ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 作戦会議

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● ● ● ● ●


 その黒ウサギは、荒い息をつきながら、オレンジ色に染まる山道をのぼっていた。

 おおわれた黒い毛の下。皮膚のあちこちに、刃物で切られたような傷がある。

 赤黒い傷口は、人間型の妖精のりんぷんで癒したはずだが、癒されない。りんぷんをかけてもかけても、傷口は治らない。


 なぜだ……。妖精のりんぷんは、妖精には効かぬのか?


 黒ウサギは、自身も妖精のうちだと理解していた。

 黒いタマゴから生まれた黒い妖精。いや、妖精になるはずだった存在。

 けれど、タマゴは孵化する前に壊された。

 そのためウサギは、己を持てない。ウサギ型なのか人間型なのか、ただの黒いモヤなのか。自分でさえ、わからない。


 猫に見つかり、あやうくつめで、引っかかれかけた。

 小学生がランドセルをゆらして「ウサギ発見~」と追いかけてきた。


 こんなはずがない。

 このわたしが、わたしより弱者に追われるはずなど。



 鏡の世界から出ることができれば、己が持てると思った。

 黒い妖精として、凛とこの世に存在できると。


 いや……あの、硬いタマゴの殻さえ、自分で割って、この世に生まれてきていれば……。



 下草をゆらした風が、ウサギの黒い毛をなでた。

 顔をあげると、見晴らしのきいた大地が広がっていた。

 暮れかけた空の前。土にいくつものかまぼこ型の墓標が立っていて、間に十字架がつき立っている。

 墓守のように、一本の巨大なオークの木が、両腕を広げ、葉をたわわに茂らせていた。

 葉のまわりで、銀色の光の粉が、チカチカと舞っている。

 銀色のトンボの羽を背中にはやした、妖精たち。白くて細い手足。あどけないほおに笑みをうかべて、踊りまわる。


 わたしが……なるべきはずだった姿……。


 黒ウサギは、もとから黒い妖精だったわけではない。

 白い妖精の手から、白いタマゴとして生まれた。

 けれど、純なものほど、負の影響をかんたんに受けやすい。

 白いタマゴは、白い妖精の母親の手から取りあげられ、怨んだ母親の黒い感情によって、黒く染めあげられた。


 あの感情さえなければ……。

 白い妖精から、タマゴを取りあげた者さえなければ……。

 その者に、タマゴを取りあげるよう、指示した者がいなければ……っ!


 憎い……。

 中条葉児が憎い……。


 ウサギの体が、煙のようにふくれあがっていく。ウサギの形は消え、黒いモヤとなって立ちあがる。

 モヤは人を形づくっていた。

 黒いフードをかぶり、黒いローブをまとった老婆。

 ローブのすそは、足がすべて隠れるほどに長い。そで口は広がっていて、指先まですべて隠している。フードの下の顔は、目もなく鼻もなく口もない。ただの黒いモヤのあつまり。

 
 鬼婆ハグは、右手をかかげた。

 と、オークの木の根元につき立つ、一本の棒が、息を吹き返したかのように、自ら地面から抜け出した。磁石で引き寄せられるように、ハグの右手へもどっていく。

 その棒の先には、銀色の妖精の羽がついている。


 憎い……。


 ハグは棒をないだ。

 空で棒が、右に左にふりおろされる。

 踊る妖精の肩に。腹に。



 ヒグラシの鳴く夕暮れの空。

 棒にあたった妖精たちが、木の葉のように、地上に落ちていく――。


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