するじゃないか。
 そう自分に言い聞かせても、胸の不快感は消えなかった。

 ***

 狩猟大会は、森の入り口で行われる出陣式から始まった。
 参加するのは、腕に覚えのある男性貴族のみ。
 着飾った令嬢たちは、日傘をさしてそれを見送るのが通例だ。
 体力のないユーリス兄上も、形式的に顔を出すだけで、実際には本陣のテントで待機し、献上される獲物を待つことになる。

(……帰りたい)

 私は馬上で深いため息をついた。
 1度目の人生では、この時期はまだ騎士教導院に入学する前だった。前回は目立たないようにしていたが、今回も前回も王族の義務として狩りに参加させられるのは苦痛でしかなかった。
 そういえば、もうすぐ入学式の時期だが、騎士教導院の話すら出ていない。どうせ行く気もないが、クラウスとの思い出が詰まったあの学び舎に行かなければならなかったら最悪だったな。

 優雅に狩猟を開始するため馬を動かしたところ、バサバサッ! と近くの茂みから鳥が飛び立った。

「ヒヒィンッ!!」

 私の乗っていた白馬が驚き、大きく前足を上げて暴れ出した。

「殿下!!」

 背後からクラウスの焦った声が聞こえた。
 彼は自分の馬を寄せ、私を支えようと手を伸ばしてくる。
 1度目の記憶がフラッシュバックする。
 前回もこうして、私は彼に助けられ――そして恋に落ちたのだ。

「落ち着いてください、今お助けします!」
「……落ち着いてください、だと?」

 クラウスの必死な顔を見た瞬間、私の中で何かが切れた。
 さっきの兄上との密会。過保護な態度。
 全部が気に食わない。

「私を見くびるな!」

 私はクラウスの手を無視し、暴れる馬の首に抱きついた。

「どうどう……大丈夫だ。お前は今回も臆病だな」

 私は馬の耳元で囁き、首筋を優しく撫でた。

「私に似ているよ。……でも、大丈夫だ」

 私の落ち着いた声と手綱捌きに、白馬は嘘のように大人しくなった。
 ブルル、と鼻を鳴らし、四肢を地面につける。

「……え」

 クラウスが、伸ばした手を空中で止めたまま固まっていた。

「……馬の扱いが、上手くなられましたね。驚きました」

 私は彼を見ることなく馬を進めた。

 ***

 森に入ると、私は本隊から離れ、人気のない小川のほとりへと向かった。
 獲物を探す気などさらさらない。
 適当に時間を潰して、終わる頃に戻ればいい。

「……ここで休憩するつもりですか?」

 当然のように付いてきたクラウスが尋ねた。
 私は馬を降り、草の上に寝転がった。

「ああ。私はやる気がないんだ。お前は兄上のために獲物を探しに行けばいいだろう」
「貴方を置いて行くわけがありません」

 クラウスは呆れたように言うと、どこから取り出したのか、座り心地の良さそうな折り畳み椅子をセットし始めた。

「どうぞ。草の上では服が汚れます」
「……いらない」

 どこまで過保護なんだ、こいつは。
 その椅子には意地でも座りたくない。

 その時、近くの道を数人の貴族たちが駆け抜けていった。

「あっちだ! 白いのがいたぞ!」
「逃したか! くそっ、あれを献上すれば、陛下から褒美がもらえるというのに!」

 どうやら、珍しい「白い獲物」がいるらしい。
 色めき立つ彼らの声を背に、クラウスが私の顔を覗き込んだ。

「……もう少し、上流へ行ってみませんか?」
「……なぜだ?」
「あちらの方が静かですし……貴方のように、人目を避けて休憩している『何か』がいるかもしれません」

 彼は意味ありげに微笑んだ。
 何を考えているのか分からないが、この椅子に座らされるよりはマシだ。
 私は渋々起き上がり、上流へと向かった。

 水音が大きくなり、小さな滝が見えてきた頃。
 岩場に、血の跡と、引きずったような蹄の跡が残っていた。

「……これは」

 私たちは顔を見合わせた。
 跡は、滝の裏にある洞窟へと続いていた。
 薄暗い洞窟の奥を覗き込むと、そこには白い光が浮かんでいた。

 白い鹿だ。
 伝説と言われる獲物。
 だが、その体は血に染まり、うずくまっていた。
 そして、その前には――。

「……ッ」

 一頭の、黒い鹿が立ちはだかっていた。
 まだ体は小さく、角も折れている。満身創痍で、立っているのが不思議なくらいだ。
 それでも、その黒い鹿は、背後の白い鹿を守るように、私たちに向かって低い声で威嚇していた。

「……白い鹿ですね。手負いのようですし、これなら簡単に……」

 クラウスが剣の柄に手をかけた。
 その瞬間、黒い鹿が震える足で一歩前に出た。
 その目を見た時、私の胸が締め付けられた。

(死にたくない……か)

 必死だった。
 自分も死にそうなのに、大切なものを守ろうと、命を燃やしている。
 あの日の私とは違う。
 私は、腹を刺された時、どこかで死を受け入れていた。「これで楽になれる」と。
 でも、こいつらは違う。諦めていない。

「……待て」

 私はクラウスを制止し、鹿たちに歩み寄った。
 黒い鹿が私を睨む。私は構わず手をかざした。

「『癒し(ヒール)』」

 淡い光が洞窟を照らす。
 攻撃魔法だと思って身構えた鹿たちが、痛みが引いていくことに気づき、驚いたように私を見た。
 傷が塞がると、私は魔法で地面の血痕や足跡を消した。

「……今日は人間が多い。もう少しここに隠れていろ」

 私が告げると、黒い鹿は長い睫毛を震わせ、一度だけ頭を下げると、白い鹿を連れて洞窟の闇へと消えていった。

「……良いのですか?」

 背後で見ていたクラウスが尋ねた。

「あれを捕らえれば、貴方の手柄になったでしょうに」
「……気分が乗らなかっただけだ」

 私はフン、と鼻を鳴らして振り返った。

「それに、知らないのか? 兄上は子鹿の肉よりも、熊の肉の方が好きなんだよ」
「……はい?」

 クラウスがポカンとした顔をした。
 私は挑発的に言ってのけた。

「だから、狙うなら大物だ。……行くぞ、熊を探しに」
「え……いや、殿下!? お待ちください!」

 私は呆気に取られる彼を置いて、森の奥へと走り出した。

 ***

 数時間後。
 本陣のテントがどよめきに包まれた。

「う、嘘だろう……?」
「あれを、エルリード殿下が……?」

 皆が目を丸くして見上げる先には、私が引きずってきた獲物――通常の二倍はあるであろう、凶暴な赤熊(レッドベア)の死骸があった。
 魔力を纏わせた剣で、一撃で首を落としたのだ。

 本来なら、騎士団数人で当たるような魔獣だ。
 しかも、熊肉など臭くて硬い。優雅な王族の獲物としては、あまりに無粋だ。

「……ち、父上。兄上。……献上品です」

 返り血を浴び、肩で息をする私を見て、父王は言葉を失っていた。
 だが、その横で。

「……ぶっ」

 ユーリス兄上が、口元を押さえて吹き出した。

「す、すごいなエル……! まさか熊とは……っ! 今回一番の大物じゃないか!」
「……ええ。兄上の好物ですので」
「ははは! なぜ知っているんだ! ……ありがとう。素晴らしい強さだ」

 兄上は腹を抱えて笑いながら、嬉しそうに私の肩を叩いた。
 その笑顔を見て、私は少しだけ胸のつかえが取れた気がした。

 だが。
 背後で控えるクラウスだけは、笑っていなかった。
 彼は、私の服についた赤い血を、青い顔で凝視していた。

(……なんだよ、その目は)

 私が無茶をしたのが気に入らないのか。
 それとも、兄上の前で野蛮な真似をしたのが不愉快だったのか。

 だが、今の私にはまだ分からなかった。
 彼のその目が、私の身を案じる恐怖の色であったことも。

 兄上の笑い声で和んでいた空気が、再び張り詰めた。
 父上だ。王は、引きつった顔で私と、血まみれの熊を見下ろしていた。

「野蛮な。……これだから魔力しか取り柄のない『出来損ない』は困るのだ」
「……申し訳ございません」
「神聖な狩猟の場を、自分の力を誇示させるために利用するな! どうせ公爵に頼み込み仕留めさせたのだろう。浅はかだ……不愉快極まりない」

 王はハンカチで鼻と口を覆い、私をゴミでも見るような目で睨みつけた。

「父上、そう仰らないでください。私は嬉しいですよ!」
「下げさせろ。その臭いがユーリスに移る」

 吐き捨てるような言葉。
 周囲の貴族たちも、合わせるようにクスクスと嘲笑を漏らしている。
 『やはり第二王子は野蛮だわ』
 『乱暴者ね』
 『ユーリス殿下がお可哀想に……』

(……ああ、そうか)

 私は唇を噛んだ。
 調子に乗ってしまった。
 あのまま白い鹿を狩りクラウスが献上すれば、兄上も困らせず、王も喜んだだろう。
 私は美しい兄上の隣に並ぶことすら、許されない存在なのだ。

「……申し訳、ございません……」

 私は逃げるように頭を下げ、その場を去った。
 背中で、クラウスが何か王に言っていたが、聞く気力もなかった。
 
 私は足早に城の廊下を歩いていた。
 背後から、貴族たちの嘲笑がまだ聞こえる気がする。
 悔しさで奥歯を噛み締め、拳を握りしめていた。

(……くそっ)

 何が「野蛮」だ。何が「臭い」だ。
 兄上が喜んでくれたなら、それでいいじゃないか。
 私は兄上のために……。

「……殿下、お待ちください」

 背後からクラウスが声をかけてきたが、私は無視した。
 今は誰の顔も見たくない。誰の言葉も聞きたくない。
 私は彼を振り切るように自室へと逃げ込み、扉を閉めた。

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