ナイショの妖精さん

くまの広珠

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2 カノジョとクラスメイトの境界線

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「……そんなことがあったの……」


 カフェのカウンターの内側で、ヨウちゃんのお母さんがため息をついた。

 アンティークな木目のテーブルがならぶ店内。壁のあちこちからドライハーブがさがっている。

 薪ストーブの火はもうついていなかった。かわりに窓が開けはなされていて、海に面したウッドデッキで、パラソルが花開いている。そこで水平線をながめながら、お客さんたちがハーブティーを飲んでいる。


「……ヨウちゃんが、お母さんに話してないとは思ってなくて……なんにも言わないで、急に来なくなっちゃってごめんなさい」


 カウンターのハイチェアに座って、あたしはお母さんに頭をさげた。


「ううん。あの子ね……前から無口なほうだったけど。最近、もっと無口なの。もうほとんど、わたしと会話してくれないのよ。

それで……きのう、急に口をきいたと思ったら……『新しいカノジョができたから』って。その一言よ。『どんな子?』『綾ちゃんは?』ってきいても、もう書斎に行っちゃって……」


「……そうなんですか……」


 入学式で見たときは、お母さんと仲良さそうにしてたのに。


「……ヨウちゃんは……今でも、フェアリー・ドクターの薬をつくったりしてるんですか?」

「そうね。たいてい書斎にこもってるわね。よくそのまま、寝落ちしてるわ」


 ……そうなんだ……。


 なんだか胸がふんわりした。

 お母さんはほおづえをついて、窓の外の海に遠い目を向けている。

 店内に流れるやわらかなハープの音色は、ケルトミュージック。あたしの前のカモミールティーから、湯気があがってる。


 あ……ここちいい……。


 まるで、毎日ここに遊びに来ていたころに、もどっちゃったみたい。


「お母さん。……フェアリー・ドクターの薬に……バラのつぼみをつかったものって、ありますか? たとえば、人の夢をあやつれるような……」


「……バラ……?」


 お母さんは、あごに人差し指を置いて、天井を見あげた。


「『バラ』で『夢』って言えば……こんなのがあるわよ。まだ硬いバラのつぼみを取って、会いたい人へ想いを込める。その想いにつぼみがシンクロすると、つぼみはどんどん育って、ふくらんでいく。

ふくらんだつぼみをまくらもとに置いて寝ると、夢の中でその人に会える。そして、無事に夢の中でその人に会うことができたら、虹色のバラがきれいに咲くんだとか」


「そ、それっ!」


 あたしは思わず、カウンターに両手をついた。


「……え? 綾ちゃん?」


 お母さんが首をかしげる。



「ただいま」


 カフェの玄関が開いた。制服姿のヨウちゃんが玄関に入ってくる。

 ギクッとしたときにはもう、琥珀色の前髪があがって、ヨウちゃんの目は、あたしを見てた。

 見開かれた目。スニーカーをぬいで。片足だけ、たたきにあげて。ヨウちゃん、そのまま動かない。


「おじゃましま~す」


 ヨウちゃんの後ろから声がした。

 玄関のドアがまた開いて、髪の長い女の人が入ってくる。


 卯月先輩。


 卯月先輩は、かたまってるヨウちゃんの横顔を見あげて、それからカフェの中を見た。


 あ……目が合った。


 つけまつげをした黒いぱっちりの目。一回、二回、まばたきをする。
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