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1 作戦会議
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その黒ウサギは、荒い息をつきながら、オレンジ色に染まる山道をのぼっていた。
おおわれた黒い毛の下。皮膚のあちこちに、刃物で切られたような傷がある。
赤黒い傷口は、人間型の妖精のりんぷんで癒したはずだが、癒されない。りんぷんをかけてもかけても、傷口は治らない。
なぜだ……。妖精のりんぷんは、妖精には効かぬのか?
黒ウサギは、自身も妖精のうちだと理解していた。
黒いタマゴから生まれた黒い妖精。いや、妖精になるはずだった存在。
けれど、タマゴは孵化する前に壊された。
そのためウサギは、己を持てない。ウサギ型なのか人間型なのか、ただの黒いモヤなのか。自分でさえ、わからない。
猫に見つかり、あやうくつめで、引っかかれかけた。
小学生がランドセルをゆらして「ウサギ発見~」と追いかけてきた。
こんなはずがない。
このわたしが、わたしより弱者に追われるはずなど。
鏡の世界から出ることができれば、己が持てると思った。
黒い妖精として、凛とこの世に存在できると。
いや……あの、硬いタマゴの殻さえ、自分で割って、この世に生まれてきていれば……。
下草をゆらした風が、ウサギの黒い毛をなでた。
顔をあげると、見晴らしのきいた大地が広がっていた。
暮れかけた空の前。土にいくつものかまぼこ型の墓標が立っていて、間に十字架がつき立っている。
墓守のように、一本の巨大なオークの木が、両腕を広げ、葉をたわわに茂らせていた。
葉のまわりで、銀色の光の粉が、チカチカと舞っている。
銀色のトンボの羽を背中にはやした、妖精たち。白くて細い手足。あどけないほおに笑みをうかべて、踊りまわる。
わたしが……なるべきはずだった姿……。
黒ウサギは、もとから黒い妖精だったわけではない。
白い妖精の手から、白いタマゴとして生まれた。
けれど、純なものほど、負の影響をかんたんに受けやすい。
白いタマゴは、白い妖精の母親の手から取りあげられ、怨んだ母親の黒い感情によって、黒く染めあげられた。
あの感情さえなければ……。
白い妖精から、タマゴを取りあげた者さえなければ……。
その者に、タマゴを取りあげるよう、指示した者がいなければ……っ!
憎い……。
中条葉児が憎い……。
ウサギの体が、煙のようにふくれあがっていく。ウサギの形は消え、黒いモヤとなって立ちあがる。
モヤは人を形づくっていた。
黒いフードをかぶり、黒いローブをまとった老婆。
ローブのすそは、足がすべて隠れるほどに長い。そで口は広がっていて、指先まですべて隠している。フードの下の顔は、目もなく鼻もなく口もない。ただの黒いモヤのあつまり。
鬼婆ハグは、右手をかかげた。
と、オークの木の根元につき立つ、一本の棒が、息を吹き返したかのように、自ら地面から抜け出した。磁石で引き寄せられるように、ハグの右手へもどっていく。
その棒の先には、銀色の妖精の羽がついている。
憎い……。
ハグは棒をないだ。
空で棒が、右に左にふりおろされる。
踊る妖精の肩に。腹に。
ヒグラシの鳴く夕暮れの空。
棒にあたった妖精たちが、木の葉のように、地上に落ちていく――。
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