殺したくせに、離さない ~死に戻った王子は、狂った婚約者に管理される~

逢 舞夏

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【クラウス視点】

 俺は、エルの言葉を聞いて動けなかった。
 何も言えず、長い時間静寂が空間を支配した。
 いつの間にか、再び、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
 俺は、眠るエルリードの涙を、親指でそっと拭い取った。

「……言えるわけがない」

 部屋に、俺の独り言だけが落ちる。
 君を殺した理由。
 それを話してしまえば、君はまた壊れてしまう。
 真実を知ることが、君にとってどれほどの毒になるか……俺はもう、嫌というほど知っているのだから……。

 俺は眠る彼の頬に触れながら、瞼の裏で、あの日――全ての始まりとなった「1度目の終わり」を反芻した。

 ***

 血の匂いが充満している。
 燃え上がる王城の火の粉が、蝶のように舞っていた。

「……総員に告ぐ。第二王子エルリードは殺すな。生け捕りにしろ」

 俺は部下たちに、低い声で命令を下した。
 予定では、王族は根絶やしにするはずだった。だが、俺は直前で計画を変えた。
 昨夜の、あいつの顔が脳裏に焼き付いて離れなかったからだ。

『クラウス、ありがとう。お前がいれば、私はもう……ひとりぼっちじゃないんだな』

 事後のベッドで、俺の腕の中で。エルはそう言って、泣きそうなほど無防備に微笑んだ。
 その笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥でどす黒い復讐心が揺らいだのだ。王から守ったのも体が勝手に反応してしまった。

 だが、あの時、俺は復讐に囚われていた。エルに惹かれていっている事実に気づかないふりをして……それが、全てを奪われた俺が生きる唯一の理由(プライド)だったからだ。

 ――幼い頃、俺は何もかもを持っていた。
 父は、国一番の権力を誇るベルンシュタイン公爵。
 母もまた、公爵家の血を引く、名門伯爵家の令嬢だった。
 何不自由ない暮らし。輝かしい血統。俺の未来は約束されていた。
 いずれは第一王子ユーリス殿下か、あるいは第二王子であるエルリード殿下の側近として召し抱えられ、父と同じくこの国に尽くすのだと。
 そう、疑いもしなかった。

 しかしある日、その輝かしい世界は音を立てて崩れ落ちた。

「ベルンシュタイン公爵に、国王暗殺未遂の容疑がかかった!」

 父は潔白を叫んだが、その声は暴力にかき消された。投獄され、十分な審議もなされないまま――断頭台の露と消えた。処刑された数日後――母もまた、後を追うように自ら命を絶った。
 父を失った絶望か、あるいは王家の執拗な嫌がらせに心を病んだ末のことだった。
 俺は、文字通りすべてを失った。

 なんとか家臣たちの計らいで逃げた俺だったが、幼い俺を拾い上げたのは、ラドー伯爵という男だった。
 彼は表向き、父(公爵)とは犬猿の仲だと噂されていた男だ。父の死後、誰よりも父を罵倒し、王に取り入った「裏切り者」。
 だが、それこそが彼の策略だった。

「いいかクラウス様。私がお前を引き取ったことは、誰にも怪しまれない。世間は『あのラドーが公爵の息子を匿うはずがない』と勝手に思い込んでくれる」

 彼は俺に、新たな名前を与えようとはしなかった。

「名前も変えるな。『クラウス』という名はありふれている。逆に隠せば怪しまれる。『木を隠すなら森の中』だ。堂々と名乗り、私の養子として生きろ。その大胆さが、お前の最大の隠れ家になる」

 幼い頃は外に出ず、隠れて暮らしたが、彼は、俺に食事と寝床を与え、実の息子のように接してくれた。
 ……だが同時に、彼はひどく「妄執(もうしゅう)」に取り憑かれた男でもあった。

「クラウス、よく聞け。この国はもう死んでいるのだ」

 それが彼――義父となったラドーの口癖だった。尊卑貴賤の別(わか)ちが厳しいこの国で、彼は生前の父(公爵)に異常なほど心酔しており、父を殺した王政を憎悪していた。

 建国から400年。長く続きすぎたこの国には、確かに膿が溜まっていた。貴族の汚職、民の貧困、そして王家の横暴。
 ラドーはその全てを憂いていたが、公爵の死が決定打となった。狂信的な革命家が誕生したのだ。

 彼は俺にあらゆる帝王学と、そして危険な思想を叩き込んだ。
 それは単なる知識ではない。俺の魂に「特別であること」を刻み込むための洗脳教育だった。

「あなたの身体には、この国の建国に関わった高貴な血が流れている」
「公爵は、この腐った国を変えようとした英雄だったのだ」
「凡百の人間とは違う。お前こそが、天に選ばれた唯一の存在なのだ」
「大切なものなど作ってはいけない」
「すべてを利用しなさい。情も、愛も、道具に過ぎない。犠牲なしで大義は果たせない」

 来る日も来る日も、呪文のように繰り返される言葉。幼い両親を亡くした俺の心は、次第に彼の色に染め上げられていった。
 俺は特別だ。選ばれた人間だとーー
 確かに国は腐っていた。父と母は無念の死を遂げた。ならば、その間違った世界を正すのは、選ばれし息子の義務ではないか?

 そうして俺は育て上げられた。
 単なる復讐者としてではない。腐敗した王政を打倒し、革命軍を率いるためのカリスマ――クーデターの「旗印」として。

「――死ね、豚め!!」

 俺は玉座の間で、憎き国王の首を刎ねた。
 噴き出した血が俺の顔を濡らす。熱い。ようやく、一族の無念を晴らせた。

「……ちち、うえ……?」

 その時だった。絶望に染まった声が響いた。
 振り返ると、剣を手に持つエルが立っていた。
 父を助けに来たのだろう。だが彼が見たのは、父の首を掲げ、返り血に染まった婚約者の姿だ。

「ああ、エル……」

 彼と目が合った。エルはその場に崩れ落ちるように膝をつき、ポロポロと涙を流す。
 憎しみか、悲しみか。俺を見るその目は、捨てられた迷子のように怯えていた。
 俺は剣を下げ、慰めるために、彼に歩み寄ろうとした。
 違う、エル。終わったんだ。これでもう、俺たちを縛るものはなくなった。
 君の父親はクズだった。でも君は違う。だから――。
 俺の思考よりも早く、殺気に逸った近衛兵が飛び出した。

「待て! やめ――」

 制止の叫びは、鈍い肉の音にかき消された。
 ドスッ。
 無骨な鉄の剣が、振り返ったエルの背中から入り、腹部を貫通していた。

「……ぁ、」

 エルの口から、大量の血が溢れ出した。
 時間が止まった。
 その瞬間、脳裏にこびりついた義父の教えが、呪いのようにリフレインした。
 『すべてを利用しなさい。情も、愛も、道具に過ぎません。犠牲なしで大義は果たせない』
 ああ。ああ、そうか。
 これが、その「犠牲」なのか。
 やはり、彼は死ななくてはならないのか。
 目の前で痙攣するエルの体を見つめながら、俺の心の中で何かが「パチン」と音を立てて切れた。
 激しい拒絶と、虚無が同時に押し寄せる。
 俺は感情を停止させた。そうでもしなければ、今すぐ叫び出してしまいそうだった。
 俺はゆっくりと、瀕死の彼に歩み寄った。
 そして、わざと冷え切った瞳で彼を見下ろした。

「終わりだ、エル」

 淡々と、事実だけを告げる。
 最後くらい、俺を憎んで死ね。愛する男に殺されたんじゃない、復讐者に利用されて死ぬんだと思え。それがせめてもの情けだ。

「愛していたよ。君のその、人を疑うことを知らない愚かさをね。おかげで復讐は容易かった」

 嘘だ。愚かだったのは俺だ。体温を分かち合った時、どうしようもなく、何度も感じていたのに。復讐のために、世界で一番大切なものを失った。
 エルは何かを言いかけたようだった。
 だが、俺の言葉を聞くと、ふっ、と諦めたように力を抜いた。
 そして静かに目を閉じた。
 ドサリ。彼の体が、冷たい石畳に沈む。

「……クラウス様! やりましたな! これで我々の勝利だ!」
「王よ! 新しき王よ!」

 周囲で兵士たちが歓声を上げた。
 だが、その声は俺の耳には届かなかった。
 エルが目を閉じた瞬間。世界から、色が消えた。音も消えた。
 俺をこの世界で縛り付けていたのは、あの愛すことが下手くそで、不器用な彼だけだったのだ。
 そっと近づき彼の頬に触れた。

 目はもう、開かなかった。

 
 城の地下、もっとも気温の低い貯蔵庫。
 俺はそこを「王の寝室」にした。
 氷の棺の中で眠るエルは、美しかった。
 最高級の防腐処理を施し、魔術で腐敗を止めた。
 けれど、触れてももう温かくない。あの柔らかかった頬も、しなやかな手足も、石のように硬く冷たい。

 俺は棺の縁に縋り付き、彼の動かない髪に顔を埋めた。薬品のツンとする臭い。
 違う。これじゃない。俺の好きだった匂いじゃない。

「はぁ、っ……くぅ……」

 それでも、俺はここでしか息ができなかった。
 冷たい肉体に体を押し付け、彼を思い出しながら、浅ましい欲望を吐き出す。
 彼を抱いた夜のことを思い出しながら、一人で果てる。
 虚しい。惨めだ。死にたい。
 新王は狂っている。
 死体愛好家(ネクロフィリア)だ。
 そう噂されていることは知っていたが、どうでもよかった。エルのいない世界での評判など、塵ほどの価値もない。
 そんなある日、声が聞こえた。

『許さない』

 幻聴だとは分かっていた。
 だが、それは確かにエルの声だった。

『絶対許さないからな、クラウス』
『お前なんかもう愛さない。絶対に』

「……ああ、エル」

 俺は涙を流して笑った。嬉しい。罵倒でもいい。拒絶でもいい。
 君が俺に話しかけてくれるなら、それが妄想でも構わない。

「許さないでくれ。俺を呪ってくれ。ずっと、そばにいてくれ」

 俺は虚空に向かって、あるいは冷たい死体に向かって、愛を囁き続けた。

 ある日、俺はエルの手を取って、その指先にキスを落とした。
 違和感があった。彼の小指の先が、黒く変色していた。
 壊死だ。
 俺は震える手でその黒い斑点を擦った。取れない。腐敗だ。死が、俺のエルを食い荒らそうとしている。

「許さない……俺のものだ、誰にも渡さない!」

 俺は錯乱して、剣を取り出した。
 腐った部分は切り取ればいい。そうすれば、綺麗なエルのままでいられる。
 俺は愛する男の指に刃を立て、黒ずんだ肉を削ぎ落とした。
 ポロリ、と肉片が床に落ちる。赤い血は出ない。ただ、どす黒い体液が滲むだけ。

「あ、あぁ……痛かったな? ごめん、エル」

 削ぎ落とされて細くなった指を見て、俺は嗚咽した。
 それから、崩壊は加速した。
 頬がこけ、皮膚が乾燥してひび割れる。眼球が濁り、あの美しい翠の瞳が光を失っていく。
 部屋には、どんなに香水を撒いても消えない、甘ったるい腐臭が漂い始めた。

「臭くない。……臭くない、エル。君はいい匂いだ」

 俺は腐臭を放つ胸に顔を埋め、必死に自分に言い聞かせた。
 だが、限界だった。
 キスをするたび、唇の皮が剥がれて俺の口に残る。抱きしめるたび、関節が乾燥した枯れ木のような音を立てる。
 ある朝、彼に話しかけようとして、俺は悲鳴を上げた。
 彼の左耳が、枕元に転がっていたのだ。

「やめろ、やめろぉお!!」

 俺は崩れかけた肉体を抱きしめて絶叫した。
 壊れていく。俺のエルがいなくなる。
 そこにあるのは、愛する人ではなく、ただの腐った肉塊になりつつあるモノだった。

『……痛いよ、クラウス』

 その頃の俺は、幻聴にすがっていた。

『許さない』
『お前なんかもう愛さない。絶対に』

「……ああ、エル」

 しかし、残酷な時は訪れた。
 死後数ヶ月。肉体の崩壊が限界を迎えた時――声が、止んだ。
 
「……エル? 何か言ってくれ」

 返事がない。罵倒も、泣き声も、呪いさえも聞こえない。
 完全なる静寂。
 腐った肉塊は、ついにただの「モノ」になった。

「あ、アァ……ウアアアアアッ!!」

 本当の孤独が訪れた時、俺は完全に狂った。
 直すんじゃない。戻すんだ。
 腐った肉を繋ぎ合わせるのではなく、時を戻して、温かくて柔らかい彼をもう一度手に入れるしかない。
 俺は王家の書庫を漁り、禁忌の扉を開いた。
 時を戻す大魔術。それには、膨大な魔力と魂が必要だと記されていた。
 それからの俺は、「狂王」と呼ばれた。
 人狩り。圧政、そして理由のない大量処刑。
 俺は罪のない国民を次々と捕らえ、地下の儀式場で処刑した。気がつけば俺が殺した前王よりも国は荒れた。自分に逆らう者は、ラドー伯爵も含め粛清した。
 彼らの断末魔と魂を、魔力炉にくべる。一人殺すごとに、ほんの数秒、時間を巻き戻す魔力が溜まる。
 一年、また一年。
 俺は歳を重ね、国は荒廃し、人口は半分になった。
 俺の手は数万人の血で汚れ、民からは悪魔と恐れられた。
 だが、構わない。
 この国に生きる全ての人間は、エルを蘇らせるための必要だ。彼がいない世界で、のうのうと生きている価値など誰にもない。
 そして月日は流れ。
 ついに十分な量の魂が溜まった。
 初老に差し掛かった俺は、血と脂で汚れた祭壇の中心に立った。
 目の前には、もう原形を留めないほど崩れ、骨と皮だけになったエルの残骸がある。

「待たせたな、エル」

 俺は枯れ木のようなその手を握りしめた。

「次は間違えない。誰が死のうと、世界がどうなろうと……私だけは、君を絶対に離さない」

 魔法陣が赤黒く輝く。
 国一つを犠牲にした業火が、俺と彼を飲み込んでいく。

 意識が溶ける寸前、俺は愛おしい温もりが戻ってくるのを感じていた。

 こうして狂った王は時間を巻き戻した。

 愛する者を、終わらない地獄に巻き込むことも知らずに

 そして――時を戻すことに成功した、その瞬間だった。

 あれは、悪魔の儀式だったのだ。

 世界の理(ことわり)をねじ曲げた代償として、俺の耳元に、ぞっとするほど冷たい、それでいて嘲笑うような「声」が響いた。

『――愚かな子孫よ』

 それは、同じ血を持つ者、この国の初代者たちの声。

『愛する者の時を戻すことを許そう。ただし、条件がある』
『その者の命を繋ぐには、その者自身が「生きたい」と願わねばならない』
『魂が生きることを拒めば、何度時を戻そうと、定められた日にその命は尽きるだろう。永遠の命の地獄を味わえ』

 その言葉の意味を、俺はまだ理解していなかった。
 ただ、彼が生きてさえいればいい。それだけを願っていたのだ。


  【2度目の世界】

 俺は、記憶を持たないエルと幼少期に出会った。
 何も知らないエルは可愛く、幸せだった。絶対に死なせないようにそう思っていたのに。
 だが、運命は残酷だった。
 最初と同じように俺の父(公爵)が、身に覚えのない罪を着せられ、処刑されたのだ。
 俺は必死に無罪を主張したが、幼い俺はあまりに無力だった。
 没落し、罪人の子となった俺は、今度はラドー家の保護からも逃れ、今世では王城へ上がる資格を失った。
 それでもよかった。
 遠くから見る彼は生きていた。俺が復讐に囚われない世界で、彼は大人になっていく。
 俺は市井の闇に紛れ、汚れ仕事で食いつなぎながら、遠くから彼を見守るだけで満足していた。

 ――しかし。
 あの日。俺がクーデターを起こすはずだった、あの年齢の冬。
 エルは自ら命を絶った。
 遺書はなかった。理由は誰にも分からない。
 おそらく、王城での孤独に耐えきれなかったのだろう。
 ただ、王城の塔から飛び降りたという知らせだけが、泥水をすすって生きてきた俺のもとに号外として届いた。

「なぜだ……!」

 俺は絶望し、再び世界を呪った。
 その時、あの声が囁いた。『まだ続く』と。

  【3度目、4度目、そして……】

 俺は慎重になった。
 2度目の失敗で、ただ無実を叫ぶだけでは権力に握りつぶされると痛感したからだ。
 俺は子供のふりをして情報を集め、まずは父の冤罪を防ぐことから始めた。だが、相手は国王だ。
 幾度ものループの中で調査を進めるうちに、俺はおぞましい真実を知った 。
 父の冤罪も、母への嫌がらせも、すべては国王の歪んだ猜疑心(さいぎしん)によるものだった。 国王は、公爵家が先代(王の兄)を支持していたことを根に持ち、自らの王位が脅かされる恐怖に支配されていたのだ。
 さらに、彼が密かに想いを寄せていた俺の母に拒絶されたことが、決定打となった。
 王は、公爵家が自分を嘲笑っているという妄想に取り憑かれ、保身のために一族を破滅させたのだ。
 
 くだらない、1度目の世界では知る由もなかった、王家の闇。
 
 俺は、元凶であるこの「父の死」さえ回避すれば、エルは助かるのだと信じた。
 黒幕を知り、先回りして父の冤罪を晴らし、公爵家の没落を防いだ世界もあった。

 だが、無意味だった。
 家が残り、俺がクーデターを起こさなくても……どうしても、あの日が来るとエルは死んでしまう。 

 ある時は幼少期からエルに接触し、彼を支えようとした。
 ある時は逆に、彼に悪影響を与えないよう、卒業まで一切声をかけずに他人のフリをした。
 騎士として尽くした世界もあった。影から支えた世界もあった。

 だが、ダメだった。
 病死、事故死、自殺、あるいは何者かによる暗殺。
 まるで世界そのものが、彼を生かすことを拒絶しているかのように。
 『生きたい』と彼が願わない限り、時間は進まない――悪魔の言葉が呪いのようにのしかかる。

 そして、何十回目かのループで、異変が起きた。
 エルが、1度目の世界の記憶の断片を保持したまま戻り始めたのだ。

 彼は俺を拒絶した。「人殺し」「裏切り者」と叫び、泣いた。
 俺は必死だった。
 俺は彼を拘束し、謝罪し、すべてを話した。
 何度も時を繰り返していること。君を愛していること。君に生きてほしいだけなのだと、涙ながらに訴えた。

 その結果――エルは、狂った。
 愛していた男に殺され、何度も死を繰り返しているという現実に、彼の繊細な精神が耐えきれなかったのだ。
 彼は俺の目の前で精神を崩壊させ、笑いながら自らの舌を噛み切って死んだ。

「あ、あああ……っ!!」

 その時、俺は悟った。
 「真実」は、彼を殺す猛毒だ。誠実さなど、この呪われたループには何の意味も持たない。
 彼に記憶がある以上、まともな方法では彼は俺を愛さないし、生きる希望も持たない。
 ならば。

(憎まれよう。一生、許されなくていい)


***

 俺はゆっくりと目を開けた。
 目の前には、眠ってしまった現在のエルがいる。
 彼が自ら死を選べないほどに管理し、思考を奪い、選択肢を奪う。全てのものからも、守る。
 「生きたい」と思えるように、手伝うんだ。今回はダメでも俺には永遠の時間がある。
 声は俺に永遠の地獄と言っていたが、エルがいる世界が地獄なわけがない。
 真実を知って狂うくらいなら、俺のついた優しい嘘の中で、ひと時でも彼に幸せをーーー

「愛してるよ、エル」

 俺は彼の髪に口づけを落とした。
 手には、王と交渉して得た『全権委任状』がある。
 これでいい。
 俺が「悪役」でいる限り、君は俺への憎しみで「生きたい」と願うだろう。
 復讐でも、恐怖でも構わない。
 君が生き続けてくれるなら、俺は喜んで、この永遠(地獄)を愛する。

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